これが最終話です。
悪い目覚めじゃなかった。
ただ、軽い倦怠感と……これは、疲労なんだろうな。
昨日、決勝戦が終わったあと、リカバリーガールに唇を強制的に奪われました。
この世界では、この幻夢空の人生としては……ハジメテだったのに。
まあ、大学の新歓コンパで酔っ払った先輩に、無理やり初めてを奪われるよりはましだろう。
なんせ、今回の相手は女性だ。
しかも、時間さえ巻き戻せば、目も覚めるような美人なんだ……だったよね?
うん、ポジティブに行こうぜ。
起き上がり、身体の感覚を確かめるように軽く動かす。
疲れてる。
疲れてるのになあ。
誰かと戦いたい。
そんな気持ちがある。
ヒーローの卵が、まず戦うことを考えてどうする、と苦笑したくなった。
少し早いが、走りにいこうか。
ゆっくりと、身体を起こす。
心臓が目を覚ます。
血が全身を巡りだす。
自然と笑みが溢れる。
ペースを上げた。
ああ、成長した自分がわかる。
心の向くまま、知らない道をゆく。
帰り道?
気にするな、今日は休日さ。
1時間ほど走って、目に付いた公園へ。
調子に乗りすぎた。
まあ、帰りのことは軽く体操しながら考えよう。
視線を感じる。
それも複数の視線。
自然に、背筋が伸びる。
ただのヒーローの卵でしかない私だけれど、世間一般の『雄英生』の認知度は高い。
ましてや昨日は、体育祭のテレビ放映があった。
一時的なものだろうけど、今の私は、顔が割れている。
この道をいくならば、いつも見られる覚悟が必要だ。
見るものを勇気づける背中を。
見るものに笑顔を与える微笑みを。
今の私は虚像でしかない。
少しずつ。
一歩ずつ。
前へと進んでいこう。
私は公園を後にした。
ある程度の方角だけを定めて、走り出す。
目覚めた時に感じていた倦怠感も、今はもうない。
少し遅くなった朝食をとり、自分の部屋のベッドに寝転んだ。
朝食のカロリーが、熱を全身へと運んでいる気がする。
神経が高ぶっているのか。
目をつぶる。
決勝の事を考える。
炎上の『炎』の個性は厄介だった。
炎は、攻撃であり防御だ。
相手の行動を制限できるのはやはり大きい。
『炎上の猛攻撃が続く! おいおい、炎上は、ブレーキが壊れてんじゃねえのか!?』
『短期決戦狙いか、あるいは……』
おい、言われてるぞ。
飛ばしすぎじゃないのか?
「あの監物とガチでやりあえるヤツと、正面切って戦えるかよ!」
ああ、うん。
ものすごく納得した。
ちなみにその彼女にね。
『私に勝ったからには圧倒して瞬殺してこい』と脅されてるんだけど?
「よし!限界まで粘ってやるぜ!そして監物にボコられろ!」
決勝まで来て、何を弱気な……。
「半分は本音だ。でも幻夢、お前って中長距離の攻撃手段がないよな?今の俺の戦法に、何か、問題でも、あるのか?」
右へ。
左へ。
私はステージの上を走り回される。
まったくもって正論だった。
ああ、これは。
絶対に気絶はしないな、私。
骨折した左腕が、ものすごく響く。
動きも少し鈍い。
体重移動や切り返しの際に、わずかなタイムラグが生じる。
このまま逃げ回って、炎上の息が上がったところで接近戦か?
ははは。
そんな格好悪いことはできないな。
決勝のために万全の状態で臨むことも。
勝利のために持久戦を選択することも。
選べないんだ。
この試合において、私は個性を使うことができない。
個性使用時のデメリット。
過剰使用によるデメリット。
この二つは、似ているようで違う。
個性を使ってない時も、『私の思考や行動は縛られる』ってことは、それはもう、『私』じゃない何かじゃないか。
そこで悩めば、以前と同じだ。
プルスウルトラ。
一歩ずつだ。
一歩ずつしか進めない。
ヒーローは、格好いい存在だ。
だから私は、ヒーローの卵として、戦う。
格好よくしか行動できないんじゃなく。
格好よく行動しなきゃダメなんだ。
みんなが見ている。
ヒーローに憧れる子供たちが見ている。
ヒーローを信じる人達が見ている。
誰かに認められない存在は、ヒーローじゃない。
個性の力ではなく。
自分の意志で自分を。
変えられるんじゃなく。
変わるんだ。
これは、そのための。
私の。
宣言だ!
『どうした幻夢! 足を止めて……おいおい正気か!? 真っ向勝負かよ! 熱い男の選択だ!!』
『著しく合理性に欠ける選択だな……』
いつのまにか、眠っていたらしい。
もう、夕方か。
昼飯を食べそこねたな。
携帯が鳴る。
予感があった。
『……よお、幻夢』
やあ、久しぶり。
『悪かったな……なかなか連絡を返せなくて』
……いや。
状況は、薄々想像できるつもりだ。
『はは……まあ、キツかったわ』
そう言って、彼が笑った。
彼の出身は、随分な田舎らしい。
雄英のヒーロー科に合格したからと。
雄英に入学するからと。
村人が総出で見送ってくれるような。
そんな場所らしい。
だからこそ。
自信も、プライドも、関係なく。
故郷で、顔を上げることさえできなかったと。
彼は、小さな声で語った。
校長先生の家庭訪問。
校長先生は、私の事についても話したそうだ。
『……頭の中が、グチャグチャになった。感謝と、怒りと、嫉妬でな』
ああ。
それもわかる。
私のエゴだ。
殴られても文句は言わないさ。
ただし、殴り返しはするけどな。
『じゃあ、殴り返されないように、投げ落とすか』
やめてくれ、死んでしまう。
笑った。
笑えた。
『そういや、体育祭、見たぜ』
ああ、ありがとう。
『いや、バカだろ、お前。お前は、前線で真っ向勝負するタイプじゃなく、視野を広く、引っ掻き回すタイプじゃねえか。もしくは、仲間のサポートに回る。準決勝の、あのイカレ女はともかく、決勝のあれはないぜ』
いやあ、テンション上がっちゃってな……つい。
『勝ちはしたけど、自分で歩けねえって……ダメだろ』
私もそう思う。
次はもっと格好よく決めるさ。
とりとめのない話が続く。
楽しい。
でも。
私が聞きたいのは。
別の。
一言なんだ。
『……ありがとよ』
……そうか。
『今から、勝手な事を言う』
なんだ。
『お前は、止まるんじゃねえぞ』
全身の。
力が抜けるような気がした。
『歩き続けてくれ、前に向かって』
やめてくれ。
私は。
お前の。
ヒーローのそんな言葉を聞きたかったんじゃなくて……。
『俺は、そのあとを追う』
ッ!!
『さすがに、雄英に入りなおす気はしねえ。でもまあ、お前の言うとおり、雄英だけが、ヒーローになる道でもねえよな。雄英で、お前が歩き続けている。俺は、別の場所で、その背中を追うからよ』
頷くしかできなかった。
電話なのに。
見えるはずがないのに。
口を開けば。
泣き出してしまいそうで。
届いたんだよな。
私の言葉は。
私の手は。
彼が語る言葉を、私は涙を流しながらただ聞いていた。
『馬鹿だったけど、格好良かったぜ、幻夢』
その言葉を残して。
彼との通話は終わった。
ああ、随分と長く話していたのか。
外はもう暗い。
夕食の……
携帯が、鳴った。
『いつまで話してるのよ。まったく、男同士の長電話なんて笑い話にもならないわ』
あ、え?
なんで?
『ずっと続く通話中にピンと来て、あいつにもかけたら……やっぱり通話中じゃない。そりゃわかるわよ』
あ、ああ……なるほど。
『覚悟しなさい。あいつの倍は話すから』
私、夕食がまだなんだが。
そんな軽口が出るくらい、彼女の口調は明るかった。
『終わってからにして。私、家族以外の誰かと話すの、本当に久しぶりなんだから……止まらないわ』
……うん、彼女もまた、キツイ日々を送っていたようだ。
彼女の話題は多岐にわたった。
彼女が話し、私が聞く。
相づちマシーンの完成だ。
気が付くと、同じ話が始まったりする。
でも、同じ返事をすると怒るんだ。
お腹、空いたなあ。
『そういえば幻夢。あの決勝、なんで個性を使わなかったの?』
使えなかったんだよ。
『ああ、そういうこと……使えたら、もっと楽に勝てたでしょうに』
そうかもな。
言えないなあ。
あそこで『個性』を使うのは格好悪いだなんて。
お祭りだから許される選択だとしても。
でも、嘘を言ってるわけじゃない。
使えなかったんだ。
『……ねえ』
どうかした?
『昨日の体育祭のアレ……あれは全部、あいつと私に向けたメッセージだったと思っていいの?』
うん……そうだ。
最初に思ったのはその通りだよ。
でも、ほかのみんなにも。
そして、自分自身に対して……。
まあ、言いたいことを言っただけだった気もする。
『……ヒーローは特別な存在ではないと私は考える。大きさの違いはあっても、みんなの心の中にヒーローの卵が眠ってる。私も、貴女も、心の中から取り出したばかりの、ヒーローの卵なんだ』
ちょっ!
やめて。
私の心が死んじゃうから。
私の抗議も何のその。
どこかからうように、彼女が続ける。
『失敗しても当然だ。迷ってもおかしくない。しゃがみこむことだってあるさ。でも、そこで起き上がらないと、ダメなんだ。歩き出さないと、死んでしまうんだ!』
いやほんと。
やめてください。
『……ヒーローの卵が、死にかけてたわ』
ぽつりと。
彼女がそうつぶやいた。
……間に合ったかな?
『ええ、ギリギリね、たぶん』
そうか、ありがとう。
『ええ、こちらこそ。ありがとう……
え?
『なんでもないっ……って、そうよ!あの応援合戦はなんなの!?私はもっと美人のはずよ!!』
怒るとこ、そこなの!?
よくわからないが、彼女にさんざん怒られた。
『それで、あいつはどうするって?』
雄英に入りなおす気はないって。
よその学校のヒーロー科を受験するって言ってたなあ。
『そう……幻夢を先輩と呼ぶか、呼ばないか、悩ましいわね』
学校でヒーロー科の先輩とは、まだ会ったことがないな。
あんまり関係ないんじゃないかな。
『ふうん……
ん?
『ただの独り言……まあ、鈍った身体を鍛え直して……どこを受けるかはともかく、ヒーロー科を受験することだけは確かね』
そうか。
うん、良かった。
良かった。
本当に……。
『ちょっと、泣いてるの?』
うん。
『……否定してよ』
ああ。
『……心配させて、ごめんね』
いいんだ。
君がまた、歩き出せたなら……それだけで。
ありがとう。
本当にありがとう。
また私を救ってくれて……ありがとう。
起立。
礼。
着席。
「……」
相澤先生はしばらく私の顔を見つめ、言った。
「何か、いいことでもあったのか?」
ええ、ありました。
私は、ふたりの名を挙げ、語った。
ふたりがまた、ヒーローを目指して歩き出すことを。
別に、相澤先生に対する意趣返しとかそんなんじゃない。
この報告を聞いて、顔や言葉には出さなくとも、先生は喜んでくれるはずだと私は思ってる。
「……そうか」
少しだけ視線を背け、相澤先生はただそう答えてくれた。
ほかのクラスメイトのことを忘れたわけじゃない。
ほかのクラスメイトはどうだっていいって思ってるわけじゃない。
ただ。
0じゃなかったことが嬉しい。
0と1は、数字の上ではたった1の違いでしかない。
でも、0と違って1には、希望がある、未来がある。
あのふたりが、ヒーローを目指して、誰も救わないなんてことがあるはずがない。
私は、そう思ってる。
私の言葉が、行動が、あのふたりを救ったなら。
あのふたりが、この先多くの誰かを救うなら。
それは、どれだけの未来を救うだろう。
0じゃなかった。
ただ、それだけで。
私は、これからも前に向かって歩き続けられる。
この、ヒーローの卵としての道を、歩いていける。
「なあ、幻夢」
はい。
「お前のいう『前』が、お前の歩く方向が、認められなくなったときは、退学処分にする。それは変わらない」
とりあえず、見込みはある、と?
「……今のところはな」
高評価だ。
「ただ……今のお前は、どこか危うい何かを感じる」
危うい……ですか?
「誰かの為に、平気で自分の命を投げ出すような……うまく言えんが、以前の方が安定していた感じがする」
私には、よくわかりません。
そう答えるしかない。
この人は、よく見ている。
「まあいい。1年A組の最後の1人……担任として、処分させてくれるなよ?」
はい!
雄英高校、1年A組。
通称、ぼっち組。
ヒーローの卵が、今日も歩き続けている……。
そういえば相澤先生。
「なんだ?」
2年に進級したら、クラス替えというか、編成があるんですよね?
いや、先生。
なに、窓の外に視線を向けてるんですか?
「……ヒーロー科は2年になると」
いやだから、この教室に生徒は私しかいないんですから、私を見て話してくださいって。
「研修や校外実習が増えるわけだが……」
質問に答えてくださいってば。
「結論から言うと、その、なんだ……ない」
……さ、3年になれば。
「ない。1年からずっとそのまま」
「まあ、その、なんだ……2年や3年は、学校生活がほとんどないから。そんな事を考えるのは非合理的だね、うん」
そっか。
続いちゃうのか。
どこまでも続いちゃうのか。
このぼっち組。
あれ?
昨日あれだけ泣いたのに。
また泣きたくなってきたぞ。
ああ、忘れてた。
私には、あの日友情が芽生えた木偶人形くんがいたじゃないか。
彼とともに学ぼう。
「うん、ちょっと落ち着こうか、幻夢」
どうやら私のぼっち学級は、卒業するか、退学になるまで続くようである。
ご愛読、ありがとうございました。
高任斎先生の次回作にご期待下さい。(笑)
全10話構成もそうですが、コンセプトは記憶に残る10週打ち切りもの。
みなさんの記憶に残る作品になったなら、幸いなのですが。
8~10話の流れで、ある種の『懐かしさ』を感じながら書いてました。
全1巻の単行本のための書き下ろしエピソードを書かなきゃ。(笑)
短めのおまけを、1時間後にもう1話追加で。