流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩
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世界に愛と平和の精神が響き渡りますように

レイブン中将もかつては士官学校で好成績で卒業し、イシュヴァールの内戦でも成果を出し、
上の覚え目出度く出世した男だった。

だが、老いとは恐いものだ。誰にも訪れる死の恐怖と共に、事実を見据える目に曇りを宿していく。
そしてそれ以上に安寧は恐ろしいものだ。全ての争いが操作上にあるという、
裏を返せば全ての争いを起こさなかった事も出来たという逆説的な平和の事実は、
生き延びる為に、喰いかかる気概を腐らせていく。

彼が、後数十年若ければ、属していた陣営も違ったのかも知れない。


アームストロング少将という女性は、武術に秀でた女傑として有名であるが、
権謀術数渦巻く名家の長女としての側面も持っている。
故に、この年で未婚と言うのはかなりまずいのだが、それは敢えて触れぬものとする。
彼女は喰らい付く獰猛な獣としての面を持っており、
…というか、淑女の血統を持ったただの生物上メスというだけの、立派な百獣の王である。
シンの国に名高い『カン・ウー』という英雄のTSした生まれ変わりと言われても特に違和感は無い。
勿論、シン国の歴史的英雄のTSと言っても、
アダルトなゲームに出てくる主人公に性的な意味で喰われるヒロインに成り下がることなく、
国の覇権を喰らい尽くす威風堂々とした王の立ち位置だろうが。


レイブン中将は、それなりに優秀ではあったが、どちらかと言えば上の覚え目出度さで出世した努力アピールが得意な類だった。
ムードメーカーな良いヤツで扱いやすい。そう実力のある人間達に思わせるのが得意な人間だった。
だから、彼は上層部に上がるまでは大きな問題は無かったのだ。
だが、アームストロング少将(・・)という、格下の相手に対しては、適切な距離の取り方を知らなかった。
所謂昔の人間である故に、女性が上に登るとすれば、男女雇用機会均等の枠だろうと愚推しても仕方なかったのかも知れない。
彼の若き日では、そう言う側面もあったのだから。

レイブンはアームストロングを侮っていた。
矢鱈多いボディタッチの乱発。彼女を知る者は何時そのイライラが破裂するのかとヒヤヒヤだった。


だが、彼女は内面がブチ切れながらも政治が出来る女であった。これは流石名家の血筋と教育の賜物と言えよう。
例えば、シルヴィオの事を良く知らないにも関わらず、無条件に許せという所から、
強きに靡くレイブン以上の所からその命令が下りてきていることが推測できる。
そしてそれが当てはまるとすれば、その枠は極僅かと言ってよい。
それに加えて、あの異常な人型を放置すること。防衛上大きな弱点になり得る地下にある坑道の放置。
それも流れに乗る事だけは上手そうな、流され続けてきた男の性格を考えるに独断と言うのは考えにくい。

後は、シルヴィオと化け物と坑道の事が別件なのか、全て繋がった事なのか?

途中でエド達の助言か頼み事かわからない言葉に乗って、上手くレイブンから話を聞き出そうとした。
だが、その目論見は大きく外れた。上に気に入られただけで上に来れたものに、
そこまで詳しい情報がある訳でもない。彼の得意分野である上に取り入る作法は、実力主義の彼女には大凡価値を感じないモノだった。




故に、最早価値は無いと一刀の下に切り伏せようとした。
だが、

「私の前で、人間が死ぬと言うのはとてもとても悲しい事です」

心からそう言っているように、何のからかいも含まない声で、かつて彼女が夫にしようと一時期でも考えていた男に、
引き抜こうとした軍刀の柄を抑えられて止められた。

「ヒィィッ」
「貴様ッ」

怯えるレイブンに、素の表情を隠さなくなったアームストロング少将。
そして、何時の間にかその場にいたキンブリーは懐かしそうに呟いた。

「そうですね、貴方、ロックベル夫妻を思い出させますね」

その全ての人間を救おうと言う姿勢は彼が尊敬に値すると判断した人物を思い出させた。
そして、ロックベルと言う名前は、シルヴィオも知らぬ名前では無い。

「良いお方々であったと聞き及んでおります。イシュヴァールに殺されましたが」
「貴様だって、イシュヴァールと言うだけで私の部下を殺しただろうっ!!」

吠えるオリヴィエに対してシルヴィオは表情一つ変えない。

「イシュヴァールだから殺しても大丈夫ですよ」

その目も声も、何一つ先程から変わらない。
キンブリーは、これはこれは面白い男だと心の中で称賛した。







そんなキンブリー的に面白人間であるシルヴィオは、レイブンに対して、

「オリヴィエさんは昔から怒りやすくて、直ぐ人を切り殺そうとしますが、本当は優しい人ですので許してあげてくれませんか?」

とギャグの様なお願いをした。無論ギャグでは無く真剣である。彼の中だけではあるが。
レイブンは大総統直々に便宜を払うべき存在だと念を刺されたシルヴィオに対しては、大総統の関係者である以上、
長年のやり口からしても従っておくのが得策だとして承認した。
無論、その後レイブンがアームストロング少将を避ける様になったのは見間違いでは無い。







それから数日後、何故か今まで睨んでばかりいたドラクマの兵達が攻めてきた。
どうやら、アメストリスの一部が勝手な戦闘行動を起こして誘発させた可能性があるようだった。

レイブンとキンブリーは互いに顔を見合わせてニヤリとしている。
お互い上手くやれたから一杯どうだとレイブンから誘いがあったためだ。

「そう言えば、例の彼は今どこにいるのかね?」

「ああ、()ですか? 素晴らしいですよ。彼は確かに医師であると言えましょう」


キンブリーは心よりの称賛を上げる。結局何処にいるかは伝えなかったが。
例の彼こと、シルヴィオ・グランは今戦場の真只中にいた。敵味方全ての兵士を救う為に。

「全ての人間は生きる価値があるのです。幸せに生きようとすることに罪は無いのです」


そう言いながら人々を救っていった。
だが、彼の手元には賢者の石は無い。故に自力だけで人々を救い続けなければならなかった。
それには限界が来る。戦場で危険を顧みず平和を叫び続ける医師。
それは確かに立派だった。だが、立派である事と全知全能である事は全く違う。


そして、誰の敵でもないからと言って、誰にも標的にされないという事では無い。
彼自身も防御と回避に努めるが、動きながらでは患者を治療できない時には、致命傷で無い場合、
敢えて弾や破片を受けながらも、その痛みに反応しかける身体を驚異的な精神力で押さえつけ医療を実行する。


戦場と言う最もその言葉が似合わない場所で、平和を謳い続けた青年は遂にその意識が途切れた。
倒れて、それでも尚患者を救うべくメスと薬を探す様に両手は動いていた。





「…全く仕方ねえなあ。一応人柱だ、死なれちゃこちらも困るんだよね。
……一発殴らせたし許してやれよ」

「…そもそも怒る要素が無いわ」

倒れ伏したアメストリス人兵士の死体の内一つが、にゅるりと起き上りると、
がっしりとしたドラクマ将校へと変わっていた。
その将校は、青年を抱きかかえて、後ろにいる副官の様に立っている女性と共に雪山の中に消えて行った。







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