流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩

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さて、恐らく多くの読者の方が期待された(はずの)カード。
上手く描けたか不安は残ります。一応、見せ場なので。


復讐者と復讐者

ホムンクルス達を退けたシルヴィオは、帰ろうとした時にエドワードとアルフォンスと遭遇した。

退けたホムンクルスの美女が、

「今度会った時には、死した者を尚苛む方法を教えてあげようかしら」

去る時に言っていた言葉を思い出している時だった。

 

 

「こんばんわ。今宵は美しい夜ですけれど、子どもたちだけで出歩くのは危ないですよ」

 

心からの善意で2人にそう提案したシルヴィオだったが、

どうやら子ども扱いされた事に腹を立てたエドは、

 

「誰が豆粒ドチビガキかーっ!!」

 

と勝手に言っても無い事まで言って自爆していたのは、形式美でご愛嬌だ。

一方、兄より落ち着きのある事に定評のある弟アルは、

 

「シルヴィオさんこそ、最近物騒だから気を付けてね」

 

とシルヴィオの身を案じる言葉をかけた。

実に良くできた弟である。

 

 

 

 

 

二人が資料館に向けて駆けて行くのを見届けたシルヴィオは、物陰に向かって先程とはまるで温度が違う声で語り掛けた。

 

「今から国家錬金術師であると言うだけで、彼らを追いかけて殺しに行くつもりですか?

――――私の父にそうした時の様に」

 

 

シルヴィオを中心とした、周囲の地面が凍りついていく。

その温度よりもさらに冷え切った、シルヴィオの視線を受ける様に、

顔に傷を持つイシュヴァール人が物陰から現れた。

 

 

「…良く気が付いたな」

 

「貴方の気配を忘れる事の方が難しいですよ。

洗っても落ちないイシュヴァール人の臭いをね」

 

 

他者への侮蔑とは程遠い所にいると町の誰もに思われていて、

底抜けのお花畑な思考で以前自身を治療したシルヴィオの侮蔑に、

傷の男(スカー)は少しの驚きを見せた。

 

 

 

「随分と変わったな。以前とはまるで別人だ」

 

「…貴方が其れを言いますか」

 

 

 

 

 

 

「邪魔をするならお前も殺す。

自分を治療した医者を殺すのはこれで2回目だ」

 

殺意を高めていくスカーとは対極的に、

シルヴィオは殺意を高める(・・・)事は無い。

何故なら――――――――高めるべくも無く常に最大限の殺意を心に構築しているからだ。

 

 

 

「イシュヴァール人を治療する医者…」

 

シルヴィオはそう呟きながら、記憶の紐を解いた。

 

 

 

 

 

『リゼンブールの幼馴染の両親が、イシュヴァールの戦争の時に傷ついた人々を、できるだけ皆救いたいと言って出て行って、

それっきり帰ってこなかった』

 

 

先程会った少年がかつて言った言葉を思い出す。

 

「私のお友達のお友達から両親を奪ったのは貴方だったんですね。

生きる価値の無いイシュヴァール人を救いに行った善良な医師夫妻をその手にかけたのですか。

…慈悲はかけません、滅ぶべしイシュヴァール」

 

イシュヴァールを悉く否定するシルヴィオを殺害しようと、スカーは構えを取った。

 

「恨みは散々買ってきた。だが、その全てを返り討ちにしてきた。

貴様の復讐心ごと、呑み込んで己れの復讐は遂行する」

 

 

 

「そうやって、貴方の仇でもない国家錬金術師やその関係者を殺してきたのですか」

 

シルヴィオはスカーに対する構えは一切取っていなかった。

シルヴィオは自然体でイシュヴァールを滅殺する存在故に、構えは不要だった。

が、敢えて軍隊式格闘の構えを取った。

その理由は敢えて問う程では無い。

 

 

「当然だ。あの戦争で幾多もの同胞たちが国家錬金術師たちに殺された。

全ての国家錬金術師を殺すまで己れの復讐は終わらない」

 

 

「…そうですか。

残念ですが奇遇ですね。

私の復讐も、貴方を殺した後も終わりません。

全てのイシュヴァール人を血の海に染めましょう。

死して尚、魂の安らぎが無い地獄へと叩き落しましょう。

 

そこまでやる必要があるかという疑問があるならこう答えましょう。

私は道端にゴミがあればゴミを拾い、傷病人がいれば傷病を払う。

世界のゴミであり、傷病であるイシュヴァールを私は積極的に処分します。

感謝は要りませんよ? ――――ヤらない善より、ヤる偽善というヤツです」

 

 

その直後、二人は急速に接近した。

 

 

シルヴィオの掴み投げを回避した反撃に振るわれる、スカ―の剛腕を、

シルヴィオはその細腕で受け止めた。

 

その直後、シルヴィオの腕が爆ぜた。

スカーの分解の練丹術による攻撃だった。

 

 

血と肉が弾け飛ぶ。

だが、シルヴィオは顔色一つ変えず、衣服に仕込んだ錬成陣を使い、

弾け飛んだ血肉を再結合させて、先程までと変わらない腕を再構築した。

 

驚きを押さえつける様に、シルヴィオの腹を先程同様分解したスカ―だったが、

それもシルヴィオが手を交差するように、パチンと叩いたと同時に再生する。

 

そのまま、シルヴィオは僅かに体内に残す事無く、周囲に飛び散った血液を使い、

矢じりの様な容で、スカーに高速でとばして突き刺した。

 

 

「受けて見て解りましたが、変わった術式ですね。

その腕の模様と見比べて大凡の内容は想定が出来ました。

 

腕が分解されましょうが、胴が分解されましょうが、

私の殺意は分解できません。

さあ、私を殺したいのでしょう?

私に殺される前に、私を殺したいのでしょう?

やってみればいいじゃないですか。さあ、さあ、さあっ!!」

 

 

 

 

そんなシルヴィオに戦慄を感じたスカーはふと後ろに何かが動いているのを感じた。

視界の端におさめたそれは、イシュヴァール人の少年だった。

 

「ひぃっ、助けてっ!!」

 

「早く逃げろっ!!」

 

 

少々歪な(・・・・)声で悲鳴を上げる少年に、退避を勧告するスカーだったが、

シルヴィオはその少年に気を取られながら戦える相手では無い事は自覚していた。

だが、だからと言って、少年から目を逸らしていいわけでは無かった。

 

スカーに向かって近付いてきた少年は、血が入った肉袋として弾け飛び、

その血液全てが巨大なギロチンとなって、スカーに襲い掛かった。

少し離れていた場所に放置していた、イシュヴァール人の死体を使って、

たった今習得した技術体系から読み解いた、効率の良い遠隔式錬金術式を応用しての所業である。

 

「既にそれは死んでいたのです。声帯を振るわせたり、

中の血液を操って、生きているように見せるのは難しい事ではありませんでしたよ」

 

「ぐっ、貴様が…『流血』だったのか。

何時か…、必ず殺す」

 

 

その一撃で大きな傷を負ったスカーは、その場を逃げる事にした。

少年の分も含めて、いつか借りは返さなければならないが、

今此処で死んでは復讐は遂げられない。

 

 

 

故に、今は逃げる他無かった。

スカーは、走りながらシルヴィオの目を思い出す。

シルヴィオもまた、スカーの目を思い出していた。

 

 

 

「己れも、あんな目をしていたのか…?」

「私もあのような目をしているのでしょうね」

 

 

 

 

 

 

それに気が付いたとしても、スカーもシルヴィオも復讐を終われない。

憎しみの連鎖は際限なく膨らんでいくとしても、

相手の復讐心ごと砕くほど、強大な力で踏み潰す以上の選択肢を復讐者達は知らないのだから。

 

怨嗟の輪廻は巡り続ける。

まるで尾を喰らうウロボロスの様に。

いつか自身を全て呑み込むその時まで。




それと、「スカ―さんはもっと良い人なんだー」という、ファンの方々すみません。

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