鬱耐性が無い方はこのお話でハッピーエンドという事でお願いします。
「お義父様とは仲良くしたいと思っていましたが、こうなっては駆け落ちをする他無いようです」
青年はそう告げると、横に佇む美女の手を握った。
それと同時に空が急速に隠れる。織姫と彦星の逢瀬を封じる様に、
雨雲が地上と天を切り分けた。
シルヴィオが己の両手を繋げて完成する円の回路の中に、
だが、それすらも『お父様』には意味が無かったのかも知れない。
天に向かって手を伸ばし、そこから発せられたエネルギーを放出すると雨雲に大きな穴が開いて太陽が再び顔を出した。
しかし、雨雲は再び穴を塞ぐ様に結合する。
それを再度撥ね飛ばした『お父様』だったが、元から叩いた方が良いと判断したのか、
シルヴィオに攻撃対象を変えた。
青年は避ける事に専念していた。
それは暫く持った。例え死にかけても死にさえしてなければ、彼の人体構造を理解した最短最速の自己再生の生体錬成が発動する。
だが、遂にそんな事に時間を費やすのが惜しくなった『お父様』は、
自分の中の『怠惰』と『暴食』を含む大量の賢者の石を代償に、暗雲を薙ぎ払った。
此処に、アメストリスを包む最大最悪の国家錬成陣が起動し、
それによって、アメストリス全ての人々の魂が『お父様』の糧に…はならなかった。
目の前で表情一つ変えずに『お父様』を見つめる青年の仕業だとして、再び先程の攻撃力に近い破壊の波を放出した。
それをあっさりと真正面から弾き飛ばしたシルヴィオに、『お父様』は問いかけた。
「一体何をした。
「彼女は起爆剤というスイッチ以上の事はしていません。爆薬はイシュヴァール人でできた各地に用意した賢者の石ですよ。
雨雲はその隙間を埋める時間稼ぎに他なりません。
かなりの賢者の石を消費していまして、実はもっと早く雨雲を消す事に専念されていたら危なかったですよ。ええ本当に。
私の部下が、イシュヴァール人の研究資料を見つけ出して解読してくれましてね、
その結果、もしもに備えて対策を命じていただけですよ。
イシュヴァール人を特定の場所に追い詰めてから殺せ。血の染みで図形を描き換えろと命じて、ね。
その新たな錬成陣は元となった錬成陣を蝕んで別の容へ造り替えたのです。
本来のアメストリスの錬金術は地殻変動を利用した物。
その逆転の発想で、エネルギーで地殻変動を操作して陣を書き換えるというだけの事ですよ。
では、造り替えた錬成陣の内容をご説明いたしましょうか?」
優雅に気品のある歩みでラストの手を取って各人柱達を解放していく。
その歩みは、まるでキャンドルサービスで各テーブルへと歩いていく新郎新婦の様だった。
その間、『お父様』は何もしなかった。正しくは何もできなかった。
シルヴィオは、ラストと共に結婚式に集まってくれた参加者にするように深々と礼をした。
「それでは
この星を一つの生命体と見立てて、その新陳代謝と血流を利用する術は既に知られているようです。
私は星の体温を利用する方法をこの度発案いたしまして、
これを第三の錬成方法と仮定いたしました。
主に第二の錬成方法をその経路として使わせて頂いて、
その膨大なエネルギーを汲み取り制御するための錬成陣に造り替えたと言う訳です。
地下には錬金術を妨害する硬い皮膚の様な何かがあるようでしたので、
それを越えてその下へと作用する為の注射器を作る為の錬成陣へ変えることとしたと言う訳です
此処でお義父様が、私達の婚姻を承認し、異議の無いものとして世界の人々と共に祝福されるのでしたら、
私達は駆け落ちをしなくても良いのではないかと思うのですが」
あくまで平然と言葉を紡ぐ青年医師。
それは『お父様』に捨てたはずの『憤怒』の感情を再現させる程神経を逆撫でた。
その時だった。
ロイに取りついたエンヴィーと、ホークアイの首元を影の刃で押さえながら連行してきたプライドが入って来た。
「エンヴィー、貴方負けたの?」
そう問いかけたラストに、エンヴィーは、
「ボコボコにされた。やはり
と答えた。
ラストはそれを聞いてやはりという顔をした。
「お前達漸く来たか、『色欲』が裏切った。アイツも殺せ」
『お父様』はそう告げた。
プライドは、
「未婚を拗らせた結果、と言う訳ですね」
と『お父様』の横で両手を宙に向けて首を振った。
シルヴィオはその『お父様』の発言を聞いて、とても残念そうに額を抑えて、左手を軽く握り親指を押す動作をした。
途端に苦しみ出した『お父様』だったが、何はともあれシルヴィオを抹殺せねばと自身も殺意と共に術式を練りながら、
己の
「やれ」
お父様の本質に似た生まれの子供、プライドはその命令に忠実にその影を突き刺した。
――――――――但し、その標的は『お父様』である。
「な…に…?」
『お父様』の行動や思考が同類故に手に取るように判るプライドは、
『お父様』が反撃に戸惑うタイミングで攻撃し、反撃として吸収に移る前にその影を離脱させた。
倒れた『お父様』を上から見下す様にプライドは告げる。
「理由は二つあります。
頂点に立つ為には、親を越えなければならないとお母さんが読んでくれた神話の本に書いてあった事が一つ。
それともう一つは、
…憤慨ものですが事実です」
プライドはそう言ってエンヴィーを睨んだが、エンヴィーは目を逸らしながらも満面の笑みを浮かべていた。
そしてエンヴィーの小さなガッツポーズはある青年に向けられている。
その青年は、シルヴィオ・グラン。
今現在のシルヴィオの指の形、それは何かを押し込む形に良く似ていた。
そして今、シルヴィオが中心に居る新たな巨大図形は注射器を意味している。
イシュヴァール人の魂と血で造った注射器だ。
その意味は――――
「先程はエネルギーを採血するのに陣を使いました。
次はその逆の事をしようと思います。
所で、予防接種という物をご存知ですか?
若しくはアレルギーという知識でも構いません。
人体は異物の侵入に抵抗して、その物を拒絶するために過剰に抵抗を行います。
私は、先程この星から抜き出したエネルギーを使ってある物に対して星に抵抗を起こさせました。
さて、このある物とは何でしょうか。解る人はいませんか?
そうですね、アル君」
「……解かりません」
「そうですか、ではそこの眼鏡と御髭の貴方。お答えして頂けますか?」
「ヴァン・ホーエンハイムだ。その答えは――――『賢者の石』で合ってるかい?」
「えっ、あの人間を妊娠させた賢者の石のホーエンハイムさんですか?」
「……凄くアレな覚えられ方だね。…まあ、合ってるよ。
元となったのが人間だからね。そこの二人の父親さ」
少し話題が逸れ、序に空気もだいぶ変わったが、やるべきことはしかりとするのがシルヴィオという青年である。
「
ところで、大丈夫ですか? あなたもこのままだと消滅してしまいますが」
「構わないさ。ヤツが此処で死ぬのならここまで生きてきた意味はあった。
後は子供たちが新しい時代に生きるだけの事さ」
ホーエンハイムが消滅する。
その事に息子たち二人は黙ってはいなかった。
「どういうことだっ!!」
「なんで父さんをっ!!」
彼らを窘める様に諭す様に丁寧にシルヴィオは説明した。
「頭の良い貴方達なら解っているのでしょう?
第二の錬金術。つまり東の錬金術の特性に近い事が此処では引き起こされているのです。
星が現在の賢者の石と定義された物を否定する。
そして、その賢者の石の量が、力が大きい程その拒絶の影響は大きくなる。
代謝が早い人の方が影響が大きいのは悪性腫瘍と同じです。
ああ、悪性腫瘍の様だとは表現が悪いかもしれませんね」
「では、そこのホムンクルス達はどうするのかね」
エンヴィーに憑りつかれたフリをしていたロイが平然としたシルヴィオにそう質問した。
「結論としては、賢者の石であるホムンクルスは例外なく消滅します。ですが―――」
「ですが、何だ」
そう促すロイに、表情を変える事無く、何時もの澄んだ瞳で青年は答えた。
「ですが、A型のウィルスに抵抗があっても、B型のウィルスには免疫は働かない。
生命とはそういうものです。どこにだって抜け穴はありますよ」
そう言ったシルヴィオはラストに口づけをした。
キスから始まる
ウロボロスの紋様は翼の無い、新たな形へと変容し、
ラストの身を覆う黒いドレスは瞬く間に純白のウェディングドレスへと変わった。
星への予防接種の際に僅かに残されたエネルギーを使って、ラストの肉体を代償にラストの肉体を構築してその魂を移し替えた。
もはや、彼女は既存のホムンクルスとは言い難い。その胸の中には賢者の石では無く、彼女自身の意志が宿っているのだから。
以前彼女は自分が弱くなったと言ったが、今回は其の比では無い。
かつての様な再生能力も蘇生能力も攻撃能力も全てを失った。まるで只の人間の様に。
人間として生きて行くために、ホムンクルスとしての特権を対価にしたと言っても良いだろう。
そして彼は続いて義理の兄と義理の弟達も造り替えた。
勿論、キスでは無く遠隔式の錬金術だ。そもそも弟の一人はこの場所に来てもいない。シルヴィオ達の説得の結果だ。
彼は
まあ、全てが終われば都合の良い展開になっているだろう。何せ、死人に口無しだ。
ホーエンハイムには現段階では何もできなかった。
対象の魂が多すぎて、熱による錬金術の保有エネルギーが減少しているシルヴィオには少々厳しいので保留だった。
とはいえ、残り少しともなれば不可能な事では無かった。あくまで中止では無く保留だ。
残る賢者の石の生命体は一人。
「降参しては頂けませんか? 貴方をトリアージしたくはありません。
貴方は何の力も無い普通の人間としてなら生きて行けます。
それでは満足できませんか? 欲しい物はその肉体で無ければ成し遂げられませんか?
私はそんな事は無いと思うのです。さあ、私の手をお取りください」
そう言って、シルヴィオは『お父様』に手を伸ばした。
『お父様』にとって、それは屈辱だった。
屈辱の極みだった。認められるわけが無かった。これまでの全てを否定してやり直すなどできる訳が無かった。
己の存在意義が何だったのか、解らなくなる。神を喰らい世界を掴まなければならない。
その目的の為に、これ以上遠回りは出来なかった。
「ふざけるな、ふざけるな
そう立ち上がって咆哮し、全ての力を解放しようとした『お父様』は、
大地から顔を出したミミズが鳥に食まれる様に、雉が鳴いたが故に猟師に撃たれる様に、
白血球に見つかった病原菌の様に、星に呑み込まれて消滅した。
彼はある意味、最初から最後まで己の
外の世界との交流を、対話を拒み続けた。
彼は真の意味で
彼は世界に欲情の『色欲』を向け、
彼は世界を『暴食』し、
彼は世界を『強欲』に欲し、
彼は世界がままならぬと『憤怒』し、
彼は世界との協調に『怠惰』し、
彼は世界に『嫉妬』し、
彼は世界に『傲慢』であった。
己の子供達がその感情を受け入れて前に進んで言った事に対して、
彼自身は己の感情を否定してその場に留まり続けた。
歩みを止めた者に進化は無く、ただ滅びるのみ。
これは只のその結果である。
現在、最終話を書きながら、同時に別の連載を構築しています。
大まかな流れはジャッジ・ドレッド的な鋼の錬金術師。
かつてロイの親友であり袂を別った法の番人の物語。
体制の守護者として、ロイ達の正義を否定する青年の生き様。
タイトルは『アメストリスの絶対法』(仮)です。
もし、書く事になれば是非お読みいただければと思います。
このお話の最終回は今日の夜には完成させる予定です。
今回のお話も矛盾とか問題点とかかなりありましたが、お楽しみいただけたでしょうか?
次回はお愉しみ方向に向かって一直線です。