流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩
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不完全で面倒な人々

此処は、大総統が所持する建物の一つ。場所が巧妙に秘匿されている上に、

一般の人間は立ち入りが禁止されている場所である。

 

そこには絶世の美女がテーブルの上の紅茶を前に、大総統キング・ブラッドレイと向かい合って座っていた。

無論、浮気の密会などでは無い。

キング・ブラッドレイの正体であるホムンクルスの仲間との会合である。

 

キング・ブラッドレイは人類の敵に属する側の人間だが、人間の足掻きを楽しんでいるホムンクルスの変わり者だった。

最近は特に面白い人間が多い。例えば『鋼』、『焔』、……そして『流血』だ。

 

 

最初は自己主張が強いのか、正体を隠したい臆病なのかわからない人物であった。

だが、それはイシュヴァール人への強い憎しみに操られた暴走機関車なのかとその評価をブラッドレイは認識した。

 

だが、それもここ最近の行動を見るに評価を改めざるを得なかった。

その行動は極めて理知的で理性的であるようにも思えた。

 

例えば、リゼンブールで畑を焼かれ、それを批難した牧場主の夫を殺された女性を証言させたり、

例えば、イシュヴァールの神学や古代史を研究していて、

その過程でイシュヴァールにとって不都合である事実を含めて記述した本を書いたアメストリス人の作者を、

イシュヴァール人が無残に殺したり、

その本の作成に関わった者達をも同様に殺害したと、その遺族を証言させたり、

それら以外の、かつてイシュヴァール人が行った様々なテロを含む犯罪を証人たちに公表させた事。

イシュヴァール人の少年に、とある将校が発砲した事から始まったイシュヴァールの内戦の原因を、

その少年が実は、例の将校の家族を殺害した犯人であり、

それ以外にも事情があって、殺された側にも十分に原因がある様に捏造(・・)して世論を調整して、

イシュヴァール壊滅戦を正当化する歴史修正を行っている事。

複数の事実に、捏造をかさまししていく絶妙な手腕の隙が無い事。

原理主義イシュヴァール人と、自称リベラル系イシュヴァール人の潰し合いにも、関わっている可能性がある。

 

それらによって、生きたイシュヴァール人だけでなく、死んだイシュヴァール人の誇りをも再度殺しながら、

更にイシュヴァール人を可哀想な被害者では無く、迫害されるに当然な民族だとする地盤を順調に築いて来ている。

イシュヴァール人が逃げる場所を、日の当たる場所から奪い続けながら、日陰の中に、

即ち闇の中に追い込んだ後に、人知れない場所で闇そのものである『流血』が口に入り込んできた愚か者たちを喰らう。

 

 

 

例の穏健派将校の家族は、口封じの為に既に消されている上に、イシュヴァール人の血で既に紋は描かれており、

『お父様』の目的には何の不都合がある行動でもない。

それでさらに多くの血が流れる流れになるならと、大総統は『流血』に『異民族管理官』の役職を授けた。

つまり、イシュヴァール人を生かすも殺すも好きにせよ、と。

 

だが、直ぐにその役職を振りかざして全イシュヴァール人を殺す事に専念する事は無かった。

恐らく自身の正当化が目的では無く、イシュヴァールをとことん貶めて殺すためであろうが、

イシュヴァール人の信じる教義の危険性や、彼らの犯罪率、起こした犯罪を調べ上げ、

少々(・・)誇張して人々に広め、

犯罪を捏造して、イシュヴァール人を捕らえて処刑。

イシュヴァールを『悪』として貶めて殺す事にも力が入っていた。

 

 

やり口は極めて冷酷で冷徹で残酷だった。

それでいて、単身で出向きイシュヴァール人のスラムの根絶も同時進行で進めながら、

ホムンクルスであるブラッドレイを除く軍にも知られていない、

善良な医師、『シルヴィオ・グラン』として人々を治療しているという。

 

 

 

 

「全く、冷静なのか情熱的なのか判らない人間だ」

 

軍にいる手駒共には未だ公表していない、彼と僅か一部だけが知り得ているシルヴィオの情報を資料化した物を机に並べながら、

ブラッドレイはテーブルの反対側に座るものにそう告げる。

 

「彼は冷静と情熱の間に居るのでは無く、冷静で情熱的なのよ」

 

向かいの美女はそう答えた。

その表情は自尊心と余裕に溢れていた。が――――

 

 

 

「高く評価しているのは結構。余裕があるのは結構。

だが、それならなぜ接触を避けた?」

 

末の弟である大総統のツッコミに、表情が崩れた。

 

 

「ほら、そうね、アレよ。そう、所謂ソレね」

 

表情だけでなく、言語機能もバグっていた様だ。

 

「つまり妻帯者の私が助言をすれば良かったと?」

 

「そうなのよ……いえ、違う……違わないわ。

人間と深い関係になった貴方の意見は、諜報活動の為の人間感情の把握の参考になるわね」

 

 

はぁっ、とブラッドレイは深いため息を吐いた。

 

 

「私は妻以外の女性を知らないが、それにしても、だ。

『色欲』と言えど、独身生活が永いとこうも拗らせてしまうものなのだな」

 

「…なんですって?」

 

 

少々ラストの声に険のある色が滲んだ。

 

ブラッドレイと相対している『色欲』のホムンクルス、ラストはホムンクルスの中でも初期の方に作られ、

その容姿をもって様々な諜報活動を行ってきた。その中には色恋営業も含まれている。

彼女は恋愛のエキスパートだ。

ブラッドレイもそう考えていた。……つい最近までは。

 

 

「まさか私に恋愛を教授したお前に、私が恋愛指導をすることになるとはな。

…年若い姿をした姉と恋愛を語らされる、老齢の弟の気持ちを少しは考えるべきだ」

 

「……別に彼の事が好きだとは一言も言っていないわ。

でも仕方ないと思わないかしら? ホムンクルスを深く理解して、私達がそのホムンクルスだと知って尚、

人間扱いする人間の男は人柱よりも余程貴重とは思わないかしら?」

 

 

 

姉本人は余裕ある優雅さを演出しながら語っているようだが、

過去は恋愛ド素人ながらも、妻帯者として至るまでに、不断の努力を実体験で理解した末の弟には、

姉の姿は多少微笑ましいながらも、面倒くささを感じずにはいられなかった。






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