彼の夢の中は何時だって同じ内容の繰り返し。
父親がイシュヴァール人に殺されて、己がイシュヴァール人を殺す。
色あせたセピアで描かれた思い出の中で、赤に属する色だけが鮮明に映っていた。
もはやその順序にすら意味は無く、その二つの因果関係は矢印では無く、等号で結ばれている。
救い様が無いかもしれない其れは、唯一の救いでもあった。
シルヴィオは唇に僅かな感触と、頬に触れる温かさを頼りに意識を浮上させる。
そこには、知らない天上があった。
「気が付いたかしら」
そして――彼女がいた。
ベッドの上で起き上がった彼の隣に座り、
手に持ったリンゴを爪で丁寧に剥きながら、切り分けて小皿の上に並べて置く。
「動かなくていいわ、食べさせてあげるから」
そう言ったラストの言葉に甘えて、シルヴィオは口を開けた。
少々衛生的に問題があるかもしれないが、そのリンゴは直接ラストの指によって運ばれた。
丁度開けた口に入った後、噛み締めるのに楽な大きさで切り分けられたリンゴからは、
甘酸っぱい風味が喉から鼻を抜けた。
「ありがとうございます。折角ですのでラストさんもどうぞ」
マイペースを地で行く性格で、照れもせず同じことをやり返す青年に、
美女はやはり勝てないと思いつつも、そのリンゴを受け入れた。
正直に言ってしまえば、勢いが付き過ぎたのか口に触れた青年の指の感触が気になってリンゴどころでは無かったのだが。
勿論、表情は余裕を保っているつもりだが、絶対にそうできているかと問いかけられれば、彼女にその自信は無かった。
「ねえ」
「はい、なんでしょうか」
告げなければいけない事がある。それをしっかりと告げなければ、これから先には進めない。
そう理解していたラストは、目の前で次のリンゴを彼女に食べさせようと手を伸ばしている青年を呼びとめた。
「今思えば、初めて出逢った時から貴方の中には復讐心があったのよね。そしてそんな貴方を私は好きになった。
だから――――、改めて告白するわ。復讐に狂った貴方の憎悪ごと、私は貴方が好き」
青年はその愛情に、答える言葉を持たなかった。
故に、言葉以外の形で答える為に、その顔を彼女に近づけた。
彼女の肩を撫でながら、もう片方の手を背に回した。
ラストがこの後に来る感触を想像しながら目を閉じたその直後――――
「大変だ、ラースが列車ごと爆破されたかもしれない。
アイツの魂は一つしか無いんだ」
空気をぶち壊す様に、エンヴィーが飛び込んできた。
極めて大事な用件だったが、変わった青年と看護服を着込んだ姉にとって、完全に
だが、一応エンヴィーの持ってきた案件も無視すべき要件では無い。
特に、ラースはラストとの一件で他のホムンクルス達が一発殴るべきと判断していた中、
一人だけ、世間知らずと女性経験の無さから女性の気持ちや空気を読めない事はあるものだから、
チャンスをくれてやろうと意見していた上に、
レイブンを向かわせて、何かしらシルヴィオが仕出かした後も尻拭いをさせようと動いてくれた、
シルヴィオにとって大恩ある相手だった。
少しだけ名残惜しそうだったが、優先すべきことを理解している恋人に続きはまた今度と告げた後、
彼は病み上がりの身体を押して、エンヴィーに詳細を聞く為に着いて行った。
部屋に残された美女は、同じく残されたリンゴを口に入れながら、
鉄道の爆破事件があった場所に『流血』として大総統捜索に参加したシルヴィオは、大総統を遂に見つける事は出来なかった。
だが、それこそが大総統の安否における安心材料にもなった。
そして残念な事に他の人々が亡くなってしまった様だったものの、1名だけシルヴィオの速やかな救助で一命を取り留めた。
その意識は未だ回復していないようであったが。
また、大総統捜索隊の長であるグラマン中将が、取り敢えずはイシュヴァール人のテロだと原因を仮定した事は、
『流血』にとっては非常に都合が良かった。
アメストリスの罪も無い国民も、高貴な存在も一切問わず対象にするテロ行為は、
イシュヴァール人殲滅の御題目として、ますます強化されてイシュヴァール人の首を絞める事になる。
シルヴィオは今回の結末をそうまとめた。
そして数日後、病院に運ばれた意識不明患者が一名、急変して亡くなった。
これもきっとイシュヴァール人のせいだろうと、グラマン中将は広報雑誌のインタビューに答えた。