さて、時間は大きく遡る。丁度エド達がシルヴィオと共に北のブリッグズに向かっていた時だった。
ホムンクルス達が一堂に集まっていた。勿論彼らの生みの親のいる場所で、だ。
尚、この会同に『お父様』は参加していない。
大総統としての顔のある
取り敢えず誰かに突っ込んで欲しそうな感じが凄く伝わって来たので、
意外と面倒見が良い
「一応聞いてやるよ。それは何だ?」
と心底面倒くさそうに聞いた。
そういう優しい気遣いは、流石お兄ちゃんと言った所だろうか?
「ああ、これかね?」
自分で聞いて欲しそうなアピールをしておいて、あたかも今気が付いたかのように話し始めるラース。
彼も中々に面倒である。彼の姉程ではないだろうが。
その書面の内容は、『流血』…では無く、民間の高度な技術を持つ医師、シルヴィオ・グランを北方に派遣して、
凍傷などの治療を行わせると共に、そのカルテを持ち帰り、アメストリスの医療発展に寄与するという内容であった。
要するに、中央から遠く離れた所に飛ばした、という事である。
因みに、質問は一人一回制度は身内には存在しないので、質問し放題である。
「…場所は何処かしら?」
「ブリッグズ砦。最後の血の紋を描く場所だ」
左手に持ったグラスの中のワインをクルクルクルクルと回し続ける姉に向けて、
序に何気なく、だが、若干からかう様な声で、一番老け顔な末っ子は告げる。
「ああ、そう言えばあそこの責任者はアームストロング家の長女だったな。
いい歳だが、性格が災いして未だ独身だそうだ。
――――たしか何処かの名家の青年と婚約の話が在ったような気もするし、
無かったような気もするが、詳しい事は覚えていない。
全く、年は取りたくないものだ。記憶力が自分の自覚よりも衰えている事に偶に悩まされる」
ため息をつき、片目をつむり、やれやれと首を振っているが、
そのウロボロスの刻印のある瞳はニヤ付きを隠してはいない。
「そう、特に興味は無いわね」
視線を逸らしながらそう答える長女の右足は、若干震えているし、
ワインを持っていない方の右手の爪が、数センチではあるが、先程から伸び縮みを繰り返している。
隣りにいた
あからさまに横にいる姉が嫉妬しているように見えるが、
それを指摘すると自分や姉のアイデンティティが崩れそうな上に、
『色欲』だけでなく『嫉妬』まで兼ね備えたと口に出してしまえば、
彼には珍しく、災いの素である口を噤む事にした。
彼は学習能力がある、賢いホムンクルスである。
尚、最近『怠惰』の感情が強くなりつつある事は敢えて気にしない事とする。
現アームストロング家の当主による長女のお見合いの数々の失敗談や、
アームストロング家の当主の妻と、グラン家の前当主の妻が仲がとても良い事、
長女のオリヴィエ・ミラ・アームストロングは巨乳であり、
ブラッドレイとしてシルヴィオと会話した時に、彼はくびれとうなじが好きで、
身体のメリハリは確りした方が好きだと言っていた事。
まあ、無駄話がそこまで好きでは無い長男がそろそろ話を打ち切ろうとするまで、
ラースによるそのような話が延々と続いた。
その締めに、権利の上に眠る者は保護に値せず。そう言って。
一度も口を付けていないのにも関わらず、既に、ラストの持つグラスには最早ワインは入っていなかった。
「で、どうするのだね?」
尚も末の弟は煽る。話は終わったのではなかったのか、お前も大概にしつこいなとエンヴィーに言われても、
その煽りは止まらない。ここに
「もし、将官の結婚式があれば大総統としてはスピーチでもしなければならない。
また、昔の様に文面を考えるのを手伝ってくれるかね?」
今の妻に対するラブレターをかつてラストが添削した事を引き合いに出しての、圧倒的な煽り。
尚、その添削をした先生は未だ独身である。
『憤怒』から『煽り』に変えても良いのではと思う程のアオリストが此処に存在した。
「好きにすればいいわ。私は私のしたい様にするし、
その将官もその将官の欲望の赴くままに行動する事を、肯定するわ」
長女はやはり目を合わせる事無く、そう告げる。
尚、本人は余裕があるつもりだが、ラースの持つ『最強の眼』が無くてもその余裕が虚勢なのは良く解った。
「でも、らすとのこっぷ、ひびがはいってる」
頭は良くないが、素直な弟が姉のグラスにワインが入っていない理由を指摘した。
エンヴィーの、俺よりよっぽど嫉妬してないか? という感情が顔に出ていたのだろう。
彼は、口を噤んでもやはり表情だけでも余計な事を漏らしてしまう粗忽者であった。
だが、流石にこの状況では長男も、うっかりな弟を責めはしなかった。
「おかしいですね。ホムンクルスには単一の感情しか無いはずなのですが」
それどころか、意外にも妹を弄る側に回っていた。
何だか少し、愉しそうにみえた。
長女はその左手に持ったグラスを遂に、完全に握り砕いてしまったが、
何事も無かったかのようにしている。
その様があまりに滑稽だったので、エンヴィーは口を滑らせてしまった。
やはり、彼はお喋りのエンヴィーである。
「彼氏の浮気が心配なら、追いかけて行ったらどうだ?」
ラストはエンヴィーに人差し指を向けて、爪をエンヴィーの顔の手前まで伸ばした。
が、ここまで真面目に生きてきた反動か、愉悦を覚え始めてきた長男の援護射撃が入った。
「確か、そろそろ
それに、あの辺りで血の紋を刻むのなら監視役も必要でしょう?」
末っ子は無言で頷く。勿論、表情はニヤ付いたままだ。
そしてそれは、長女にとっても良い
「別に、彼氏とかそういうものでは無いわ。それを承諾した事など一度も無いもの。
第一、私は『色欲』であって、『嫉妬』では無いわ。
でもそうね、大切な人柱に何かあっても良くないのは間違いないのも事実ね。間違いないわ。
…お父様、北の方へ敵情視察へ行って来ても良いかしら」
プライドは『スロウス』と『血の紋』の事しか援護射撃をしていなかったが、
勝手に妄想上の援護射撃を自己正当化に結び付けて、
何時の間にかその場に表れていた『お父様』にラストは余裕たっぷりに告げた。
尚、彼女のドレスにはワインが付いたままだ。
「許す」
何時もの様に『お父様』は無機質に答えた。
それから少し経って、
背中がバックリと空いたドレスに着替えて、首元が見える様なポニーテールに纏めた長女を兄弟達は見送った。
「相変わらずめんどくせえな」
エンヴィーがそう言ったが、ラースはそれが面白いのではないかと笑う。
ラストに懐いているグラトニーが「おでもついていっていい?」と周囲に聞いていたが、
「少しは空気を読みましょうよ、グラトニー」
と長男に叱られてしまっていた。
長女は寒くて寒い北の国へ、どう考えても防寒度外視な寒そうなドレスで赴き、
時折、下品にならない様に口元を抑えて、くしゃみをしながらも進んでいった。
寒くてもファッションを優先しなければならない女の子はとても大変な生き物だと、
世の男どもは然りと理解しなければならない。
もし、それがオシャレの為ならば雪山で背中バックリで、Xラインベースのドレスで赴く覚悟も必要なのである。
ファッションとは、即ち戦争であった。
この一連の行動は『嫉妬』ではない。
あくまで『お父様』に造られた『色欲』のホムンクルスとしての役割に過ぎない。
単一な感情しか持たないホムンクルスとして、
『お父様』に必要あって与えられた役割を果たさなければならない。
そんな強い信念でようやく雪山の頂上付近に着いた時、ふと離れた場所にある砦付近で甲高い接触音が何度も響くので、
その方向を見ると、服越しではあるが、自分以上のバストを持つ女性を、
酷く見覚えのある医師が押し倒しているのが目に入った。
彼女はこの時、己の