流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩
<< 前の話 次の話 >>

25 / 52
アメストリスの災日

血液の匂いか何かを猟犬の様に追ってくるシルヴィオにより、

これ以上イシュヴァールのスラムが暴露された際に起こる虐殺を避ける為、

隠れて逃げながら、小さい方の東洋人こと、メイ・チャンに治癒錬丹術を行使されていたスカー。

 

傷は早送りで時が経つが如く再生していったが、完全になくなった右腕だけは遂に再生する事は無かった。

スカーは、アメストリス人の入れ墨の彫り屋を探して脅しつけ、左腕に新たな紋章を刻む事にした。

 

その2日後、イシュヴァール人らしい男が、アメストリス軍の弾薬庫を襲撃したと言う情報が入った。

 

 

 

 

 

~◆◆~

 

シルヴィオは、この日も清々しい朝を迎えていた。宿泊しているホテルの最高級の部屋でカーテンを開けて日光を部屋に取り入れる。

町の眺めを一望できるこのホテルのスイートルームは、一泊でも庶民には手が届かないこの周辺の他の宿泊施設とは一線を画す料金だが、

名家の御曹司どころか、当主であるシルヴィオには何の問題も無かった。

 

窓から吹き込む風は、彼の長くサラサラとした髪を靡かせる。

その母親譲りの髪の色は、彼の染み一つない肌に映えて絵画の様であった。

 

 

賢者の石も用意できたので、ジャン・ハボックさんの治療に行きたいですね。イシュヴァールコロス。

それと、今日の朝食は何でしょうか?イシュヴァールコロス。

シルヴィオがそう考えていた時、激震と衝撃が彼を襲った。

 

いや、厳密にはホテルそのものが襲われた。

何者かによる爆弾テロでホテルの一階が強力な爆風で包まれて、崩壊と倒壊が始まった。

 

ホテルの宿泊客、従業員の全てを対象にしたテロ行為であった。

 

 

 

そして、それは連続して他のホテルでも行われていた。

そのホテルは、シルヴィオが宿泊しているホテル程で無いにせよ、

何れも高級ホテルの類だった。

 

未だ砂煙が収まらない町の中を、

悲鳴と、救助を呼ぶ声と、愛しい者を探す声や、喪った悲しみに嘆く声が支配する。

落下物の当たり所が悪かったのか、外傷はそれほどでもないのに動かない子供の名前を呼ぶ母親の声が木霊する。

孫を探す老婆の声が掠れて滲む。

父親の死体を見せまいと娘の目を隠す、死体の妻の嗚咽が響く。

首輪が付いた犬が、岩の下敷きになった飼い主であろう少年の手に頬を擦り付けながら鳴いている。

 

人々が、血を流していた。

人々が、命を流していた。

 

崩れゆく足場を利用して離脱していたシルヴィオは、

所持する賢者の石の力を全解放して、自分にできる限界の基準で救助活動と医療活動を開始した。

 

 

砂煙が少しずつ晴れていく。

シルヴィオが、片足が潰れた裕福そうな身なりを血と埃で汚した少女を治療していた時だった。

何者かが投げたナイフが、シルヴィオに向かって飛んできた。

シルヴィオの両手は二つとも塞がっており、対処の仕様が無かった。

 

 

だが、その少女の父親が咄嗟に飛び出して庇い、シルヴィオは事なきを得た。

だが、代わりにそのナイフは少女の父親の心臓に刺さっていた。

完全に即死だった。

 

 

少女が困惑と絶望の狭間で、声にならない声を上げようとする。

咄嗟に父親の脈を測って、それ以降の治療行為が不可能だと理解したシルヴィオは、下手人を見据えて、

その片腕の男を誰か理解した。

 

 

「何故、罪の無い人間を襲うのですか。何故、人間を害するのですか?

血を吐くか、言葉を吐くか選びなさい。イシュヴァール人のスカー」

 

 

 

その言葉に、その場にいた人々、

シルヴィオに傷を治された人々、

シルヴィオの治療を待つ人々は一斉にスカーを睨んだ。

 

それは正しき怒りに基づく、イシュヴァール人に対する恐怖と憎悪だった。

 

 

憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶

憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶

憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 

憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶 憎しみ 悲しみ 怒り 絶望 拒絶

 

 

それらは全てスカーと言うイシュヴァール人に向けられていた。

スカーはそれらの瞳と視線を合わせる事無く言葉を告げた。

 

 

 

「お前達が先にイシュヴァール人を殺した。

これは復讐だ」

 

そう言って、スカーは姿を消した。

エドや他の錬金術師を含むアメストリス軍が集まって来たことが大きかったのだろう。

 

 

 

シルヴィオは、スカーを追わなかった。

そこには、彼の治療を未だ待つ人々がいる。

父親を亡くしたばかりの少女がいる。

他にも家族を喪った人々がいる。

 

彼らを治療しなければならない。

彼らを慰めなければならない。

彼らに仕事を提供しなくてはならない。

彼らに居場所を与えなければならない。

 

 

彼は名家の当主であり、医者である。

それしかできないが、それを怠る事をするつもりは無かった。








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。