百鬼夜行 葱   作:shake

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第八話 「霊能力者」

 

 ネギ・スプリングフィールドの教育実習期間が終わり、長谷川(はせがわ) 千雨(ちさめ)は胸を撫で下ろした。オックスフォードだかケンブリッジだかの有名大学を主席で卒業出来るらしい天才とは言え、歳下に教えられると云うのはストレスが溜まるものだ。リストラされて再就職し、若い人間に従わざるを得ない状況に我慢出来ないと云う中年の話も、今ならその心情が分かる。後ろから来た者に追い越されると云うのは、自分のちっぽけなプライドを甚く刺激する。あれでまだ自分の道を行くだけだと言えるのは、余程の大物か馬鹿だけだろう。

「ああ、ネギ先生……年齢なんかを理由に教員免許状を受け取れないだなんて……!」

 よよよと泣き崩れるこれは馬鹿の類だ。雪広財閥当主の次女なんて云う肩書もあるが、只の年季が入ったショタコンである。

 不合格と云う訳ではないが、ネギ少年には教員免許状が発行されない。矢張り九歳児に授与するのは不適切であると判断された様だ。但し、『その能力は十分である』『教員足り得る資質はあるが、如何せん若過ぎる。それだけだな』と評価はされていたが。

 正しく”天才”なのだろう。鈴原や葉加瀬と云った”普通の天才”も確かに居るが、何やかやと色々非常識である。逆に言えば、それでバランスが取れている。あの少年は、完璧過ぎる。人間として不自然だ。

 ……人間として不自然?

 自分で考えたその言葉に、長谷川千雨は思い至った。

 『アイツ、人間じゃなくて”妖怪”だったんだな』と。

 

 

*****

 

 

 彼女が麻帆良に転校してきたのは、小学校三年生の時だった。妖怪の実在を知ったのもその時である。慣れぬ道を彷徨い歩いている間に、何故か妖怪達の住処に入り込んでしまったのだ。

 透水性舗装が為された道路を首の無い騎士が巡回する。着物を着た猫又が小洒落た喫茶店で珈琲を飲む。そんな場所だった。転校前に聞いた、『一度行った筈なのに二度と行けない素敵な場所』の話に似ている。その日は、犬のお巡りさん(チベタンマスティフだった)に連れられ元の場所に戻れた。戻る際に、ここに来た事は誰にも言っちゃ駄目だよと念を押されたが、言っても誰も信じないだろうと思った。まぁ誰にも言わなかったが。

 以降、二度とそこに行ける事は無かった――などと云う事も無く、普通に何度もそこには行けた。呆れた様なチベタンマスティフ(狼男の亜種だとか)の言によれば、千雨は”他からの干渉を受け難い体質”なのだとか。場に張られた結界を難無く突破し居座る事が出来る。しかも、結界を破壊せずに、だ。

『図々しいって事かな』と言ったチベタンマスティフ(♂・二十三歳)を殴ったのは悪くないと思う。

 そんな色々な事が有り、千雨は”妖怪が実在する事”を知っている。麻帆良の裏には妖怪が居る事を知っている。

 ただ、妖怪の他に仙人道士や魔法使い、精霊幽霊悪魔未来人人造人間が居る事までは知らない。知らないので、ネギの事をエリート妖怪の子供だと勘違いしたままだ。

 なので、買い物途中で偶然彼に出会っても全く驚かなかった。寧ろ驚いていたのはネギの方である。

「は、長谷川さんっ!?何でこちらには全く関係無い筈の貴女がここに!?」

「ん?いや。私は単に、”結界とかが効き難い体質”ってヤツらしいですよ。だからこっちにもよく来るんです」

 教育実習期間は終わっているが、一応敬語で答えておく。マジにエリート妖怪の子供だったら拙いからだ。本当は、子供に敬語なんて使いたくない。

「え、そんな体質が有るんですか!?ってか、師匠の張った結界を通り抜けられるって……」

 ネギの驚愕に、千雨も驚く。ここの結界の広さは麻帆良学園都市と同じく約280平方kmだと聞いている。ネギは今『師匠の張った』と言った。師匠”達”ではなく、だ。つまり独力でそんな結界を張れる大妖怪が彼の師匠と云う訳だ。矢張りこの子供はエリートなのだろう。教育実習期間が終わって関係無くなったからとタメ口をきかないで良かった。

「……長谷川さん。ちょっとしたお願いがあるんですが」

「…………何ですか?」

 にこやかな顔で話し掛けてくる少年に、何か薄ら寒いものを感じて思わず後退る。

「僕の作った発明品の、被験者になってもらえませんかね?いえ、直ぐに――数秒で終わりますし、場所を変える必要も有りません。勿論、御礼はしますよ?……五千。いえ、一万でどうです?」

 逃げようかな?と考えていた体が、子供の提示した金額にピクリと反応してしまう。そして更に倍になった処で完全に止まった。

 邪気の無い笑みに見える。しかし相手は妖怪である。官憲たるヤン(チベタンマスティフ)は人間の常識を持ち合わせていた様だが、この子供はどうか。教師をやろうと云うくらいであるから、常識を知ってはいるのだろう。いや、実際礼儀正しい少年ではあったのだが。

 ――何か、イマイチ信じ切れないんだよなぁ……何て言うか、”人間離れし過ぎている”?否、妖怪だから当たり前だ。”妖怪”からすらも離れている感じ……何じゃそりゃ?ああ、もう、自分でも何考えてんのか分かんねぇ。

 もう、このままその被験体になって一万貰って帰ろうか。そう思考放棄しようとした処で、少年が苦笑しながら懐へ手を入れた。

「そんなに警戒しないで下さいよ……ほら。これを見れば、僕が如何云う実験をしたいのかが分かるでしょう?」

 見せられた”それ”に、千雨は目が点になった。瞼を擦り、もう一度見る。

「…………スカウター?」

 スカウターだった。大人気漫画、ドラゴンボールに出て来る、戦闘力を計る謎の機械。

 映画館に行くと貰えるとか子供が夏休みの工作で頑張ったとか云うレベルでなく、二千五百円くらいで売っていそうな感じの出来だった。

「え?マジモン?」

 発明品だとか言っていたが。

 え?妖怪も発明とかするの?いや、妖怪の経営する電化製品店でPCを買った事もあるけれども。滅茶苦茶性能良いし。ワイヤレスマウスなんて、ここでしか売ってないけど。

「ええ。妖怪の方、数名には試したんですけど、人間相手は初めてでして。お願いしますよ」

「あ、はい……いえ、一万は良いんで、私もそれでネギ先生を計っても良いですか?」

 そう言うと、ちょっと驚いた様な表情を見せ、それから破顔した。

「そうですよね!誰でも一度はやってみたいですよね!どうぞどうぞ!」

 ふふふと豪く上機嫌に笑う”ネギ先生”。

 …………落ち着け私。素数を数えて落ち着くんだ。2,3,5,7,11…………私は委員長じゃない私は委員長じゃない私はショタコンじゃない!あの程度のスマイルに陥落したりはしない!長谷川千雨は狼狽えない!

 などと千雨が顔を赤く染めている内に、スカウターの計測は終わった様だ。

「……おお!長谷川さんって意外と凄いですね!と言うか……チート?」

「え!?ママママジすか!?」

 チートだと!?千雨はネギの頭からスカウターを奪い取り、その内容を読んだ。

「……英語?」

 ですよね~。イギリス人だもの。普通英語だよね。読めねぇよド畜生。”JWEL MASTER”?宝石の主?所有者?何なのそれ?

「ええ。まぁ日本語訳も出来ますし、能力の説明もしますので、ちょっとソコの喫茶店にでも入りませんか?」

「……教師が生徒をナンパですか?」

「ははは。僕は只の、大学卒業資格を持った小学生で、貴女は教育実習生時の生徒。今は無関係でしょ?」

 笑いながらネギが言う。それはまぁ、確かにそうだった。でも、”只の大学卒業資格を持った小学生”って何だ。海馬社長くらい不自然だろう。

「面白いデータが取れた御礼に奢ります。ここの豚骨ラーメンは癖になりますよ?」

 …………何で喫茶店にラーメン?

 矢張り、妖怪の世界は人間世界と違うらしい。

 

 

*****

 

 

 豚骨ラーメン・塩(小)は、脳が蕩ける程に美味だった。”塩”の部分が謎だったけれど。替え玉したので小の意味が無くなった程だ。夕飯は食べられそうにない。

 それは兎も角。

「……ここが、あのガラス球の中?」

 ネギ少年に連れられて来たのは、”天狗の箱庭”なる奇妙な道具の”中”だった。ガラスの中に閉じ込めた世界と行き来出来るらしい。ドラえもんでそんな道具が有った様な気もするが。流石は大妖怪の弟子。凄そうな道具を持っている。

「そうですよ。そして外の一時間がこの中では三ヶ月になるんです」

 おお、リアル精神と時の部屋か。凄いな!

 …………。

「ちょっと待てやコラ!まさか三ヶ月もここで過ごさなきゃならんのか!?」

 三ヶ月もこのガキと一緒!?止めて!エロゲみたいな事する気でしょ!?

「いえ?出入りは自由です」

 ………………ですよね~。

 少し危うい思考に嵌まり掛けた千雨は一人額の汗を拭う。九歳児相手にあの発想は、無いわ。馬鹿じゃないの私。

「ここなら他人に聞かれる心配も無いですし、長谷川さんのチート能力も試したい放題です」

「!そうそう。チート能力。何?どんなの、ジュエル・マスターって?」

 平穏を望みながらも、それでも超能力とかには憧れる。一般人とはそう云うものだ。と千雨は思う。体に鉄がくっ付く超能力とかなら絶対要らないが、妖怪にチートと呼ばれる程の物ならば是非欲しい。使い熟したい。

「凄いですよ、これ…………って、あれ?師匠?」

 ネギが、突如驚きの声を上げた。師匠、と云う事は、先程言っていた凄腕の結界能力者か?千雨は視線の先を追う。

 何か、豪く眠たそうな男が居た。十人中四人くらいが”イケメン”と評しそうな面だが、眠たそうな目の所為でもう少し減るだろう。身長は180cmを越えるくらいに大きい。

 しかし、と千雨は少し首を捻った。何処かで見た様な気がする。学園内……と云う訳でもないと思うが。何処だったろうか。

 悩んでいる間に、ネギは彼の近くに歩み寄っていた。

「どうしたんですか、師匠。あと二ヶ月は動けないんじゃなかったんですか?」

「ああ……魂魄分割しまくったらどうにかなった」

 ……何かサラッととんでもないコトを聞いた気がするが、きっと気の所為だろう。封神演義かよ。そう言やあれには妖怪仙人……ああ!妖怪仙人か。成程それならこの子供が妖怪からすら離れているのも分かる。そりゃあエリートだ。280平方kmの結界くらいは楽に張れよう。

 と言うか、師匠も何処かで見たと思ったら太上老君か。否、似ているのは眠たそうな顔だけだな。矢張り、別か?

 などと考えている内に、その師匠に紹介されていた。

「こちらがその長谷川千雨さんです。長谷川千雨さん。こちらが僕の師匠、エドガー・ヴァレンタインさんです」

「あ、え、はい。初めまして!長谷川千雨と申します」

 てっきり日本人かと思っていたのに英国人名を紹介されて、千雨は少し狼狽えた。よく見れば、瞳が青い。

「ああどうも。エドガー・ヴァレンタインです。以後よろしく。中学二年生なら同学年なので、敬語は必要無いですよ?」

「え、そうなんで……」

 ん?中学二年でエドガー・ヴァレンタイン?あれ?

「エドガー・ヴァレンタインって、まさか……漫画家の?」

 何処かで見たと思えばそれか!単行本に顔が載っていたのだ。「ええ。そうですよ」と朗らかに返される。

「あ。長谷川さんも読んでたんですか?面白いですよね!『恭子さんはスケバンです』!」

 またあの笑顔だ。不意打ちで喰らうとちと拙い。落ち着け!素数を数えて落ち着くんだ……13,17,19,23,29……素数を数えるのは、今直面している事態から少し目を逸らせるから割と落ち着ける。2の乗数を数えるのも有り。

「あ、ああ。男の方がヒロイン化している所とかな」

 確かに面白いと千雨は思っている。が、ネット上では『チャンピオンでやれよ』との意見が多い。どちらかと言えば少年誌向きの内容なのだ。千雨自身も偶にそう思う。喧嘩のシーンがリアル過ぎるだろ、と。

 ですよねですよね!と燥ぐネギを見て、千雨の胸が少し高なる。

 うわ~、間近で見ると可愛いわこの子。委員長の気持ちが少し分か……いや待て落ち着け。31,37,41,43,47。…………うん。落ち着いても可愛いわ。いや、でも私は委員長とは違うね。あくまで子供に対する庇護欲って言うか、母性本能みたいなもんだね。性欲は無いわ。

 落ち着いたのか陥落ちたのか。兎も角千雨も少しは余裕が出来た。なので師匠の方を見てみると、横を向いて頬を掻いていた。照れているらしい。ちょっと可愛いかもとは思ったが、ときめく程ではない。でも後でサインは貰おう。

「……で、ネギ君。彼女の能力だが」

 あああったねそんな話、とここに来た主目的を思い出す。何故中断したかと言えば彼が登場した所為だったが。

「分類的には超能力じゃなくて、霊能力だね」

「あ。本当ですね。成程……うん。これでどうです?」

 そう言い、スカウターを師匠に見せるネギ。今何かを操作したのか?そしてそれだけで師匠の方も分かるのか。千雨には理解出来そうに無いが、妖怪仙人ならば可能なのだろう。あっさりとエドガーは頷いていた。

「霊能力ってのは、超能力の一種じゃないのか?」

 ラーメンを食っている間にネギとはそれなりに打ち解け、敬語は止めている。

「いえ、違います。そうですね。超能力は肉体――主に脳髄依存の力で、霊能力は魂の力だと考えて下さい」

 言われた所でふうんと云う感じであるが。悪の秘密結社に捕らえられ、脳だけカプセルの中にプカプカ浮かぶ……と云う展開は無さそうだなと、少し間の抜けた事を考えた。

「まぁ正直よく分からんのだけれども。どうすりゃ良いんだ?」

 千雨はネギに訊いたが、ネギはエドガーの方を見た。エドガーはそれで分かったらしく、千雨に何かを渡してきた。

 宝石だった。

「ふぉぉおおおッ!?」

 カラットは分からないが、拳大の宝石である。今迄宝石に触れた事など一切無い、庶民的な千雨は大いに驚いた。

「なななななななッ」

 そう。今迄宝石に触れた事など無いにも関わらず、今自分が触れている物が本物だと理解出来ている。それが途轍も無く謎だ。

「落ち着きなよ長谷川さん。ほら、息を吐いて、吸って……吐いて」

 言われ、深く息を吐き出してから吸い込む。OK落ち着いた。意外に私は落ち着き易いんじゃなかろうかと自賛する。

「……これ、本物?」

「本物」

「…………それで、これをどうすれば良いんだ?」

 そんな物を持ち歩くと云うのは如何にも不自然だが、まぁ信じない事には話が始まらない。ゲームに出て来る”踊る宝石”みたいな妖怪なのかも知れないし。

「それを利き手とは逆に持って、利き手に意識を集中させてみて」

「ん……」

 言われた通りにやってみると、何かの力が掌に集まるのが分かった。凄い。これが霊能力なのか。

 続けて集中していると、やがて掌の上で力が収束しだす。これには今迄読んだ漫画で培った想像力が役立った。

「…………ふぅ」

 五分程集中すると、掌の上に橙色の宝石が生まれていた。角の丸まった正三角形。ポリンキーサイズの宝石だ。

「ジュエル・マスターってのは、宝石を創り出せるって事か……」

 成程凄いチートだ。一生金には困ら――困るだろう如何考えても。下手をすれば、宝石を生む機械として悪の秘密結社に囚われる。

「因みに君が生み出したその宝石。霊力のほぼ無い一般人には見えないから、売れないよ」

「……そうですか」

 こっちの思考でも読んだか?ピンポイントでそんな事を言われて千雨は少し戦く。と言うか、今迄左手で持っていた筈の宝石が無くなっている。落としたのではなく、彼に回収されたのだろう。流石は妖怪仙人(暫定)である。

「じゃあ何の役にも立たないのかと言うと、そんな事は無い。今から君の目の前に蚊柱を出現させるから、その宝石を翳してみるんだ」

 言葉と共に、蚊柱が立つ。彼は一体何の妖怪なんだろうかとの疑問が湧くが、訊くのは多分失礼になるだろうからと一先ず脇に置く。

 兎も角と千雨が手に持った自作の宝石を翳してみると、いきなり宝石から怪光線が放たれた。

「うぉぉぉッ!?」

 宝石から手を離す――が、宝石はそのまま中空に留まった。そして光線は蚊柱を攻撃し続ける。

 何なんだこれはと訊こうとしたが、その光線による効果は直ぐに分かった。

 先程消費したエネルギー……霊力?が、蚊を撃ち落とす度に回復しているのだ。その効果を見て思い至る。

「これって、まさか……」

 TowerDefence系Flashゲームの傑作、GemCraft。塔に砲台となる宝石を設置し通路に侵入して来る敵を撃破するシンプルな作りだが、グラフィックの美しさとやり込み要素の多さが特長である。

 宝石は八種でサイズが九つ有り、種類(色)により攻撃効果は異なる。橙なら攻撃の度にエネルギー(ゲーム中ではマナ。この場合は霊力?か)回復、赤なら拡散攻撃、黄緑なら連鎖攻撃……と云った具合だ。大きさにより攻撃力や付随効果も大きくなる。またマナを消費して同じサイズの宝石を合成し、大きくする事も可能である。そして六段階以上の大きさの宝石に最小の宝石を多数合成すると、攻撃力増加・攻撃間隔短縮・攻撃範囲増加の効果制限が無くなるバランス・ブレイカーとなる。これを再現出来るのならば、正にチートだろう。

 しかし。

 現代日本の何処で、この力を発揮して良い場面が有ると言うのか。バランス・ブレイカーを使ってまで倒さなければならない敵など存在しないだろうし。

 大体、麻帆良内は結界で覆われているので超安全なのだとヤンが言っていた。千雨の様な能力者が他にも居たら大変なんじゃと訊いたが、登録住民に悪意を抱いた時点で千雨すら弾かれると返された。登録住民とは即ち麻帆良に戸籍を持つ妖怪(妖怪にも戸籍が有るらしい)全員である。旅行者妖怪には反応しないのかと言えばそうでもなく、攻撃は絶対に不可能なのだとか。

 要は、宝の持ち腐れである。物が宝石だけに、それは比喩ではなかった。

 せめて、HUNTER×HUNTERの念能力だとかなら、応用も効いたのに。

「――宝の持ち腐れになる、って思ってる?」

「…………人の心を読まないでくれませんか、頼みますから」

 心臓が止まるかと思ったが、何とか平静を装いエドガーを睨みつける。

「読心術って言うか、思考の先読みだね。似て非なるものだけど、読まれる方からすれば一緒か……まぁ、それは置いといて。長谷川さん」

「何ですか?」

「貴女の霊能力は兎も角、霊力修行はしておいても損は無いよ。美肌効果やアンチエイジング効果的に」

「マジで!?」

「霊力修行をする内に、別の能力に目覚める事もあるしね。どう?ネギ君と一緒に霊能力修行、してみない?」

 よく見れば、エドガーは男のクセに千雨よりも綺麗な肌をしている。髪の毛も、短い割には天使の輪っかが出来ていた。

「一生化粧品要らずだよ?」

「やります!」

 それが千雨の運命を変えるだなんて――。

 まぁネギの『長谷川さんって詐欺に引っ掛かり易そうだなぁ……御愁傷様です』と云った感じの目を見て薄々察しはついたが。

 それでも、お肌の平穏が勝った。

 

 

*****

 

 

「詐欺られた……完全に騙された…………!」

「御愁傷様としか言えんな、千雨ちゃん」

「甘い話には裏が有ります」

「ようこそ……戦闘狂の世界へ」

 膝を折り倒れる千雨に、同級生の言葉が掛けられる。

 美肌効果は有った。髪の毛もキューティクルないい感じに仕上がった。

 しかし、代償も大きかった。

「何なんだよ、二代目クリシュナって!」

「凄いわよね~。鉱物司り放題でしょ?女教皇(ハイ・プリエステス)の超絶上位互換じゃない」

 幽体離脱させられて地獄のコミューンとかに連れられて行き、そこで地獄の特訓を課された。地獄で地獄の特訓とか本当に意味が分からないのだが、実際にやられたのだから仕方無い。

 兎も角その特訓の結果霊力が馬鹿みたいに上がり、千雨はインド神話に登場する神、宝石で造られた神殿に住むと云うヴィシュヌ神第八の化身クリシュナに気に入られた。序に人間も辞めて仙人の仲間入りである。道士の過程をすっ飛ばして、たった一日(霊界内では数百年修行していたが)で仙人とか前代未聞だった。

 あと、能力的には『宝石で造られた破壊不能の鎧を身に纏う事が出来る』『視界に在る鉱物全てを操る』『小宇宙』などに開眼していた。『宝石聖闘士(ジュエルセイント)だな』とか言われたので思わず師匠を殴ってしまったが、問題は無い筈だ。

「昨日まで一般人だったのに……一日で仙人とか頭可怪しいだろ常識で考えて」

 主観的には六百年の修行が有ったのだが、客観的には一日である。

「もうお嫁に行けない……」

 実際、麻帆良の実力序列で第四位である。嫁に行くのではなく婿を取る形になるだろう。

 甘い言葉に誘われ道を踏み外した少女が一人、そこに居た。


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