見逃されたと言うべきか、泳がされたと言うべきか、
エドとアルはその後無傷でホムンクルス達の巣窟から出る事が出来た。
そして今、彼らは軍本部の会議室の前にいる。
この意味が解るだろうか?
解らなければこう言う他あるまい。
打つ手がない、と。
逃げる事も許されず、エドたち兄弟は会議室の中に入った。
そこには優雅に紅茶を飲む『流血』と、コーヒーを啜る『焔』が先んじていた。
そして、もう一人、キング・ブラッドレイも。
仏頂面のまま、視線を合わせる事も無く『焔』の錬金術師、ロイ・マスタングはエド達に自分の部下が散り散りにされたと告げた。
ホークアイに限って言えば、大総統補佐と言う人質の様な立ち位置だった、と。
ロイは嘗て親友が伝えようとしたことを、理解して、それを今度は告げる側に回った。
今度は誤解の余地が無いように、完全に理解できるように。
上層部は――――――全て真っ黒だ、と。
大総統と『流血』はそれをのんびりと紅茶を飲みながら聞いている。
ロイは一瞬、エド達を巻き込めばこの状況で勝てるかと試算したが、
直ぐにそれは無理だと計算し終えた。
先程、改めて『流血』の正体を大総統から紹介されている。
当たって欲しくないながらも、それしかない答え合わせの結果がそこに在った。
ブラッドレイの余裕もその原因の一つであるし、
彼はきっとロイを殺す事は無いだろうが、ブラッドレイを殺す事は邪魔をするのだろう。
ロイにはそれが解り切っていた。
そうしている内に、ただ黙って従っていろという、独裁者ブラッドレイによる一方的な要求が突きつけられた。
義憤に燃えるエドは、そんな要求を呑めるかと啖呵を切った。
ロイに関しては負けるのが解っているから、今は大人しく飼われると返答。
『流血』は、イシュヴァールを殺せるのならそれで良い。
ただ、人間達が傷つき死ぬのは見たくない。ホムンクルスを含めて。と返答した。
キレたエドだったが、ウィンリィが何時でも軍の手中にあると言う脅しをかけられてその意見をひっこめざるを得なかった。
大総統に軽くあしらわれたエドはアルやロイと共に、部屋を去った。
去り際にロイは一つ質問をした。
だが、その答えはノー。だが、その犯人を知っている様子だったので、それが誰かと問い詰めた所、
大総統は質問は一つしか許可していないと追い出した。
『流血』はその仮面を外すと先程と何ら変わらない口調で世間話を始めた。
「人質と言うやり方はともかく、その人質を傷つけたら私も許せませんよ。
ウィンリィ・ロックベル。彼女は善良な市民です。親をイシュヴァールに殺された可哀想な美少女です。
例え、それらの条件が無くても血を流すと言うのは良くない事ですよ。
…ところで、先程レイブン将軍から私に質問がありました」
「何と言ったのかね?」
「曰く、不老不死になりたいかと」
「それで、何と答えたのかね?」
既にある意味、軍の上層部以上の事を知り得ているシルヴィオに、レイブン如きが何を持ちかけたのかブラッドレイは気になった。
「お断りしましたよ。私の寿命の間に全てのイシュヴァール人の鏖殺は完了できますから、と。
それに、私の父親がアメストリス人も含めた人体実験を行ったと、裏工作をした方々にとって、
『流血』の仮面の下にグラン家の後継者の顔があると知れば、不都合を抹消しようとした可能性もありましたが、
彼等はそれを知った様子もありませんでした。
あなた方は秘密を護れる人々でしたので、不老不死が少なくとも、私の知る限り極めて眉唾物だという事も秘密にしました。
信頼には信頼で応えたいのですよ。素敵でしょう?
隠し事は少し心が痛みましたが」
そして本当に、隠し事に罪悪感を感じているようなシルヴィオにブラッドレイは少しだけ笑ってしまった。
これが、イシュヴァール人に悪鬼や死神と畏れられる存在なのか、と。
「では、私からも一つ質問を宜しいですか?」
「一つでよいか?」
ええ、と爽やかに真面目な顔で頷いたシルヴィオはその質問をした。
「今後の親戚問題に大きく関係する事なのですが、
エドワード・エルリックとホムンクルスの父が似ている理由は何故ですか?」
ブラッドレイは言って良いものかと思案した。
近くでプライドが見張っている気配もしている。
だが、彼は答えた。
「『お父様』の肉体はエルリック兄弟、彼らの父親の血をベースにしており、
『お父様』もヴァン・ホーエンハイムも人間では無いのだ」と。
ではヴァン・ホーエンハイムは
取り敢えず、仮としてヴァン・ホーエンハイムをホムンクルスに準ずる何者かと考えて、思考を始めようとした時、
会議室の扉が開かれて、ある人物が入って来た。
「あっ、始めまして、僕はセリム・ブラッドレイです」
それは、ブラッドレイ大総統の息子だった。
そして――――――
「『傲慢』として気になって来たのか? 我が長兄。
ああ、『流血』君。これはオフレコにしてくれたまえ」
ブラッドレイは偽装する事無く、その正体を敢えてシルヴィオに明かした。
彼に対して心を開いたところが全くないともいえないし、寧ろそれを知ってどう転ぶか眺めたいというのも大きかった。
また、彼の父親がイシュヴァールとの和解を果たそうとして、その息子がイシュヴァールを殲滅せんとしている事も面白かった。
ブラッドレイにとっては、シルヴィオは友好的な面白い人間なのだ。その褒美とも言えたかもしれない。
そして何より、この情報を彼がどう使うかが、彼が
正体を隠して演技していたのを、身内に裏切られて
それが無理だと解ると怒りをあらわにした。
本職たる『憤怒』が怒りを面に見せない分、『傲慢』の方が中々の怒り具合が解りやすい。
「始めまして。ホムンクルスだったのですね。
私はシルヴィオ・グラン。しがないイシュヴァール人駆除をやっている者です――――」
そう言って、シルヴィオは理解した。
ブラッドレイの子供は、ホムンクルスの父親が作った『憤怒』の兄である。
つまり賢者の石的な繋がりはあるが、血の繋がった子供では無い。
そして文献ではホムンクルスに生殖能力が無いのは有名だ。
ブラッドレイは人間との間に子供を為した奇跡の人では無い。
シルヴィオの中のブラッドレイの株が結構下がった瞬間であった。
シルヴィオの、子供を含めたラストとの幸せ家族計画が潰えた瞬間でもある。
だが、そこで先程から並列的に行っていた思考が結論を出した。
では、ヴァン・ホーエンハイムはどうだ? と。
エドが、彼が自分に似せて作ったホムンクルスであればそこまで興味は無い。
だが、もし、もし実の子供であれば、夢は広がると言うものだった。
未だ会った事の無い、ヴァン・ホーエンハイムへの株価上昇が止まらなかった。
「子供と言うのは良いものですね」
シルヴィオは口から妄想を垂れ流しにしていた。
だが、プライドは、自分がホムンクルスだと知られて尚、子ども扱いされたと思い不機嫌を隠さなかった。
でも、そう言えば