結婚という言葉を聞いて、プロポーズと言う概念を聞いて、一体どのような仕草を思い浮かべるだろうか?
少なくとも、剣を振り下ろしながら突進してくる女性というのを思い浮かべる人間はいない。
シルヴィオは、そう思いながらもオリヴィエであれば普通にありえるという思考も捨てきれなかった。
咄嗟に体を捻って躱しながら、手元の剣の峰を抑えて剣を封じる。
その余りにも洗練された行動に、会場は大いに盛り上がった。
そして乙女心とはあまり呼びたくない、アームストロング少将の闘争心も。
「やるな、それでこそっ、我が夫に相応しいっ!!」
そんな熱烈な逆プロポーズと共に繰り出される回し蹴りがシルヴィオの頭部を襲うが、
それも首元をガードしていた腕に止められた。
そしてシルヴィオは掴んだ少将の足を解放しながら言葉を投げかける。
「…諦めては頂けませんか?」
「「「「やっぱりボスがフラれたーーっ」」」」
観客席から統率のとれたツッコミが入る。
盤石な一枚岩の呼び名は伊達では無い。
勿論、今ツッコんだ彼らにはあとで制裁が入る事は、アームストロング少将の睨むような目つきから火を見るよりも明らかだった。
岩をも砕く怪力の女性がそう心に決めたのだから間違いないだろう。
その後も、少将が息もつかせない猛攻を続けたが、それらをシルヴィオは全ていなし・躱し・防御に徹した。
彼の父親の見立ては間違っていなかったと言えよう。
彼の戦闘者としての才能は破格だった。
だが、久しぶりに骨のある奴が相手というのに、少しオリヴィエには不満があった。
「何故だ、何故攻撃に転じない?」
その答えは博愛主義の青年にとっては答える必要も無いものだったが、
聞かれた以上は答えなければならなかった。
「貴女の様な美しい女性に、例えその後私が治療するとしても傷を付けたくは無かっただけですよ」
その言葉に、戦士では無く女性扱いされた事にプッツン来た、
彼に逆プロポーズしたはずの女性は、「剣でも何でもよい。構えろ、殺すぞ」と咆哮した。
結婚しろと言っておきながら、女性扱いして怒られるのは理に叶わない。
やはり女心は難しいとシルヴィオは納得して、
砦の兵士達も、ボスだから在り得ると納得して、
エド達は、その理不尽に驚愕した。
攻撃が更に猛吹雪の様に苛烈に加速したので、ご機嫌を取る意味で、シルヴィオは氷で長剣を精製した。
尚、剣を向けられてご機嫌になる女性は世に一人しかいない。
猛獣が牙をむいた様な笑みを浮かべ、シルヴィオに切りかかったアームストロング少将の剛剣を、
薄い氷の剣で角度を調整して、最小限の負担しかかからない形で流す。
圧倒的な技量がそこに在った。
とはいえ、シルヴィオの剣は、一見薄くしているものの、その結合密度と強度は見た目とは裏腹に極めて高い。
あくまで、酷く脆そうに見えるのは見た目だけである。勿論ワザとだ。
「いいぞっ!!」
流されたものの、その勢いを再度利用してオリヴィエは回し切りを見舞った。
だが、シルヴィオの足元から突如柔らかそうな壁の様な物が出てきたために、その物体に剣がめり込んで固められてしまった。
即座に剣を捨てて、銃による応戦に切り替えたものの、
強固な氷の壁が構築されてシルヴィオには届かなかった。そして透明な壁の向こうからそろそろやめませんかと優男はほざいている。
壁にかけてあった軍刀を二つ取ると、少将は二刀流に切り替えた。
先程とは違い、手数が増えたものの、それでいて剛の剣である事には変わりない。
信じられない事だ。彼女は
シルヴィオはそれをかつての様に防戦一方で対処する。
結局攻めには転じなかった。
それがますますオリヴィエの乙女心という名前の闘争心に火を着けた。
勿論その中身は混じりけ無し100%の闘争心であるので、完全なラベル詐欺である。
オリヴィエは攻撃のリズムを敢えてずらして、そこからの急速な連撃を繰り出した。
片方はシルヴィオの頭部への突き、もう片方はシルヴィオの頭上からの振り下ろしだった。
シルヴィオにとってはどちらも同じ縦軸に存在する攻撃なので横に躱せばよかった。
だが、頭上の剣が変則的に斜めに滑り、水平に迫って来た。
シルヴィオの顔に吸い込まれるように伸びた剣は――――、
――――シルヴィオの噛み締めた並びの良い歯に、その動きを封じられた。
もう片方の剣も摘まむように白羽取りされている。
口の端が若干斬れるのも厭わず、シルヴィオは首を捻るようにして驚愕したオリヴィエから剣を引き抜き、
それを空いている方の手で奪うと、その剣でオリヴィエの持つもう片方の剣の柄を、
オリヴィエの手に触れないギリギリのところで両断。
それによって刃が駄目になった、今奪ったばかりの剣を投げ捨てると、
今度は氷の剣を使い、引き絞った弓を放つように、刺突を放った。
神速の突きに、思わず腕一本捨てる覚悟で防御をしながら後ろに飛び抜いたオリヴィエだったが、
更に加速したシルヴィオは、
防御に使わずに、拳銃のホルダーに伸びようとしたオリヴィエの肩を押さえつけ、
防御に使った腕を刺し抜く様に剣を持つ手を伸ばし、
その剣がオリヴィエに触れるその寸前で、氷の剣は砕け散って雪の華に変わった。
シルヴィオは、驚愕したオリヴィエの足を払いながら、
その肩をそのまま下方に押し付ける様に、雪の上に押し付けて、
その手をずらしてオリヴィエの首の真横の雪の上に置いた。
更にオリヴィエの足の隙間に、己の膝を突き入れて回避さえ封じた。
雪という、シルヴィオとは相性の悪くない物質に触れた状態で、相手の首元を何時でも攻められる状態にあるので、
最早勝ちと言っても問題ない状態だ。
彼自身も妙に冷気を纏った小指をオリヴィエの首に触れる程度に押し当てている事からその自信があるのだろう。
もう片方の手で胸元に手を置いて、プライドの高い彼女以外の者に聞かれないように配慮して、
その耳元で小声で告げた。
「…私の勝ち、という事で宜しいですか?」
勿論、今の彼と彼女の体勢が周囲にどうみられるかについては、敢えて触れないものとする。
???「私は『嫉妬』ではない別のホムンクルスだから、何の問題も無いわ。
ええ、無いといったら無いの」