視界を覆うような豪雨がピタリとやんだ。
ロイ達が先程までラストがいた位置に視線を向けると、ラストの血に染まったのであろう、
白衣を赤く汚した見知った青年医師がいた。
「何をしているっ!!」
ロイが叫ぶ。ホークアイも、アルフォンスも同じ疑問を持っていた故に、視線で追及する。
確か人体構造は同じでしたよね、と呟いていた青年はロイ達に視線も向けず、
メスと糸を錬成しながら、錬金術と併用した治療を開始し始めた。
「何をしている、答えろっ!!」
場合によってはシルヴィオごと焼き捨てる。その様な意志を込めて、ロイは再度叫んだ。
そこでようやく、シルヴィオは反応した。
その手の治療を一切止める事無く、冷静な口調で言葉だけを返した。
「何をするつもりか、ですか?
決まっているではありませんか。治療ですよ」
まるで何時もの通りの事だと言う様に、シルヴィオは言う。
その間も手術は一切淀みが無い。
「ソイツはホムンクルス、化け物だぞっ!?
色香に惑わされたかっ!?」
「美しい女性であることは否定のしようもありませんが、それ以前に、
ホムンクルスだろうと、そうで無かろうと、
私の目の前に怪我人がいて、私が医者である事に違いはありません」
信じられないものを見るかのようなロイ達とは対照的に、
当たり前のことかの様にシルヴィオは告げる。
その光景に思わず、ロイはこう言ってしまった。
「お前も敵なのかっ?」
ロイの発言に、シルヴィオはここで初めて声に不思議そうな疑問を滲ませた。
「何を言っているのですか?
私は全ての人間の味方です。
ホムンクルスだとかそうで無いとかどうでも良い事ではありませんか。
同じように血が流れている人間です。
私は、人種差別が好きではありません。
貴方も、だいぶ深い怪我をしているようですね。
今の治療が終わったら、次は貴方です。
私はもう二度と、助けられる命を犠牲にしたくないって、ヒューズさんの時に思いましたから」
ヒューズの名前が出て、ロイが硬直した直後、突如にエンヴィーとグラトニーが飛び込んできて、
ラストを連れて行こうとした。
エンヴィーがラストを連れて逃げ、グラトニーが残り足止めをする流れなのはその場にいる人間には理解できた。
「治療は9割終えています。後は安静にして回復を待つのみです。
これから戦うつもりのようですが、治療費代わりとして見逃しては頂けませんか、
今から次の治療があるんですよ」
エンヴィーに淡々とそう告げるシルヴィオ。
エンヴィーは、ラストの方を見て、次にグラトニーの方を見た。
「おい、行くぞ。グラトニー。
今回は見逃してやる。だが、これでラストの恩はチャラだ。いいな?」
「エンヴィー、この人ラストの恩人?」
「ああ、だから今回は見逃してやる。次は喰わせてやる。帰るぞ」
「うん」
そういって、3人のホムンクルスは去っていた。
「では、ロイさん。貴方の治療を始めましょうか。
応急的なものだけで、続きは診療所でやりますが」
当然の事を当然の様に流す様に、振り返り手を広げて近づいてくるシルヴィオに、
ロイは激昂した。
「なんてことをしてくれたんだっ!!
後少しでっ、後少しでヒューズの仇がっ!!」
シルヴィオは立ち止まり、ロイを様々なものが入り混じった目で見た。
その
「気持ちが解るとは言いません。ましてや復讐に価値が無いとは絶対に言えません。
ですが、貴方の復讐心は貴方だけのものです。
きっと他者の復讐心は、他者にはその意義を共感されません。
それでも良いのでしょう? ええ、解りますよ。解っておりますとも。
ですが、冷たい言い方をすれば、他人にはどうでも良い事です。
ただ、…貴方がその復讐心を持つ事自体に関しては、
私は全面的に肯定しましょう。貴方の憎しみを、貴方の怒りを。
国の為でもなく、仲間を助ける為でもなく、憎しみを晴らす。
ただそれだけの行為に蝕まれている事を、私は悪だとは思えません。
――――では、治療を始めましょうか」
気が付けば、ロイの目の前にシルヴィオがいて、
その細身のどのような力があるのかわからないが、
ロイを横抱きにして、床に寝かせていた。
地面との間には白衣を材料に錬成されたシーツが引かれており、
何時の間にか、先程ラストに行った様な手術道具も用意されていた。
「ロイさんが終わったら、リザさんの番です。
アルフォンスさんは……、すみません。私は鋼の身体の医療は未経験ですが頑張ってみます」
手術を始めたシルヴィオに、ロイは先程シルヴィオから感じた悪寒を誤魔化す様に、
その目を合わせない様にするために、
視線を逸らしたまま、釘をさす様に告げた。
「先程のホムンクルスの治療データのカルテは確りと出してもらうぞ。
その身体データが今後役に立つかもしれん。気が付いたことは全て報告しろ、いいな」
「…いえ、お断りします」
「何だと?」
「見ただけで、骨格も含めて採寸を測るのはとても得意なのですが、
女性のサイズを他の男性に教えるのは少々品が無いと思いますよ。
私でも、ドレスを贈るにせよ、
一度は服屋に測って貰ってから知ったというアピール位はしようと思うものです――――」
シルヴィオはその場にいた全員から、極めてアレな者を見る目で見られたが、
気にすることなく、治療を継続した。
お医者さん「私はイシュヴァール人と人種差別が大嫌いです」
それと、
個人情報の守秘義務ってそう言う理由では無いです。