流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩

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終炎

ホークアイに去れと言われたエド達だったが、流石にこの状態のロイ・マスタングが放って置ける状態でない事は理解できた。

勿論、自分達の言葉よりも止められる可能性が高いのは、ホークアイの言葉であると何となく理解しつつも、

それでも、例え少しでもその後押しが出来るのなら、

後少しで大佐を止められたのにという後悔を防げるのではないかという結論に行き付いたからだ。

 

正直に言えば、詳しい事は解らないが、

普通の男女とも、普通の上司部下とも違う二人の関係にエド達が入り込める隙間が無い事は理解してはいるが、

それでも、此処まで来て部外者扱いと言うのも水臭さが過ぎるとエド達は主張した。

 

そんなホークアイとエド達の会話はまるで耳に入っていないロイは、

先程から自分の親しい人たちを傷つけて嘲笑っているエンヴィーの事しか見ていないし、聞いていなかった。

 

彼の手の中にある賢者の石が、地獄に堕ちゆく人間を嘲笑するかのように怪しげな光を湛えた。

 

「――無能、無能か。

そうだな、私も嗤って貰おう」

 

 

瞬間、轟音が爆ぜた。ロイによる焔の錬金術による最大火力が、限界を超越する賢者の石により空間を薙ぎ払った。

それは勿論一度で終わるものでは無かった。何度も何度も過剰なまでに焼き払う。

 

「これはヒューズの分だ」

 

焼き焦がす

 

「これはノックスの分だ」

 

焼き焦がす

 

「これはマダム――養母(おばさん)の分だ」

 

焼き焦がす

 

「これは…いや、これまでの全ても含めて、私の怒りだ」

 

焼き焦がす

 

そこには一人の人間では無く、復讐に狂った一人の鬼がいた。

だが、エンヴィーもむざむざやられるつもりは無かった。

 

身体を極めて小さく変身させる。

しかしその質量には変化は無い。つまり、彼は今、極めて強力な質量(衝撃)を持った弾丸となった。

 

その超重の銃弾は、咄嗟に回避しようとしたロイを掠めた。

それだけで、その脇腹は空間ごと食い破られたかのごとく弾け飛んだ。

 

そして、弾き飛んだエンヴィーは再度標的を定める。

標的はロイ…ではない。彼に精神的苦痛を与える為に、ホークアイを狙っていた。

 

 

それが更に復讐の焔の温度を上昇させた。

 

 

高速で飛び掛かろうとする極小のエンヴィーをピンポイントで焼き払う。

範囲は狭くなっているが、酸素圧縮の要領で温度は更に加熱していた。

 

 

 

 

故に、焼き焦がされたエンヴィーは次の手を講じた。このまま良い様に人間にやられっぱなしでは悔しくて仕方がないからだ。

小さくなって駄目ならと、彼は本来の巨大な蜥蜴の様な姿に…それよりも更にに巨大な姿になった。

空間を押し潰しように際限なく広がっていく巨体。それは空間から空気、即ち酸素を押しやっていく事でもあった。

弟を意識したのかしていないのかはわからないが、拘束で拡大していく肉体には、到る所に大きな口があった。

 

だが――

 

「ならば中から焼き尽くしてやるだけだ」

 

 

膨れ上がった体にはそれ相応の呼吸器官が存在する。

ロイの復讐心そのものとも言えるその炎は、エンヴィーの中から燃え上がり、内側から焼き焦がした。

エンヴィーは苦しみで、轟音を立てながらその場に倒れると少し小さくなった。

ダメージで変身が解けて本来のサイズに戻ったのだ。

 

 

だが、高々『復讐』という一心に染まった()一つに負けるつもりはエンヴィーには無い。

一つの感情の支配者と言う点においては、業の名を背負う者(ホムンクルス)の右に出る者はいない。

彼等は人よりも長き時をその感情を名前として生き延びてきた。

 

 

呼吸器官を完全に封鎖して空気の介入する余地を無くしたエンヴィー。

彼は身の内に溜まった文字通り焼き焦がす様な灼熱の痛みに耐えながら再び、いや先程以上に更に巨大化した。

空間いっぱいに広がって敵対者を押し潰すのは明白な狙いだった。

 

巨体は当然大量の酸素を消費する構造になる。

生命体と生物的な基本構造を同じくするホムンクルスにおいてもその常識は変わらない。

 

此処からは我慢合戦。彼の酸素供給が追い付かなくなるか、それとも先に相手を押し潰すか。

そんな勝負の筈だった。

 

 

――――『鋼』の兄弟達が余計な事をしなければ。

 

 

 

「この空間に酸素が足りねぇって言うんなら――――」

 

「――――部屋の枠組みをぶち壊して空気を外から持ってこればいい」

 

 

隣接する他の部屋や通路に繋がる壁を分解・変形、即ち破壊してエンヴィーの周囲に十分な空気(酸素)を用意した。

 

 

 

「…よくやった」

 

土壇場で制空気(・・)権を取り戻したロイは、労いの言葉をかけると、エンヴィーを容赦無く復讐の業火に包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

その炎が収まった時に、その中には巨大な蜥蜴は存在せず、矮小な爬虫類が一匹いるだけだった。

ロイはフラスコに入りそうなくらいその小さな小さな生き物に近づくと、元々壁であった巨大な岩片に向かって蹴り飛ばした。

潰れる様に血を吹き出して、ズリズリと壁から剥がれ落ちたホムンクルスを再び蹴り飛ばす。

再びエンヴィーは壁に赤色を擦り付けた。

 

ロイはその右手に焔を湛えると、ゆっくりゆっくりとエンヴィーの方へと歩き、そしてその手を押し付けようとした。

 

 

 

「そこまでです大佐」

 

彼の背後に立つホークアイが何かが外れる様な硬質な金属音を響かせて制止するまでは。

 

 

 

彼女の方を振り返ることなくロイは宣告した。

 

「撃ちたければ撃てばいい。君なら利き腕でなくてもこの距離なら外さないだろう。

さあ、撃てばいい。その前にコイツを殺す」

 

 

ロイはホークアイの次には一番良く知っていると自負する彼女の銃の安全装置解除の音を理解していたが、

その上でそう宣告した。自身がエンヴィーを殺すのとホークアイが己を撃ち抜くのとどちらが早いか、

比べてみるのも良いだろうと嘯きながら。

彼には邪魔するホークアイを攻撃する積りは無い。第一、此処に来る前に絶対に死ぬなと己が彼女に命令を発したばかりだ。

それに…まあ、それを敢えて語るのは無粋かもしれない。

やはり彼女は、ロイ自身が道に逸れた時に背後から撃ち抜くというかつての約束を守る女性だった。

ロイはその事を少し寂しく、だが、

それ以上に誇らしく感じていた。

 

 

 

「止めろ、止めさせろ大佐ッ!!」

 

だが、エド達の制止はロイの予想とは少し違っていた。

ロイがホークアイを止めると言うのはどう考えてもこの状況ではおかしかった。在り得ない言葉遣いだった。

その違和感に気が付いて、ロイがまさかと思って急いで振り向くとそこには、

 

 

利き腕で無い方の手で、彼女自身の側頭部に拳銃を押し付けて泣きそうに微笑んでいる女性がいた。

 

「さようなら大佐。今の貴方を止めるにはもうこれ(・・)しか無いんです」

 

 

 

 

…そして彼女はその引き金を引いた。




さようなら










おまけ
地獄兄弟(医師)「こちらのせかいへようこそ」
地獄兄弟(傷男)「歓迎してやろう」

地獄兄弟…?(軍人)「えっ、コイツラと同じ扱いっ!?」

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