流血の錬金術師   作:蕎麦饂飩

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※人間で賢者の石を作らないで下さいbyとある医者


精製――賢者の石

最近医術を教えている少女にお土産を持たせて家に帰した後、

シルヴィオは郊外の廃墟染みた場所で錬金術の実験をしていた。

 

彼の足元には、アルフォンスの様な一式揃った鎧が倒れていた。

その鎧は、まるで生きているかのようにシルヴィオに襲い掛かって来たのだが、

空気中の水分を急速に集めて作った、渦の中で洗浄している内に動かなくなってしまったのだ。

シルヴィオは、もしその鎧がアルフォンスの様に意志を持って動いていたのだったら、

酷い事をしてしまったものだと、少々落ち込んだ。

 

シルヴィオの右隣りには、周囲を明るく照らすランプがのせられた机がある。

机の上には既に読み終えた書――――資料館で見付けた『賢者の石』の製法を記した、Dr.マルコ―の研究文献が置かれていた。

 

彼が今行っている錬金術の実験とは、即ち完全物質『賢者の石』の錬成。

浅黒い肌と赤い目を持った実験材料(・・・・)達が、口々に命乞いをするが、

シルヴィオは気にも留めた様子も無い。

 

 

「動かないで下さい。大切な実験の最中です。

まあ、手足が無い状態でできる事など限られていますが」

 

彼はごく自然にそう話しかける。

何時もの様な真面目な表情で真剣な目をしているが、その感情は憎悪一色である。

 

(イシュヴァール人を殺す。イシュヴァール人を殺す。イシュヴァール人を殺す。イシュヴァール人を殺す。

イシュヴァール人を殺す。イシュヴァール人を殺す。イシュヴァール人を殺す。イシュヴァール人を殺す。

殺したイシュヴァール人を殺す。殺したイシュヴァール人を殺す。殺したイシュヴァール人を殺した後尚殺す)

 

そんな憎悪を感情の基盤としながら、錬金術師としての好奇心と、探究心を僅かに浮かばせて錬成の準備を終えた。

 

 

錬金術における至高の物質。最高の術式増幅器、至高の対価。

その原材料は――――人間であった。

 

 

(これがあれば、さらに多くの人々を幸せにできる)

(これがあれば、イシュヴァールの魂を更に貶められる)

 

この二つの感情は、シルヴィオの中では同等で同時に同居している。

同居できている。

 

常に人々の幸せを心から願いながら、

常にイシュヴァール人への憎悪一色で塗りつぶされた心。

仮に、彼の心の中を覗ける存在がいれば、発狂して魂が塗りつぶされてもおかしくない代物に成り果てていた。

 

 

ホムンクルスの美女に今度出逢ったら贈ろうと、庭で育ててある薔薇に水や肥料をやりながらも、

(美しく育ってきましたね。イシュヴァールコロス送ったら喜んで頂けるでしょうか?

イシュヴァールコロス贈るにしても花の組み合わせも考えなければ行けませんね。

イシュヴァールコロス見た目の問題だけでなく花言葉も考慮しなくては…

イシュヴァールコロスイシュヴァールコロスイシュヴァールコロス)

 

と呼吸をするように、イシュヴァールへの憎悪が存在しているのだから。

 

 

 

 

 

 

錬成は何の問題も滞りも無く完了した。

熟練の職人の様な手腕と、新鋭的発想を高度に兼ね備えたシルヴィオにとってはそう難しい事でもなかった。

 

数人のイシュヴァール人が消滅して、その後、そこに残った真紅の液体であり固体。

それはまるでイシュヴァール人達の血液を凝縮したようだった。

シルヴィオは聞こえているかどうかは解らなかったが、その賢者の石に呪詛の言葉を投げかけた。

 

「死して尚、貶め、死して尚、恐怖させ、死して尚絶望させた後、死して尚殺してあげます」

 

 

 

シルヴィオは錬金術の至高を、育ちの良さが窺えるも、そこまで丁寧では無い扱いで回収し、

 

一人だけ生かして置いたイシュヴァール人の老人の首を切り落とし、

緋色の血文字で、

 

『イシュヴァール滅ぶべし』

 

と残し、それ以外の全ての痕跡を除去して場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、エルリック兄弟がシルヴィオの診療所を訪ねてきた。

 

「こんにちわ。今日は何処か怪我をしたのですか?」

 

「いや、そうじゃない。

貸してくれ。持ってるんだろ? マルコーの研究成果」

 

 

 

エドたちが資料館に行くと、目的の探し物は既に、シルヴィオ医師が借りたと貸出簿に記されていた。

それ故に、シルヴィオの所に彼らはやって来たのだ。

 

「ええ、持ってますよ。又貸しは規則では禁止されているので、出来れば此処で読んでいただけると在り難いですね」

 

 

 

シルヴィオはそう言うと、ココアと料理本の最初に在ったレシピを、

解釈を含めずに文字通りに作った料理を用意するために、キッチンへと向かった。

 

 

 

シルヴィオは錬金術を使わず、普通通りに料理を作った後、ココアと共にエドの所に持ってきた。

 

「読み終えましたか?」

 

「――先生、賢者の石の正体、アンタなら理解したんだろ?」

 

 

 

「…、そのように断定されては、態々この料理を作った意味が少し減ってしまいますね。

出来れば貴方達の様な年齢の方との食事中の会話は、錬金術師らしくない会話になれば良いなと思っていたのですが」

 

「ショックなんて言葉じゃ表せない内容だ。優しい先生が敢えて気が付かなかったフリをしてくれたのは解る。

でも俺達は汚いものから目を隠されるだけのガキじゃない。

どうしても手に入れたかった賢者の石の正体は――――――生きた人間だって俺達も知りたくは無かったさ」

 

 

シルヴィオは軽く息を吐いた後、白衣のポケットの中に手を差し入れた。

 

「もし貴方達が、生きた人間(・・)を使うと言うのなら、私はそれを止める様にお願いしたいのですが」

 

因みに、彼が賢者の石を作った時の原材料は生きた人間(・・)ではない。シルヴィオの中においては。

 

 

 

「見縊らないでくれ。他人を犠牲にしてまでそれを求めようとは思わねえよ」

 

シルヴィオは、エドたちがそのような人間でない事に心底安堵した。

彼は人間同士傷つけ合う姿を見たくも聞きたくも無いからだ。

故に、

 

「それを聞いて安心しました。ではこれを差し上げましょう。

使う、使わないはまた別の話ですからね」

 

ポケットの中から手を抜き出して、エドたちに賢者の石を差し出した。

 

 

 

「私の父親が責任者であった、施設の近くにある小屋の中に存在していた物です。

この大きさだと、エド君の足か手を治す程度が精いっぱいかも知れませんし、それもできないかも知れませんが、

貴方達が人間(・・)を傷つけないと言うのなら、どうぞ有意義に使ってください。

重篤の急患がいれば使おうかと思っていたのですが、

今のところ、これが早急に必要な患者さんもいませんし、

私には、薬を買う財力も、医術の腕も既にありますから」

 

その言葉と共に、エドはシルヴィオから賢者の石を受け取った。

そしてエドたちが礼を言って帰った後、シルヴィオはキッチンで皿を洗いながら一人呟いた。

 

 

 

 

 

「彼らの様な若い命に少しでも力になれたのなら、あの石の存在意義もあると言うものです。

それにしても、死んだ方が役に立つなんて、イシュヴァールは悉く生きている意味が無いですね」




場所は伏す(オカルト板感)

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