流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩
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遂に最終回。皆様どうぞ此処までお付き合いありがとうございました。


ウロボロスの蛇

『人間』とは、己自身を人間だと自認して、他者と交わり相手も人間だと認められる者。
それが、シルヴィオ・グランの出した最終結論である。

彼はその後の人生で一度も傷の男に遇った事は無かった。
彼は今日も街のお医者さんとして、テロを起こす恐ろしい人種イシュヴァール人がいなくなった国、
平和なアメストリスで年を重ねるごとに美しくなる妻と、両親の容姿を継いで天使の様に可愛らしい娘に囲まれて日常を送っている。


今日もまた、戸を叩く音がする。


「先生ッ、うちの子供が熱を出してっ!!」

駆け込んできた女性は、意識が朦朧としている幼子を連れて来て縋る様に医師を呼ぶ。
かつてその幼子の立場であったシルヴィオの愛弟子は急いでその様子を見ながら適切に処置を始めていた。

シルヴィオはその様子を見ながら、そろそろ弟子のリリアも自分の診療所を持っても良いころかなと考えていた。
尚、そんな彼の頭の上には、彼の天使が乗っかって遊んでいる。
娘には詳しい理由は解らないが、夜は彼女の母親が父親を独占しているので、
お昼位は貸して貰おうと一生懸命甘えていたのだ。

とはいえ、父親は些細な病気にも真剣に徹する仕事人間な所もある。
今だって、リリアの処置が適切でなければ自分が出て行こうと思っていたくらいだ。

それでも、娘は甘えたい盛りである。
ただ、父親のお仕事が大切な事は解っているようで、ほっぺたをツンツンする位で止めておいたようだ。
彼女は将来聡明に育つであろうことは間違いない。


診療が終わり、患者さんがリリアにお礼を言って帰って行くと、
リリアもそろそろ家に帰る時間となったので、一言帰る胸を診療所の主に告げて帰って行った。
リリアも此処の主治医が好きで恋人を作らずに今まで生きてきたが、
それ故に奥方とのイチャイチャを見せつけられるのは勘弁して欲しかったのだ。


彼の診療所は基本的に24時間受け付けている。そして名医と評判な事もあって何時だって大忙しである。
隣接してある喫茶店の方は全く以って閑古鳥が鳴いているが、それは気にしないものとする。

シルヴィオ医師の助手である、やたらセクシーな看護師と有名な妻が労いの言葉と共に紅茶を淹れて持ってきた。
この看護師、夜になって子供が寝静まり、尚且つ患者がいなくなったとなるや、
直ぐに看護服を押し上げている膨らみを解放するかのように、ボタンを外して衣服を緩め始める。
正しく色欲の権化のようで、彼ら夫婦の二人目の子供誕生の日は遠くないだろう。
尚、何時も勝利しているのは旦那であるという事らしいが、何のことかは良く解らない。


さて、何故ホムンクルスであったラストが子供を為せるかというと、
当初のホムンクルス、これをA型ホムンクルスと呼ぶ。
このA型ホムンクルスはそもそも生殖を考慮されない、戦闘や潜入に特化した構造であった。
故に、生殖できない。極めてシンプルな仕組みだった。

対価を払えば対象物は来る。
複数人の命(賢者の石)という十分過ぎる対価は払われているのにこれはおかしい。
そうシルヴィオは疑問を持った。

次に、既にあの戦いの後B型ホムンクルスになったにも拘らず寿命で死んでしまったが、
ホーエンハイムが己が人間であった故に子供を為せたと言った。

では、人間であるという事は何なのだろうか?
その結論は冒頭にある。自身で人間と認めて、他者を人間と認める事。
これを人間だと定義した。

だが、本質的な意識というものはそうそう変わらないものだ。
これを既に五体満足の人間に戻ったエルリック兄弟がかつて精神が混線していた可能性があったという情報を利用した。

シルヴィオは己の魂とラストの魂をバイパスの様に混線させて、シルヴィオがラストを人間だと信じる事だけで押し通した。
其れだけで問題が解決した。俗に言う、「お前を信じる俺を信じろ」というヤツである。

彼等は文字通り、病める時も健やかなる時も共に在る存在へとなったのである。






未だに、男か女かわからないエンヴィーについては、
ラストの強い要望で男性という事で再構成された。
これはラストの不安や独占欲の賜物なのだが、シルヴィオは子供がやけに懐いていることから別の意味で心配している。
まるで女性の様に美しい顔の男というのは幼い少女心には危険だと、珍しく他者を警戒する意見を発していた。
勿論、彼は自分の顔を鏡で見た事はある筈なのだが、人間という生き物は何時だって自分の事を棚上げにする傾向がある。








……平和な時というのは、勘を蝕む。
例え、極めて正確に物事を判別する機械でさえ、油を刺さなければ性能が低下する。
それは戦乱の憎しみ以上に価値があると、胸を張れる大切な宝物を見つけたとも言える。
消して悪い事だけでは無かった。

町の人気者の一家が、復興したばかりのとある町の喫茶店で食事をしていた時だった。
注文の品が出来たというので、忙しそうにしている店員を気遣って、一家のお父様であるシルヴィオが品物を取りに行った時だった。


彼は胸に熱い何かを感じた。
その熱さの正体は、出来上がったトマトソースパスタでは無く、自身の胸を刺し抜く鈍色の刃だった。

久々に感じる懐かしい気配。
あの――――イシュヴァール人の感覚だった。

かつてシルヴィオが滅ぼしたと思っていた集落で、唯一逃げ切った26人目のイシュヴァール人の少年。
彼は、アエルゴを本拠地に国家錬金術師を滅ぼそうとする、顔に傷を負った男を総帥とするテロリスト集団の、
総帥直々に殺しの術を学んだ暗殺者だった。

背後にいる気配を頼りに触れる事無く、遠隔錬金術でその身体の表面を壊す事無く脊髄のみを破壊した。


急いで自分の身体を治療しようとしたが、腕を合わせて錬成しようにも身体が動かない。
強力な神経毒のせいだと、自身を診療しながらそのまま彼は息を引き取った。




彼の妻は心に繋がった何かが切れたことを知ると、手に持った紅茶の入ったカップをテーブルに置き、
彼女の裾を掴む娘の額にキスをした。
そして塵へと還っていった。




その直後、かつての様に周囲の建物が一斉に爆破された。
爆発の中に、錬金術師と今まで何処に隠れていたかわからなかったイシュヴァールの残党達が戦いを繰り広げ、
多勢に無勢でその国家錬金術師は息絶えた。



爆発が有象無象の区別なく人々を襲う。
そして、人間とホムンクルスの間に出来た愛の結晶の上にも爆発によって発生した建物の破片が飛んできた。

その結果、血が飛び散り骨と油も周囲を舞った。



――――但し、それは少女では無かった。

「おにー…ちゃ…?」

娘がお兄ちゃんと呼ぶ相手、エンヴィーが少女を庇った。
かつての彼は無限の命があるが如きの再生能力と蘇生能力があった。
だが、今はそれに特化したホムンクルスでは無く、人間らしく見える事に特化しただけのホムンクルス。
つまり――――、彼は人間でしかなかった。


故に、笑って塵と消えた。







その混沌とした場に救世主がやって来た。
老いて尚恐ろしい片目の鬼神。キング・ブラッドレイ。

彼は多数のイシュヴァール人に囲まれたがそれは多勢に無勢。
勿論、これは人数では無く勢力の話である。
当然ながら、ブラッドレイが()だ。




鏖殺は一瞬にして完了した。








老いた彼は、見覚えのある容姿をした少女の泣き声に目をとめた。
そこには既に彼の息子であるセリムが向かっていた。
青年となったセリムは少女に優しく語り掛けた。

「どうか泣き止んでください……、いえ、今泣ける内に泣くのがいいでしょう。
そのままで良いので聞いて下さい。
僕はセリム・ブラッドレイ。あなたの御両親のお友達……みたいなものです。
もし、――――その恨みを晴らしたいのであれば僕の手をお取り下さい」




そして、少女はその手をしっかりと握った。
これは世界支配の為に国土の更なる拡大を目指した、第二次ブラッドレイ政権といわれる、超軍事政権の偉大なる指導者である、
国父セリム・ブラッドレイとその妻となった女性の復讐の始まりである。


永遠の蛇は己の尾を喰らい廻り続ける。
全ての敵を打ち倒すまで、―――――――――――復讐は絶対に終わらない。



皆様の、感想、評価、お気に入り等の有形無形の応援のおかげで完結にまで行き着きました。
まことにありがとうございました。







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