もしウィッチの関係者がこんな人だったら。   作:ロンメルマムート

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これで501コンプリート…

ヴェネチア公国という謎の国を真面目に解釈してみた。


活動報告でアンケートぽいものやってます。


ルッキーニさんのお爺さん

「そうか。ヴェネチアは守られたか」

 

「はい伯爵」

 

「あんな作戦でもなんでもない代物で故郷を失うなど、儂が政治家でなくとも止めてるよ」

 

「そうですね。伯爵」

 

 まあ故郷が守られるのは嬉しいこった。

 どうも始めましただな。儂はヴェネチア公国首相で前ロマーニャ公国連邦委員会委員長リーチオ・クルーガー伯爵だ。

 ヴェネチア公国?ロマーニャ公国連邦?第一あんた誰だって?ああまあ仕方ないさ。一応儂の娘の子供の名前はフランチェスカ・ルッキーニ。そうルッキーニだよ。つまり儂はルッキーニの祖父さ。

 で、前者の方については色々あってな。

 

 

 

 

 前世は極々普通のオタクでした。

 某所で架空戦記書いてたりしてたらある日急性心筋梗塞で亡くなりました。

 気がついたらヴェネチア公国の名門貴族家の跡取りでした。

 

 我がクルーガー伯爵家はヴェネチア公国きっての名門貴族家です。

 我が家のことを語るにはまずヴェネチア公国の成り立ちから話さなければならない。

 ヴェネチア公国の以前の名前はロンバルド=ヴェネト王国、つまりオーストリア帝国の一角を担っていた国ということ。

 で、なんで今こうなってるかと言うと1848年革命で史実と違いハプスブルク家が追放されその中の一人ライナー・フォン・エスターライヒ、歴史上はラニエーリ・ダズブルゴとして知られる彼がロンバルト=ヴェネト王国に亡命、しかも史実と違いこの地域は王党派が主流の地域であったためヴェネト王国は彼をヴェネチア公という新しい位を作って迎え入れた。それが公国の始まり。

 そのためヴェネチア公国の公家はラニエーリ・ダズブルゴの子孫で名目上は彼の持っていたエスターライヒ公の位も持ってることになってる。

 

 ヴェネチア公国として革命後に成立したオストマルク共和国から独立するとこの国にオストマルクの王党派が大量に流入、この中には専門技術者や官吏が多かったので独立から僅かな間に強力な政府が誕生。

 さらに軍人も多かったため規模こそ小さいものの非常に強力な軍隊ができた。

 で、成り立ちから分かると思うがこの国は誕生直後からオストマルクと政治的対立があったがその他にも領土問題、特にダルマチアとフィウメ、ヴェネチア・ジュリアを巡って激しく対立していた。

 そこで独立直後のヴェネチアはカールスラント統一を巡りオストマルクを対立していたプロイセン王国に接近、さらに同じくロマーニャ統一問題を巡り対立していたサルデーニャ王国とサヴォイアなどを巡り対立していたガリアに接近、史実でカブールがナポレオン3世に接近したのより先に接近し支援を受けた。

 この支援によりヴェネチア公国は早くも工業化に成功、特にイタリアの工業の中心地であるポー平原南部を領有していたため地中海地域トップクラスの経済力を持った。

 このため1850~60年代のロマーニャ統一戦争ではサルデーニャ王国を阻み、唯一独立を続けた。

 さらに帝国主義時代にはソマリアを植民地として領有、名目上同君連合であるアクムス王国として領有してる。

 また1860年には自由主義的な憲法が制定された。

 

 で我がクルーガー家はその際に亡命してきたクリューガー伯爵家が始まり。

 ヴェネチア公国はロマーニャ公国系というよりオストマルク系の国で多くが1848年革命とその後の騒乱で亡命してきた保守派が中心。そのため人口の約4割がゲルマン系。

 特に貴族はオストマルクからの亡命貴族出身が大半。

 わがクルーガー家もその一つでその中でも特に名門。というのも母親の兄が生まれた時のヴェネチア公。

 つまり公から見ると甥になる。

 

 この地位から若いころから世界中を飛び回って数々の事をやった。

 特に史実と違うのはコンゴをヴェネチアが領有したこと。

 史実でコンゴの支配が外道(マジ)すぎて世界中から批判されまくってとうとうベルギー政府が国王から取り上げた地域で、ヴェネチア政府はこれを買った。

 それだけでなくほとんど価値がないとされていた史実中国と朝鮮半島をヴェネチア公領極東アジアとして二束三文で扶桑から買った。あとおまけで南シナ海の諸島もゲットした。

 そのためヴェネチア公国の領域は

・ヴェネチア公国

・アクムス王国

・ヴェネチア公領東アフリカ

・ヴェネチア公領コンゴ

・ヴェネチア公領極東アジア

 という非常に広大な植民地を手に入れた。

 で、我が国はこの新たな植民地の開発を行い経済を回していた。

 さっきも言ったが我が国の経済力は高くGDPは地中海地域では2位、ヨーロッパ全体でブリタニア、カールスラント、ガリアに次ぐ4位、国民一人当たりだとヨーロッパ1位。

 さらに我が国の経済政策の基本は積極的な財政出動、つまり兎に角公共工事をやりまくって経済を回す。

 そのためインフラや軍事力に関しては非常に精強、ド級戦艦を世界で2番目に保有し、世界第4位の海軍力とヨーロッパ5位の空軍力を持ち、工業力ではカールスラントに劣るがそれでも史実イタリアを比べ物にならないほど高い。

 兵器に関しても銃などについてはジョン・ブローニングを招いて開発に携わらせたためM2やM1911、ハイパワーなどといった代物が正式装備、航空機でもカールスラントやリベリオンなどといった国に並ぶほどの開発力と技術力を持ち史実CR42クラスが1920年代後半には試作されていた。

 艦艇では世界初の空母を運用、さらにカタパルトの開発についても積極的。

 またレーダー開発の先進国、半導体研究などでも世界をリードする国家にした。

 

 で、第一次ネウロイ大戦では我が国も参戦したが強力な軍事力により被害を微少にしたため経済的なダメージは少なかった上にその後の各国への戦後復興で逆に好景気に沸いた。

 だけど問題も起きた。簡単に言えば公位継承問題。

 というのも当時の公の子供は娘一人、その他親族もいたけど血縁を考えると彼女を公位につけた方がいいのだがそうなると誰を王配につけるかという点で問題となった。

 候補として挙がったのはカールスラント皇女マルガレーテ・フォン・プロイセンの子供のクリストフ・フォン・ヘッセン、ブリタニアのケント公ジョージなどの名前が挙がったがロマーニャからとんでもない候補が打診された。

 お相手は時の大公ヴィットリオ・エマヌエーレ3世の長男ウンベルト、つまり史実第4代イタリア国王ウンベルト2世。

 オストマルクと並び不俱戴天の仇の筈のロマーニャから来たこの打診にヴェネチア政府は大混乱、なぜこんな大物が候補に挙がるんだ!ってなったんだが実は当時ロマーニャではヴェネチアとの統一運動が盛んだったらしい。

 というのもロマーニャは史実と違い経済的にはヴェネチアに劣り、工業力や軍事力でも下という状況でヴェネチアとの統一がロマーニャの統一という大義のもと叫ばれた。

 

 で、この問題について世論も政府も紛糾。

 この問題が出た1925年当時貴族院議員で財務大臣だった儂が内閣内で最も公家に近くロマーニャに精通していたためロマーニャ当局と交渉することになった。

 お相手は時のロマーニャ首相ムッソリーニ、ファシストではなかったが国民の人気が高かったため異例の若さで首相に就任していた。

 そこで数週間に渡る長く苦しい交渉の末、ウンベルトと公女の結婚が決定、これを理由にロマーニャとの間でロマーニャ公国連邦が成立した。

 

 ロマーニャ公国連邦は史実イギリス連邦とEUに近い組織で加盟国はロマーニャとヴェネチアの二か国のみだが関税の廃止、移動の自由、社会保障制度の統一、規格の統一、特別経済区の設置、税制の統一などが行われ軍事面ではロマーニャ軍とヴェネチア軍の装備を統一、さらに指揮系統も統合参謀本部を設置している。

 君主に関してはウンベルトと公女の結婚の際に両公国の大公が退位しウンベルトを両国の君主としている。

 ちなみにこの連邦委員会の本部は南部のナポリにあります。

 地方分権を進める必要があったんで南部のナポリになった。別にナポリを楽しみたかったわけじゃねえぞ。儂その決定にかかわってないし。

 

 この連邦は1929年に成立、翌年より各種統一作業が行われ1935年までにほぼ統一した。

 またヴェネチア軍は比較的リベリオン軍に近い装備だったためロマーニャ軍の装備も変更した。

 さらにロマーニャと連邦になったのでロマーニャの植民地のリビアで共同の石油公社が石油を掘ってリビアを金の生る木にした。お陰で我が軍は油を湯水のように使えるのだが。

 

 さてその4年後また戦争が始まったわけだが我が国は他国と違い早いうちの戦争の封じ込めを主張、我が軍の先鋭を送ろうとした。

 ヴェネチア・ロマーニャ両軍は当時ヨーロッパトップクラスの強さを誇ると目されていた。

 戦車の主力が史実T34モドキ、戦闘機が39年でMC202モドキ、銃がM1カービンモドキが主力でウィッチ部隊は厳しい訓練を終えた精鋭でカールスラント軍にすら勝てる程の能力があった。

 その上対ネウロイ戦では世界最高最強の魔導徹甲弾を大量配備していた。

 なので我々がいけば即戦争は終わるはずだった。だがオストマルクとカールスラントとガリアがバカだった。

 まずオストマルクが我が軍の領内通過を拒否した。元々仲が非常に悪く凡そ2年に3回は軍事衝突寸前のことを繰り返していたような関係だったせいで拒否された。

 次にカールスラント、元々ヴェネチア公国とは仲が良かったがロマーニャとは南チロルを巡り何度も外交問題、特に20年代初めには南チロルで紛争起こしている仲だったので連合組んで送ろうとしたもんだから通過はおろか領内に入る事すら拒否した。

 そしてガリア、ロマーニャがサヴォイアとニッツァを揉めてたのがまだ続いてた。ヴェネチア軍だけの通過は許されたけどロマーニャ軍がダメだった。

 なんでネウロイが両国を道路にして我が国とヘルウェティアに近づくまで特に何もできなかった。

 

 その頃儂はロマーニャ公国連邦委員会委員長に就任、44年までの5年間委員長を務めた後今度はヴェネチア公国首相に就任、ガリアが解放された際ネウロイと交流できたとか言う眉唾物な情報を元にネウロイと接触を図るとか言う小学生が考えたとしか思えない作戦を潰したりしてます。

 今年で65だがせっかく先人から受け継いだ国だ、孫のフランカの孫の代まで受け継いでいかなきゃいかんからなぁ…

 

 ん?フランカとの関係?ああ儂の孫だよ。

 儂の3女がロマーニャの船乗りと恋に落ちて結婚してルッキーニ姓になった。

 貴賤結婚でクルーガー伯爵家の相続権を失ったけど儂は気にしてない。

 よくフランカ連れて遊びに来てるし本当可愛い孫だよ。孫バカ?孫が可愛いんだから仕方がない。

 でも最近はウィッチになって軍に入ってるせいで全然遊びに来ない。

 いくら首相でも寂しい…フランカ…早く帰ってきて…お小遣いいくらでもあげるし遊んであげるからさ…

 

 ちなみにだが他の娘は長女がロマーニャのヴィスコンティ家に、次女がカールスラントの貴族家に嫁いでる。

 あと長男はカールスラントのヴァイセンフェルト家から嫁を貰って次男も嫁を貰ってる。

 もう全員自立してそれぞれ家庭を持ってるよ。長男は海軍軍人やってるし次男は航空技術者になって新型航空機開発に携わってる。

 

 

 

 

「まあこれで安泰だろ。」

 

「首相!大変です!アドリア海沿岸ダルマチアに新しいネウロイの巣が!」

 

 へ?一難去ってまた一難かよ…

 まあダルマチアは危険地帯として強制避難区域だしあの辺りのヴェネチア軍は常にネウロイの攻撃に備えてたからすぐにダルマチアに封じ込めるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(設定)

名前:リーチオ・クルーガー伯爵

生年月日:1880年8月2日

肩書:ヴェネチア公国首相

 ヴェネチア公国の名門貴族家クルーガー伯爵家の当主。オストマルク系ヴェネチア人

 公家の外戚として政治に対して非常に強い影響力を持つ。

 名目上はヴェネチア公領極東アジアの副王でもある。

 彼の三女の娘がフランチェスカ・ルッキーニ。

 名前のモデルはロッジP2(冷戦期にイタリアで暗躍した反共系秘密結社)の代表リーチオ・ジェッリから。

 誕生日は1980年にネオファシズム団体武装革命中核が起こしたボローニャ駅爆弾テロ事件から。




(今回の独自設定・原作改変)
・ルッキーニのお爺ちゃん、超大物政治家
・ヴェネチア公国
・ロマーニャ公国連合
・ロンバルト=ヴェネト王国
・1848年革命
・クルーガー伯爵家
・ラニエーリ・タズブルゴ
・コンゴ
・アクムス王国
・リビア
・未回収のロマーニャ
・オストマルク共和国
・ダルマチア
・フィウメ
・ヴェネチア・ジュリア
・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世
・ウンベルト2世
・サルデーニャ王国
・ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!
・ヴェネチア軍つおい
・ルッキーニ、地味にいろんな貴族と繋がりがある。知らないけど
・バカジジイ
・トラヤヌス作戦は潰された。
・ただし2期の巣はダルマチアに発生。
・ロマーニャの経済力は下
・リビア
・南チロル
・皇位継承問題
・クリストフ・フォン・ヘッセン
・ケント公ジョージ




架空戦記脳爆発とはいえ地中海地域最強国家が一つ生まれてしまった。
というか真面目に統一してないってことはあのイタリアが生んだバグガリバルディを追い返したほど強い軍隊があるはずなんだよなぁ…
工業力もポー平原の半分を得ているから相当なはず。

活動報告でアンケートぽいものやってます。
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