やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:惣名阿万
ゲーム開始からおよそ1か月が経過した。
通常のMMOゲームなら1か月もあれば既にメインシナリオはクリアされ、来たる大型イベントやアップデートに向けてアイテム収集やレベリングが行われている頃だろう。マップの大半が踏破され、レベルの上限にたどり着く者がいてもおかしくない。
だがそんな1か月が経過した現在、SAOはその最初の層すら攻略されていなかった。
《ソードアート・オンライン》の舞台である《浮遊城アインクラッド》は、釣鐘型の構造をしている。第一層から第百層にかけて段々とフロア自体が狭くなっていくのだ。それ故、第百層に至っては最終ボスの待つ城があるだけなのだという。
逆に第一層は広大で、直径十キロの円形フロアに草原やら森やら山やら谷やら遺跡やらの各種エリアが設置されていて、それはもうバラエティに富んだ地形をしている。
攻略を目指すプレイヤーが最終的な目的地とする塔はこのフロアの最北端に立っており、プレイヤーは最南端にある《はじまりの街》から様々な経路を通ってこの塔を目指すのだ。
上層へと続く塔――《迷宮区》は直径三百メートル、高さ百メートルの塔と言うよりは太い柱のような形状をしている。だがその内部は複雑に入り組み、外よりも明らかに強いモンスターが跋扈する危険な場所だ。慎重にレベリングをしながら内部のマップを埋め、少しずつボスのいる最奥部へ進んで行く必要があった。
ゲーム開始からちょうど一週間の日にホルンカを出発した俺とユキノは、その後も順調にクエストを消化し、レベリングを重ね、装備の充実を図り、三週間目となった三日前、ついに最前線であるこの迷宮区へたどり着いた。
以降はアルゴ経由で購入したマップデータを頼りにレベリングと攻略を続け、攻略集団の一員として働いている。
……そうか。よく考えたらこれ、仕事みたいなもんだわ。
起きたら朝飯食って、日中は迷宮区で攻略。夕方に町へ戻り、飯食って寝る。
おいおい、めっちゃ理想的な社畜生活じゃねえか。…………ハァ。やっぱ仕事なんてするもんじゃねえな。
× × ×
一度だけ、プロのバレエを見たことがある。
金を払ってではなく、それどころか見たいと思って見たわけじゃない。小学校の文化体験教室とやらで教養を深めるという名目のもと観覧させられた、正直言ってつまらないもの。だがそれも当然だろう。十歳そこらの子どもにバレエの良さを理解しろなんてのがそもそも間違っている。
けど、その中の一人、中心に立って踊る華やかなダンサーの姿に、俺は目を引かれた。
衣装は他のダンサーと同じ純白のフリルが付いたお馴染みのもので、なのに一人だけ太陽のように輝いていた。当時小学五年生にしてボッチ道に片脚どころか全身突っ込んでいた俺は、『やっぱああいうとこに立てる人ってのは特別なんだろうな』なんて子どもらしくない擦れた感想を抱いたものだ。
あの日と同じ輝き、同じ華やかさの踊りを、俺は六年ぶりに見た。
しかし今回は肉眼によってではないし、場所もライトアップされた劇場じゃない。
《ナーヴギア》――世界初のVRゲームハードの作り出す、薄暗い迷宮の奥底で、だ。
流麗な、と形容するしかない動きだった。
レベル6亜人型モンスター《ルインコボルト・トルーパー》の無骨な手斧を、軽やかなステップでひらりひらりと避けていく。三連続で攻撃を回避すると小鬼はバランスを崩して大きな隙を晒すので、その間に距離を詰め、強烈なソードスキルを叩き込む。
技は世にも珍しいナックルのソードスキル《スマッシュ・ナックル》だ。腰の辺りで溜めた後、正拳突きの要領で強烈なグーパンをコボルトの顔面に見舞っている。ひえー。
それだけなら珍しいの一言で済んだだろう。だがあのナックル使いの動きは素人目にもわかるほど滑らかだった。システムアシストで身体が動くのに任せているだけじゃああはならない。ソードスキルの動きを追って、自分の意志でブーストをかけている証拠だ。
ここまでそれなりに経験を重ね、自分以外のプレイヤーの戦闘を見る機会はあったが、未だかつてこのような戦いは見たことがなかった。
踊り舞うような――きれいだと感じるような戦いは。
ナックル使いはコボルトの攻撃を三回避ける、反撃の正拳突きを打ち込む、また避けるを何度となく繰り返し、最後にほんの僅か残った小鬼のHPをわざわざ背負い投げという離れ業で散らしてみせた。ふーっと息を吐き、額を拭う仕草をする姿には余裕を感じる。
「お得意の人間観察かしら」
ふと、呟かれた声に振り返る。
そこにはドロップアイテムの整理を終えたらしいユキノがいた。
「まあな。なんせ唯一の趣味だからな」
「嫌味のつもりだったのだけれど……」
ふっ、甘いな。その程度の嫌味はもう通用しないんだよ。お前に鍛えられた所為でな。
…………アレ? もしかして俺、こいつに調教されてる?
俺が衝撃の事実に愕然としていると、ユキノもあのプレイヤーの特異さに気付いたようで腕を組んだ。
「ナックル使い……? 使っている人を初めて見たわ」
「ああ、俺もだ。少なくともこんな最前線にはいなかったはずだが……」
と、そんなことを話している間に、例のプレイヤーがこちらへ振り向いた。遠目にもわかる笑みがその顔に浮かび、こちらへ向かってグッと親指を立てる。
「あいつ、気付いてたのか……」
今、俺とユキノはあいつから十五メートルほど離れた場所にいる。しかも一本道ではなく、ついさっき脇道からこの通路へ入ってきたばかりだ。にもかかわらず、あのプレイヤーは遠巻きに見ていたこちらに気付いた。
《索敵》スキルか……? 俺の《隠蔽》よりレベルが高い《索敵》持ちなんて、最前線に三人いるかどうかだぞ。くそっ……《ステルスヒッキー》の名が泣くぜっ!
真相はともかく、そいつはこちらの反応が悪いのを見てか、スキップで近付いてきた。
「Hey you!! Not good peep! 覗き見はよくないゾ~」
ネイティブな発音でそう言って、そいつは無邪気に笑った。
金髪に碧眼。高身長でモデルのようなスタイル。日本人離れした、西欧人美女。
近くに来ただけでわかる華やかな雰囲気に、人懐っこい声音。間違いなくモテるだろう。
つまり、俺の敵だ。
「ハァ……。そうやって容姿に優れた人を見るなり威嚇するのはやめなさい、ポチくん」
「オイ何新しいあだ名付けてくれちゃってんのお前。俺は犬じゃねえんだぞガルルル」
「自分から言ってるじゃない……。ごめんなさい。この男のことは気にしないで頂戴」
ユキノが頭を抱える。
確かに今のはハチマン的にも調子に乗ってしまった感は否めない。
が、目の前の女の反応は思っていたものと違った。
「…………ッハハ! アッハハハ!」
えー、腹抱えて笑い出したぞコイツ。
悪印象じゃなかっただけいいのかもしれんが、これはこれでどうなの?
女はひとしきり笑ったあと、目尻を拭って顔を上げた。
「ソーリー。キミたちのやり取りが面白くって。これが噂の夫婦漫才ってやつ?」
「「いや(いえ)、それはない(わ)」」
「ワオ、きれいにオーバーラップしたねー。ベリーグッドだよー」
マジでなんなんだコイツ。ちょいちょい英語挟んでくるのも容姿が英語圏っぽいから可愛く見えちゃうじゃねえか。
「アー面白い。キミたちのこと気に入ったよー。ねえねえ、フレンド登録しようよー」
そいつが手を伸ばしてきたのを見て、反射的に身を引いてしまう。避けたような形になり、そいつは困惑の表情を浮かべた。
「あー、その、アレだ。俺は紳士だからな。みだりに女子に触れるとかよくないだろ」
「ハァ……」
「……アハハ! やっぱり面白ーい!」
ユキノにため息を吐かれ、女には笑われる。
仕方ないじゃないですかー。ボッチはまず警戒から入るのが癖なんですからー。
「フレンド登録をする前に、こちらはあなたの名前も知らないのだけれど?」
「オー、そうだったねー。じゃあ自己紹介からしよっかー」
そう言って、そいつは二歩後ろへ下がると、くるりとターンを決めて仰々しく一礼した。
「My name is Pan. Nice to meet you!!」
パン、か。すごく聞いたことある名前だが、その辺りどうですかユキノさん?
「パン……パンさん……パンさん……」
「思いっきりツボに入ってんじゃねえか」
腕を組んで反芻するユキノの頬には若干赤みが差していた。さすがは猫と勝負事とパンさんに関して妥協しない雪ノ下雪乃さんである。
「ンー? どしたのー?」
「気にすんな。こいつの場合、パンダのパンさんが好きすぎて反応しただけだから」
「へー、そうなんだ。ワタシのはリアルネームの略だから、パンさんとは違うけどねー」
こいつもリアルネームの略なのか。やっぱそういうやつってそれなりにいるのな。
「俺はハチ。で、こいつが――」
「んんっ。ユキノよ。取り乱してごめんなさい」
「ノープロブレム! ハチにユキノねー」
「憶えたよー」と言いながら、パンは顎に指を当てる。しばらく何かを思案したと思ったら何か思いついたようで「アッ!」と声を上げた。
「ねーねー、ユキノのこと、ユキノンって呼んでも――」
「駄目よ」
ハッキリと、ユキノはパンの提案を却下した。
視線は真っ直ぐ前に向けられていて、一切の妥協や譲歩もしない。
「その呼び方だけは、絶対にやめて」
明確な拒絶。だが、こればっかりは俺にもよくわかる。
俺は「ハチ」というキャラネームだからまずないが、万が一「ヒッキー」だなんて呼ばれようものなら同じ反応を返すだろう。
「そっかー」
ユキノにはっきりと拒絶されたにもかかわらず、パンは気分を害した様子もなかった。普通なら軽く引いてしまうもんだが……。西欧人ではっきり言われるのに慣れてるとかか?
再度「うーん」と考えていたパンは、やがて別の呼び方を思いついたようだった。
「うん。じゃあ、ハッチとユッキね。それならオーケー?」
俺は扉かよ。
「ハァ……好きにしてくれ」
「グッド! よろしくね! ハッチ、ユッキ!」
パンは勝手に俺の右手を両手で掴むと、そのままブンブン上下させる。いきなり気安くすんなよ……友達なのかと思っちゃうだろ……。
俺の手を放したパンは次にユキノの手を取ってブンブンした後、鼻歌をルンルンさせた。
「フンフフーン♪ じゃあ次はフレンド登録しよっ♪」
無邪気に言ってくるパン。
だがボッチの俺からしたら、名前以外なにも知らないやつといきなりフレンド登録するなんてのには抵抗がある。なんなら抵抗あり過ぎてそのまま絶縁しちゃうレベル。
ちらっと見てみればユキノの方も似たようなもんらしく、俺にどうしようかと視線を投げてきていた。
ふむ、仕方ない。こういうときは――。
「あー、それなら取り敢えず町に戻ってからにしないか? 実はこの後、迷宮区最寄りの《トールバーナ》の町で、初めての《第一層フロアボス攻略会議》が開かれるらしい。その後メシでも食べながら親睦を深めてフレンド登録するって方がいいと思うんだが」
名付けて『「じゃあ後でアドレス交換しようね」「ごめん忘れちゃってた」』作戦。
要するに、ただの時間稼ぎだな。その名の通り忘れてくれりゃ御の字だし、なんなら攻略会議のどさくさに紛れて逃げちゃってもいいという二段構えだ。
パンはふんふんと大袈裟に頷いた後、グッとサムズアップしてくる。
「グッドアイディアだよ、ハッチ!」
「そうか。んじゃ《トールバーナ》に行こうぜ」
「OK」
そうと決まれば、と駆けだしたパンの後について歩き出す。
するとユキノがすっと隣に来て、小さな声で問いかけてきた。
「彼女、信用していいのかしら」
「さあな。いまいちやりにくいやつだし、何より気安いのがな……」
ほんと、俺じゃなきゃ勘違いしてるとこだぞ。
「鼻の下が伸びてるわよ、下心くん」
「いやそれ原型留めてないから。ただの罵倒だからな」
くすっと小さく笑って、ユキノは再度訊ねてくる。
「時間稼ぎをしたのはわかるけれど、なぜあんな言い方をしたの?」
「ん? ああ、それなら――」
ユキノにさっき考えたことを説明する。忘れてくれたらラッキーだということ。或いは会議に紛れて逃げればいいこと。もしどちらもダメなら、
「まあ本当にメシを食うことになっても、そこでどうにかこじつければいいだけだしな」
だが説明を終えてもユキノの疑問は晴れていないようだった。
「あなたにしては随分と回りくどい……いいえ、消極的な方法ね」
そうか? ……そうかもしれないな。
「確かに問題の先延ばしはあなたの常套手段だけれど……」
「いや、お前の言う通りかもしれん。なんとなくやりにくいと思ったからかもな」
「やりにくい……。それ、さっきも言っていたわね。何故?」
「そうだな……」
考えていると、不意に目の前が暗くなった。と、次の瞬間――。
「おわっ!」
「きゃっ」
「ユーたち、あんまり遅いと、お姉さんが引き摺っちゃうぞー」
おい待てやめろ、やめてください、当たってるから、柔らかいのが顔に当たってるから。
「って、っちょ、待てって、オイ」
「放しな、さい。っく、こんなもの……」
「あんっ。ハッチ、ユッキ、あんまり動いたら、お姉さんホットになっちゃうよー」
「ハチくん、今すぐ離れなさい。ハラスメントで黒鉄宮送りにするわよ」
「ばっ、お前ユキノ、やめろ、俺は悪くねえ!」
それからしばらくこのスキンシップ過剰な美女の脇に抱えられて歩くうち、こいつ相手だと何故やりにくいのかがわかった。
アレだ。こいつ、あの人に似てるんだ。
ひとをおちょくるのが得意で、妹が大好きな、雪ノ下陽乃に。
× × ×
《トールバーナ》の町に着いたのは会議が始まる三十分ほど前だった。
《第一層フロアボス攻略会議》と銘打たれた会議は町の中央にある劇場跡地で行われるそうで、会議にはこの町にたどり着いているプレイヤーのほぼ全員が参加するだろう。参加者の人数がどれほどになるのかはまだわからないが、少なくともそれがこのアインクラッドにおける攻略のトップ集団であることは間違いない。
ここまで約1か月。
だいぶ時間は掛かっちまったが、ようやく上層への足掛かりが得られる。なんとしてでもこの第一層を突破して第二層に、そして最終的には第百層をクリアして現実に帰る。
そのためなら、どんな手でも使う。そう決めていた。
「随分とギリギリだったナ、ハー坊」
不意に聞き慣れた声が届いた。
振り返ると、頬に三本髭を描いたアルゴがニヤニヤと笑っていた。
「そりゃアレだ。余裕の表れってやつだよ」
すると隣から呆れたような一言。
「よく言うわね。迷宮区でトラップに掛かって慌てていたくせに」
「いや待て、あれは俺のせいじゃねえだろ」
「そうだったかしら? なら、色仕掛けに負けて宝箱を開けたのは誰だったのかしらね」
「マジですみませんでした」
こいつ、アルゴの前で言っちゃうなよ。これをネタに強請られたらどうしてくれんだ。
「アハハ! でもハッチが危なくなったとき、ユッキもダッシュだったよ! でね……」
「やめて、それ以上言わないで、やめてください」
エキサイティングし始める二人。
なんかマジで陽乃さんに弄られたときにそっくりだな。
傍でワイワイやってる二人をよそに、アルゴがそっと近づいてきた。
「なあハー坊、あの女誰ダ?」
「ん? ああ、あいつは……」
俺はアルゴにあの金髪美女、パンのことを教えた。迷宮区で会って、武器はナックルで、英語交じりの話し方をする『ちょっと人当たりの良すぎるやつ』だと。
だがそれらを話し終えてから、ふと気づく。
「え、なに、アルゴ、お前ともあろう者が知らなかったのか? あの目立ちそうなやつを?」
「まあナ。少なくとも見たことはなかったゾ。噂程度ならいくつか心当たりあるけどナー」
アルゴが知らなかった。少なくとも見たことがなかった。
それを聞いて、あの女は只者じゃないと思い直した。
情報屋アルゴのネットワークは想像以上に広い。彼女が元ベータテスターだというのは俺も知ってるが、それだけでは収まらないほど広く深い情報網をアルゴは築いている。
それは行動範囲が一層に限られる現在なら尚更だ。攻略の最前線に来れるようなやつなら漏れなくアルゴの手元にその情報が集まっているだろう。パンのように数少ない女性プレイヤーで見た目も派手なら目撃例も多いはずだし、情報がないはずがない。
だとすれば、あの女は意図して情報屋の目を掻い潜っているということだ。
どう考えても見たままのやつじゃない。相当にキレるやつだろう。俺はパンを見て陽乃さんに似ていると感じたが、案外それは能力に関しても同じことが言えるかもしれない。
「こりゃマジでフレンド登録するか考え直した方がよさそうだな」
呟いて、ユキノとパンのじゃれ合いを止めに行く。
《第一層フロアボス攻略会議》が始まる二十五分前のことだった。
次回更新は3日後です。多分いけるはず……。