意気込んで疑似熱帯林に突入するもエテコーンとダチョラの影も形も拝めない。銀河連邦所属という立場、xの蔓延る極めて危険な状況からレディーが不安げな子供への説得を、その未来を予想し、憂う母親に恐れ多くも託さんとしたところだった。
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″Emergency in sector 3″
視界一杯の深緑が赤い光に染め上がる。思考と予想の埒外にあったけたたましい音が心臓を跳ねる。今までは平穏だったと錯覚させる音。耳を塞いでも腹の底まで届く、不安を否応なく煽り立ててくる大音。そして部屋中の赤く変色、点滅する灯り。何かまずいことが現在進行形で起こっている。そのまずいことを把握していない現状こそまずいのではないだろうか。そこに思考が行き着くと正常な判断力を蝕み忘却させていくような焦りがじわじわと生まれてくる。
「・・・何が起こっている」
''Emergency in sector 3″
セクター3にて緊急事態。其処まではわかる。しかしその緊急事態の詳細は?募る焦りから目をそらし、サイレンに負けじと親子に声を張り上げた。
「私達の置かれる現状は不明ながら危急そのものだ。生きたいなら付いてきてくれ」
Sa-xの能力に全幅の信頼を置いていない私は彼女にも命令を下した。
「ビームからプラズマ機能を切るんだ。敵を凍らせる事のみに注力し、彼等が姿を現さない内は壁の向こうにビームをばら蒔け。撃ち漏らしは私が対処する。サムス、先程の如く君が先頭になって先ずはナビゲーションルームへ急ぐぞ」
他人に指示するのはむず痒い。それが自身の似姿ともなると調子が狂いそうになる。
私は緩んだ意識を締め直すと砲を構えて三人の後に続いた。
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親子にとっては決して足を止めることは許されない、死に物狂いの行軍だったことだろう。途中まで息子の手を引いて走っていた女性はハイヒールを走りざまに脱ぎ捨て、彼を背負って走り出した。
激しい移動に相応してぶれる、サムスの狙い。xを撃つ行為に躊躇う暇すら無かった彼女の脳内は隙間もない程に焦燥感がぎちぎちと詰まり、二人の命が双肩にかかっている責任感がそんな彼女をパニックに陥る一歩手前に押し留めていた。
忙しない思考に振り回され、狙いの右往左往する、新兵さながらの砲撃から逃れた擬態生物達をレディーが狂いなく仕留めていく。
さして最寄のナビゲーションルームから遠く離れていない為、間も無くして目的地に着いた。ハッチが締め切ると、普段より頼りない足取りのサムスをレディーが追い越し、直ぐ様小型スクリーン兼キーボードの所へ移動し、ナビゲーションルームからシップに乗船するCPUへと回線を繋いだ。瞬時に彼女の目前にある巨大スクリーンに光が満ちると、逸るかのような口調のcpuが現れた。彼はラボ内の構造を簡略化した絵図をスクリーン上に示しつつ、命令への理解を促進しようとしていた。
『やられた。レディー、サムス、我々は嵌められたのだ。救護の為と一時レベル2のセキリュティハッチを解除した所、セクター3「PYR」へxが大量に侵入した。彼等はそのセクターにあるメインボイラーの過熱を防ぐための冷却装置の機能をハッキングによって停止させ、室温を急上昇させつつある。
このままではステーション全体に影響が及び、大爆発を起こしかねない。
このステーションは惑星一つを消し去るほどの自爆装置が搭載されている。
このままでは約6分が限界だろう。とにかくセクター3へ向かーえ。そして、ボイラー室の隣にある「制御システム室」へ向かい、冷却装置の機能回復に全力をつくせ。
君達はこの知能ある者による故意のアクシデントを止める必要がある。しかし…』
何故ラボ施設に惑星一つを消し飛ばす、過剰火力の自爆装置があるのか、疑問は取り敢えず傍に置いとき、伝達される内容を頭に叩き込む事のみに集中していたレディーは気付く。この任務を第三者から見て、より完遂する確率が高いと思われるのは私ではない、と。
そこで言葉を切り、一拍置いたCPUは此処からが肝要であるとレディーとサムスに伝えるため、音量を上げて指令伝達を再開した。
『しかし、先程も述べたようにセクター3では室温が上昇を続け、更には超高温帯が同セクターにはある。レディーのスーツは未だそういった環境下に対する耐性が備わっていない。つまり、この任務はサムス、君に課される』
『理解できたかね?』
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後6分で、妨害のあるだろう、巨大な施設の一角を成す、複雑に入り組んだセクター3を横断し、出来るかもわからぬハッキング行為を止めるというミッション。
無理だ、私には、出来ない。不可能だ。
そう返答したかったが、ここにいる皆が私の返答を静かに待っている。錯覚かもしれない。俯く私に皆が視線を浴びせ、早くしろ、何をしているんだ、と心中罵倒しているように思えた。
はい。顔を上げて、誰かと視線を交え、そう答えるだけのことがこれだけ恐いなんて知らなかった。
何秒たった?十秒?二十秒?最初から返事をしていれば一秒も浪費していなかった筈だ。
こんな下らない事を考えている場合じゃない。分かっている。分かっているのに 言葉が、喉元から、出て来ない。
無理だ。私には無理だって早く周りに気付いて欲しい。
「私が行こう」
私の声に顔を上げた。けれど、これは、私が発した声じゃない。
『・・・極めて高い率で君は焼死する』
「何れこのままでは皆死ぬ。なら行くべき者が行き、残るべき者が残る。それが道理だ」
『・・・愚かな考えだ』
「・・・!。それを証明するのは
耳を傾けていると、ふと理解した。この人は死ぬ気なんだ。
''5 minutes to main-boiler explosion''
「そんな事より一秒も惜しい。そして、『今の』彼女と私、どちらが作戦遂行の率が高いか、分かるだろう?」
『・・・許可しよう、行け』
行かせるな。行かせてはいけない。
ハッチの方へ走り去ろうとするレディーの腕を掴む。振り向いた彼女と目線を合わせる。すぼんでいた声を弱気を振り払うように張り上げ、確りと彼女に告げた。
「・・・落ち着きました。大丈夫です。いけます」
彼女の目が私のそれを捉えた。一拍を置いて了解の意と共に踵を返す彼女の傍から、私は駆け出した。
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''4 minutes to main-boiler explosion''
其々の実験棟に移動するための昇降機に続く、光で編まれたもう一つの昇降機。酷く焦れったい速度で降りていく足元のソレをミサイルで照準する。
後の事を考えても今どうにかしなければ皆死ぬ。
一瞬の迷いの後に足元の光をミサイルで爆砕すると、続く第三セクターのそれも吹き飛ばして私は降りて行く。
ナビゲーションルーム、リカバリールーム兼記録室。連なる三部屋を駆け抜けると、十分な距離に点火したブースターの後押しを受け、スーツの出せるトップスピードへあっと言う間に到達する。
私には複雑なルートを瞬時に記憶も、構築もできない。極端に解釈すると、その道程はコの字型に描ける。縦一本の長い昇降路へ行き着くまでがややこしい道程になっている。だから、このスーツの質量と硬さを信じ、施設内の壁へ突進した。一つ壊すと迷いは晴れた。リミッターを外し、勢いを落とさず、壁の顕れる度に左の肩を突き出して自身と言う砲弾を撃ち出す。
幾度もそれを繰り返すと、やがて床の無い、底も見え無いほどに縦へ長い通路に出る。
''3 minutes to main-boiler explosion''
溶岩の様な色合いの壁に向かい、中空で仰向けになると、背部から全出力でバーニアを噴かす。衝撃を和らげ、着陸した壁面蹴り、後は重力に従う。落下の最中に辿っている道程が間違いでないか、不安に駆られ、記憶の中のそれと目の前のそれを照合する。二度、三度とその行為を繰り返すとセクター3、その最下層の施設へ続くハッチとフロアが闇からその顔を覗かせた。フロアを浸食する様に、新しいマグマが冷えたその上を流れているのが伺える。
着地すると、目前の、ハッチの面した壁からゆっくりと溶岩がしみだしている。明らかな
ハッチを抜けると溶岩に照らし出され、紅く吹く火混じりの熱風と発燃しては跡形もなく燃え尽きる
(ボイラー室・・・)
''2 minutes to main-boiler explosion''
僅かな安堵も束の間。ボイラーに大規模な雨漏りのごとく落ちてくる溶岩。想像を絶する室温により熱せられた飴細工の様に溶け落ちていく金属製の梯子、足場板、手摺。耐熱性が高いのだろう、機械を保護する外装は未だ無事に見えるものの、爆弾が作動するよりも早くここが炸裂しても何ら不思議でないように思われた。超高の室温にボイラーが歪み始めているのか、大気の激しい熱運動に光が歪曲しているのか、正直な所判別し難い。
頭上の足場の行き着く先のハッチ。恐らくその先がシステム制御コンソールの鎮座する場所。一足で足場に飛び乗り、ハッチを潜る。モニターがビルの窓の如く並ぶ室内の奥、唯一の操作卓を弄くる白衣の男がいた。彼の顔のつくりに、思わず下ろしかけていたアームキャノンを構え直す。
「何をしているのですか、ミスター」
「・・・おや、遅い到着だね」
''1 minute to main-boiler explosion''
徐に此方に向き直り、彼は私に面食らっていると納得した様子を見せた。
「
時間がない。言葉の意味を考える事もせず、一歩前に出て此方の意に従わせる為にアームキャノンを突き付け直した。
「今すぐその破壊工作を止めてください。ミスター!」
「それは出来ない相談だ。後は一度スクリーンをタップすれば私の目的は完遂されるのだし」
「撃ちますよ」
「撃てないのに?」
心臓が鷲掴みにされる感覚。見透かした一言は私を酷く動揺させた。自身でもうっすらとしか自覚して無かったものを私ではない誰かにつまびらか
どうしたら良いのだろう。相手を命令に従わせる方法が思い付かない。考えに没頭しようとすると、残り時間が気になって集中は散り散りになって消えていく。熱の籠っていく頭に思考は千々に乱れていく。しっちゃかめっちゃかになった
「・・・私を
彼のぱっちりとした目が僅かに、更に見開かれた、気がした。柔和な微笑みを浮かべた彼は酷薄なことを口にする。
''30 seconds to main-boiler explosion''
「・・・害虫も殺せない君の優しさはその実甘さだ」
「甘さ・・・?」
「違うかい?このまま待ち惚けてごらんよ。君の我儘が君を待つ皆を殺すぞ」
微笑みながら彼は私に告げたのだ。|救えぬ命を摘み取らねば、救える命をもお前「が」殺すのだ《一人を殺さねば四人を殺すのだ》、と。
納得してしまう。彼の命を奪う必要性に。
''20 seconds to destruction''
「さぁ、もう猶予はないよ」
「・・・」
嫌悪感が沸き上がってくる。今までは
狙いは既にぴったりとついている。後は引き金を引くだけ。
だから、
「撃て・・・」
彼がここに来て初めて眉間に皺を寄せて怒りの気炎を吐いた。彼は無手で私には武器と装甲があるにも関わらず、バツの悪くなる、思わず萎縮してしまう怒りの発露。
それでも私は
「・・・」
Ten. Nine. Eight. Seven. Six.
「撃てッ!! 」
彼を撃ってはならない。無意識に体を押さえ付けていた錠と鎖がはっきりと認識される。 壊してはならない。その先へ行ってはならない。
それを振りほどくように、誤魔化すように絶叫を上げた。縫い付けられる様に止まっていた、脳内のトリガーにかけられた人指し指。彼が素早くスクリーンをタップしようと腕を伸ばした時、反射的に私はそれを引いた、引いてしまった。
その感触は余りにも酷く、酷く軽かった。
引き伸ばされた一瞬の光景。青色巨星の放つような光が彼の体に着弾し、弾けた。
どうしてそんな表情をするのだろう。
時の流れが元に戻ると同時に、奪われていた心を引き戻す。急いでコンソールの前に立ち、スクリーン上の文字列を見た。
『