離別の果てで、今一度。   作:シー

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 地味に長かった七番目の裏切りも、これでおしまい。
 それと、おめでとう。これで役者は出揃った。遂にヒーローの登場だ。
 それでは堪能しておくれ、これは七番目の裏切り、その全容。
 そしてこれは、八番目の裏切りに繋がる……赤い糸の、結び目だ。




第八話:最後の演者

 こんなはずではなかった。こんなものが見たくて此処に来たわけでは無かった。

 けれど、こうなる可能性を考えられなかったかと言えば、それは「否」だ。少年はその可能性を……今目の前で起こった最悪のカタチこそ想像できずにいたけれど、それでも歪んでしまった彼らが時折溢す言葉の断片から、現状より二つ三つ格を落とした最悪の存在を予感してはいた。

 

 峻厳なる千剣山を駆け上がりながら、少年は歯を食いしばって道行きの険しさを耐える。

 これまでの旅路でどれ程の傷を負っただろう。足は血と泥に塗れ、身体は長旅の汚れで煤けた色をしている。必死になって振る両腕もまた血と泥に汚れていて、剣タコで硬くなった手を嫌な温さでふやかす。

 既に指先の何本かからは爪が消えている。きっと山肌を登っている途中でどこぞに引っ掛けて置いてきてしまったのだろう。痛みを感じないのは、いつだったか獣に襲われて半死半生で生還した時と同様の理由であるはずだ。痛みも苦しみも何もかもを置き去りに、心が逸って仕方がない。引き攣れるように軋む心臓さえ、もっと早くと全力でがなり立ててくるのだから、目的を果たさない事にはどうしようもないだろう。

 少年の切れ長の目がちらと上を向く。目的地と定めた千剣山の中腹で蜷局を巻く蛇龍の姿に、とうに限界を迎えているはずの少年の足に力がこもった。

 

――こんなはずじゃなかった。

 

 幾度となく繰り返す思考に靄がかかる。脳に回る酸素が少ない。けれど進まなければという意思が少年を限界の向こう側へと押しやっていた。

 

――こんなはずじゃなかった。

 

 溺れる人のようにもがきながら、地を駆ける。滲む視界に銀色の流星が幾条も掠める様に目を眩ませながら、少年は思考の外で彼女の名を口にする。

 

――こんなはずじゃなかったんだよ、本当は。

 

 何事かを聞き取る事すら出来なくなった頭の外で、鼓膜を揺らす低音にハッと枯れた吐息を吐く。理解どころかまともな返事も出来ない少年の有様に、外側から吠え猛る星の竜は悔し気に呻く。

 

――本当は、ただあんたに会えたらそれでよかったはずなのに。

 

 けれど、少年が蛇龍の下へ辿りついたとき、その胸元に揺れる黒に、星の眷属たちは一様に目を剥いて息を呑んだ。

 少年はわき目もふらず蛇龍の鱗に手を伸ばす。殺意が凝ったとしか思えない剣鱗の造形に臆することなく突っ込んでいった少年に最年長の眷属が声を荒げて危険を叫ぶも、少年の耳はそれを意味の在る音だとは捉えられなかった。

 少年の血に塗れた褐色の腕が銀色に重なった時、眷属の誰もが少年の死を信じた。あの勢いで突っ込めば、剣鱗の一枚はまるっと赤に染まるだろう。そう信じて、脳裏に細切れ肉と化した少年の姿を思い描く。

 しかし、彼らの予想に反して少年の腕はそれ以上の赤に染まる事はなかった。

 目いっぱい伸ばされた腕が蛇龍の鱗に触れた瞬間、僅かにも身じろぐ事なく、死んだように倒れ伏していた蛇龍の鱗が淡く輝き、鋭い切っ先は燐光の集合体となって少年の身体を取り巻いた。

 あまりの事に放心し、滞空姿勢を解いてしまって墜落する星龍の視線を尻目に、まろぶようにして燐光の奥に身を乗り出した少年は、蜷局の内側に展開された夢幻の世界を垣間見て……心の底から、後悔した。

 

 「なんで、こうなっちまったかなぁ……?」

 

 か細く震える掠れた声で少年が泣く。戦慄く唇は青ざめ、いまだ幼さの残る顔がぎゅうと顰められる。

 美しい星の果ての景色の中で、見知った誰かの形を歪めた真心と見知らぬ被害者が悲壮な幸福を前に泣き笑う。俯瞰して見る紛い物の再会の優しさは、少年の罪悪感をここぞとばかりに煽った。目を瞑り、頭をふって眼下の光景を脳裏から消そうと試みるも、再び目を開ければ、そこには変わらず束の間の幸福が虫の息で佇んでいて。

 そこに自分が行けない事は重々承知で、それでもどうにかあの被害者を、あの美しい鱗を纏うあどけない少女を夢から引き揚げなければと、少年は罪の意識に折れかけた心を必死に奮わせて傷だらけの腕を伸ばした。

 黒い首飾りと褐色の肌を持つ少年……バッバルフの弟であるナムカラングは、今度は目の前の悲惨な夢幻から目を背ける為ではなく、眼のふちに溜まった涙を振り払うために頭を振ると、明瞭になった視界の中心に少女を据える。それでもほんの少し足りない勇気を補おうと、彼は今までの旅路で心の支えとなった首飾りを確と握りしめた。

 ナムカラングの胸元で揺れる黒は、彼の兄が生前身に着けていた冥府の竜の鱗だ。それを知るからこそバルファルク達は少年を見て驚愕を露わにしたのだ。「バッバルフの忘れ形見がやってきた」と、まるで幽霊でも見たかのような反応を示した。

 肺一杯に酸素を取り込み、切羽詰まっていた脳に若干の余裕が生まれると、少年は視界を流れた龍の群れの声を思い出す。彼らは皆一様に少年に驚き、そして案じていた。女神にしか傅かず、女神を第一とし、二番も三番も無い様な在り方を是とする眷属群が見せたあの女神に属するものらしさ(・・・)に心臓がきゅうと音を立てて絞られる。

 こみ上げてくる嗚咽をなんとかいなし、兄が紡いだ奇跡に感謝する。兄との縁がなければ、ナムカラングは今頃龍の爪に引っかかれて千剣山のシミになっていた事だろう。今更ながらに己の幸運を自覚した少年は、しかしそもそもは兄との縁があの哀れな女神を不幸の底へ突き落としたのだと思いあたって歯噛みする。あまりに不幸の配分が多すぎやしないかと憤りを覚える程に、壊れた天秤の不合理を嘆く。

 

――あぁそうだ、そもそもは縁が引いた導線だ。不幸の入り口が幸せだと知りながら、手を伸ばして結んだ糸が連れて来た、くそったれな結末だ。

 

 良い事の後にはとびきりの悪い事が待っている。それが運命付けられた生き物がダラ・アマデュラという女神だと教わったはずなのにと、少年は自らの思慮の浅さを唾棄する。

 

 そもそもの事の発端は、ドゥルバルがダラ・アマデュラの剣鱗を携えて妹の下へ戻った時だと、ナムカラングは掌の先に存在する死に絶えた筈の過去を想う。

 現状を成す全ては此処から始まったと、ナムカラングは涙に曇る瞳の奥で荒れ狂う感情を噛み締める。

 ドゥルバルが女神を裏切って帰ってきた時、ウルクの人々はそんな事情など知らずに彼の帰還を概ね好意的に受け入れた。行商人としての彼は有能であったし、その人柄は昔なじみの多いウルクでも評判の好青年だったからだ。

 しかし、彼が涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で自分の犯した罪を告白した瞬間、ウルクの民はドゥルバルとその血縁を嫌悪し、忌避した。古代メソポタミア世界における人間とは神々の労働力であり、神に仕える事を当然と考える文化の中で生きていた。神の為に働き、神の為に生き、神の為に死ぬ。その合間に娯楽を楽しみ、愛を語り、悲しみに伏せ、怒りに叫び、幸福に笑む生き物が人間であった。

 そうあれかしと創造された彼らは、故にただの人間でしかないドゥルバルがしでかした大それた……否、想像の埒外にある愚挙に恐れ戦き、ありもしない女神の報復を思ってドゥルバルの血族をウルクの街から追放した。

 そして当然の流れで、ドゥルバルは血族から袋叩きにあった。彼が生きて帰ってきている以上、女神の報復など街の人々の妄想でしかないのだが、それはそれ。よりにもよって創世に語られるメソポタミア神話最強にして最も愛情深い神格を裏切ったのだ、格別の配慮で逃された命だとしても、一般的なウルクの民であった血族はせめて半殺しにはしないと気が済まなかったのだ。

 勿論、ドゥルバルはその暴行を真摯に受け止めた。誰かに責められる事が今ばかりは有難いと、自分の犯した罪の深さを痛みの中で噛み締めた。

 けれどそうまでして手に入れた剣鱗と血は、結局彼の妹であるシュミの命を救うことは無かった。当のシュミが、その申し出を固辞したからだ。女神相手に不遜だが、彼女は病床にある自分と千剣山に封じられたダラ・アマデュラを重ねて見ていた。

 その時の様子をナムカラングは詳しく知らないが、それはそれは盛大で一方的な兄妹喧嘩が勃発したと伝え聞いている。ドゥルバルの裏切りが発端で出来た小さな寒村、人々に「裏切者の村」と称される名も無き新興集落で語られるそれは、大人たちの間で鉄板の酒の肴である。

 酒の肴。そうだ、裏切者はなんだかんだでそれなり幸福に生きていた。後ろ指を指され、生まれ故郷に帰る事が難しくなっても生きる事は許されていて、きつい仕事の後にはたまにだが酒も飲めて、食卓は貧しくとも温かくて、子供たちだって泣いたり笑ったりしながら健やかに育っていた。そう生きる事をダラ・アマデュラに許されて……いや、あるいは求められていたのかもしれない。

 裏切られたシュガルの家族が逃げ場を求めてやってきた時も、彼らは息子を信じてやれなかった己を責めながら、それでも必死に生きて実直だったシュガルの魂を想っていた。冥府にいるだろう彼の魂に謝りながら、死後の彼に聞かせる話を増やそうと充実した日々を過ごそうとしていたのだ。

 それは勿論、自分たちバッバルフの血族だって同じである。

 お守りと称して渡された剣鱗を大事に抱えて生家に顔を出した兄の顔を思い出したナムカラングは、記憶の中の兄と眼下に見下ろす兄の姿の齟齬に心が軋む音を聞く。

 あの日、やたらと暢気な顔をして数年ぶりに帰宅した兄を見た時、まずナムカラングは真っ先に兄の腹に拳を入れて、頽れた所で頭を強く叩いて地面に落とした。音信不通でどこぞに消えた兄を案じる心は、とうの昔に自由気儘過ぎる兄の放浪癖に対する憤怒に取って代わっている。

 だからこれは当然の報いだと地面に転がり呻く兄を詰れば、それでもへらりと笑って脂汗をかきながら「ただいま」と言った。「思った以上に強くなったね」なんて喜ぶ兄の変わりない能天気さに、結局ナムカラングもふは、と噴き出して「おかえり兄貴。あと二ヵ月遅かったら葬式あげられてたぞ」と告げて兄を慌てさせたのをよく覚えている。

 ナムカラングが首から下げている黒鱗はその時兄から譲り受けたものだった。歌い手の兄と違い、弟は身体を動かす方に才能を開花させていた。その腕前は既に大人顔負けで、一度狩に出れば確実に一匹二匹の獣を無傷で狩って帰れる程に勘も良い。そんな弟からすれば魔獣すら退ける冥府の竜の鱗など有難迷惑でしかなかったが、何故か兄は弟の手に強引にそれを握らせた。

 

「ナムカラング、どうかこれを預かっていておくれ。僕はこれからイシュタル様に謁見しなくてはいけないんだけれど、あの方は珍しいものが好きだから……強請られてしまっては、恋人としては差し出すほかないからねぇ」

 

 「だからこれは一旦お前に預けて、帰ってきたら返してもらうよ」と、兄は優しく微笑んだ。「それで帰ってきたら、今度はそれとお前を連れてお師匠様の所に行こうか」なんて目を煌めかせながら、バッバルフは自分の師匠がいかに素晴らしく偉大で愛情深く、それから可愛らしいかを怒涛の勢いで捲し立てた。

 結局、母が買い物から帰ってきても、父が仕事から帰ってきても、兄は両親を言葉巧みに丸め込んで一晩中「お師匠様」の話をナムカラング達に語り聞かせたのだから、あの兄は本当に好きなものには全力投球だなと皆して呆れながら笑ったものだ。

 思えば、あの時既に兄は己の末路を覚悟していたのだろう。助命嘆願のお守りを命がけで守ろうとした救い難い馬鹿な兄のことだ、親友からもらった黒鱗もイシュタルの目に触れれば奪われると考えたのか、結局バッバルフは親友と師匠の願いを己の我儘で台無しにした挙句、その命を無残に散らした。

 ウルクで千切られた兄の遺体を千剣山に運んだのは村人全ての意思だ。余りにも惨たらしい姿で帰ってきた兄を如何葬ればいいのか解らなかったナムカラングは、突然遠くに放られた心を拾いに行く間もなく兄の遺骸を見送った。

 その時の彼の背中を如何語ろう。心此処に在らずといった風で村の出入り口から僅かにも動かず、茫洋とした目で数日前の兄の笑顔と血に塗れた苦悶の顔を重ねられずにいる彼の背中は、語り尽せない虚しさを纏ってただそこにあるばかり。

 両親は死んだ息子の有様に生きる気力を奪われたのか、一気に老け込んで口数もめっきり少なくなり、神を崇めることもぴたりと止めた。ただ、あの蛇龍の女神には感謝していたのか、日に一度は彼女の名を呼び、小さく感謝の言葉を溢しているのを村人たちが耳にしていた。

 村中が仄暗い空気に包まれ、誰もがイシュタルの所業に鬱屈とした心を募らせる中、本当に突然――ある女が、発狂した。

 

 

 

 

 

 シュガルの血族の一人に、チカという女がいた。

 彼女は何処にでもいる凡庸な人間で、額に汗をかき、手に肉刺を作り、羊飼いの妻として精一杯夫を支え、日々を堅実に生き、些細な幸せに頬を緩ませる女だった。それこそ狂気とはまるきり無縁であるような、心穏やかな女だった。

 裏切者の血縁として放逐されはしたが、女は幸福だった。

 恋を経て結ばれた夫は能天気なきらいがあるものの、優しく頼りがいがあって愛情深く、女の子と男の子、両方の子宝にも恵まれた。村での毎日は大変だが、それはどの家も同じこと。ささやかながらも毎日餓えない程度の食事が用意できる暮らしは、一日の終わりに心の疲れを慰めるのも、何処の家も同じである。

 毎日が苦労の連続で、悩みの種は潰えない。けれどそのいずれもが過剰なものでは無く、頑張ればどうにか出来る程度の問題で、夫や子供の手を借りればすぐさま立ち消える壁だった。

 終ぞ史実に語られる事のない常民の歴史。幾千万、幾億ものおおよそ幸福な凡民の内の一人だった女が狂ったのは、それこそ突然のことだった。

 

 ある日、女は何時もの様に夫に付き従って僅かに連れて出られた羊たちの世話をしていた。遠景には悠然と雲が泳ぎ、柔らかな日差しが緑の牧場を長閑に照らす。

 どこか間延びした夫の声に追い立てられる羊たちすらものんびりして見えた、穏やかな昼日中。夫の傍で仕事を遊ぶように学ぶ息子の楽し気な声に向かって、我慢しきれなくなった娘がわぁっと駆け寄るのを見送る。花嫁修業もそこそこに羊の群れに飛び込む娘に、夫の隠しきれない笑いを多分に含ませた怒鳴り声が届く。

 夫も娘もその怒りが形だけのものだと解っているのに、未だ幼い息子がぴゃっと涙目で跳ねる。

 不意を突かれた夫は腹を抱えて高らかに笑い、娘は弟を泣かせてしまったと思って息子に向かって突進して、勢い余って二人揃って野を転がった。びっくりして目を丸くする二人に、夫はといえばさらに笑い声を大きくするばかり。

 なんとなく「幸せだなぁ」なんて唇に乗せてから、夫に向かって声を張る。ちゃんと子供たちを助け起こさなかったら、今日のビールは無しにするからね、なんて怒ってみせれば、機敏な動作で子供たちを助け起こす夫に女までもが噴き出した。

 あぁ、本当に幸せだと、女は愛おしい家族と共に、緩やかに流れる時間を生きていた。

 けれど凡庸極まる幸せは長く続かなかった。いや、続かせてもらえなかった、と言うべきか。

 ほんの瞬きの間だったように思う。女にとってそれ程の短い時の間で、一瞬後の世界は劇的な変化を遂げていた。

 

 空の青が綺麗だった。

 夏が近いからだろう。濃い青色をして広がる空は、冬の空より人に近い気がして大好きだった。

 雲が白が眩しかった。

 羊に似た雲の群れを指さして、家の羊たちの方が可愛いと笑う娘たちが可愛らしかった。

 波打つ緑が綺麗だった。

 思い切り寝転がっては度々羊に埋もれていた夫の笑顔が何故か脳裏に浮かんで消えた。

 少し黄色っぽい羊たちが倒れていた。

 ごわついた毛束を豪快に洗う子供たちに何度拳骨を落としただろうか。

 夫から赤い何かが溢れていた。

 子供たちに伸ばした手が無かった。子供たちに向けていた笑顔が無かった。というか、顔がなかった。

 子供たちは居なかった。

 そこには大きな穴があるばかりで、あの子たちの手も、足も、声すらもなかった。

 

 顔と手の削げた夫が穴に向かって倒れる。

 赤い糸を引いて視界から消える大きな体を、確かに夫だと認識している。なのに作り物めいて見えたのは何故だろう。女は疑問を脳裏に浮かべながらも微動だにすることなく、傾いでいく夫を見続ける。

 腕と顔のない夫が完全に穴に消えて暫くたって、耳に鈍い水音が響いた。思いのほか深い穴だったな、そう過った瞬間、女は半狂乱で駆けだしていた。

 何が起こったのかを理解した訳では無かった。何を失ったのかを理解した訳でもない。

 女を動かしたのは愛だった。ありとあらゆる感情が置き去りにされる中、現実を理解できない頭ではなく、力いっぱい心臓を殴りつけた愛情が、女の身体を突き動かしていた。

 そう長い距離を走ったわけではないのに息が上がるのは、心臓の方が早く走っているから。全力で走っているのに遅く感じるのは、気持ちの方が自分の前を走っているから。真白に染まる脳裏が冷たく感じるのは、手足に力を込める熱量に全てを持っていかれたから。

 僅か数秒で別人のような面差しになった女が穴の淵に辿り着き、勢いを殺しきれないまま身体を乗り出すようにして穴の奥底を覗き込み、そして。

 

「――――あぇ?」

 

 そして、女は正気を失った。

 

 青々と草木の茂る穏やかな午後の空気の中で、一人の女が狂いながら泣き喚く。

 遠くからそれを眺めていた女神は、空の青と同じ清々しさで天高く腕を伸ばし、小さく欠伸を溢しながらにんまりと微笑む。

 大地を抉る一撃であの生意気な女神への鬱憤は晴らした。髪を振り乱して狂乱する女の悲嘆であの無礼な女神への苛立ちは薄れた。となると、後はこの煮え滾る憤怒を、与えられた屈辱を晴らすだけ。

 

「それじゃあさっさと動きましょうか。少し回りくどいけれど、要は『真正面』からじゃなきゃいいのよね」

 

 ならばいくらでも手はある。なにせこの地上には使い勝手の良い(にんげん)が吐いて捨てる程有り余っているのだからと、傲慢に笑みながら独り言ちる。

 そうして女神は先程まで弓として使用していた船に乗り、狂乱する女の横っ面を殴りつけた。

 鬱憤まで晴らせた上に、己の要望を叶えるには丁度いい労働力も手に入れる。「一石二鳥ならぬ一射二鳥ね」。などと考える女神に、女は一瞬呆けた後、陰惨な表情でほの暗くわらう。

 ここで女神は下手を打った。禁忌に触れ、天災を起こしただけでは飽き足らず、女神は更なる災厄の種を芽吹かせた。女神がただの労働力と侮った人間が、束の間取り戻した理性で何を感じ取ったのか。そもそも、チカがどの神を奉じる者か、それを知れたら良かったのに、などとは決して言うまい。

 全ては女神の撒いた種。自らを愛する女神が哄笑するその後ろに悲嘆に暮れる者がいるならば、蹂躙された大地に芽吹くものが何であるかは想像に難くない。

 チカの砕けた心に、女神はある計画を囁く。人間は全て同じもの。多少の違いはさておいて、その真価は神に奉仕する労働力でしかないのだ。例えその女があの忌々しい元恋人の羽虫と同じくダラ・アマデュラと関わる血筋にあったとしても、チカという人間は「普通の人間よりちょっとムカつく人間」でしかない。

 だからイシュタルはその「普通の人間よりちょっとムカつく人間」を苛めてから、「普通の人間」にするように命じたのだ。

 

「そこのアンタ。ウルクの都市神、戦いと豊穣の女神であるイシュタルが命じるわ。あの忌々しい蛇龍の女神ダラ・アマデュラの依代を作りなさい。あの女神を私達と似た形に押し込めるのよ。勿論できるわよね?」

 

 だって、それは神々の聖像を造るという行いなのだから、とまではイシュタルは言わなかった。そこまで言えば解るだろうと、今しがた己が狂わせた人間に正常な判断と理解を強要し、それを確認することなく立ち去った女神は、己の凶行を棚に上げて人生を台無しにされた女を愚図と罵って急かして消えた。

 もしもその時、常人ではなくなった女の頭の中が覗けていたのならば、イシュタルは顔を青くして女を殺して逃げただろう。

 そもそもイシュタルは人間の想像力を甘く見ていた。ダラ・アマデュラに人の似姿を……頭脳体を与える、という案自体は悪くない。けれど、イシュタルが思い描いた工程は神の姿を写し取った聖像を用いた疑似的な神降ろしによる頭脳体の生成であって、かつてティアマトが真体と頭脳体とに別たれた時の様なものすら考えてすらいなかった。

 そこまでしてしまえばイシュタルの目的である「聖像の破壊による疑似的なダラ・アマデュラへの攻撃」が果たせなくなってしまうからだ。

 聖像は神の依代だ。神は聖像を通して人間から衣服や装飾を受け、食物を饗される。奉仕されるための端末こそが聖像というものであり、そのため聖像への無礼は神への無礼に直結する。

 であるならば、ダラ・アマデュラも聖像を介してならば攻撃が通るのではないかとイシュタルは考えた。勿論自分が直接聖像を壊してしまっては神々の契約を侵してしまうので、そこは偶然を装って己の恋人をけしかけるか、それこそ今しがた地面を這わせた女にやらせてもいい。

 十割全ての攻撃が通らずとも、せめて一割程度の不快感を与えることくらいは出来るだろう。当然そんな事をしても上手くいく保証など何処にも無い。だが、せめてあの女神の顔を歪めるくらいはしないと収まらなかった。

 要は回りくどい嫌がらせだ。直球な女神にしては珍しい手の込みようだが、口にしてみれば実に安直な報復である。

 そんな安易な発想を、狂ったチカは誤解した上で歪曲し、捩じれたままに実行した。

 その結果があの骸龍オストガロアの成り損ないだ。女神の命令を歪んだ心で受け止めた結果の産物は、その材料に村人の命と裏切者たちの願い、そして女神が残した剣鱗で出来ていた。

 制作過程を間近で見ていたナムカラングは、あの光景を思い出すたびにこみ上げる吐き気を抑えられずにいる。

 チカがやったことは単純だ。女神の鱗と血で泥を捏ね、捏ねた泥を鱗に纏わりつかせてから己の命を捧げた。捧げられた命は鱗の表面にへばりつく泥と同化し、葬られたシュミの亡骸を喰らってその姿を得た。

 人間の姿を手に入れた泥土であったが、それだけでは聖像(・・)足りえない、あの蛇龍の女神に人の姿を与える(・・・・・・・)には程遠いと、今度は失意に沈むドゥルバルを飲み込んだ。そうして次々と逃げ惑う村人を捕まえては捕食し、その身の内に「人間」というものの形を覚え込ませていく。

 捕食と学習の過程でチカではなくドゥルバルの願望が形を持ったのは、偏に彼の方が女神との親和性が高かったからであろう。

 それから泥土はドゥルバルの姿と声と仕草で人をおびき寄せ、チカの妄念で人を喰らった。

 ナムカラングが一人生き延びたのは兄が残した黒鱗のおかげ以外の何物でもない。冥府のにおいがする鱗は泥の塊と化した生命でさえ遠ざけたのだ。

 その頃には自失した心も急ぎ足で帰りつき、泥土への嫌悪と悲哀、そしてイシュタルへの尽きぬ憎悪で生きる気力を思い出す。

 それからというもの、ナムカラングは必死になって泥土を追った。それはあの醜悪極まりない生命への冒涜に満ち溢れた泥が何を成さんとしているのかを危惧しての事であり、さらにはあの金星の厄病神の思い通りにはしてやらないという反骨精神の表れであり、泥土となってさえ愛し哀しと思えてならない仲間への思慕の念であり、なによりナムカラング自身がダラ・アマデュラに一目会いたいという、強迫観念染みた衝動故の行動だった。

 そんな自分から逃げるソレは目的地である千剣山を目指しながら、近隣の村々でつまみ食いをしては「人間」を溜めこんでいった。

 まさしく醜悪な有様に、国から討伐隊が派遣された事もある。しかし、その時分には既に剣鱗と結合した泥土はダラ・アマデュラの持つ強固な守りをそのまま身に着け、逆に餌が来たとばかりに喜び勇んで触腕を伸ばす。

 ナムカラングの役割はオストガロアの食欲、あるいは知識欲からそういった人々を守る事であった。黒鱗の守りによってオストガロアの忌避を煽る彼に何十人もの命が救われた。

 だが、もとはと言えば裏切者の村が生み出した怪物だ。救われたものは誰一人として彼に感謝することなく、どころか罵倒の言葉と石を投げつける者の方が圧倒的に多かった。

 けれどナムカラングはそれを耐えた。彼にとって大多数の人間とは臆病な裏切り者だ。今更優しい言葉を掛けられる方がぞっとする。

 討伐隊の派遣が一度きりで良かったと、ナムカラングは半神半人の王に感謝する。無駄に命を消費させることなく静観の構えを取った事にウルクの民こそ気が気でなかっただろうが、オストガロアの途轍もない食欲と、それ以上に重苦しいダラ・アマデュラへの思慕の念を知っている身としては、目の前で人間が生きたまま喰われる様と泣き言を延々と五感に届けられる苦行は出来る限りご遠慮願いたかった。

 

 

 

 

 

 そんな風に一心不乱に人間とダラ・アマデュラを求めるオストガロアを追って数年の時を経た。道中は血肉の臭いと形容しがたい汚泥の悍ましさに塗れていたが、それでも耐えて彼らはようやく目的地である千剣山へとたどり着いた。

 やっとここまで来たと面を上げ、遠方に見える星の輝きを目にした瞬間、ナムカラングはただ一言、「まちがえた」と口にした。

 まちがえた、そう、間違えた。ナムカラングは選択肢を間違えた。

 遠目に見える銀の鱗は剣のように鋭く剣呑で、近付く者どころか此の世の全てを損なわんとする、在りもしない意図を感じ取ってしまいそうであるのに、ナムカラングの目にはその比類なき殺意を秘めた美麗な塊が、何故か、途方に暮れた子供が探し人に見つけてもらおうと光をちらつかせている様に見えたのだ。

 暗い暗い夜の底で、冴え冴えと輝く剣を星の導と変え、「ここにいるよ」、「だからおねがい、わたしをみつけて」と、重苦しい夜の闇の中で精一杯足を踏ん張って震えているように見えた。

 傷だらけの心を抱え、必死になって闇夜の寒さに耐える子供の下に、自分は雷雨を引っ提げて訪った。

 そうと気付いた瞬間には、もう既に災厄の雷雨(オストガロア)は猛然と山間を駆け抜けていて。

 はっとして駆け出して瞬きを一つ二つ重ねる間に、世界は狂乱の嵐に見舞われていた。

 故に、ナムカラングが満身創痍になったとはいえ、五体満足で命を落とす事無くその声を聞ける位置にまで辿り着けていた事は奇跡に近い。

 疾駆する合間にシュガルとバッバルフの墓と墓標の鱗を拾い食いしていた泥土が、冥々と濁る世界の中で淡く輝く冷たい刃の間を這い登り女神の口元に手を掛け、人型を取る。チカではなくシュミの姿をとったオストガロアが放った一言は、確実にその場にいる全ての生命の鼓動を一瞬止めた。

 原初の母が持つ生命の種を抱えた海などとは比較する事すらおこがましい、血肉色の命の器がぱしゃりと蕩けて女神の口腔に滑り込む。あんなにも穢れきったものを敬愛して止まない主人の口に放り込まれた眷属たちはたまったものでは無いとばかりに絶叫するが、それを掻き消す大音声の悲鳴にナムカラングの心臓が嫌な音を立てて凍り付く。

 愛おしい存在を口にする。それも無理やり注がれて、呑み込まされて、胃の腑に溜まるぬるい感触を想像しながら嫌悪と悍ましさに身を捩って泣き喚く女神の姿に、ナムカラングは沸き立つ感情の赴くままに咆哮した。

 不明瞭な感情を言葉にするのは難しい。胸中で荒れ狂うそれに名前を付けることすらできない彼は、一心不乱に女神を目指して駆け抜けた。

 暴れ狂う女神が降らせる流星も落石も目に入らないとばかりに手足を動かす彼は、女神が身体の内側に染みた泥土によって強制的に意識を駆られて倒れ伏した途端、それまで僅かに考えていた身体の限界を懸案事項からすっぱり切り捨てる。

 

 そうして山の中腹に倒れる女神に辿り着いた彼は、死を恐れぬ一過性の蛮勇の果てに、憐れな夢を垣間見た。

 

 ほのかに光を放っていた銀色がほどける。見上げる程に巨大な鋼の身体は、陽の光に当たるとどうやら淡い白金色を帯びるらしいと、ナムカラングは空っぽになった頭で考える。

 夢幻の先で現を掴み、引っ張り上げて腕におさめた。褐色で血と土と埃で汚れた腕とは対照的な透明な白が、檻に囲われるようにして此処にいることに途方もない充足と罪悪感を覚えた。

 自分と同じか少し幼い見目の人型を取った女神に、少年は天を仰いで肺に溜まった息を吐き付ける。

 燐光に巻かれながら夢幻を脱した時、偽物の中の真実は少年に女神を託すと同時に女神の行く末を予想してみせた。刹那に満たない間に叩き付けられた思念は暴力以外の何物でもなかったが、それでもナムカラングは与えられた予言を飲み下し、理解し、絶望しながら希望に満たない兆しを食んだ。

 ダラ・アマデュラという女神は、壊れない。

 朽ちず、壊れず、死なず、変わらずを約束された存在。永遠に成り損なう運命を背負った哀れな子供がダラ・アマデュラである。

 しかし、原初の女神がその理に抜け道を作った。永遠に変わらずにいて欲しいと願った母が植えた、変化を是とする矛盾の呪いは、果たして蛇龍の精神こそ不変としたが、肉体に限っては変化を許容したのだ。

 要は永遠に無垢で幼い心の儘、母を慕っていればいいのだ。その根幹さえ変わらなければ、肉体の変容は許容範囲内だと呪詛は泥土の懇願を受けて、妥協した。

 そもそも他者の裏切りによって発生する瑕疵は母が呪ったからこそ生じた「変化の許容」であるのだから、妥協というよりも連結、結合、あるいは提携、だろうか。それらに類する言葉が相応しい。両者はともに歩み寄り、蛇龍に更なる地獄を強いた。

 すなわち、頭脳体の形成という外部端末の創造。ナムカラングが抱き込んで離さない華奢な身体は、より深い人との繋がりを渇望する人間たちの祈りと、それ以上に深い喪失の絶望を求める歪んだ母の愛を背負わされている。

 けれど、それがどうしたとナムカラングは思うのだ。

 爪のない指で硬質な輝きを放つしなやかで柔らかな髪をぎこちなく梳きながら、少年は薄く黄緑を刷いた灰色の瞳をゆるりと細め、脳裏に焼き付いた女神の瞳を何度も何度も反芻する。

 

 率直に、なんの隠し立ても取り繕いも無く言えば、ナムカラングはダラ・アマデュラの瞳に堕ちた。

 

 堕落したとか、性根が腐ったとか、そういった類の話では無く、単純に彼は一人の男として一人の女に恋をしたと、ただそれだけの話に過ぎない。

 勿論、そこにティアマトの呪詛が絡まないかどうかといえば、まぁ、がっちりと絡んできたと言うか、絡めとられたと言っていいだろう。

 しかし、呪詛がナムカラングに恋情を抱かせたのかと言えばそうではなく、陳腐な言い方をすれば、ティアマトの呪詛は「運命」を運んできたと言える。

 要するに、一生に一度出会えるか出会えないかという程に惹かれあう魂の伴侶を、強制的に引き合わせたという事だ。

 故にナムカラングがダラ・アマデュラに恋をするのは必然であり、その逆もまた然り。怒涛の展開に一人溺れて取り残された彼女が、呼ばれたからというだけで手を伸ばしたのも、偏に理性とは違う場所が彼の存在を心のとても重要な部分に置いたからに他ならない。そうでなければ、ダラ・アマデュラは伸ばされた手を掴む事なく永い眠りの淵に落ちていたはずだ。

 無意識に、何かを考えることなく手を伸ばせるひと。それを赦して、受け止めて、望んでくれる、唯一無二の相手だと、彼女は誰に教えられるでもなく理解していた。

 きっと、目を覚ませば彼女は後悔するだろう。安寧を求めて自制を忘れた己を責めて、ナムカラングを被害者だと言って遠ざけようとするに違いない。

 けれどナムカラングは絶対に彼女の傍を離れないだろう。既に彼の心は決まった。今まで勢いだけで誤魔化してきた諸々を、心に追いついてきた瞬間に呑み込んで覚悟する。中には未だ飲み下しきれなくて喉元に引っかかっている物もあるが、それでも今しがた見つけた唯一無二の至上の存在を前にすれば、それらは等しく彼の足を止める力を失う。

 恐怖も絶望も憤りも、全て彼女を前にすれば些事である。そう言えるだけの熱量が生じた心を、一体誰が止められようか。

 いまだに青年に至らない年若い無謀さをそのままに、深い悔恨に引き出された先を考える力を得た少年は、女神の手を掴んで離さない喪失の未来に自らの全てを上乗せする。

 

「多分、あんたは泣くんだろうな……私のせいでとか言ってさ」

 

 ひょいと軽く、とは行かなかったが、満身創痍の身体にしては滑らかに女神の身体を抱き上げた少年は、腕の中の頭脳体と同様に横たわって気を失っている真体をくるりと大回りして向こう側へと足を向ける。

 その間、なんとか態勢を立て直したはずの眷属群が少年に抱きかかえられた少女の姿……をした、自分たちの仕える女神の玉体に再び銀の残像を生み出して落下していく様を横目に見ながら、少年は蛇龍の方の女神にも慕情を灯して口角をあげる。

 異形の女神でも相手は同じ運命の女であるのだからと考えるあたり、どうやら初手でかなり手遅れな所まで墜ちたらしい。

 

「でもおれ、後悔しねぇから。あんたが泣いて縋っても、絶対何処にも行かねぇし」

 

 そうして愛しい女の寝姿を見ながら回り込んだ先で、少年は彼女の為に設えられた神殿へと足を踏み入れる。

 虚構の世界で見た時は天然石で出来ていたように錯覚したが、どうやらこれは泥土が道中人間と一緒に取り込んだ家屋や施設、そして取り込まれた剣鱗と、神殿を造るために穿った千剣山そのものを用いて形作られているようだった。

 精緻な装飾に彩られた通路も、幽玄で美しい水面の庭も通り過ぎ、紗の道を抜けて玉座に至った少年は、玉座の足下に腰かけて胡坐をかき、その上に女神を収めてほぅと満足げに息を吐く。

 

「早く起きねぇかな……おれ、早くあんたと未来の話がしたいんだけどな……」

 

 なあ、と眠りこける女神のまろやかな頬を突きながら、少年は瞳に溢れる程の愛と僅かばかりの寂寥を滲ませて笑う。

 

 全部が全部仕組まれた出会いだとしても、少年がそれを否定する事は生涯無い。

 結末の解り切った物語だとしても、彼は全て承知でそれはそれは丁寧に頁を繰るだろう。

 少年は少女の開眼を待ちわびる。きっと最初は笑いながら泣く。自分に人の姿を与える為だけに歪んで間違えて突っ走ってきた馬鹿どもの為に、彼女はきっと笑い泣く。

 その後は多分、少年を想って泣くだろう。そして彼を突き放しにかかるに違いない。

 けれど少年としてはそれはいただけないから、そう上手くもない口と、馬鹿ではないが聡明とも言えない頭を必死に回転させて少女を言いくるめる他ない。

 さて、大変だと少年は一人気合いを入れて、目覚めた彼女が並べるだろう言葉を想像し、それらに対する反論を探す。

 

 全てはダラ・アマデュラに寄り添い、幸福な過程を歩むために。

 終わりが約束された関係なんて世に溢れた当然の道理だ。別れと約束しているのは彼女に限った話では無い。なんなら人間の方がよほど多くのものと離別の約束を交わしている。

 彼女の離別は、呪詛によって裏切りに行き着くから悲惨なのだ。

 だから、自分の裏切りで最後にしよう。自分の裏切りを、最期にしよう。

 生存と永遠が彼女の心を苦しめるのなら、死と刹那で彼女の心を慰めよう。

 

 ダラ・アマデュラが自分をみた瞬間、彼女の瞳に滲んだ安穏を希う色に心を奪われた少年は、ふるりと震えた白金の影を落とす銀の睫毛に一つだけ唇を落として、寂寥の滲む顔で微笑んだ。

 

 

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