とある怠惰な下位互換   作:チョコ明太子味

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短くなるとかぬかしておいて、結構長くなってしまった。
そういうわけで投稿です。


後編

 コーヒーフレッシュを紙製のカップに入れて、やや乱暴にかき混ぜる。

 さてと。黒幕とは別の第三者が幻想御手を使ったという事が分かったけれども、残念ながら成果は乏しい。

 

 自分が使えるコネクションを使えるだけ使っても捕まるのはパシリのスキルアウトだけ。

 俺自身の捜査での収穫はなし。

 ここまでくると、黒幕は俺の事すら完全に把握して何もかもを掌で動かしているような気がするが……。そんなことができるのはこの町で一人だけ。

 まあ、彼自身がかかわっているという可能性はない……と思う。思いたい。

 

「ちくしょう。頭にくるぜ」

 

 髪をわしわしとかき混ぜる。

 痛むからやりたくはないけれど、それでもやってられない……。

 

 ……ふと、自分らしくないことを考えていることに気づく。

 そこまで焦っているつもりはなかったが、どうやら今の俺は少しばかり冷静さを欠いているらしい。

 

 へいじょうしん、へいじょうしん。と心の中で念じていると、そこそこ洒落たコーヒーチェーン店にはおおよそ似つかわしくない男が入ってきた。

 その男は店内をぐるりと見まわし、俺を見つけるとニコニコと似合わない笑顔でこちらに近づいてきた。

 

「ちっす。七節さん、お待たせしました」

 

「あー」

 

 周りで客がざわざわとこちらをみながらこそこそと話しているのを肌で感じ取る。

 とりあえ足先で向かい側にあった椅子を押しやる。

 

「とりあえず、座ってくれるか?」

 

 

    ●

 

 スキルアウト。レベル0の念能力者、名前を千波(せんば)一二三(ひふみ)。

 少し猫背気味で身長は178cm。逆立てた茶髪の髪の気は地毛。

 学校にはほとんど行かずに、スキルアウトの集団内で使い走りよりも一つ上ぐらいの立場にいた男。

 その他個人的な情報については目を通してはないが、彼が俺にコンタクトを取りに来たのはおとといの事。

 

「ジブン、元グループの奴に聞いたんすけどね。上の奴らが脅してたのは誰かに頼まれてやったことらしいんすよ」

 

「小遣い稼ぎのためにやってたわけじゃないのか?」

 

「まあ、もともとうちのグループは過激派でもなかったですし。でも、元リーダーのところに女が来たらしくて。依頼っつーより、聞いた話だと脅されてる……ってほうが近いと思います」

 

「ちーくん、その女の姿は知ってるのか?」

 

「いや、すいません。その時はオレ用事があって……容姿は一応聞いたんスけどパーカーしてた上にカラコンつけてたらしく、はっきり分かんのは背が女にしては高かったってことぐらいで……直に見ても分かったかどうか怪しいっすね」

 

「しかしなるほどな。どうやら繋がっちまったみたいだぜちーちゃん」

 

 先輩に幻想御手を渡した男とその女はつながってると見て間違いないだろう。

 ちーくんのグループに依頼をしたのは先輩に幻想御手を使わせるため。

 ならばその行動のメリットは?

 

 先輩が幻想御手を使う事で誰が得をするのか。誰が損をするのか。

 

「あー……俺。役に立ちましたか?」

 

「おう。かなりな」

 

俺がそういうと、ちーくんは何か思い悩むように顔を下げると絞り出すように声を出した。

「俺の友達、今病院で眠ってるんです。や……友達だけじゃなくてグループの何人かもなんですけど……治りますかねぇ……」

 

「治るさ」

 

 ああ。治る。俺の上位互換様がそれに関しては何とかしてくれるはずだ。

 もうすぐ意識を失う先輩の事も、悔しいことに全部何とかな。

 その点、俺はアイツの事を信用している。

 

「だから俺はもう一度変なことをしてこないように、事件に潜んだピエロを追ってみる。だからちーくんは残ってる仲間の面倒でも見てろよ」

 

 先輩の妹に危害を加えた男たちは警備員によって隔離されている。

 ちーくんの話を聞く限り、そいつらには軽いヤキを入れておくだけで済みそうだ。

 

「お願いしやす。頑張ってくださいっす!」

 

 ちーくんの声を聞きながら店を出る。

 しかしこれで今後の方針ができた。

 

「あーあー、もすもすひねもす?」

 

『妙な電話のかけ方をするのはやめてください』

 

握っている電話から不機嫌そうな声が聞こえてきたのを確認して、通信相手が間違っていないことを確信する。

 

「めんごめんごー。で、オペ子さん。調べてほしいんだけど、幻想御手の受け渡しにアナログな受け渡しをした件は何個あるか調べてもらえる?」

 

『それならば調べるまでもなく暗記しています。全64件です』

 

「さっすが。じゃあもうちょっと絞るぜ?その受け渡しに小柄な女が関わった例は?」

 

『…………。』

 

 通話先の空間からカチコチ、とクリック音が連続して響く。

 そして、十秒もしないうちに彼女は淡々つぃた口調で情報を述べた。

 

『全三件です。一つは貴女の通う学校の生徒に。そして、スキルアウト集団に。最後の一つが…………』

 

「ん?どうしたオペ子さん」

 

『…………いえ。最後の一件に関してです。心して聞いてください』

 

 珍しく迷いの見える口調でそう述べたオペ子さんのことばに思わず目を見開いた。

 や、ハハハ。これは乾いた笑いも出るってもんだぜ。

 ピエロめ。わざと俺にこの情報を掴ませようとしやがったな。

 

「さんきゅーな。オペ子さん。料金はまた今度折半で」

 

 ピッ、という電子音がいやに耳に残ったような気がした。

 すう、と息を吸って吐く。

 それで気分をなんとか入れ替えようとしたけれど、なんだか思ったよりもうまくいかない。

 

 気を抜くと震えそうになる指をパネルに走らせる。

 

「もしもし、七夕さん?今から俺んちに来れる?」

 

『え?どうしたの急に。今から?別にいいよ』

 

「いいか?急いで来いよ。マッハで。今世紀最大のスピードでだ」

 

『分かってるよぅ。もー』

 

 少しむくれたような声に少しだけ笑みが漏れる。

 

 笑みが漏れる。

 

    ●

 

「いぇーす、透ちゃん!」

 

「よぅ。七夕さん」

 

 元気な声を上げながら部屋に上がってきた七夕さんは、俺の住んでいる家を見て思わず息を漏らした。

 

「久しぶりに来たけれど、やっぱりすごくいい家だね。透ちゃんの家は」

 

「あー、そうか。そういえば七夕さんは学生寮に住んでるんだっけ」

 

 俺の家は、いかにも高そうな高層ビルの一室を借りている。

 無論、この建物すべてが俺の所有物と言うわけではなく、学園都市が俺に首輪をつけておくために与えたものだ。

 だが、それだけに使い勝手はいい。

 

 ……まあ、何があってもいいようにすぐに引き払えるようにはしているのだが。

 

「そういえば透ちゃん。まだちゃんとした服着てるんだね?」

 

「ん。そう言われればそうだな」

 

「それって……あの、先輩と付き合ってるから?」

 

「あー…………」

 

 そういえば学校にはそういう風に広まっているのだった。

 やべえ、その事については全く考えてなかったぜ。

 まあ、俺がフラれたことにすれば……いや、こういうばあい俺がフッたことにすればいいのだろうか?

 

「透ちゃん?」

 

 突然悩み始めた俺が不思議に映ったのだろう。コテンと首をかしげながら俺の名前を呼ぶ七夕さんに、我を取り戻す。

 

 あぶねーあぶねー。つい考え込んでしまったぜ。

 

「や、実は俺が先輩に……先輩をフッたんだ。やっぱり合わなかったみたいでさ」

 

「そっか、ならよかった」

 

 今まで見たことがない程の笑みを浮かべる七夕さん。

この子は人の不幸(先輩と彼女はほぼほぼ無関係だが)をこれほどに喜べる人間だっただろうか

少し心配だ。心配っちゃうぞ、お兄さん。

 

「ふにゃ……。まあ、透ちゃんがそのままでいてくれたらうれしいんだけどね。最近の透ちゃんはなんか無理してそうだったし……」

 

「 」

 

「そう?ずっと透ちゃんを見てたんならだれでも気づきそうだけどなぁ」

 

「それはともかく、またジャージで登校するけどなぁ」

 

「えー……。せめてじゃあ男物の服着ればいいのに。……ふわ……。ごめんあくびばっかり」

 

「いいよ、なんならソファで横になれば?」

 

「んー……じゃあそうするね。あ、そうだ。透ちゃん」

 

「 」

 

「うーん、別に何でもないや。えへへ。じゃあおやすみね」

 

「 」

 

    ●

 

 オペ子さんに聞いた情報では、三件のうちの最後の一つは俺たちが通ってる学校の教師だった。

 や、学校の教師というには少し語弊があるか。

 その人物は教師として在籍しているにも関わらず記録には残っていないのだから。

 記録の浅い部分に彼が施した『授業』の内容が転がっていたそうだ。

 

 個別授業。出席者は七夕さんのみ。

 そしてその授業で彼は幻想御手を七夕さんに使ったのだという。

 

 誘われている。

 いくらオペ子さんが優秀だとしても、そんな記録が簡単に転がってるわけもない。

 

 つまり。先輩と七夕さんに幻想御手を与え。そしてそれを俺にわざと気づかせて得をする人物が犯人と言うわけだ。

 

 そしてそれこそが犯人のすべての狙い。

 俺を犯人に復讐させる。

 俺に刺激を与えて変化を促したい人物。

 

 そんなの一人しかいない。

 

 

    ●

 

「ふぅん、彼女はようやく気付いたみたいですね。なんというか、遅すぎるというか」

 

 彼の視点は研究所の壁を突き破って侵入してきた七節透を移す画面に注がれていた。

 

「さて、予想よりもかなり遅いスタートだったが。果たして僕は何の尾を踏んだのでしょうか。虎か竜か。一番嫌なのは猫とか犬とか。小動物が一番怖いんですよね……」

 

愛らしいくせに何をしてくるか分からないんで。と、そう呟きながら研究所に所属する研究員を外に逃がす手続きを終わらせた名村は背後に立つ人物に人の好さそうな笑顔を見せた。

 

「と言うわけで、あなたとの約束通りあなたを使いつぶす時が来てしまいました。残念です。あなたのその装備をもっといじりたかったのですけど。それからのことは僕には知りません。では行ってらっしゃい」

 

音を鳴らしながら部屋を出ていく影に背を向けながら計器の確認をすませようとする名村は、ふと手を止めた。

 

「さて、この実験でどこまで変化が起きるのか。……最悪誤差レベルですかねぇ」

 

 

   ●

 

 ソレを視界に入れたのは、窓を破って人の気配がほとんどしないことに気づいたとき。

 

 あまりに静かな空間に唐突にガシャガシャと機械的な異音が割って入ってきたのだ。

 

 思わず紫電が漏れる。

 緊張により体がこわばり、演算にわずかな乱れができてしまっていることに自分自身に呆れてしまう。

 いよいよかぶっていた虎の皮が剥がれ落ちかけているらしい。

 

 そもそも、洗脳に近いことをして前世の人格を真似ようとしたのもそれならば今よりも強くなれると思ったからで。それをしたうえで壁に当たったのだから密(みつ)蟻(あり)さんに申し訳ない。……彼女はいまどうしてるのだろうか。

 

「邪魔だから」

 

 腹立ち交じりに、電撃を影の横からぶつける。

 どんな装甲であろうと貫くか熱で溶かしてしまう電撃の槍は、しかし影に当たると消え去った。

 

「っ……」

 

 こいつ吹けば飛ぶような木っ端じゃない!

 後ろに下がりながら、影の首、胴、股間、と体の中心線に向けて別々の方向から一斉に電撃の塊をぶつけた。

 

 しかし、それすらも影には全く効いていない……。

 

 でも、電撃の塊をぶつけたからこそ見えたものもあった。

 まずは相手の容姿。まるで西洋鎧の様なつくりの金属が体に張り付いている。

 というか鎧の作りが絶縁体とかじゃなくて、要は単純にアースね。

 だけど、電撃は地面に流せても熱はどこに……。

 

 シュオッ、とまるで空気が抜けるような音を立てながら鎧の後ろから煙が排出された。

 いやいやまてまて。いくら学園都市の科学力がすごいと言ってもあの薄型の鎧の中に熱を逃がす排出機構など作る余地なんかないだろう。

 よくて電気を地面に流せるように仕込むくらい。ならばアレは中に入っている人間の能力で無理やり体内の熱を逃がしているのか。

 

「そんなめちゃくちゃな……」

 

 ようはこれも先生の作品の一つと言うわけだ。

 つまり、内部の能力者に排熱機構と動力を任せ、それ以外を機械などで補った一つの兵器……。

 

「…………」

 

「ちょっ……」

 

 舌打ちしながら、常人以上のスピードで迫りくる西洋鎧もどきの攻撃を避ける。

 電気信号を脳に介さず避けるなんて、朝飯前だけど。それに体力がついてくるかはまた別だ。

 

「つ……」

 

 電撃を地面に放ち、彼我の間にわずかな壁を作り出す。

 案の定、西洋鎧もどきはわずかにたたらを踏んで、攻撃の手を僅かに緩めた。

 

 その隙に、山のように積み重なる機器類の数々に、電気を通電させて持ち上げる。

 そしてそのまま敵の頭上に移動させた金属の塊を鎧の上へと落とした。

 

 鎧、中にいる人。すべてを足した重さよりもさらに重い鉄塊は鎧に迫り、しかし躱された。

 

(よし、躱した!)

 

 間髪入れずに、鎧との距離を一定に保ちつつ機器類を投げ飛ばす。

 避けるという事は、当たるとマズイってことだ。

 防御面では大丈夫だったとしても鎧がへこんだりするとアース機構が崩れてしまうからかもしれない。

 もしくは全く別の理由かもしれないけれど……。

 

(でも、効くって分かっただけで十分!)

 

 戦いは研究所の奥に向かって進んでいく。

 このまま、先生を探しつつあいつに攻撃を与え続ければ。

 攻撃のレンジ的に優位をとってる私が勝つはず。

 

 勝機を見出し、何発目かの攻撃を鎧に見舞おうとしたところで反射的に私は顔をそらした。

 センサーに引っかかった物体をとっさに避けたのだ、と偶然の回避を知覚しながらこめかみのやや下をかすめて行ったものが何なのかを鎧の動きから察する。

 

「瓦礫をなげてるの!?」

 

 なんて原始的……だけど攻撃自体の脅威は高い。

 前方に電気の壁を張ったところではたしてあれは私との手前で止まるのだろうか。

 もしも確実に止めようと思ったら鎧の姿が見えなくなるほどの離れた距離に密度の高い壁を張らなければならない。

 そうなれば、鎧に接近戦に持ち込まれ待っているのはじり貧だ。

 

 ならばこの状況で打てる最善手は今までと同じように、物理的に攻撃をしつつ隙があれば中身の排熱処理が追い付かないほどの頻度で電撃を放って、中身の人間を蒸発させること。

 ……だけどそれは中の人間も殺してしまう手段だ。

 うっ、参った。『俺』だったらある程度の犠牲は見逃すことができたのかもしれないけど、私は人を殺すことに気後れを感じてしまう。

 いや、それを置いておいても目の前の鎧を殺してしまう事は先生の思惑に乗ってしまうような気さえするのだ。

 ほかにもあるだろうか?電撃バット(『俺』命名)で敵の攻撃を打つとか……。

 ううん。無理無理無理。そんな芸当が許されるのはギャグマンガの中だけだっての!

 

 考えろ考えろ。先生が俺を殺すことを目的にこいつを向かわせたわけではない可能性は高いんだ。

 だったら何らかの攻略法がある……。

 

 手を止めずに頭を動かせ。

 アースを搭載しているという事は鎧自体には電気は通るという事だ。

 という事は相手は私が電撃を相手に流してる間は地面から足を離すことができないという事だ。

 その時はどうしても機動力に制限が出る。

 

 だったら……。

 

 肩にしょっているバットケースから特注用バットを取り出す。

 そしてそのままバットに通電。内部のブースターを利用して電気をバットに溜めていく。

 

「飛んでいけっ!」

 

 バットの許容委範囲を超え、電気を漏らすバットをそのまま直上に投げ飛ばす。

 その電撃の槍は上階のいくつもに大きな大穴を開けて、施設を大きく揺らした。

 

 これがゲーセンのコイン一つで同じことができる超電磁砲ってコスパ的にもやっぱり優秀だよなぁ、と今後はゲーセンのコインを携帯することも視野に入れつつ体を次の行動に移す。

 

右手を敵に、もう片方の腕を上階に向ける。

 

「さて、どっちが先に壊れるかしら?」

 

 そんな風に嘯きながら、両方の腕から電撃を放射的に発射した。

「…………」

 

 もくろみ通り。鎧は電撃の衝撃に耐えるべく僅かに体をこわばらさせながら動きを鈍らせる。

 その隙に、左腕の電撃を手繰るように少しずつ動かしていく。

 

「……まあ、そう簡単に作戦通りに動かさせてくるわけないよね!」

 

 排気を上げながら彼我の距離を詰める敵を抑えるべく、さらに電撃の威力を上げて敵を押しとどめる。

 

「ぐうううぅ……!」

 

 頭がみしみしと言うような錯覚に陥る。

 私じゃこれ以上は限界だっていうのか……?

 やっぱり俺じゃないと……。

 すうっ、と血が体から抜けるような感覚が生じて、意識が外に向かって引っ張られていく。

 

「ふぅ……」

 

 息が口から洩れていく。

 電撃も威力を落としていき、鎧は確実に距離を詰めてくる。

 

 私では荷が重かった?

 私じゃ先生から、先輩や七夕さんを守ることができない?

 

「ざっけんな!」

 

 原作に逆らうことができないなら。せめて原作から離れた人ぐらいは守って見せないと、超電磁砲の下位互換でさえ名乗れなくなる。

 

 可能な限り出力をあげ、頭上に放っていた網のように感覚的に広げた電流を下に向けて振り下ろした。

 そして、頭上の床を崩壊させながら重い機器類が私たちに向かって降ってきた。

 

    ●

 

「おお。おお……いやこれは想像以上の結果ですね!今確かに彼女は樹形図(ツリー)の設計者(ダイアグラム)の限界を超えて、微細な電流操作を一時的にせよ可能にした!」

 

「それが死ぬ前の最後の言葉でいいの?セ・ン・セ・イ?」

 

「ああ、やはり無事だったんですね。それで彼女はどうしたんです?」

 

「彼女?……ああ、鎧の中の人。女性だったんだ。あの人なら無事みたいだった。足か手の一つはダメになってるかもしれないと思ったけど……まあ奇跡的ってやつみたいね」

 

「そうですか。……彼女はとある実験の被害者でね。生きる気力のなくなった彼女を有効活用しようと僕が知り合いに譲ってもらったんです」

 

「……それは彼女を助けるためってこと?」

 

「なんでそんなことを考えることができたのか疑問ですね。単純な資源的観点からですよ。そこそこ丈夫で安価な資源を求めた結果です」

 

「それでなんのつもり?」

 

「?。何がです?」

 

 すっとぼけたようにそういう先生に、眉を吊り上げながら彼に追求する。

 

「何がじゃないわ。鎧の彼女以外にセキュリティが何もなかった理由を聞いてるの」

 

「別に何もありませんよ?ただ単純にあなたの研究を進めることができるのなら自分の命なんて安いものと思った故にですね……」

 

「あなた……まえから思ってたけどやっぱり気持ち悪いわ」

 

「ええ……」

 

 少しだけ傷ついた表情を浮かべる先生をあきれながら見る。

 人間的に破たんしてるくせにこういうのは傷つくのか。

 

「もともと、無関係の人を巻き込むのはやむにやまれぬ場合のみと決めていまして」

 

「どの口で言ってるんだか……」

 

「別にごまかしたりしてるわけではありませんよ?今回の事であなたも何かを掴んだりしたのでは?それは人間的な成長しかりです」

 

「……」

 

「どうです?あなたが良ければこれからもあなたの成長を促すことができる実験をしてあげ……」

 

「ふざけるな」

 

 ほとんど反射的に体から電流が漏れた。

それは私に差し出していた先生の右腕の表面を焼き、彼の運動神経系を一時的にマヒさせる。

 

「確かに、大事なことにいくつも気づいたわ。ふてくされてるだけじゃダメだってこととかね。でも、あなたを野放しにしたらいつ私の大切なものに手を出すか分からないもの。あなたみたいな爆弾を線も切らずに野放しにしておくわけにはいかないわ」

 

「では殺すと?」

 

「そう。そのつもりだった。あなたがここまで人間的に破たんしてるとは思ってなかったから。このままあなたを殺せばきっと私は学園都市の深いところに足を突っ込む羽目になる。そうなれば先輩や七夕さんに会う事も出来なくなる」

 

 そう。私は今の生活が気に入ってるんだ。

 下位互換でいい。LEVEL5になることなんか求めていない。

 

「私の事ならば、そうね好きに研究するといいわ。でもその代り。いつでも私の手が届くように」

 

 

 

 「体をいくつか削ってあげる」

 

 

 

    ●

「ん……」

 

「もう、起きてよぅ透ちゃん」

 

「んにゃ、あ。七夕さん」

 

 七夕さんの声で眠りから覚める。

 どうやら授業中に眠ってしまっていたみたいだ。

 目をこすっていると七夕さんが目をぬぐってくれる。

 

結局。あのあと私は皮を完全に脱いでしまったらしく、『俺』が戻ってくることはなかった。

いや、かわらず前世の事は覚えてるけど。それを体験したのかと言われると少し首をかしげずにはいられない。

つまり。私は前世の知識があるただの人間だったのである。

 パンパカパーン。

 

 なんて。だからこそあそこまでこじらせたんだと思うけど。

 結局、あの皮をかぶっていた時期も一年も無かったわけだし。思春期の中学生にはよくあることを経験しただけなのかもしれない。

 まあ、広い目で見たらだけど。爬虫類並みの。

 

「じゃあ、一緒に帰る?先輩ももうすぐ退院するんでしょ?しょうがないから私も一緒について行ってあげる!」

 

「う、うん。別についてきてくれなくてもいいんだけどなぁ」

 

「んー?」

 

「あ、はい。何でもないですたい……」

 

 そう。先輩ももうすぐ退院する。

目の前の七夕さんが無事であるからこそ確認できるように、幻想御手事件はちゃんと我らが上位互換様のおかげで解決の目を見た。

え?LEVEL5にならなくてもいいって言ってた割に少し口が悪くないかって?

 

まあ、少し考え方が変わっても苦手な人が変わることはないのと同じ事である。

本質的に私は彼女が嫌いだ。彼女が私の事をどう思うかは勝手だけど。

 

「あっ……」

 

「ん?げぇっ……」

 

 下駄ばきからかわいさのかけらもない(新しいのを買おうか悩んでいる)スニーカーを引っ張り出し、校門の近くまで来たところでここ数日で嫌でも見覚えのある姿になった彼女を確認することができた。

 

 彼女は、いつものように茶髪のウルフカットを携えながら色のない表情でこちらによってきて、私に体を摺り寄せてきた。

 

「ちょっと待てぇい!」

 

「…………」

 

 べりべりという擬音を発してそうなほどの勢いで七夕さんが、彼女。仙台(せんだい)耀(よう)ちゃんを私から引きはがす。

 

 乱暴な真似をされても、相変わらず彼女はめんどくさそうな顔で七夕さんの言葉をこちらを真っすぐ見ながら聞き流している。

 

 そう。彼女はあの鎧の中の人である。

 正直、めちゃくちゃ美人でびっくりした。

 こういう女の子が『俺』とか使えば映えるんだろうなあと思ったのは別の話。

 彼女はめったにしゃべらないので、あんなに乱暴なやり取りをした私に引っ付く理由はとうの私にも分からない。

 ちなみに、彼女は高校生。傍目から見ても私から見ても中学生に抱き着く変態さんだ。

 

 さて、こうなってしまったらあとはめんどくさいことになるのは目に見えているので、帰る約束をしていた七夕さんには悪いがこっそり一人で帰ることにしよう。

 相変わらず耀さんはこちらを見ているが何の反応もないのでこのままトンズラさせてもらおう。

 

 

 さて、校門から離れて歩いているけれども。あれから二週間ほどたっている。

 うだるような暑さはさらに勢いを増して私ののどを効果的に攻撃してくる。

 まあ、つまりはのどが渇いたのである。

 

 さてさて、比較的美味しそうな飲み物がある自販機はどこだったっけーと右を見て左を見て。

 

「ああ、不幸だぁぁ……」

 

 干からびかけたツンツン頭の少年が恨み言を唱えているのを目にした。

 周りに自販機はない。今、私ののどを潤してくれる存在を求めるには自販機の前に立っている彼をどけるしかないのだ。

 

「あー、えっとお困りですかね?」

 

「うん……?えっと……まあそうなんだけど」

 

 汗を額に浮かべた少年を何とか下がらせながら、ばれないように排出機にむかって弱い電気を流す。

 

「はい、どうぞ」

 

「おお!俺の生活費!いやあもう会えないと思ってた!」

 

 喜び勇んでいる男を後目に自販機に飲み物二つ分のお金を入れて、十本の指で同時に横に並んだボタンを同時押しする。

 

 出てきたのは水とドリアンソーダ。普通とはずれが一つずつ。

 

「あ、これ要ります?私には飲めないんで」

 

「え、いいの……って、このゲテモノ飲料水を飲めというのでせうか?」

 

「でも、どうせそのお金を入れたらさっきと同じことになると思うんですけど」

 

 まあ、確かに。とか、小さい子におごってもらう男子高校生って……とか呟きつつも差し出した飲料水を受け取る男を後目に先に水をのどに流し込む。

 

 そんな私をみてあきらめたように顔を弛緩した彼はゲテモノ飲料水を口に含み、そして吐き出した。

 

「ぶええぇ!まずいとかくさいとかじゃなくてエグイ!」

 

 なんでこんなものおいてんだこの自販機!と叫んでいる男であるが、夏にもかかわらず激辛おでん缶をそろえている自販機もあるので、最悪の中でもたぶんそれが一番ましな奴なのだ。

 

「そういえば、もしかしてどこかで会ったことあります?なんかさっきは俺の事を知ってそうな口ぶりだったから……」

 

「やだ、上条さんったらあんなに情熱的なことを私にしたのに」

 

 そんな言葉をやや真剣気味に放ったもんだから男はさっと、顔を青くしたけれど。

 すぐに元の血色のいい顔を取り戻し、左手で私の頭の上に手を乗せて。いやいや、と首を振った。

 

「いやいや、流石に小学生に手をだす上条さんじゃあないだろうし、そもそも俺はもっと大人なお姉さんが好きだからね……」

 

 子供のままごとに付き合ってるお兄さん風に言ってるけど、私小学生じゃないし。

 

 意趣返しに静電気くらいの威力の電気をぱちり、と手に食らわせる。

 いて、と左手をどけた男は私のほうを見て固まった。

 

 おかしい。彼が固まるような事をしただろうか。

 

「OK、ステイステイ。分かったからそのパリパリしてるやつを収めよう?」

 

「私中学生だし……」

 

「分かったから!その涙も抑えて!ここで泣かれたら完全に社会的な死が上条さんに襲い掛かるんですが!」

 

ギャアアアアア、と表情を次々と変える上条と名乗る男を見て多少留飲が下がり、体の表面に出ていたらしい電撃を消す。

 

「あれ、何?またビリビリした中学生?この学園都市に電撃系能力者って多かったっけ?」

 

「前世で電撃系能力者の中学生相手にやらしいことでもしたんじゃないんですかー?」

 

「そういうこと言うのやめてもらえませんか!?」

 

 はあ、と一度溜息をついた上条さんは私の顔をまじまじと見つめてきた。

 

「な、なんですか?やっぱり上条さんは自分より小柄な子が……」

 

「いや、やっぱり中学生くらいの子でいきなり能力を使ってくるほうがおかしいんだなって再認識してた」

 

「比較対象がなんだかおかしい気がします」

 

LEVEL5はみんな頭のネジがいい方向にも悪い方向にも一つか二つ常人とは違う物で構成されてるので何かと比べる事には向いていないと思う。

 

「で、えっと。真面目にあったことある?」

 

 ……。やっぱり、分かっていたこととはいえ、真正面からこう言われるとなかなかくるものがある。

 そういう心の中で思っていることを全部隠しながら、彼の質問に答えることにした。

 といっても。なんというか滑稽だけど。

 

「久しぶりだから分からなかったんですか?」

 

「え?」

 

「数年前に上条さんの近くに住んでた七節透です」

 

「え?あ、あー!言われてみれば?」

 

「フフフフ。まあ忘れてるんじゃないかとは思ってましたけどー」

 

 うん。まあそう言う事なのである。

 学園都市に来る前から私と上条さんは会ったことがあって。

 ちゃんと前世の事を認識してからは、あれ?テンプレ転生?なんてことを思ったこともあったほどだ。

 まあ、転生ではなかったわけだけど。

 

「ぎぎぎ、ごめん。全然気づいてなかった」

 

 そういう風に本当に申し訳なさそうに少し頭を下げる彼には、なんだか言葉以上の意味が込められているような気がして、彼を許さざるを得なかった。

 

「ええ、まあいいですよ……って。結構長話をしてしまいましたね」

 

「あ、本当だ。割と長い間つき合わせたみたいで、ごめんな」

 

「いえいえ、久しぶりにちゃんと話せたような気がするので。ではまた今度」

 

「おう。今度は俺がおごってやるよ」

 

「……期待せずに待ってますね」

 

「そこは素直にうなずいてくれたほうが嬉しい上条さんなのであった……」

 

 うだるような夏。

 そういえば、彼が私の日常からいなくなったのもこんな日だったような気がする。

 あの頃の事は、うん。なんというかこれから黒歴史を積み上げていくであろう私でも恥ずかしいくらいの事なのでむず痒いのだけれども。

 うん。私が彼を好きになったきっかけはきっとその時だ。

 

 

 これから積み重なる彼の困難と。

 彼の困難を一パーセントでもいいから肩代わりできればいい、とどうしようもない現実を壊すことをあまりにも遅いながらも決めた女の子は。

 

 きっとこれからも賑やかないつもの日々の中で何度も交わるのでしょう。

 

 その困難に彼女はどう立ち向かっていくのか。

 そんな宿題を残しつつも物語はいったんここで幕を閉じます。

 

 

                            おしまい。

 




短編って書きながらも、実質中編くらいの長さになってしまった本作ですが、これにて閉幕です。
この続きは読者の皆様の想像にお任せしますが、彼女たちの物語は決してバッドエンドでは終わりません(そうあってほしい)。

さて、オリジナル展開ばかりの本作を書いていて疲れたので、次はちゃんと原作に沿った二次創作を書きたいですね。

でも大学の課題が詰まってるので、次の投稿はまた期間が開いてしまうと思います。
できるだけ早く物語を提供できるよう努力しますので広い心でお待ちいただけたら幸いです。

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