とある怠惰な下位互換   作:チョコ明太子味

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前編

 手に持ったバットを振りぬく。

 少し前にできた豆がわずかに痛んだけれど、そんなことは知ったことかとばかりに振りぬいたバットを再び持ち上げた。

 

 手にできた豆はいずれ固くなって、自分の力になる。

 この一回が、自分にとっての成長につながると信じて。

 成長。俺にとってはなんだか嫌な言葉だけれど、野球をしている今ならばそんなことはない……かもしれない。

 

 何度も何度も振り続けて、ようやく腕にわずかな違和感を感じた。

 どうやら限界が来たらしい。どっかりと近くのベンチに座り込み、スポーツドリンクを飲みながら未だにバットを振り続けている小学生たちを見る。

 

「はあ…………」

 

 自分は中学一年生。バットを振っているのは小学校の高学年の連中だ。

 もうこうなると努力云々の問題ではなく、才能とか、そういった類のものなのかもしれない。

 

「せいが出るね」

 

「え?」

 

 自分の上の方から聞こえてきた声に、おもわず後頭部を背もたれにくっつけるようにして声の方向を見る。

 そこにいたのは自分より年上に見える少年だった。

 その背の高さと顔立ちから一瞬高校生だとおもったけれど、よくよく服装を見てみるとそれは俺が通っている中学校の制服だった。

 ちらり、と少し高そうな腕時計をつけたその男を俺は知らない。

 つーか、うん。すれ違ったことすらないんじゃないかってレベルで記憶がないです。

 

「えと、どっかで会ったことありましたっけ?」

 

「多分一方的にだと思うよ。うちの学校で君は良くも悪くも目立つからね。一年生の七節(ななふし)透(とおる)さんだよね。ごめん。あまりにも必死に練習するものだったからつい声をかけてしまったんだ」

 

「それは……なんつーか、変わってますね」

 

そう言われた先輩は少し目を丸くした後、苦笑いしながら君には言われたくないかもとはにかんだ。

うお、なんつーか。殴りたいほどにイケメンだなこの人。

 

「僕の名前は但馬だよ。但馬(たんま)良光(よしみつ)。中学三年生で君と同じ御手洗中学です」

「ども、改めて七節透です」

 

 そのまま、少し無言の時間が続く。

 話しかけてきたんだったらアンタから話題を提供してくれ、と半ば投げやりに考える。

 正直、なんでこんなイケメンが不良まがいの俺に話しかけてきたのか分からない。

 接点なんてないだろうにさ。

 

「野球。頑張ってるんだね」

 

「チームには入ってませんけどね。ここの監督とは仲が良くて、小さい子に教えるのもかねてここを使わせてもらってるんです」

 

「……君の能力は野球に有利になるものじゃなかったと思うけれど、もしかしたら……」

 

「それ、俺じゃなかったら顔殴られても文句言えない言葉っすよ」

 

 俺がそう言うと、先輩は少しどもりながらこっちに頭を下げてきた。

 まあ、こっちはたいして気にしてないんだけどなぁ。

 

「まあそう言う事っすよ。風を操って剛速球とか、正直やってらんねーわって感じで。しかも見ての通り野球に向いた体に生まれてねーですし」

 

「じゃあ、なんで君はまだそれをやってるんだい?」

 

「あー。あはは、分かった。先輩、最初からそれを聞きたかったんだ」

 

「気に障った?」

 

「全然。……そうっすねぇ……」

 

 惰性ってのともまた違う気がする。

 その言葉で片づけるにしては自分は必死にこれに打ち込んでると思うし。

 未練でもないんだったら……そだなぁ。

 

「人間、好きなことの一つくらいとっておきたいでしょ?」

 

「それだけ?」

 

「だけ、ってひどいなぁ。人間、自分のやりたいことは今日にでもやるべきですよぅ。じゃないと明日にでも死んじゃうかもしれないし」

 

 事実、この町ではそれがあり得てしまうのだから困る。

 学園都市。超能力の開発をするために、脳みそをこねこねする研究ばかりをしているんだ。

 もしかしたら。明日。実験に失敗して。もしくは超能力者に殺されて。

 そうでなくても人間なんてあっけなく死ぬのに。

 

「なんというか。うん。君の意見は刹那的すぎて参考にならないな」

 

「ひどい」

 

「でも、まあ。そういう考え方をする人間もいるんだなって思った。あるいはだからこそ君みたいなやつが……」

 

 そこまで口に出してから、口の端から漏れていた自分の言葉に気づいたらしい。

 ごめん。なんでもない。と言って、彼は走って俺の視界から消えていった。

 

 変わった人だなあ、と思った。

 思ってから人の事をあまり言えないかと気づいて、誰もいないというのにごまかすような笑いが漏れた。

 

    ●

 

「よっしゃー!飯だァ!」

 

 手に持った漫画雑誌を放り込むと、カバンの中にあった弁当箱をひっつかんで広げ始める。

 ウインナー、ハンバーグ、唐揚げ、そこに申し訳程度にブロッコリー。ほぼほぼ茶色の自分の弁当箱の中身を見て、ウキウキとした顔を抑えきれずにいただきますっ!と手を合わせて弁当をかきこむ。

 

「あーあー、透ちゃん。それでも女の子なの?」

 

「心には男性器が生えてるつもりだから大丈夫」

 

「この子は何を言ってるんだろ」

 

 かわいらしい弁当箱を引っ提げながら、中学一年生の平均体系をものの見事に突き進む金髪の女の子が目の前に座った。

 彼女の名前は七夕都(たなばたみやこ)。中学に入ってからの親友で、どっかの国とのクォーターらしい。

 

 と、ここでネタ晴らしをしなければならない。

 中学一年生。まだまだ蕾、青一色の七節透は、なんと転生者と言う奴である。たぶん。

 トラック、刺殺、神様。およそテンプレ転生と言うそれらを経験することなく、俺と言う一個人はこの世界に生まれ落ちていた。

 

 生前の記憶はほとんど摩耗していたけれど、それでも自分が男だったという事はわかったし、魔術とか、とんでも化学がこの世界にあるのはおかしいというのも分かっていた。

 だけどチートはなし。原作知識だって、旧作をおぼろげに覚えているだけで、超電磁砲なんて数度立ち読みしただけという杜撰さ。

 笑いたきゃ笑え。そして小学生の段階で能力開発の選査から零れ落ちて、いまじゃ制服無視のダルダルジャージ。授業中は漫画雑誌を読んでいるというこの不良っぷりさ!

 奇麗だった黒く長い髪もぐしゃぐしゃだし、女としての魅力はほとんど打ち捨ててるので正直今のこの体がどのくらい可愛いか自分でも分からない。

 だって、見た目よりもその恰好と雰囲気で地雷女だと分かっちゃうからね!

 つらい。まあ嘘だけど。

 

 本当なら笑えたもんじゃないんだろうけどね。

 ちくしょう。この世界にたくさんいる神様。なんとかしてくれ。

 

「そう言えば。ねえねえ知ってる?幻想(レベル)御手(アッパー)」そうそう。って、透ちゃん。念能力者のカリキュラム取ってたっけ?」

 

「取ってないよ。取ってないけれど、俺ぐらいになると七夕さんの考えてることくらい余裕でわかるのさ」

 

「すごいすごい!」

 

 なーんて、最初から知ってただけなんだけど。

 ちくせう。七夕さんのきらきらした目が痛い。

 俺の社会の荒波にもまれた後みたいな、ひん曲がった目とは大違いだわ!

 それにしても。やっぱり中学一年生の段階で原作の時期に来ちゃったか―。

 せめて高校生くらいだったらなあ。原作に関わる気も起きただろうになぁ。

 

「むー……」

 

「ん?透ちゃんどうしたの?幻想御手について気になる?」

 

 おなか一杯になって、思わず声が漏れただけなのだが、七夕さんはそれを勘違いしてしまったらしい。

 

「いやいや、違う。そのぉ……昨日カッコいい顔の上級生に声をかけられてさ」

 

「ほんとに?名前は?」

 

「但馬良光」

 

 その名前を言ったら、七夕さんはうでを組んで考え込んでしまった。

 ちなみに。今の()の好みはちゃんと男の人のつもりだ。

 だって女の子には濡れないし。……まあ男の子にも濡れないけど。

「透ちゃんに春が来たのはいいんだけど、なんでわざわざそんな高嶺の花なのかな」

 

「そんなに有名なの?」

 

「有名っていうか、根強いファンが多いというか……。但馬先輩はLEVEL2の発火能力者で成績優秀な、イケメンだもの。スポーツは苦手みたいだけど……これで人気が出ないほうがおかしいよね」

 

「七夕さんもファンなのですかい?」

 

「え?ううん。私にはもう好きな人がいるしねー」

 

「ほう?詳しく」

 

 悪い虫だったらもしかしたら制裁しないといけないしね。

 フフフー、と悪い顔をしながらそう言うと、無難に大丈夫だよー、と流された。

 心配だ。俺のこの拳がうなってしまう。ブンブンいってしまう。

 

 もう少し問い詰めたほうが……。

 

「透―。研究所の人から連絡だ。今日は公欠扱いにしてあげるから早く行きなさい」

 

「ええー、なんだよぅ……。ごめん七夕さん。用事できちゃった」

 

「気にしてないから大丈夫!行ってらっしゃい!」

 

「言ってくるゼ」

 

 できる限りきりっとした声で言うと、なんだか七夕さんがもじもじと体を動かした。

 う、そんな寒気が出るくらい似合ってなかったかな。

 ちょっとナイーブになってしまう。

 

   ●

 

「で。呼ばれてきたのはいいんだけどさ。呼び出した本人が遅刻ってどうなのよさ」

 

『こちらも忙しいんですよー。あなたの役に立ちそうな実験を日々模索中なんですから』

 

「おう。そんなこと言いながら妙な機械に繋ごうとするのやめろよ」

 

『だからあれは貴方の苦手分野を補足するための……』

 

「はッ!そう言い張るんなら、せめて入れるところにモニタ類でもつけとくんだな。電池代わりにしか考えてなかったくせに」

 

『すみません。何を言ってるのかサッパリ』

 

「あー、もういいよ名村センセ」

 

 前にも言っただろうが、能力開発から零れ落ちているせいで俺の研究対象としての価値は地に落ちている。

 

 よって放置されかけていたのだが、そんな俺に目をつけてくれやがったのが話区長と見た目だけは善人なこの名村センセーだ。

 俺に軽々しく手を出せる科学者なんかそういないはずなのに、このセンセ―はそんなのお構いなしにみょうちくりんな発明の部品に俺を使おうとしてくる。

 ……まあ、たまーに役立つものもくれるけどな。

 

 だけどなぁ、と公園のベンチの横に置いてあるバットを見やる。

 まあメリットとデメリットが見合ってないよなぁ……。

 

「わぁったわぁった。しばらく待ってやるからゆっくりと来いよ。俺はひと眠りでもしてるからさ」

 

『そう言ってくれると助かりますよ』

 

では、ゆっくりと残りの仕事を片付けさせてもらいます。とか宣ったこいつに思わず罵声を浴びせかけてしまったことを誰も咎めないだろう。

 

 つー、つー、と無機質な音を放つ携帯を壊しそうになるのをこらえて、少し頭を冷やそうと自販機に近づく。

 別に俺はどこぞのLEVEL5ではないのだから、蹴りとかはいれずにちゃんとお金を払って自販機にいれる。

 

 ……いや、当たり前の事なんだけど。

 

 さて、ぐびぐびとスイカソーダを飲みながらひと段落つく。

 七月の学園都市はかなり熱いが、このベンチは木陰にかかるようにして存在しており、かなり居心地がいい。

 ひと眠りして待ってるというのは、名村センセ―に対する皮肉みたいなものだったが、本当にそれをするのもいいかもしれない。

 

「おお。これはきもちいい……」

 

 枕代わりにカバンを置いてベンチに横になると、ついついうつらうつらとしてしまう。

 これはまじで寝てしまうかも……。

 

「うにゃあぁあ……眠い」

 

 なんだか意識がふわふわしてきた。じゃあこのまま……。

 って、危ねえ!

 

 がさがさ、と木の枝を突き抜けて俺の顔に向かってカバンが落ちてきたのを察知して住んでのところで避ける。

 

「なんだ突然!」

 

 急いで上を見てみると、やけに大きな鳥がビルの間に向かって飛んでいくのを見かけた。

 

「あー、もしかしてあの鳥がピンポイントで俺の上に落としたのか?」

 

 まったく。主人公でもあるまいに。

 

「ちょっとそこの方!」

 

「ん?おわ!?」

 

 声をかけられたと思ったら、いつのまにか俺とそう背丈が変わらない女の子がいきなり目の前に現れた。

 ……俺はこの子の事をよく知っている。

 

「どうしたんですの?目を丸くして。空間転移なんて別に珍しくもないでしょうに」

 

「ん?いや、なんでもないっスよ白井さん」

 

「あら?以前どこかでお会いしたことが?」

 

「いや?でも常盤台の超能力者だったらそれなりに有名ですし」

 

 風紀委員だしね、とチラリと腕章を見て思う。

 白井黒子。簡単に彼女を紹介するとクレイジーなレズである。サイコではない。おそらく純情派だ。

 

「んで、これをお探しで?何があったら鳥に荷物を奪われるのか……」

 

「まあ私の物じゃないですが。それにしても今はほとんどの中学は授業中では?」

 

「白黒さんとおんなじでちょっと特殊な場合なんすよ。具体的に言うと、待ち人を待ってます」

 

 俺が頭をいじるようなそぶりを見せると、どんな人が来るのか大体わかったようで白黒さんはほんの少しだけ鋭くした目を緩めた。

 

「なるほど……って、ちょっと待ってくださいませ、いまなんと?」

 

「なにが?」

 

「いや、ですから。私のことをなんと?」

 

「白黒さんって」

 

 あ、固まった固まった。これはなんだか時間がかかりそうだぞ、とペットボトルの中身を飲む。

 

 そして彼女はおれがペットボトルを全部飲み終えてごみ箱に捨てるまで固まっていた。

 大体二分くらい?

 

「取り消してください……」

 

「え?なんて?」

 

「その呼び名はやめてくださいと申したんです!」

 

 最初は消え入りそうな声。そのあとは強い意志をもって彼女から言葉が返ってきた。

 

「別にいいじゃん。モノクロさん」

 

「また呼び名が変わってるじゃありませんの!?」

 

 そのあとしばらくわーきゃー騒いだ後、白井さんはぜーぜー肩を揺らしながら、自分の欲求が一生かなえられないことをさとったらしい。

 一つ大きなため息を放って諦めるような視線をよこした。

 

 うん。俯瞰的に言ってみたけど、俺が一歩譲るだけでいいんだからね?

 

「なんつーか。お嬢様だなぁ。嫌味な意味でなく」

 

「どういう意味ですの?」

 

「んー、うらやましいなって思っただけ。ま、俺には関係ないけどさ」

 

 そのまま目をその名の通り白黒させた(あまりうまくはない)彼女を見ていると。

 この時間は楽しかったんだな。と思わされる。

 原作キャラとの絡みが楽しかったのか。

 

 もしかしたら手の届いたつながりかもしれなかったからなのか。

 

「お?」

 

 そんなことを考えていると、ジジジ、と彼女の持つトランシーバーから音が漏れてきた。

 白井さんは俺に断りを入れると、トランシーバーに出た。

 なんだか、嫌な雰囲気だ。何か事件でも起こったのかもしれない。

 

「申し訳ございません。私、行かなければいけないところができましたの」

 

「おう、行ってらっしゃい。無茶すんなよなモノクロームさん」

 

「白井黒子ですの……」

 

 どこか疲れた様子で、彼女は俺の目の前から消えた。文字通りにね。

 

「さ、て。俺も迎えが来たみたいだな」

 

 遠くに見える白塗りの軽自動車を見て、思わずため息が出る。

 さ……て、面倒な時間の始まりだ。

 

 ●

 

「いやぁ、すいません。ご迷惑をかけてしまって。……あ、チョコ食べます?」

 

「……もらう」

 

 車内にて。横から差し出されたチョコバーをおとなしくもらう。

 チラリと横を見ると、憎たらしい程ニコニコとした顔をした優男。名村先生は新しく取り出した飴玉をころころとなめながら車を運転している。

 

 自分と先生以外の空間はほとんどが甘いお菓子で満たされている。

 彼の血糖値が気になるが、それで死んでくれればそれでいいので特に何も言うつもりはない。

 

「そういえば、最近変なものが流行ってるらしいですねぇ」

 

「幻想御手だろ?」

 

「毎回、君の耳の速さを異常に思います。一体どこからそんな情報を得てくるのか」

 

「別に?少し情報通な友達がいるだけだよ」

 

 嘘である。確かに彼女からその話は切り出されたが、元からその知識は識っていた。

 もしかしたら、さっき白黒さんが向かった事件も幻想御手に関する事件なのかもしれない。

 

「どうです?幻想御手を使った実験でも……」

 

「やだよ……そも、アンタは人の作った物で何かをするのは嫌いなくせに」

 

「まあ。そういう性分ですからね。では今日は……」

 

 つまらない話から、どうでもいい話にうつりかけた時。目の前のビルから火の手が上がった。

 

 いや。いや。火の手が上がったというよりは、火の柱がそこに立ったというべきなのか。

 

 ビルの高さほどもある火柱がそそり立ち、ビルを今にも飲み込もうとしている。

 

「ちょっと、止まれ!」

 

「ちょっ……痛いぃ!?」

 

 シートベルトをとき、先生のまたの間に上から無理やり足を滑らせて、足ごと車のブレーキを踏みぬいた。

 車はそれまでの勢いを止めることができず、やや蛇行してその場にとまった。

 うわ、あんぶね。もっと勢いを出していたフロントガラスから車道に飛び出したかもしれない。

 まあ、多分死なないだろうけど。

 

「ちょっとここで待ってろ!少し行ってくる」

 

 何か言おうとした先生を無視して、現場の近くに行く。

 どうやら、火の被害にあったのは廃ビルのようだ。

 遠くからは分からなかったが、地面の間から雑多に生えている草花や僅かに走る亀裂。そして、ガラの悪そうな男たちがビルの中から逃げ出していることからもそれが分かる。

 

 おそらくスキルアウトの根城を狙った、幻想御手使用者の犯行だろう。

 まあ、スキルアウトの様子を見るに、どうやら誰かが死んだりなんかはしていないようだ。

 

(で、火柱は中からじゃなくてビルの間と間からだったよな……)

 

 燃え盛る路地裏をのぞき込む。

 いや、そうしようと思ったその時に路地裏の中からそこそこ背の高い人影がフードを被って走ってきた。

 

 そいつは俺の隣を走り抜けようとして……。

 

「ちょっとまてぇい!」

 

 ああ、犯人だ。まごうことなき犯人。

 というかこれで犯人じゃなかったら、自分が二流ミステリー小説の世界にでも行ったのかと疑うわ。

 

 犯人の目の前に、手を広げるように立つ。

 

 目の前のそいつはそんな隙だらけの行動をした俺に対して戸惑うように足を止めた。

 ああ。この喧嘩慣れしてそうにない割り切れない感じ。

 

 完全に鉄火場とは無縁の男だ。

 

 フードで顔が隠れているせいでどんな奴かは分からないが、そこそこガタイはいい。

 女子ではないだろう。たぶん。

 

「あんた、これをやった犯人だよなぁ。ちょっと私と一緒に風紀委員のところにでm「おい、てめえらここで何してやがる」……あれぇ?」

 

 気分は昼ドラに出てきそうな刑事。そんなかんじで諭すようにひねり出した俺の説得は後ろから来た物騒なお兄さんたちに遮られた。

 

 えーっ……と。ひい、ふう、みい、よぉ。うん、いっぱいいるね♪

 

「あやしいなぁ、ガキィ。こんなところで何してやがる」

 

「いやぁ、私はここにいる犯人っぽい人を」

 

 そう言って視線を元に戻すと、フードの男は姿を消していた。

 

「そんなやつ、いるか?」

 

「いないですね。アハハのハ」

 

 そうはぐらかすと、壁際においやられ、顔の傍に掌底を食らう。

 うーん、壁ドンされるんだったらせめてそのニコチン臭さは取ってほしいところ。

 

「あのぉ、こんな所にいると火にまかれると思うんで、話なら違う所でしましょうか?具体的に言えば道路を挟んだあそことか」

 

「ふうん、なんだ案外乗り気ってとこかよ」

 

 自分のアジトが壊されたくせに、大してきれいでもない女捕まえて下半身で行動とか、さてはお前ら人じゃなくてけつの赤いお猿さんだな畜生共。

 

「ええ、そうです。お話ならあとでしますからお願いします」

 

 へへへ、服装のわりによくみれば案外……。

 この人数に耐えきられるかねぇ。とか言ってる男たちを別の路地裏に誘う。

 

 

  ~十分後~

 

「おいてめえらどうしてくれんだよ。犯人逃がしちまっただろうが。アァン!?」

 

「しゅいましぇん……」

 

 縮こまって隅のほうで震えている、ニコチン臭い金髪男を握りしめたお金を片手に脅す。

 あたりには死屍累々の様相があてはまるほどにボロボロになった男たち。

 

 そして唯一無傷のままの金髪男。

 別に彼が強いとかじゃなくおれが彼以外を痛めつけただけ。

 

「んで、お前ら。実は犯人の姿みたんだろ?」

 

「へ?いやそんな」

 

「とぼけんじゃねえよくそったれ。どうせ、俺に犯人の事をついでに聞くつもりだったんだろうが。つまり犯人がいるってことは知ってたんだろ」

 

「う……す、すいませんでしたっ……!顔は見てねえっす!でも……」

 

「でも?」

 

「あいつの袖からちらっとB-SHOCKが見えましたっス。くそたけえやつだからやけに気になって……」

 

「あー……。ちくしょう。なるほど。サンキュー。その情報をくれた恩だ。見逃してやるからさっさといけ」

 

「い、いいんすか?」

 

「あ、行かないほうがいいか。とりあえずここらの奴介抱しとけよ。いらん誤解くらうしなぁ……」

 

 あとタバコやめろよくそ坊主、とだけ言って鼻息あらく裏路地を出る。

 表の方にはすでに風紀委員が人員を割いて、事を収集していた。

 右を見ても左を見ても、白黒さんの姿はみえない。

 という事は彼女はこことは別件の違う所に向かったのか。

 

 だけど。大体は分かった。

 犯人の正体はバッチシ。分からないのは動機だけど。

 そこのところはさして重要でもないか。

 

「さて、じゃあ今日はおとなしく研究所にでも行こうかな……」

 

 グググッと背伸びをして、先生が待っている車に向かう。

 

 さ、て。犯人には優しくつらい目にあってもらおうかね。

 

  ●

 

「うーん」

 

 手元にある雑誌とにらめっこ。

 それはなんてことないファッション雑誌なんだけど、親からの決して多くない仕送りで過ごしてる私、七夕にとってはかなり重要な問題だ。

 

 どれを買うかを念入りに考えなければ娯楽用にとっておいているお金なんか簡単に飛んで行ってしまうだろう。

 もう少し能力の規模が大きければ学費の援助なんかもしてもらえるんだけどなぁ。

 二週間ほど前にやっとLEVEL1になったが、まだまだ不満足だ。

 

(まあ、少しずつがんばろう!)

 

 そんな事よりも、今は目の前の敵と戦わねばと雑誌をめくっているとにわかに廊下がざわざわとしだしたのに気づく。

 

 一体どうしたんだろう。黄色い悲鳴までもが耳に飛び込んできたところで私は雑誌から目を離す。

 どうやら騒ぎの中心は私たちの教室に向かっているらしい。

 

 がらがら、と少しずつ開けられた引き戸式のドアが開く。

 なんてことはない。

 その顔は見知っているし、その服装も見覚えのある制服だ。

 だけど、大きな問題点はその二つが普通は結びつかない人物だという事で。

 

「透ちゃん?」

 

 そう。その扉から入ってきたのは間違いなく透ちゃんだった。

 いつもぼさぼさにしていた髪は奇麗にセットしているし、ちゃんと学校指定の制服に着替えているし。それにあの顔に浮かべた人の好さそうな笑顔はどういう事だろう。

 

 見たことがない。というわけではない。

 というより私と知り合った頃は彼女はあんな感じだったから、むしろ戻ったと言ったほうがいいのかもしれない。

 

「あ、七色さん。おはよう」

 

「あ、おはよう」

 

 にっこりと奇麗な笑顔を浮かべる彼女は、カバンを机の上に置いて一時間目の準備をし始める。

 そんな彼女に机ごと寄る。

 

「ど、どうしたの今日は?」

 

「なにが?」

 

 何がって、そりゃあほとんど全部についてだよ。

 と、そんな言葉がのどからせりあがってきたが、それを言っても詮無きこと。

 ならば一番大事なことについて聞くことにした。

 

「いつもみたいに女の子をかなぐり捨てた感じじゃなくなってるし」

 

「ああ」

 

 そういうと、彼女ははにかみながら照れるように少し身をよじった。

 いつものイメージが強すぎるからなんとなく違和感を感じてしまう。

 

「ちょっと今日は大事なことがあるから。せっかくだからと思って」

 

「へ、へぇ。その大事な事って?」

 

「うん。私、但馬先輩にデートのお誘いをしようと思って」

 

 そんな事を、機嫌のよさそうな顔で宣う彼女に。

 思わず私の口から出たのは悲鳴だった。

 もちろん黄色ではなく青色の。

 

「な、なんで!?」

 

「うーん、気になっちゃったからかな?」

 

「だ、ダメ。そういうなんとなくでのお付き合いはダメなやつだよ!?」

 

「別にそんなことないって」

 

「ダメ。絶対にダメ!」

 

 そのあとしばらくダメダメと繰り返す機械になり果てていた私を止めてくれたのは目の前にいる透ちゃんで。

 結局私は彼女を止めることができずに、透ちゃんは但馬先輩を呼び出すのだった。

 

    ●

 

 

 

 って、そんなことで納得できないよねッ!

 透ちゃんが待ち合わせている場所を屋上から常備している双眼鏡で確認する。

 本来なら立ち入り禁止の屋上だが、私にとっての一大事なので問題ない。

 

「こんなこともあろうかと、指向性マイクを取り付けて置いてよかった」

 

 これで、遠くにいる透ちゃんが何をしゃべっているのか私にはすべて丸わかりである。

 

「さあこい但馬先輩。もし透ちゃんにナニカしたら」

 

 その時は私の七つの不思議道具が火を噴くけれど。

 

『あっ』

 

 透ちゃんが短い声を上げる。

 彼女の視線の先には但馬先輩がいた。

 

『あれ。待たせちゃったかい?』

 

『いえ、私が勝手に早く来すぎてしまっただけなので』

 

 にこやかに彼女たちの話は始まった。

 最初はどうでもいいような世間話。

 でも、その話もだんだんと距離が縮まり詳しい話になっていく。

 そして二十分もしないうちに二人の話は本題に入った。

 

『それで、今日僕をここによんだ要件は何なんだい?』

 

『あ、そうでした。すいません、先輩との話が楽しくて……。ここに呼び出した要件ですよね。これなんです』

 

『これ?新装デパートのペア割引券?』

 

『はい。一緒に来てほしくて』

 

『あはは……そうだよね。期待しちゃったよ』

 

 あの先輩はすこし鈍感のきらいがあるのだろうか。それは口実でより中を深めるためのものだという可能性もあるのに。

 

 でも。透ちゃん楽しそう。

 それは久しぶりにみる彼女の明るい笑顔のような気がする。

 それに気づいたとき。なんとなく彼女たちの姿を見ているのがつらくなって。

 私は先輩の返事を聞く前に屋上から逃げるように立ち去ってしまった。

 

 

   ●

 

 当日。

 予定していたことは全て終了。先輩と自分は車ばかりが並んでいる地下駐車場を通って外に出ようとしていた。

 なにせこのショッピングモールは折り重なるように設計されており、自分たちが帰る東出口に行く最短ルートはここを通ることなのだ。

 

「すいません。荷物を持ってもらっちゃって」

 

「いやいや、日用品ばっかりでそんなに重くないしね」

 

 ほら、とそう言いながらビニール袋を持ち上げる先輩が、なんだかほほえましくて少し笑みを含む。

 

「さて、もういいぞ」

 

 がらり、と自分の一部が崩れるような錯覚を覚えつつ、服の襟部分に仕込んだ装置から指示を出す。

 

 すると、あら不思議。

 俺たちの周りにある防火シャッターが閉じ込めるように下りた。

 

「まあ、説明しなくてもわかるだろ?俺があんたを誘った時点でなんとなく予感はしてたと思うし、俺がこうしてあんたを閉じ込めたってことが分かった今。自分のヘマは自覚してるだろうしな」

 

「ん、いや。誘ってくれた時は正直何も思ってなかったよ。そうか、ああ見られてたのか」

 

 参ったな、と頭を掻きながらレジ袋を地面に置く先輩。

 余裕そう。ではない。めんどくせぇ、幻想御手におぼれててくれたほうがやりやすいのに。

 

「一応調べたぜ。あんたの妹さんとその友達があそこにいた不良グループにカモにされてた事をな」

 

 あそこで、あまり深くグループに関わっていそうにない下っ端の一人を助けたのはそういう事だ。

 ただ情報を流してくれそうなやつを見つけただけ。

 情?知らん。そんなもの持ってたら俺はこんなことになってないっての。

 

「ほら、いいだろ。あとは風紀委員に任せれば何とかしてくれる。もう通報はしてるしな」

 

 白黒さんと面識があって助かった。子供の戯言、なんて言われることはないだろうが多少はスムーズに話は進んだしな。

 

「それで、はい。なんて言えるわけがない。グループを風紀委員に渡したところでどうなる。この町から追い出してくれるわけでもない。厳重注意と罰則だけだ。報復があるに決まってる!」

 

「おおっと!?」

 

 ノーモーションで先輩の足元から炎が吹き上げ、こちらに迫ってくる。

 やや反応が遅れながらも転がるようにして並んだ車の陰に隠れる。

 LEVEL3。いやもうちょっとでLEVEL4くらいか。

 

「ったく、女の子に手を上げるとか最低でしょうよ!」

 

「僕がやる。僕以外の誰かができたとしても僕がやる!他人の手を汚させるわけにはいかない!」

 

その言葉には。誰が、なんて言ってないけれど。俺に向かった言葉だというのは暗に伝わった。

 

「は、それは……傲慢だろ」

 

「なに?」

 

 全く、どうやら幻想御手にはやはり毒があるらしい。

 どこまでも驕り、つけあがる。

 

「傲慢でしょ。自分の妹を助けるために、手を汚すのは自分だけでいいだぁ?ナマ言ってんじゃねえよガキ。本当に助けたいと思ってるなら全くの他人の心配より自分たちの事を考えるだろ!」

 

「ッ!」

 

「今のアンタはその幻想御手で周りが正しく認識できなくなってる。妹の事をまず一番に考えられねえ時点でアンタはヒーローにはなれねえよ」

 

 自分の手の届く範囲を守れなくてヒーロー気取りなんてちゃんちゃらおかしい。

 

 こういう時にああいうんだろうな。『その幻想をぶち殺す』ってな。

 だけど、俺は主人公じゃないしまずヒーローでもない。

 

「だから、俺はまずアンタを止めるよ先輩。死に物狂いで全力でな」

 

「やれるものならやってみろ。力尽くで!()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

     ●

 最初に、彼女の事を聞いたのはいつだったか。

 ああ。たしか今年の始まりだったはず。

 新入生にLEVEL4がくるなんて話が学校中を飛び回ったのだ。

なにせ、御手洗中学の平均はLEVEL1。中学に入る前にその段階の能力者ならまず他の有名校に入るだろうから。

だから、彼女に期待を寄せる人も多かったが、その期待は入学式の日にいきなり裏切られた。

 

「えー、どうも。新入生代表の七節透です。私たち新入生は……フワァ……この学校で頑張って勉強したいと思います。終わり」

 

決められた制服ではなくサイズの合っていないジャージを着て、壇の上に立った彼女はあくび交じりにそう言ったのだ。

それ以来、彼女は陰では『落ちこぼれのLEVEL4』なんて陰では言われるようになっていった。

たぶん彼女は知っていたと思う。

なにせ広まりすぎていたから。小耳にはさんだのも……いや、目の前で言われたこともあっただろう。

 

さて、話は変わるけれど。

僕は正直彼女に対して憎しみともいえる感情を抱えていた。

なんでLEVEL4なのに努力しないんだ。なめ腐りやがって、とかかな。

いや、自分はこんなに努力してやっとLEVEL2なのに。だったか。

だから、彼女に文句の一つでも言ってやろうと思って、あの日。僕は彼女の帰りをつけたのだ。

家の前でもどこでもいいから人が少なくなった時、彼女と話をしようと思って。

彼女が向かったのは野球場だった。

そこで初めて見た。

およそ運動にてんで向いていない体つきで一生懸命にバットを振る彼女を。

だから思わず声をかけてしまったのだ。

 それは不意に、突然に。

 

 彼女は変な子だった。

 地に足がついていない、というかつかみどころがなく。

 いや。もしかしたら彼女から見た自分も変な人に見えたのかもしれない。

 だから、あの時彼女に僕は毒気を抜かれてしまったし。

 だから、僕が彼女の力量をあの時見抜けなかったのは当然なのだ。

 

    ●

「だぁ!」

 

 自分の足元から火柱を彼女に向けて伸ばす。

 慣れたとはいえ、今の自分の力量では火を自分から遠いところに伸ばすことはできない。

 そこまで行くと、原子の操作に難が生じる。

 原子の振動で熱を発生させる、僕の力はだからこそ使い勝手が難しく、発動までの時間が長い能力だった。

 だけど幻想御手の力で、バカでかい威力はあまり減衰させずに発動までの演算を早く終わらせることができるようになった。

 

「つぁ!」

 

 ごうごう、と照らされる火の間から車がこちらに向けて落ちてくる。

 それを能力を使い焼き切る。

 通用する。今なら『落ちこぼれのLEVEL4』程度なら相手どれる!

 

「君の能力は念能力かい?」

 

「はッ!わざわざ自分の能力を明かすとでも?」

 

「なるほど、そりゃそうだ!」

 

 相手が次々とよこしてくる車両を躱し、焼き切りながら彼女に向かって攻撃を続ける。

 

 やけどをいくつかするかもしれないが、この町には優秀な医者がいる。やけどくらいなら直せるだろう。

 

「あんたさ、俺の事馬鹿にしてんじゃねぇ?攻撃の甘さやらなんやらでアンタの考えが透けて見えるぜ」

 

「そんなことはないッ」

 

「なんだったっけ?『落ちこぼれのLEVEL4』。あまりにもピッタリすぎて訂正の一つもしなかったけどさ。先輩、俺がLEVEL4の落ちこぼれだって勘違いしてないかい?」

 

 つまり、違うってことを彼女は言いたいのか。

 彼女の言葉を聞いて、少し警戒レベルを上げる。

 

「ちょっと見せるぜ。本気を!」

 

その言葉から数秒もしないうちに、炎をかき分け、並んだ車両を割り砕き。僕の体をかすめるようにして、物体が飛んできた。

 

「な」

 

 今、彼女は何を飛ばした。車の破片を念能力で?

 いや、それにしては速さがおかしい。

 

「どこぞのLEVEL5はゲーセンのコインらしいけど。あんまやるもんでもねえし100円玉で代用してみた……けど、だめだな。細かい演算がだめだめ。やるもんじゃねえよな真似事なんて」

 

 炎が風圧で二つに割れ、煙が頭上の換気口に吸い込まれ。

 彼女の姿が露になった。

 

「落ちこぼれは落ちこぼれでもLEVEL5からの落ちこぼれなんだ、俺」

 

 バチリバチリ、と体の周りに帯電している電気が見える。

 ならば。彼女の能力は。彼女の言っていることが本当だったのならば。

 

「『電撃使い』……」

 

「そう言う事。ま、能力の細かい調整が及ばずLEVEL4の『代用品』止まりだったけど」

 

 ならば、彼女はLEVEL4の底辺ではなく、最もLEVEL5に近いものなのでは……。

 

「弱気な顔を見せてんじゃねえよ!」

 

 車に電気を通電。そのまま彼女はこちらに向けて投げ飛ばす。

 

「なっ……」

 

 バカな。車のアースはどこ行った!

 

「悪いね。ここらの車は全部見せかけでただの鉄の塊なんだ。だから中身はスカスカ。やけに燃え尽きやすかったろ?」

 

 自分の能力の規模を理解してないせいで勘違いをしていた……。いや、今気にすべきところはそこじゃない!

 全部彼女の思惑のうち。やることなすこと全部……。

 

「くそっ」

 

 ならば、全力で。彼女がこちらの事をすべて知っているのだとしても限界まで!

 

「ずああああッ!」

 

 視界が赤に染まる。炎、のせいじゃない。ちかちかと視界は明滅し、鼻からはドロリと熱いものが流れ出る。

 

 だけど、だけれど、限界はぶち抜いた。

 発火点は彼女の周り。

 そのすべてが彼女に向かって進む。

 それぞれは遅いけれど、火柱の間を進もうとしても熱風で進めない。

 これで……ッ。

 

「悪いけど、ここで死ぬわけにはいかないんですよ先輩。だって、ここで死んだら先輩が人殺しになりますし」

 

先ほどまでのどう猛さは鳴りをひそめ、こちらに向けてニコリと笑った彼女の顔で僕は自分の過ちを悟った。

ばかっ!僕は彼女を殺す気で……。

 

「逃げ……」

 

 いや、逃げられない。そういうつもりではなったのだ。

 

「こういう事もあろうかと、いくつかこの駐車場に準備させてたんですって」

 

 そう言って彼女が掲げたのは太い一本のバット。

 と言うよりはバット状の何か。装飾のない鉄塊。

 

「バッター打ちますはッ!」

 

 バットを思いきり引き絞る。

 帯電していた電気がバットに吸い込まれ、異常な光を放ち放電した電気が地面に穴をいくつか作り出す。

 

「一発逆転……」

 

 火柱は彼女に向かって突き進む。

 だけれど、彼女がするつもりの事がなんとなく分かってしまい、とっさに身を駐車場の柱の奥に潜ませ体をできるだけ小さくする。

 

 そして。

 

「ホォォォム、ラァァァァンッッッッッ‼」

 

 それは一瞬の閃光。

 すさまじい光と音に、何も見えなく。聞こえなくなって。

 

 目を覚ました時には僕の上に馬乗りになって、原形をとどめていないバットだったものを持ちながらピースサインをする彼女がいたのだ。

 

 

    ●

 

「いやあ、ひどいもんだったねぇ」

 

「ああ、そんなひどかったですか?俺のやけど」

 

「いやぁ?君のやけどはそれほどでもないよ。ひどいのは君の先輩のほう」

 

 そんなことを言うカエル顔の医者に、まあもうすぐひどいやけどの人が担ぎ込まれるしなぁ、と一人思う。

 

「視力も少し低下してたし、鼓膜も破れてた。しかも()()()()()打撲(だぼく)(あと)

 

「えっと、はは。治せます?」

 

「もちろん、治せるけど。僕の事をあんまり便利な道具みたいに使わないでほしんだけどねぇ」

 

「えっと、じゃあまたお世話になりに来ますね、えへへ……」

 

 愛想笑いで何とかごまかしながら、逃げるように部屋をでて溜息をつく。

 とりあえずは一件落着。

 彼の妹たちはしっかりきっかりと難を逃れたし、不良グループは然るべきところに。

 すくなくとも、彼らが先輩の妹に危害を加えることはないだろう。

「まったく、久しぶりにあんなに本気を出した気がするぜ」

 

 さて、でもまだやることはある。

 先輩は幻想御手を使った。ならば。彼もその後遺症に陥るはずだ。

 超電磁砲がなんとかしてくれる、としても。

 気になるのは、先輩がゲロった話。

 彼に幻想御手を渡した大人がいる。その犯人を見つけなければならない。

 

「上等だ。馬鹿野郎。俺の周りに手を出したら『第一位』でも許さねえからな……」

 

 まずは、どうするか……。

 

「……ぃ」

 

 手あたり次第は非効率すぎる。だったら。

 

「おーい」

 

 ぽん、と頭の上に手が置かれる。

 言っておくが、俺はこうされるのが嫌いだ。

 自分の背が低いってことを否応に自覚させられるからな。

 

 だから、思いきり電気を流そうとしてしまっても仕方ない。

 まあ、流れなかったけど。

 

「……当麻さん。それやめてください」

 

「ん?あぁ、そういえばこうされるの嫌いだったっけ」

 

 悪い悪い、と言いながら俺の顔をしげしげと見た後彼は溜息をついた。

 

「なんですか。人の顔を見て溜息なんて」

 

「いや、おんなじびりびり枠の中学生でもこんなに天と地の差があるんだなって」

 

「……それ、どっちが天ですか」

 

「ん?あー、七節ちゃん」

 

 ふむ、そう言われてそう悪い気はしない。

 

「で、結構急いでましたけどどうしたんですか」

 

「いやだそっけない。昔はもっと懐いてきてくれたのになぁ」

 

 ヨヨヨ、と鳴きまねをする上条さんをあきれた目で見る。

 すると今度は体を震わせ始めたので、はあ、ともう一度溜息をついた。

 

「ううう、七節ちゃん怖い。どうやったらグレたのが治るのか……」

 

「それはいいですから、急いでるみたいでしたけど」

 

「あ、そうだ。ここらへんに教会ってどこにあるか知ってる?」

 

「ああそれなら……。それって、本当に行かなきゃいけないですか?」

 

「え?」

 

「ちょっとした落とし物程度なら別に届けなくてもいいでしょ」

 

「うーん。でもこういうのは届けないとだめだから」

 

 ……ああ、きっとこの人に何を言っても無駄だ。と、何度も思ったことを今思う。

 

「教会ならあっちです。じゃあ、上条さんさようなら。また、会いましょう」

 

「おう、また」

 

 もう彼には会えないだろう。

 本当に彼を失うことは避けることができないのか。

 過去何回も思ったことを、今思う。

 無駄だと知ってもぶつかって、自分程度じゃ足りないのだと何度も泣いたことを。

 

 自分の手の届かない範囲を彼は生きている。

 それでも彼は困難に立ち向かっていく。

 

 ならば、自分は自分の周りを助けようと思ったのはそう遠くない過去。

 

「馬鹿らしい。一番大切な人を守れない癖に」

 

 何度も唱えた呪いを口に出す。

 

 歩く、歩く、歩く。

 二人は自分の運命に囚われながら、晒されながら。

 彼も私も歩きつづける。

 

 たとえ何が起きても。

 




やっぱり上条さんは異常なくらいに主人公なんやなって。

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