流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩
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何時もの私のノリで行きます。
1話との落差にご注意くださいませ。


『彼』が生まれた日

それは思い出だった。

 

 

 

筋骨隆々とした威厳のある男性と、どう見ても100パーセント母親似だと断定される男性の息子が庭で戦っていた。

 

父親が腕を振り抜くが、息子は僅かに脇をしめて固定した腕で身体のひねりを利用してはじきながら、反対の肘で頭部を狙う。

それを父親は巨体に似合わない俊敏性で、振り抜いた腕を変則的に曲げる事でガードをして受け止める。

息をつかせぬ応酬の中で、親子は語り合っていた。

 

 

「お父様、私は軍隊式格闘技などに親子のスキンシップの手段以上の興味はありませんよ?

医者には格闘技なんて不要でしょう?」

 

「どうして軍人を目指さないっ!?

惜しいっ!! 惜しいのだっ!! その才がっ!!

眠らせるには惜しいのだっ!! シルヴィオッ!!」

 

 

無駄の無い、次の次の次を常に想定した格闘術。

シルヴィオの父親はその達人だった。

だが、シルヴィオは母方の祖母の影響と、父親の影響の反動で、争いの無い道を目指していた。

具体的には喫茶店のマスターや医者だ。

 

 

 

 

研究所の責任者でありながら、過去の戦乱ではイシュヴァール人を鏖殺付近にまで追い詰めた父親を反面教師として息子は育った。

彼は争いや戦いは好きでは無いのだ。

 

結局は、自分が体験した地獄を思い出させるように突きつけられ、

人間では無く病魔と争う事にすると告げた息子に父親は折れた。

 

家伝の錬金術だけでなく、図書館から父親が借りてきた、一見は一般の書の様に見える錬金術の書を、

難なく解読して使いこなし、

軍隊格闘の大家と呼ばれる父親から見て、大いに見込みのある息子に、

父親は己の後を継がせたかったが、

息子に父親が殺した分の人々を救うと言われては、それもまた正しい道だと思えた。

故に、今からでも遅くないから軍人になれと、普段から言いながら格闘をするのは、

希望している所が僅かにないとは言えないが、最早自分のスタンスを変えられない父親の不器用なポーズであった。

 

 

 

父親が離れた隙に、母親と、

 

「あの人も本当は解っているのよ」

 

「知ってますよ。私はお父様の息子ですよ?」

 

 

そう言葉を交わす事から判る様に、息子にはとっくに見抜かれていたが。

 

 

 

シルヴィオから見て錬金術師であり、軍人である父親の第一印象は、

『絶対に死なない人』だった。研究所の責任者なんていう実に似合わない仕事をしているが、

父親はバリバリの武闘派であり、母親以外に父親に参ったと言わせる人間がいるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――だが、そんな父親が今死のうとしている。

どうやってかは解らないが、元気に口だけは動いている。

だが、出血量から考えるに既にショック死していてもおかしくは無い量を失血していた。

シルヴィオは医者として自分の父親を治せないなんて、こんな馬鹿な事があるかと思った。

 

だが不可能だった。

何故ならシルヴィオの四肢もまた落石に潰されていたのだから。

 

 

原因は顔に傷が入ったイシュヴァール人。

つい最近偶然街中で出会って、彼の動きで怪我をしているのを悟ったシルヴィオが、御節介にも彼の怪我を治そうかと打診して、

断りを入れられた相手だった。

彼との会話がシルヴィオには思い出された。

 

 

 

 

 

 

 

「イシュヴァール人にも情けをかけるのか?」

 

顔に傷が入った男はそう言ったが、

 

「イシュヴァール人?だからなんですか。

いいから治療をさせなさい。私は医者なんですから。

こう見えて、人の治し方には自信があるんですよ?」

 

シルヴィオはそう返した。

だが、そのイシュヴァール人は、

 

「…少々昔を思い出した。

だが、治療はいらん。直ぐに治る」

 

そう言ったが、シルヴィオは男を無理矢理捕まえて、勝手に流血した皮膚を医療系錬金術で治癒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのシルヴィオの『元患者』が、

シルヴィオの父親――――、研究所責任者であり、かつてイシュヴァールの戦線で活躍した『鉄血』と名高い高官を暗殺しようとして、

シルヴィオと母親を含んだ周囲を巻き込んで、

父親共々瀕死の状態に追い込んで、父親の警護兵が漸く追いかけてくるのを確認すると去っていった。

 

 

父親はとある研究所の責任者であり、門外不出の研究成果を持っていた。

自身が死んでも使うまいとは思っていたが、家族が犠牲になってはそうはいかなかった。

それは、『賢者の石』。錬金術における完全物質であり、至高の金貨。

苦難に歓喜を、戦いに勝利を、暗黒に光を、死者に生を約束する血のごとき紅き石。

 

その石を代価として、『門』は開かれた。

父親は息子と妻の応急的な怪我の再生に活用して、幾分か消費された賢者の石を使って。

だが、それでは少々料金が足らなかった。

故に死に逝く自分自身(・・・・)を通行料金として門を開いた。

 

 

シルヴィオは何故か、昔父親に手をひかれて入った父親の職場の門を思い出した。

その時との違いは、職場の門をくぐった時とは違い、父親が手を繋いではくれていない事だった。

 

シルヴィオはその理由を聡明な頭脳で理解した直後、膨大な知識の奔流に呑み込まれた。

 

 

「…死ねるものですか、ここで私は死ぬわけには生きませんから」

 

 

その奔流を飲み伏せて見せる。そう意識した時、彼は何時の間にか元の世界にいた。

いや、先程までとは違う事がある。

父親がこの世界にはもういなかった。

 

 

叫びたい気持ちを抑え込んで、シルヴィオは門の向こうでより完全になった治癒能力で母親や周囲の被害者を治した。

だが、一番治癒したい者は、もうこの世の何処にもいない。

 

 

そう言えば、あのイシュヴァール人は父親に何と言っていただろうか?

一言一句忘れない。忘れる筈が無い。

 

 

 

「復讐は終わらない。無限の連鎖になろうとも、()れの復讐は終わらせない」

 

 

シルヴィオはそれを聞いたあの時、憎しみに果ては無いから復讐なんて不毛だと思ったが、

今なら違うと言える。肉親を失った今なら、確かに違うと言える。

 

憎しみには果てが無いからこそ、復讐が必要なのだ。

 

 

 

暗く淀み過ぎて美しく澄んだ瞳で、青年は泣き顔に笑みを浮かべた。

 

「全てのイシュヴァール人に人誅を。

安らぎの無い地獄を作ってやりましょう。人の壊し方には理解がありますから」

 

それは、何時もの冗談では無く、彼の本心からの言葉だった。

 

 

 

 

三日後、国家試験に合格した錬金術師がいたが、彼はそこで二つ名を背負ったわけでは無い。

今、この時を以って、この瞬間を以って『流血』の錬金術師は生まれたのだ。

イシュヴァール人を駆逐する静かな歓喜に生きる、

善良で悪辣な、法と秩序の狗が。




破壊と創造は紙一重。ついでに言えば維持や変化もですね。







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