流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩

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最近、映画化したという事なので書いてみました。


彼は優しいお医者さん

「先生ッ、うちの娘が熱を出したようなんですっ!!」

 

 

日が沈み、月が天の中央を治める時間帯。

解りやすく身も蓋も無い言い方をすれば、診療時間外であるのが当然な夜遅く。

ぐったりとした少女を抱えた、少女と同じ髪と眼の色をした女性が診療所の門を叩いていた。

 

その物音に反応したのか、真っ暗であった建物の中に明かりが灯る。

暫くして、白衣を着たこの建物の住人――――所謂先生(・・)がドアを開けた。

 

「どうかされまし――――失礼、お子さんの熱を測りますね」

 

今まで寝ていたのは間違いないにもかかわらず、その目には眠気では無く真剣さが帯びていた。

 

「娘は、娘は大丈夫ですかっ!?」

 

母親は余裕が無い。旦那がリゼンブールで紛争に巻き込まれて死亡して以来、

心の支えにしてきた一人娘が苦しそうにしているのだから気が気でないのだ。

 

「大丈夫ですよ、お母さん。リリアちゃんはアメストリスの宝ですからね。

お母さんに似て典型的なアメストリス美人に育つ未来の美女を助けなくては、

医者としてだけでなく、男として廃ると言うものですよ」

 

紳士然とした物腰の柔らかさと、女性的な容姿からいまいち似合わない冗談を告げながらも、

医者の頭脳は並行して、その症状から幾つかの病状の候補を絞っていた。

 

 

「リリアちゃんと最近何処かに出かけましたか?」

 

「いいえ、私が忙しくてその様な事はありませんでした」

 

 

「では、最近外国の方と接近した事は?」

 

「いえ、それも――――いや、ありました。

お客さんの中にアエルゴからの旅の方が…」

 

 

リリアの母親アーシアの仕事は花売り。といっても文字通りに花を売るのではなく、

飲み屋の客を相手に己の花(・・・)を売るという隠語だ。

稼ぎは多くなく、社会的地位は低く、病気などのリスクも高い。

 

 

「よりによってアエルゴ熱ですかっ、この熱は何時から…いえ、そんな場合ではありません。

私は直ぐに薬を調合します。お母さんはこの薬をリリアちゃんに飲ませながら、そこの水でリリアちゃんのおでこを冷やしてください。

いいですね」

 

「はいっ」

 

 

医者はアエルゴから以前取り寄せた、高額な植物の葉を二人分(・・・)千切り、

同じく一般人には到底手が出せない薬の原料を同じく二人分(・・・)取り出すと、

何やら円と記号を書いた水の入ったビーカーの上に置いて、その原材料に手を当てた。

 

同時に瞬く光が発生し、その輝きの後にはそれらの材料の姿は無く、白い液体に変わっていた。

ビーカーの中に入ったそれを2本(・・)の注射器に移すと、リリアと母親の所に医者は駆け戻った。

 

「RNAポリメラーゼ結合阻害薬です。今すぐあなた達2人に打ちます。

この病気は再発は無いので、治った後は安心してください」

 

「薬を…私にも…、ですか?」

 

 

「言いにくいですが、アーシアさん。貴女が客から貰った病気がリリアちゃんに移ったんですよ。

貴女は未だ自覚が無いようですが、間違いなく感染しています」

 

「そんな、私が…。私が娘に…」

 

 

「だから薬は2人分です」

 

「…いえ、リリアの分だけで十分です」

 

 

アーシアに2人分の薬代を払うお金など無い事は医師も知っていた。

だが、それでも娘を救おうと言う心意気に貴賤を問うつもりは無かった。

 

「…お金の心配ですか?

病気が治ったらリリアちゃんの未来を買いましょう。

それが料金と言うのはどうですか?」

 

「先生ッ!! あなたって人はっ!!」

 

 

アーシアは今まで弱者の味方だと信じてきた医師に裏切られ、激昂してその憎悪を向けた。

自分の仕事を否定するつもりは無いが、娘には同じことをさせたくは無かったからだ。

 

「…どういう想像をされたかは聞きませんが、勘違いして貰っては困りますよ。

医者と言うのはお金になる仕事です。ですが絶対数が足りません。

リリアちゃんには、私の下で助手として医術を学んでもらいます。少々薄給ですけれどね。

そうすれば、リリアちゃんは将来、美人医師として仕事が出来ますし、

私はアメストリスの医療界に貢献できます。

そしてお母さんは薬代を節約できる。ほら、良い事だらけでしょう?」

 

 

その言葉を聞いたアーシアの頬には涙が流れていた。

こんな夢のような事があるだろうか?

こんな善人がいるのだろうか?

これは夢ではないだろうか?

救いは此処にあったのだ、と。

今は亡き夫と約束した、娘の未来が明るい事を神と医師に感謝した。

 

 

「了承とみて良いですね。では投薬します。

その後はそこの診療台で寝ていてください。…大丈夫ですよ、病人を襲うつもりはありませんから」

 

 

絶望的なまでに冗談が似合わない真剣な表情で、医師はそう告げた。

 

 

彼はシルヴィオ先生。普段は売れない喫茶店を経営しつつ、医師として町の人々を診る優しいお医者さんであり、

実家の伝統の職を蹴りつつも、お金持ちな実家の資産で採算を無視した、道楽医療を行う町の人気者である。

 

 

 

 

そして後に知れ渡る彼の二つ名こそが、――――――――『流血(・・)』の錬金術師である。


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