やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:惣名阿万

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仕事で遅くなりました。すみません。
7話です。よろしくお願いします。


第七話:こうして比企谷八幡は初めての戦いに臨む

 このゲームを始めてから五日が経過した。

 

 あれほど混乱していたはじまりの街もこの頃は落ち着いてきて、街周辺のフィールドではちらほらとmob狩りをするプレイヤーの姿が散見されるようになってきた。徐々にではあるが、現状を受け入れて行動を起こす者が増えつつあるということだろう。

 

 雪ノ下改めユキノと連れ立ってレベリングを続けたこの三日のうちに、俺のレベルは4に、ユキノのレベルも3になっている。こうなるとイノシシ相手の狩りも森での虫狩りもそろそろ効率が悪くなってきており、いい加減次のエリアに移ろうかという話になった。

 

 次のエリア――即ち、初日にキリトという少年を追いかけて見た、あの林間の村だ。

 

 あの村までの道と途中にある草原についての情報は、例の情報屋からも仕入れていた。

 曰く、あの草原一帯は狼型mobの縄張りとなっていて、ある一定の領域に入ると群れのリーダーが出現するらしい。

 そいつ一体だけなら大した強さではないようだが、リーダーと一緒にもれなく群れの狼どもが湧いてくるらしいから初見殺しもいいとこだ。キリト少年がここを避けていたのも頷ける。

 

 まあレベルが3もあれば群れが出ても余裕を持って対処できるって話だが、それはこのSAOが普通のゲームならという注釈が付く。万が一にも死ぬなんてことは――いや、万全を期すならHPが半分を下回るのも避けたいところだ。

 

 というわけで、俺はこの草原をキリトと同じく素通りしたいと考えていた。木っ端なmobも無視。三十六計逃げるに如かずってな。

 ちなみにこのことはユキノにも伝えてある。さすがにストーキング行為をしたなんてことまで暴露するわけにはいかなかったが、危険なエリアがあって、そこに狼型mobが出るってことは言ってある。

 まあ狼ってとこが引っ掛かったのか、頬を引き攣らせていたけどな。あいつ犬ダメだし。

 

 

 

 

 

 

 午前十時三十分。

 俺とユキノははじまりの街の北西ゲートの前にいた。

 

「さて、んじゃ行きますか」

「ええ」

 

 簡単にそれだけを交わして、俺たちは五日間過ごしたはじまりの街を出立した。

 あの日と違って誰かを追っかけてるわけでもないので、ゆっくり歩いてだ。

 

「それにしても、あなたにアドバイザーを依頼するような物好きがいたなんてね」

「あー……それについちゃ俺が一番驚いてる」

 

 アルゴからアドバイザーの任を仰せつかり、あまつさえフレンド登録した件に関しては、翌日にはもう洗いざらい吐かされていた。まあゲームの内外問わずフレンドいないはずの俺にメッセージが飛んでくりゃバレるのも当然だよな。

 

 それが理由か知らんが、ユキノもユキノでアルゴと個人的に会って話をしていたようだ。だからだろう。ユキノはアルゴを思い出してか苦笑いを浮かべた。

 

「彼女、なんというか……なかなか個性的な人よね」

「お前それほとんど変人扱いだからな。本人前にして言うなよ」

 

 もし言ったら最後、ありとあらゆるパーソナルデータが流出するだろう。本名だけは流されないと信じたいところだ。流されないよね?

 

「それで、あなたも彼女に何やら依頼していたようだけれど、何を頼んだのかしら?」

「別に。大したことじゃねえよ」

 

 はぐらかそうとすると、鋭い眼差しが飛んできた。これ、やっぱりダメージ判定あるんじゃね?

 

「大したことかどうか判断するのは私よ。それとも話せないような内容なのかしら。ハラスメントコード、押してあげましょうか?」

「オイ待てやめろ。それはマジでシャレになってねーから」

 

 とってもいい笑顔でメニューウィンドウを開いたユキノを押し止める。みだりに触れたりしなければハラスメント扱いにならないのは知ってるが、こいつのこの脅しは冗談に聞こえないから怖ろしい。

 

 仕方なく、アルゴに要求した件についても吐くことにする。

 

「その、なんだ、有用な情報の共有ってやつだよ。攻略に役立つ情報は多いに越したことないだろ。んで、それを知ってるプレイヤーも多いに越したことない。だったらアルゴみたいな情報屋に、集まった情報を広く公表してもらえばいいわけだ」

 

 そう言うと、ユキノは腕を組んで視線を足下に落とした。

 

「報道の役割を担う、ということかしら。それなら確かに多くのプレイヤーへ情報が行き渡ることになるわね。でもそのための媒体は……」

「紙しかない。報道っても、新聞や雑誌みたいになるだろうな」

 

 そう。SAOにはテレビもラジオもない。あるのは質のあまりよろしくない紙だけ。文明レベルが中世ヨーロッパ程度だからしょうがないけどな。

 

「紙媒体となると、それなりに手間とコストがかかるわね」

「問題はそこなんだよなー……」

 

 当然ワープロなんかないし、大量印刷に必要な輪転機もない。よくて木版印刷だろう。下手すりゃ全部手書きなんてことすらある。

 活版印刷ができるならまだいいが、写本となると結構な手間になる。現実のように何十ページもの紙面を用意するのはかなり大変な仕事になるだろう。

 

「ま、その辺はアルゴが上手いことやるだろ」

「そこは丸投げなのね。無責任というか潔いというか……」

「俺の役割はただのアドバイザーだしな。責任とか言われても困るから」

「あなたの場合、それで回ってくる雑務が嫌なだけでしょう?」

「まあな。実行委員やってたときみたく、仕事漬けになるのはごめんだ」

 

 ほんと、なんなんだよアレ。社畜の気持ちがわかっちゃっただろ。やっぱり専業主婦になろうと決意を新たにした瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 道中、そんな風に会話も交えながら時折現れるイノシシや蜂のmobは適当にあしらい、あぜ道を北西方面へ歩いていく。

 三十分も経つ頃には足下に下草が生えはじめ、芝生程度だった草の長さもくるぶしが隠れる程度になってきた。もうすぐ例の草原エリアに差し掛かるはずだ。

 

「ここからは俺の後について、俺の通った場所以外には入らないようにしてくれ」

 

 膝下まで伸びた草原を前に、ユキノへ再度そう伝える。

 そうしてユキノの首肯を得た俺は、草の上に残された獣道へ足を踏みだした。

 

 アルゴから聞いた話じゃ、この獣道は『この先の村の住人だけが知っている安全ルート』という設定らしい。当然、件の村に行かなきゃわからないはずの情報だが、その辺はさすが元ベータテスター。ベータテストの時の情報を基に、アルゴ本人が一度通ることで裏も取れたということだ。

 

 正直アルゴのことは完全に信用したわけじゃないが、こんなことで嘘を吐いてアイツに何の得があるかと考えれば思い当らず、現状嘘を吐く理由もないだろうという結論に至った。

 というわけで、ここはアルゴの情報通りに、キリトを追っているときにも通っていたであろう獣道を進むことにする。

 

 にしてもこの道、よくよく見ないとマジで判りづらいな。少なくとも前に通ったときは気付けなかったぞ。まあ、あの日はすでに薄暗い時間だったし仕方ない、か。

 げに恐ろしきはあの薄暗がりの中でも正確に獣道を駆け抜けたキリトである。彼がベータテスターであの道を知っていたのは確定としても、あの暗がりであれだけ迷いなく走れるものだろうか。

 余程記憶力がいいのか、あるいは根っからの攻略命な廃人ゲーマーか……。

 

 と、そんなことを考えていた矢先。

 

「ひ、比企谷くん……」

「本名で呼ぶなよ……って、どうした?」

 

 ユキノの消え入るような声が聞こえて、思わず立ち止まる。

 振り返ってみると、ユキノは顔を蒼白にして前を、正面からやや左手を指差していた。

 

「い、犬……」

「おいおいマジかよ」

 

 そこには一頭の黒灰色の狼型mob――《ダイア―・ウルフ》がいた。

 

 直後、そいつの頭上にあるカーソルがオレンジから赤に変わる。警戒状態から戦闘状態に移行した証だ。つまり、攻撃してくるということ。

 

「お前はジッとしてろ! 下手に動くなよ!」

 

 背後のユキノにそう言って槍を取り出す。直後、狼がこちらへ向かって駆け出してきた。

 

 正直、最悪一歩手前の状況だ。

 逃げようにも戦おうにも、こっちは動ける範囲が狭く限られてるからな。下手に動こうもんなら縄張り踏んで群れのボスがご登場するし、逃げてる途中で縄張り踏んでも群れのボスがご登場する。あとはビビったユキノが縄張り踏んでも群れのボスが(以下略)。

 

 つまり、この場から動かずに倒すしかないってわけだ。

 

「ギリギリまで引きつけてソードスキルで決める」

 

 これしかないな。あー、やだやだ。俺だって完全に凶暴な狼の形をしたやつに迫られて怖くないわけじゃないんだけどなー。

 

 いくつか使用するソードスキルの候補が頭に浮かんだ。

 

 現状、俺が使えるソードスキルは四つ。

 そのうちスキルの仕様上どうしても踏み込まなくちゃならない二つは除外する。使った時点で縄張りを踏んじまうからな。

 残った二つのうち、一方は二連突き技で、もう一方は範囲攻撃技だ。

 

 一瞬考えて、槍を長めに両手で持って身体を捻り、その状態で止まる。腰だめにした槍が発光し、ソードスキルの待機状態となった。その間にも、狼は間近に迫る。

 

 あと少し……もうちょい…………今だ!

 

「っおぉ!」

 

 目の前まで迫った敵に向かって、待機状態で保持していたソードスキルを発動。システムに引っ張られる身体を追従するように動かす。

 唸りを上げてスイングされた俺の槍はダイアー・ウルフの首下を薙ぎ、更に身体ごともう一回転して下腹にもダメージを与えた。範囲攻撃型のソードスキル《ヘリカル・トワイス》だ。

 

 悲鳴を上げて狼が跳ね上がる。本当はこのまま跳ね返せるのがベストだったが突進の勢いを殺しきれず、ダイア―・ウルフは俺の頭上を越えて背後に落下していった。

 

「あっ……」

 

 マズい、と思ったときには遅かった。

 ソードスキルの直撃を受けた狼型mobのダイア―・ウルフは俺の後ろ――ユキノの目の前に落下した。そのままガラスの割れるような音と一緒にポリゴン片へと変わる。

 

「っ……!」

 

 悲鳴はどうにか堪えたようだが、身体は正直だった。ユキノが二歩後退り、足をもつれさせて転ぶ。尻餅をついた彼女は、倒れ込む身体を支えるために両手を後ろへ回しそして――。

 

 右手が、少しだけ背の高い草の中へ入ってしまった。

 

「くそっ!」

 

 慌てて駆け寄り、ユキノの手を取って引っ張り起こす。まだ恐怖が続いているのか、掴んだ手は震えていた。

 

「あの、ごめんなさ……」

「反省は後だ。走るぞ」

「え、ええ。……わかったわ」

 

 なんせ、このままじっとしてるわけにはいかない。ほんのわずかとはいえ、縄張りエリアに入ってしまったかもしれないのだ。急いで安全圏まで行かなくちゃならない。

 

 ユキノの手を掴んだまま走り出した直後、オォーンという遠吠えが辺りに響いた。

 

「ちっ、やっぱ来やがったか……」

 

 見逃してくれるという一縷の望みがないではなかったが、ゲームシステムってのは働き者らしい。ほんの僅かな侵入だろうとしっかり検知して、仕掛けた罠をきっちり作動させて来やがった。

 

 あー、くそっ。やっちまったなー。

 

 さっきのは完全に俺のミスだ。

 犬が苦手なユキノにあの狼を近付けちゃいけない。それはよくわかってたはずなのに、ソードスキルの選択を誤った。突進してくる奴を跳ね返すつもりなら薙ぎ技じゃなく突き技を使うべきだったのだ。外すことを恐れて当て易い範囲技を選択したのが間違いだった。

 

 とにかく、ユキノだけでも圏内に入れれば……。

 

 最早獣道なんぞは無視してまっすぐ村へと走る。辺りには遠吠えを聞きつけたのか、続々と狼どもが集まってきていた。左右の林から出てくるのも見えるし、後ろにはもう五、六頭ほどが追い縋っている。

 

 あるいは俺一人なら、こいつらを相手取っても切り抜けられるかもしれない。

 アルゴの話じゃあこいつらは数こそ多い上に見た目も恐ろしいものの、強さ自体はそれほどじゃない。レベル1でも上手く立ち回ればどうにかなるらしいし、レベル4の俺ならもうちょっと余裕があるだろう。

 

 問題はユキノが完全に委縮してしまっていることだ。が、それを責めるのは酷だろう。

 このSAOはゲームとはいえ、見た目は現実と遜色ない。当然、敵として出現する獣やなんかもとんでもなくリアリティがある。本能的な恐怖を呼び起こされるのだ。

 

 特に犬が苦手じゃない俺でさえ、あの狼の姿にはビビる。群れている今なんて膝が笑いそうになる。これに加えてユキノは由比ヶ浜の飼い犬のサブレでさえ駄目なほどなのだ。そりゃまともに動けなくなるのも仕方がない。

 

 そのとき、前方に小さく柵に囲まれた村が見えてきた。まだざっと一キロくらいあるが、このままならどうにか逃げ切れるかもしれない。

 

「もうちょいだぞ!」

 

 手を掴んだままのユキノに呼びかける。ユキノはハァハァと息を荒くしているものの、まだどうにか走ることはできそうだ。青白い顔ながら真っ直ぐ前を見つめている。

 

 しかし、やはりというべきか、このゲームはそう簡単には行かせてくれない。

 

「……道理で後ろにいねぇと思ったら、そういうことかよ」

 

 俺たちのいる場所から村までの丁度中間地点に、そいつがいた。

 

《Howling the Wolves Leader》

 

 SAOで会敵してきたmobの中で、初めて固有名詞を持った敵だ。

 見た目は二回りほど大きなダイア―・ウルフというだけだが、その強さは周囲の取り巻きとは一線を画す。特に取り巻きを呼び寄せる《遠吠え》が厄介なボスだ。

 

 とはいえ、一般的なRPGで言うチュートリアルボスにあたる存在なのだろうこいつは、それほど強力なmobじゃない。精々が『ちょっと優秀なダイア―・ウルフ』程度だという。

 

「比企谷くん……」

「だーから、本名で呼ぶなっての。……大丈夫だ。あいつは俺が引きつける」

 

 珍しく弱々しい声だ。雪ノ下のこんな声は初めて聞いたが、だからといって何度も聞きたいもんじゃねえな。

 アレだ。こんな超絶ピンチにならないと聞けないってんなら、今後は御免こうむりたい。

 

「俺はこのままあいつと、後ろから来てる狼どもを足止めする。お前はあの村まで行って、誰かプレイヤーがいたら応援を頼んでくれ」

「……私なら平気よ。だから……」

「いや、お前はもう走るのでやっとだろうが。無理すんなよ」

「けれど……」

 

 不安げな顔で、けれど納得もできないと言うように睨んでくるユキノ。

 

「大丈夫だ。俺の性格は知ってるだろ? ヤバくなる前にとっとと逃げるさ」

「…………そうね。わかったわ」

 

 頷いたユキノの手を放す。そのまま少し並走して、狼のボスが動き出したところで別れた。

 一瞬、ボスがユキノへ目を向ける。それだけでユキノの足は止まりかける。

 

「止まんな! 走れ!」

 

 叫びつつ、槍を手にボスへ突っ込む。全速力で駆けつつ、槍を後ろ手に――。

 

「そらっ!」

 

 《チャージスラスト》で一気に間合いを詰め、ボスへ一撃を入れる。さすがに一撃で倒すことはできないが、タゲを取ることはできる。HPを2割ほど減少させた《遠吠え狼》は苦悶の悲鳴を上げると一旦距離を取り、俺を睨みつけてきた。

 

「お手柔らかに頼むぞっと!」

 

 ボスへソードスキルなしの槍を突き入れる間、耳には後ろから迫る群れの声が届いていた。

 

 




次回更新は3日以内です。今度もいけるはず……。

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