流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩
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脳内お花畑なお医者様、ハートを打ち抜かれる。



尚、お花はアザミの模様。


『人間』の定義

「良い人柱候補が見つかった」

 

此処はアメストリスのとある建物の中。明りも無く、人間(・・)の気配は無い。

片目を眼帯で隠した男、キング・ブラッドレイは、壁に背中を付けて佇む、影の様な黒いドレスを着た美女にそう話しかけた。

 

「あら、何処の誰かしら?」

 

麗しき黒髪の美女、ラストは艶やかにそう返した。

 

「傷の男に最近殺害された将校の息子――とは別人の設定で国家錬金術師を受験しに来た。

門を通った形跡がある上に、生体に関する錬成の適正もあるだろう。

しかも相手がイシュヴァール人であれば殺人に対する忌避感が無さそうだ」

 

「そう…、それで、その坊やの名前は?」

 

色気の中に真剣みを帯びた美女の言葉に対して、眼帯の男は気兼ねすることなく答えた。

 

 

 

 

「『流血』のルヴィオ・ラグーン……、いや、『鉄血』の一人息子、――――――シルヴィオ・グランだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎◎◎

 

 

 

「痛いの痛いの飛んで行け~。

どうですか、カール君。まだ痛いですか?」

 

ここは街中の小さな診療所。

遊んでいて怪我をした少年を、服装次第では美少女で通る様な青年医師が優しげな表情で治療していた。

と言っても、治療は生体錬金術の応用であり、およその人間の血管の位置や太さ、神経の構成など、

人体構造をほぼ完全に理解している青年にとっては造作も無い事であった。

傷口は既に痕すらない。

 

「…あれ? 痛くない?

すごいや先生。ありがとう」

 

 

「いえいえ、このくらいお安いご用ですよ。

自分に限界を想像せず、思い切り楽しんで怪我をするのも子供の特権です。

料金はこの国に付けておくので、出世払いでお願いしますね?」

 

要するにこの医師は無料だと言っていたのだったが、

回りくどい言い方をした為に子供には少々わからなかったようだった。

カール少年はキョトンとした顔をしていた。

 

「ああ、そうですね。つまり気にしないでって事ですよ」

 

「…良いの?」

 

 

「良いんですよ」

 

「ありがとう」

 

 

そう言って、少年は診療所を出ていった。

この医師、シルヴィオ・グランは実家が大金持ちな上に、つい最近その遺産を全て相続したので料金を貰わなくてもやっていけるのだ。

近所でも評判の、極めて善良な先生である。

子供だけで気軽にやってくると言うだけで、彼の評判が窺える。

尚、赤字覚悟のスタンスが他の医者の迷惑になる事に気が付かない辺り、

結構なお花畑な思考も窺える。

 

 

 

 

喫茶店兼ねて診療所。

今日はそのどちらもお客がいない。故にのんびりと外を眺めていた。

そんな彼は、空が夕暮れに近づいたころ、ふとシルヴィオは散歩がしたくなった。

 

目的地は近所の国家資料館だ。

ついでに資料を幾つか借りていく予定だ。仮面の国家錬金術師としても、

政府高官の男を父親に持っていたお坊ちゃまとしても可能であったからだ。

 

第一、その資料館は最終的には、かつてはシルヴィオの父親が責任者となっていたのだから、顔パスさえ可能だった。

 

 

今シルヴィオが通っている資料館近くの空地は、先程のカール少年達が普段から遊ぶ広場としても使われている。

シルヴィオは折角なので、またカールが石に躓いてこけない様に、空地の地形を錬成により整地した。

 

 

彼は人が見ていない所でさえ、何処までも善良なアメストリス人であった。

 

 

 

 

自身の身体を生体錬成の応用で少しずつ強化しているシルヴィオの嗅覚は、そこで少々焦げ臭さを感じた。

ふとその方向を見ると、まだ小さくはあるが、明らかに油脂類が燃える時に発される煙が資料館から漂っていた。

 

「火事になったら困る人がたくさんいると言うのに」

 

 

 

そう言いながら彼が手を合わせると、資料館の真上だけに局所的な雨雲が発生していた。

そしてその雨雲は直ぐに豪雨を直下に降らせ、そして雨に濡れた所から次々と氷結が始まっていた。

 

シルヴィオが煙を感知してから僅か数分後、炎は完全に鎮火された。

 

 

 

 

 

火事になりかけていた先程とは打って変わって、白くなった大地を霜柱を踏み潰しながら歩いていくシルヴィオの視界に、

血を流し倒れている2人の警備員がいた。

 

思わず駆け寄ってその状態を確認する。

傷の程度の浅い方は何とか治せないかと思っていたが、其方は既に生命活動を終えていた。

腹に大きな穴をあけて顔が潰れた方の警備員にも、性格ゆえに一応その生体情報を確認し――――

 

 

「貴方は何者ですか?」

 

損失無く、完全無欠な生命活動を行っている、死体の様な姿の警備員にシルヴィオは問うた。

 

 

 

死体の姿に変装していた、擬態能力を持つ人造人間(ホムンクルス)エンヴィーは、シルヴィオに短剣を突き刺そうとしたが、

回避されて未遂に終わった。

 

 

 

 

パチパチパチパチ

 

「流石はシルヴィオ先生。――――いえ、『流血』と呼んだ方が宜しいかしら?」

 

回避したばかりのシルヴィオの真横に、絶世の美女が佇んで拍手していた。

美女は更に言葉を連ねる。

 

 

「情熱的な火遊びに、冷やかな水を注すのは少々無粋では無いかしら?」

 

「火遊びがお好きなら、今から私の家で二人で花火でもしてみませんか? 美しいお嬢さん。

此処に何時までもいるのは良くないでしょう。

今日の此処の天気は火事のち、氷結。

天候も怪しくて、危険な能力と行動をとる人も出ているみたいですから」

 

 

「あら、じゃあ私もその危ない人のお仲間と言ったら貴方はどうするの?」

 

 

その言葉と共に、絶世の美女、『色欲』のホムンクルス、ラストは超硬質な爪をシルヴィオに伸ばした。

 

 

 

しかし、シルヴィオはその爪を撫でる様に躱して、澄んだ瞳でラストを見据えて、優しく伸ばされた爪を摘まんだ。

 

「…この爪はそういう構造になっているのですか。硬いですから、刺さったら大変そうですね」

 

爪を戻して距離を取ったラストは、その視界からシルヴィオを見失った。

 

「ラストッ、後ろだっ!!」

 

エンヴィーの声に咄嗟にラストが振り向くと、シルヴィオはラストの喉に手を伸ばし、

そしてそのまま沿う様に頬に手を当てた。

 

 

 

「折角ですのでお友達から始めませんか?

私としては、是非恋人として母に紹介したいのですけれど」

 

シルヴィオの表情からは、常に真面目で善人そうな表情が変わらない。

ホムンクルス達には、余裕が溢れる強者に映ったかも知れない。

だが、シルヴィオ本人からすればそうでは無かった。

割と、ラストが好みど真ん中だっただけなのである。

 

 

「イカれてやがる」

 

「まったくね」

 

 

そんなシルヴィオにエンヴィーが悪態をつき、首元を押さえられたラストもそれに同調していた。

やろうとすれば、首元を何時でも攻撃できる状態ではあるが、ホムンクルス故に、

ラストは一度首の構成を破壊された位では死なない。

幾多の魂を持った生命体であるが故に。

 

一度死ぬ事を前提に、攻撃を仕掛けたラストだったが、

またしてもその攻撃を回避され、今度は再び後ろに回られたまま抱きしめられる状態になっていた。

所謂、あすなろ抱きというヤツである。

 

 

「1つ解った事があります。貴方達は、私を殺すつもりは無い。

そうですよね?」

 

ラストの耳元でシルヴィオはそう呟いた。

 

確かに『流血』のルヴィオことシルヴィオは大切な人柱候補故に、殺してしまうまでは想定していなかった。

だが、ラストたちにはそれが何故気が付かれたかは解らない。

 

「貴方達の攻撃は、一度たりとも急所には向かっていませんでした。

狙われたのは、3回ともそのギリギリの部位です。きっと本当は優しい方なのではないですか?」

 

 

ラストはゾッとして身震いした。

その震えがおそらく察せられている事が癪だったので、誤魔化す様に一つ尋ねた。

 

「私も判らない事が1つあるわ。聞いても良いかしら?」

 

「美女の頼みは断りませんよ」

 

 

「では、どうして難なく攻撃を避けられたのかしら。完全な不意を突けていたと思っていたのだけれど」

 

まさかシルヴィオはそんな当たり前(・・・・)の事を聞かれるとは想定していなかった。

 

 

 

 

「簡単ですよ、行動を起こすために、他の部位がどう連動しているかを理解していれば難しい話ではありません。

汗の匂い、瞳孔の動き、関連した筋肉の微動――ヒントはたくさんありますから」

 

 

 

「私達が言うのも何だけど、貴方って化け物ね」

 

 

ラストの言葉にエンヴィーも頷いていた。

だが、シルヴィオは平然としている。

 

「貴方が爪が伸びて、何時の間にか死体から生者に戻っているそこの貴方と同じように、

少々個性が強いだけですよ」

 

 

少々の括りに入れて良いものかは判らないが、シルヴィオは少なくともそう思っていた。

世間知らずのお坊ちゃまの感性と言うものは、少々(・・)箱入り過ぎた。

 

 

「…折角だから教えてやるよ。シルヴィオ・グラン。

俺はエンヴィー、そっちのがラスト。

賢者の石で造られた、殺しても復活する人造人間(ホムンクルス)さ」

 

「と言っても、構造や構成物質は同じで、

貴方達と変わらない外見に五感もある。

感情もある。親に対する愛情もある人間よ」

 

 

 

「では、私と同じですね。

同じように手足があり、考える頭脳と感じる心を持ち、

自身を人間と定義する。

そしてアレ(・・)ではない。

ホムンクルスも私達と同じ人間です。

奇遇ですね、私も父の精と母の胎に作られた人造人間とは言えませんか?

 

――それと、願わくば是非とも、私も貴方の愛情の範疇に含まれて見たいものです」

 

 

 

 

ラストとエンヴィーは硬直した。

幾らなんでも、こんなお花畑な人間がいるのだろうか?

エンヴィーに関して言えば、今すぐ『花畑』の錬金術師に改名するべきだとさえ内心では思っていた。

 

「みんなみんなお友達ってか? 頭湧いてんじゃねーか?

じゃあ、イシュヴァール人に親を殺された事はどう説明するんだよ」

 

 

 

エンヴィーはそれを聞いた事を後悔した。

シルヴィオの真面目くさった表情はそのままに、周囲の雰囲気だけが変わった気がした。

正確には、今まで気が付かなかったモノに気が付いたことを自覚した。

 

 

「イシュヴァール人? アレ(・・)は人間ではありませんから。

死んだイシュヴァール人だけが良いイシュヴァール人です。

いえ、死なせただけでは満足は出来ません。死して尚、魂を閉じ込めて苛ませる素敵な手段があればよいのですが、

そう上手くはいかないものですよね。なので今日は、参考とする為に資料館で本を漁りに来ていたのですよ。

少年に、麗しいお嬢さん。暴力を人間には振るわないようにして頂けると、私は大変うれしいです。

殺しても良いのは、イシュヴァール人とその加担者だけですよ?」

 

 

彼の澄んだ瞳は、何も映していなかったからでは無い。

復讐一色だけを映しているから、澄んでいるように見えるだけなのだ。

 

何処まで行っても修羅の道だからこそ、何処までもこの道を歩んでいこう。

彼は、『流血』の道を選んだ時にそう決めていたのだから。




お医者さんの思考

アメストリス人→普通に人間
ホムンクルス→やっぱり人間
イシュヴァール人→テメーはダメだっ!!





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