百鬼夜行 葱   作:shake

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第六話 「魔法教師」

 考えに考え抜いて書き連ねた筈であった。様々な教育育児心療関連の論文を読み漁って己の正当を、与えられた試練の過酷さを表現した筈であった。

 しかし八日間の不眠不休は矢張り無謀に過ぎた様だ。鍛え続けてきた魔法と精神はそれを可能にしたがA4用紙二千枚のレポートを読み直す気力は無く、最後の方は、否、殆どが自分でも思い出せない。途中で『悪魔の軍勢が生贄を求めて彷徨い歩き』などと書いた様な気がしないでもない。そして参考文献リストの中に、ライオネル・ダーマーの手記が載っていた。それは如何考えても違うだろう。『あの子を矯正するのは自分では無理です』と書くのにそれを参考文献とするのは悪手だ。

 一日の徹夜後七日間をダイオラマ魔法球で過ごし(現実時間では七時間)てそのまま出勤し、学園長に報告書を提出した後授業を熟して帰宅。一夜明けてから漸く見直す余裕が出来たと云う訳だ。訳だが、二千枚とか正気の沙汰ではない。龍臥亭事件より長い。ダイオラマ魔法球により拡大された時間が有っても読み返す気力が無い。

 渡良瀬瀬流彦は顎に手を当て考える。もういっその事辞表を提出して中東アジア辺りに逃げようか。その辺なら流石に学園長の手も……否、エドガーの手が有るか。あの少年(身長と冷静な性格の所為で、とても子供には見えないが)、かなりの数の人造人間を世界各地に派遣して平和維持活動を行っているらしい。高畑教諭の替わりに来る男、と言うか人造人間は中東で教師をしていた筈だ。一人ショッカーとか笑うに笑えないのだが。犯罪に走りそうにない事だけが救いか。

 現代科学技術と中世錬金術の粋を凝らした特殊機能特化型魔法発動体――通称デバイス、その作成。それが彼の持つ特殊技能だ。魔導人形(ゴーレム)作成に特化させたと云うデバイスにより生み出される各種設備。麻帆良の魔法教師に貸与されているダイオラマ魔法球の殆どは、彼が造った物だ。人造人間も自律可動型ゴーレムやホムンクルスの延長だと云う説明であるが、一体どの程度のレベルの作品が造られるのか、瀬流彦は知らない。2-Aの生徒として学園に通う、絡繰茶々丸でも『もうこれ生命創造の域だろ?』と云う感じなのだ。あれより凄い、となれば、最早人間と見分けは付かないだろう(茶屋町と田上が人造人間と人造妖怪である、と云う事実を瀬流彦は知らされていない)。

 四年程前、彼が麻帆良に来た際模擬戦を行った事があるが、試合開始と同時にMS(モビル・スーツ)を造られ唖然としている内に遠距離攻撃されて負けた。駆け寄ろうとした一瞬の間に連邦の白い奴が目の前に居て、地面を揺らして飛んで行ったのである。何が起こったのか理解する前に”魔法の射手・戒めの風矢”で束縛されていた。仮面を着けて『化物か』と叫びたい気分であった。魔法と物理の反則的な融合。それがエドガー・ヴァレンタインの力である。半自律型の人間大ゴーレムを”大量”に作成して対手に叩き付ける”死の河”など絶対に喰らいたくない。喰らったガンドルフィーニ教諭はゾンビ映画が嫌いになったそうだ。喰屍鬼(グール)でなくともアレだけの質量分のGとか造られた日には心臓麻痺で死ぬ。

 ――まぁそれは兎も角。ネギ・スプリングフィールドは、彼と同じ感じがする。常に冷静で、何か大事が起こったとしても平素と変わらぬかの様に動き、一瞬で事態を終息させてしまうだろうと思わせる奇妙な凄味が有る。迚も九歳の少年には見えない大物振りと言おうか。歴史に名を残した偉人と云うのはああ云う感じであろうかと思う。年齢に見合わぬ落ち着きと思考速度だが、恐らくその思考の速さこそが彼を作り出しているのだと考えられる。

 対する兄、グージー・スプリングフィールドは、彼等とは違う。魔法制御力に難があるものの、覚えも早くて一般的には十分に”天才”と言える部類に入る。しかし、その思考の根本が違う。

 人間は、一度敗北を味わったならばそれを反省して糧とするものである。だが彼は反省していない。『俺は天才だから克服出来る』と云う確信のみが有る。『次はそうならない様に動く』ではなく、『次の次くらいでやり返せる』と云う思考なのだ。確かに、ネガティブよりはポジティブに考えられる方が良いだろう。しかし、彼は度が過ぎている。『失敗しても”絶対に”やり直しが効く』と考えているのだ。異常である。物事にはやり直しが効かない事も有る、否、効かない事の方が多い。そう教えても、彼には届かない。『それは一般人の思考。俺は違う。特別なのだ』との盲信が透けて見える。

 だから瀬流彦は、彼が恐ろしい。エドガーやネギは彼以上の天才であるが、その思考の筋道は理路整然としている。教えられれば理解は可能なのだ。仮令、常人が二、三十分を掛けて辿り着くあろう結論を一瞬で突き詰められたとしても、だ。だが彼にはそんなモノが無い。知識の出処はあやふやで説明は要領を得ない。同じ場所に居ながら、何処か別の場所で生きているかの様な薄気味悪さを感じるのだ。

 

 一昨日、彼に『”闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)”の家は何処に有るのか?』と尋ねられた。

「さあ?定住はしていないらしいけど……今はドバイ辺りに居るんじゃなかったかな」

 学園長からはそう聞いている。瀬流彦も、ドバイ土産のラクダチョコを貰った。

「……は?」

 何故か目を点にして驚くグージーだが、こう云う意味の分からないリアクションは今迄もそれなりの数有ったので、瀬流彦は無視した。

「で、何でまた急にそんな事を言い出したんだい?」

「え、いや……ええと。確か十五年前、俺の父親が彼女を麻帆良に封じ込めたんですよね?」

「うん」

「……まだ封印されているんなら挨拶くらいはしておこうかなと」

「……は?」

 今度は瀬流彦が首を傾げる番だった。コイツは何を言っているんだと云う目で見てみると、何故か急に焦り出した。

「え、ええと……あれ?俺の聞いた話だと、『十五年前、ナギ・スプリングフィールドが”闇の福音”を麻帆良に封じ込めた』ってので終わってたんだけ……ですけど」

「……それこそ、何で?」

「え?」

「『十五年前、ナギ・スプリングフィールドが”闇の福音”を麻帆良に封じ込めた。MMは彼女の身柄を引き渡す様に請求したが、麻帆良学園学園長、近衛近右衛門はこれを拒否。彼女はそもそも無理矢理真祖の吸血鬼に変えられた存在である事、変えたのが、当時のMM魔法省大臣アダルベルト・アバスカルと某宗教団体幹部である事を突き止め賞金の取り消しを求めた』……迄がワンセットだろう?学校ではそう習わなかったのかい?」

 MM以外の教科書では、全てそうなっている筈だ。有名な話であり、メルディアナを卒業した別の生徒も、その件で学園長を賞賛していた。MM元老院も、渋々ながら賞金の取り消しに動いている。麻帆良に彼女が封印されたのを知っていてそれを知らないのは、剰りに不自然である。

「あー……うん。授業の途中で寝ちゃってたみたいですね。うっかりしてました」

 彼はそう言って笑うが、瀬流彦の中の違和感は大きくなった。挙句、じゃあネギのクラスにガイノイドは居ないんですかね?などと尋ねられては警戒せざるを得ない。何の話だと回答を拒んだ。

 

 何なのだろうか、彼は。『天才と凡人では見えている物が違う』と云うのはよく聞く話であるが、彼はそれとも何かが違う様に思える。

 だからこそ、彼が(同情を引く目的で)語った『三歳の時に悪魔の襲撃を受けた』との話で腑に落ちた。

 

 ああ。精神汚染を受けたんだな、と。

 

 なので、瀬流彦のレポートにはそこの調査を重点的に行う様に書かれている。筈だ。

 何度も言う様であるが。読み直す気力は、未だ無い。

 

 

*****

 

 

 瀬流彦が教師を目指そうと思ったのは、小学校四年生の秋だった。

 当時の彼は優秀な魔法生徒として認められてはいたが、制御力よりも威力を重視するタイプで、優れている事を誇っている節があった。人より少し多いくらいの魔力容量の上に胡座をかいていた。簡単に言えば、優等生を演じられる、ヤな性格のガキ大将である。

 教師である父にはバレていない。そう思っていた。しかし向こうにしてみればバレバレだったのだろう。或る日、夕方の四時近く。父にボソリと着いて来いと言われ、外に連れ出された。

 瀬流彦少年は、言葉数の少ない父の事が苦手だった。嫌ってはいないし魔法使いとして尊敬はしていたが、家族サービスが少ないので不満だったのだ。もっと遊園地とかに連れて行って貰いたい。その不満の捌け口がガキ大将、だったのだろう。

 そんな父に黙ってついて行く。特に会話が有る訳でもなく、十分程歩いただろうか。「ここだ」と父が止まったのは、とある時計店の前だった。

 ここに何か用が有るのか。もしかして、腕時計を買ってくれるのか?そう思ったが、父は中に入る様子が無い。そしてよく見ると、周りにも何人かが留まりその時計店を見ていた。何だ?何が有る?そう思って店を見た瞬間、四時になった。

 途端、時計店の時計が一斉に音を立て、時刻を告げた。

 一体幾つ在ったのか。百は無いだろうが、五十以上は確かに在った。それらが全て、コンマ1秒の時間差も無く、同時に鳴ったのだ。一つ一つの音は小さくとも共鳴し合うそれらは体を震わせる。

 否。これは音で震えているのではない。感動で震えているのだ。

 この状況を作り出すには一体どれ程の労力が必要なのだろう。どれだけの努力が必要だったのだろう。一秒の時間差も無く時を刻み続ける時計達。気付けば涙が流れていた。

 父は、そんな瀬流彦の手を引き家へと戻った。言葉なんて何も無かったけれども、父の言いたかった事が理解出来た。

 魔法など関係無く、人を感動させる事は出来る。

 そんな彼等を護る為にこそ魔法は有る。

 努力無き栄光は無い。

 あの数分の中にはそんな父からの言葉が隠れていたのだと思う。そんな事を、言葉でなく”他人の努力の結果を見せる”事で語った父を尊敬した。教師とはそう云う事も出来るのだと感動した。

 だから教師を目指した。何時か、他人にあの時の感動を伝えたいと思ったのだ。

 あれ以来、力よりも制御を重視して魔法の修行をし、また攻撃よりも護る事を優先する様になった。そして今の瀬流彦が在る。

 

 

*****

 

 

「レポートは読ませてもらったよ」

「は、はい」

 目の前の老人は、教師としても魔法使いとしても自分の数段上に在る。麻帆良学園学園長、関東魔法協会理事、近衛近右衛門。

 瀬流彦は緊張していた。勇気を振り絞って読み直したら、最初の方こそ子供に対する教育方針を論じたり彼へのアプローチに対するリアクションに関して考察していたのだが、何故か途中からそこそこ面白い娯楽小説に仕上がっていたのだ。自分でも謎である。『悪魔の軍勢が生贄を求めて彷徨い歩き』は実際に書いていた。

 ただ当初の二十五枚は普通の報告書である。なので先日『二十六枚目以降は無視して下さい』と電話しておいた。メールでは流石に無礼に過ぎるし、だからと言って直接会う勇気は出せなかったのだ。

「――君から電話が来るまでには、大半を読み終わっておったのじゃが」

「うへえ」

 思わず妙な声が漏れる。『小説家に転向するのはどうじゃ?』とか言われたらどうしようか。今の時期から就職活動とか無理なんだけど。

「いやいや、そう強張らんでええ。徹夜続きで妙なスイッチが入ったんじゃろ?儂も若い頃に徹夜続きで変な行動を執ってしまったものじゃ」

 ふぉふぉふぉと笑う学園長に、瀬流彦は肩の力を抜いた。良かった。この感触ならば馘首(クビ)にはされずに済むだろう。薔薇高送りも、多分無い。

「ま、本文はしっかりしとる。多少言い訳染みた理屈も有るが……と言うか、儂が発破をかけ過ぎた所為じゃなこれは。十分納得出来る内容じゃ。君の努力を認めよう。彼の矯正は、一週間では無理だったと判断する」

「は、有難うございます」

 ……あれは発破と言うより脅迫だったが。とは口に出さない。

 出さなかったが、学園長の雰囲気が少し鋭くなったので緊張した。

「――ところで、渡良瀬君は、何処で悪魔襲撃の話を聞いたのかの?」

 声の感じは笑っているが、長い眉毛の下から覗く瞳は笑っていない。背筋がゾクッとしたので慌てて答える。

「ほ、本人が自分で言っていました!」

「…………さよか」

 何か、色々と諦めた様な口調で学園長が言う。

「ま、それは兎も角。君がレポートで指摘しおった件については、こちらでカウンセラーや退魔師でも派遣して探ってみよう。流石に精神汚染の可能性については無視出来んからの」

「は。お願いします」

 最悪の場合、本物のグージーは殺されていて、今居るのは悪魔と云う事も有り得る。まぁ悪魔ならば、自分の存在を気取られかねないあの話を進んでする筈も無いので、本当に最悪の場合だけれど。

 兎も角、これで瀬流彦に任されていた仕事は終わった。

 後は、最後の足掻きをしてみるだけだ。

 

 

*****

 

 

「……本当に、魔法障壁を展開してなくて良いの?」

 こちらを気遣う様な発言だが、顔のニヤニヤが消せていない。グージーの性格は会った当初から全く変わっていない様だ。

 訓練用ダイオラマ魔法球の中。二人は10m程離れて対峙していた。

 彼の担当教師は、明日からガンドルフィーニに変わる。そして新学期以降は高畑が面倒を見る事になっていた。瀬流彦が彼に関わる機会はこれ以降、無いだろう。

 ――だからと言って、ハイさようならって訳にもいかないよね。

 自分は教師である。学園長や父の領域に今は未だ届かなくとも、いずれは辿り着いてみせると誓った身だ。出来なかった、だから次の人に任せます、の連続では通らない。今回は不本意な結果に終わり、またこの模擬戦で彼が劇的に変わるとは思えないが、やれるだけの事はやっておくべきだろう。

「ああ。君が一番自信の有る魔法をぶつけてきて良いよ」

「……知りませんよ?どうなっても」

 あれ、手加減したんだけどなぁ。全力の魔法をこちらに撃ち込んだ上でそう言おう。

 そんな思いが透けて見える。

 ――ポーカー・フェイスの訓練もする様に、申し送るべきだね。

 対手に手の内が読まれ易いのは問題だろう。実際には対人戦など滅多に起こらないにしても。

 少年は瞬動を用いて更に距離を取った。大威力の魔法に自分が巻き込まれない様にする為だ。

「――契約により我に従え高殿の王、来たれ巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆」

 雷系最大呪文、千の雷。この歳でこの魔法を扱えるとは、確かに天才だ。そして手加減する気が一切無い。

 まあ、それで良い。

 そうでなくては彼の自信を打ち砕けない。

「遠隔補助魔法陣展開!」

 ここだ、と瀬流彦は意識を集中する。この瞬間のこの術式。ここに干渉するだけで、話は終わる。

 麻帆良魔法教師にのみ伝えられる奥義の一、術式干渉術。瀬流彦は逸らすので精一杯であるが、学園長など対手の術式を乗っ取り魔力を勝手に引き出した上で対手にぶつけると云う、実に恐ろしい事をする。

「第一から第十目標補足!」

 彼は全く気付いていない。言の葉と意識により組まれた魔法陣が、他人に因って書き換えられているなど、全く予想もしていないだろう。

「範囲固定!

 域内精霊圧力臨海まで加圧!

 三……二……臨界圧!

 拘束解除!全雷精、全力開放!!

 百重千重と重なりて、走れよ稲妻!!

 千の雷ッ!!」

 千条の雷が齎す音も光も衝撃も。その全てが瀬流彦を逸れる。

「ッシャ!」

 ガッツポーズを取るグージーを遠目に見、瀬流彦は服に付いた煤を払った。砂塵は舞っているが、何故かそれだけははっきりと見えた。

「瀬流彦センセイ!大丈夫ですか!?」

 いやお前、ガッツポーズしてたの見えてるから。とは流石に言わず。瀬流彦は「大丈夫だよ」と答えた。

「……え?」

「種も仕掛けもあるけれど、こう云う手品を使える人間ってのは結構居るもんだよ?」

 ポカンと口を開ける少年に歩み寄り、デコピンを放つ。

「って」

「じゃあね。グージー君。これからも魔法の勉強、頑張りなよ」

 額を押さえる彼に手を振り、瀬流彦は魔法球を後にする。

 これで、彼も少しは大人しくなってくれれば良いが。




※ライオネル・ダーマーの手記
 原題「A Father's Story」。邦題は「息子ジェフリー・ダーマーとの日々」。十七人を殺した殺人犯、ジェフリーの父が綴った一冊。筆者は未読。
※龍臥亭事件
 島田荘司作。上下巻。原稿用紙二千枚。異邦の騎士で上がった後下がりまくっていた石岡和己株が高騰(しかし直後に大幅下落)した話。

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