『鋼』の錬金術師こと、リゼンブール出身の国家錬金術師エドワード・エルリック。
この青年に移り変わろうとしている年齢の少年は、
大人の様に清濁併せ呑む器を見せようとしながらも、何処か青臭い所が抜けきらない。
それがまた、彼の魅力であり、周囲を惹き付けてやまない。
彼がパンでも買おうとアメストリスの町中を歩いている時だった。
彼の背後から何やら話し声がした。
「あの金髪いつみても小さいな」
「ええ、小さいわね。でもそういう事は口に出して言っては可哀想よ?」
エドは激怒した。邪知暴虐たる発言をした背後にいるであろう二人に。
「誰が豆粒ドチビ星人だっ!!」そう言おうとして、その途中で言葉を止めた。
「どうしてお前達が此処にいるっ!? 一体何を企んでいるっ!?」
カフェテリアでサンドウィッチを頬張るエンヴィーと、紅茶を飲むラストが其処に居た。
「いや、あのホテルの屋上をダブリスでの下宿先にしているらしいんだ。あの医―――」
「特に理由は無いわ。ええ、私達が此処にいて何か問題が?」
エンヴィーが話の途中で口にもう一つのサンドウィッチをラストに強引に押し込まれて、言葉とか喉とか色々詰まらせている内に、
何事も無かったかのように、ラストは優雅に話を打ち切った。
「他のホムンクルスも来ているのか?」
そう問うエドに、ようやくサンドウィッチを呑み込んで、涙目になったエンヴィーが答えた。
「ぷっはあぁっ、…答える義理も義務もねえだろ?
まあ、睨むなよ。至って平和にしているよ。今はな…。
精々何処かの野郎に、ダイエットと野菜を含めたバランスの良い食事管理を押し付けられたグラトニーが平和じゃないくらいか」
「少し喋り過ぎよ」
多分今頃は、例の
からかう様にエンヴィーが口を開き、
ラストが、アンニュイな表情でそれを諌めた。
「それと、花を貰った誰かさんの内心も最近平和とは――――」
「口は災いの素という事をそろそろ学びなおすべきね。
平和な今を大切にしなさい。次の瞬間にはその平和は無いかもしれないわよ」
またしても、余計な事を喋りすぎる、お喋りなエンヴィーは、
ラストにサンドウィッチを3個口に押し込められて平和な呼吸にお別れを告げた。
その内、ラストは上方に何かを見つけたかのように顔を向け、驚いた顔をして急いで会計をエンヴィーにツケる旨を強引に伝えると、
急ぎ足で何処かに去っていった。
エドがその方向を見ると、ホテルの最上階のカーテンが先程は閉じられていたのに、今は全開になっている以外に変化は無かった。
エンヴィーがあまりに苦しそうにむせていたので、エドはサンドウィッチを一つ分引き抜いてやり、
代わりにポットから水をコップに注いでくれてやった。
エドから急いでコップを奪い取って、喉に流し込んだエンヴィーは、自分でもう一杯コップに水を注ぎ喉を潤した。
「はぁ、助かったぜ。
良い所あるじゃねえか。チビの癖に」
エドは助けてやった事を心の底から後悔した。
お前だってチビだろうと言おうとしたが、そう言うと自分がチビである事も認めてしまう様で、
その言葉を呑み込んだ。
水は要らなかったが、その分自制心を大幅に消費してしまった。
だが、その甲斐はあった。
「お礼に良い事を教えてやるよ。
イシュヴァールの紛争。あの時将校に化けて、イシュヴァール人の子供を撃ち殺したのが切っ掛けだった。
その将校になりすましたこのエンヴィーが、子供を撃ち殺した張本人!!」
絶句したエドに対して、エンヴィーは胸元にあるものを突き付けて、
それを硬直したエドの、服のポケットに突っ込んで去っていった。
それは――――――エンヴィーとラストの飲食代金の請求書だった。
「あの野郎ーーっ!!」
背も小さくて、妙に怒りっぽい国家錬金術師の叫び声が町中に響き渡り、
喫茶店の店員に、他のお客様の迷惑になると怒られた。