その男はどう見ても尋常の人間では無い。
ブリッグズの兵士達は、隣接する敵国ドラクマの改造人間兵器か何かだと推測して武器を構え、
エド達はホムンクルスであると見抜いて戦慄していた。
その尋常でない男に近づきながら、周囲の人々に怪我はありませんか? と何事も起きてない様に問診している男がいる。
勿論シルヴィオだ。彼もまた、ある意味において尋常の類では無い。
一部、破片が当たって受傷している兵士がいたので、シルヴィオは彼らに速やかに治療を施した。
彼等は治癒して動ける様になるや否や、
「シルヴィオ先生、どう考えても異常事態だ。助けてくれて在り難いが直ぐに逃げろ!!」
その様な事を口々に言い放った。
だが、シルヴィオにとって、会った事の無い他者という人間は、
危険かもしれない存在では無く、友達になれるかもしれない人間である。基本的に彼はお花畑で楽観的な善人である。
……勿論、イシュヴァール人以外と言う枕詞が前提である。
「…シル…ヴィオ…?」
ドラクマの新兵器かと周囲に勘違いされたホムンクルス
「おまえ、シルヴィ…オ?」
「ええ、そうですが」
問いかけるスロウスに丁寧に答えるシルヴィオ。
その直後、彼は十数メートル離れた壁に叩き付けられた。
身体の到る所がひしゃげて、その白衣は紅く染まっていた。
だが、その身体は直ぐに巻き戻す様に再生して、白衣の血の染みさえ次の瞬間には消えていた。
先程までシルヴィオがいた位置に、何時の間にか移動して腕を振り抜いたままで止まっている、
明らかにシルヴィオに攻撃行動をとったスロウスは、白衣に付いた埃をはたきながら歩み寄る医師に気だるげに告げた。
「プライドが言ってた。ラストが泣いていたって。
他の奴も一回殴った方良いって言ってたって、プライドが言ってた。
殴るのも、それを覚えとくのもめんどくせー。
そもそもラストを泣かせたお前、めんどくせー」
歩みを止めて立ち固まるシルヴィオの横に、エン子ちゃんことエンヴィーが歩みより、その耳元で、
「ちょっと、失望したよ。まあいいけどさぁ」
と小声で告げてまた去って行った。
それからほんの少しだけ経った後、危険人物を追い出すか捕縛しようとしたオリヴィエが何かしようとする前に、
スロウスは床を殴り抜き、再び地下に降りると洞窟の採掘を始めて行った。
そのスロウスが開けた穴からは影の刃の様な物が蠢いており、
その影が強度が低下した床が落盤したが地に落ちる前に粉々にされているのを確認したオリヴィエは、
監視を継続させる名目で部下への追撃を止めさせた。
そこで一先ず段落が付いたところで、シルヴィオによる彼女の部下殺しについて追及しようとしたオリヴィエだったが、
それに邪魔が入った。
中央の軍本部のレイブン中将。
所謂、お偉方の視察が事前の連絡無く入って来た。
この時点で十二分に異常だった。
タイミングが整い過ぎていた。
その上、ご丁寧にオリヴィエの執務部屋に通されたレイブンは、オリヴィエの部下の者に強引に去らせて、
シルヴィオを連れてこらせる様に命じると、
オリヴィエにシルヴィオに関する一切の不利益になる行動の禁止、彼の行う行動の秘匿の強制、彼によって齎された
そして延々と続くブリッグズの砦の下の通路は何の問題も無いので気にしてはならない事や、
その洞窟を活用・埋設・調査を含めたあらゆる事項の禁止を求めた。
レイブンもシルヴィオの件については、自分も良く解っていない事や、
どういう人間なのか詳しくは知らないともオリヴィエに洩らした。
権力上の強者に弱者として扱われたオリヴィエの内心のイライラが、握りしめた拳に見て取れたのか、
レイブンの後ろに控えていた男は、「賢い選択をして頂けると助かりますね」と釘を刺した。
その男の実力はオリヴィエも聞き及んでいた。
艶やかな黒髪をポニーテールにしたその男こそ、つい最近急遽出所になった極悪犯、ゾルフ・J・キンブリー。
人呼んで、『紅蓮』の錬金術師。
自己を異常と認識する異常者である。
「すみません、シルヴィオ・グランです。お邪魔しますね?」
その澄み渡る声がノック音の後に扉越しに聞こえた後、
扉の向こうから、声同様に澄み渡った瞳をした青年が入って来た。
「ほう、コレは中々面白いお方だ」
キンブリーはその瞳を見て、込み上がる愉悦を隠しきる事が出来なかった。