ヒーローの卵として。   作:高任斎

10 / 12
本日1話目。
これが最終話です。


10:ヒーローになるとき。

 悪い目覚めじゃなかった。

 ただ、軽い倦怠感と……これは、疲労なんだろうな。

 

 昨日、決勝戦が終わったあと、リカバリーガールに唇を強制的に奪われました。

 

 この世界では、この幻夢空の人生としては……ハジメテだったのに。

 まあ、大学の新歓コンパで酔っ払った先輩に、無理やり初めてを奪われるよりはましだろう。

 なんせ、今回の相手は女性だ。

 しかも、時間さえ巻き戻せば、目も覚めるような美人なんだ……だったよね?

 

 うん、ポジティブに行こうぜ。

 

 起き上がり、身体の感覚を確かめるように軽く動かす。

 疲れてる。

 疲れてるのになあ。

 誰かと戦いたい。

 そんな気持ちがある。

 

 ヒーローの卵が、まず戦うことを考えてどうする、と苦笑したくなった。

 

 少し早いが、走りにいこうか。

 

 ゆっくりと、身体を起こす。

 心臓が目を覚ます。

 血が全身を巡りだす。

 自然と笑みが溢れる。

 ペースを上げた。

 

 ああ、成長した自分がわかる。

 心の向くまま、知らない道をゆく。

 帰り道?

 気にするな、今日は休日さ。

 

 1時間ほど走って、目に付いた公園へ。

 調子に乗りすぎた。

 まあ、帰りのことは軽く体操しながら考えよう。

 

 

 視線を感じる。

 それも複数の視線。

 自然に、背筋が伸びる。

 

 ただのヒーローの卵でしかない私だけれど、世間一般の『雄英生』の認知度は高い。

 ましてや昨日は、体育祭のテレビ放映があった。

 一時的なものだろうけど、今の私は、顔が割れている。

 

 この道をいくならば、いつも見られる覚悟が必要だ。

 見るものを勇気づける背中を。

 見るものに笑顔を与える微笑みを。

 今の私は虚像でしかない。

 

 少しずつ。

 一歩ずつ。

 前へと進んでいこう。

 

 私は公園を後にした。

 ある程度の方角だけを定めて、走り出す。

 目覚めた時に感じていた倦怠感も、今はもうない。

 

 

 

 

 少し遅くなった朝食をとり、自分の部屋のベッドに寝転んだ。

 

 朝食のカロリーが、熱を全身へと運んでいる気がする。

 神経が高ぶっているのか。

 

 目をつぶる。

 

 決勝の事を考える。

 

 炎上の『炎』の個性は厄介だった。

 

 炎は、攻撃であり防御だ。

 相手の行動を制限できるのはやはり大きい。

 

 

 

 

 

 

 

『炎上の猛攻撃が続く! おいおい、炎上は、ブレーキが壊れてんじゃねえのか!?』

 

『短期決戦狙いか、あるいは……』

 

 

 

 おい、言われてるぞ。

 飛ばしすぎじゃないのか?

 

「あの監物とガチでやりあえるヤツと、正面切って戦えるかよ!」

 

 ああ、うん。

 ものすごく納得した。

 

 ちなみにその彼女にね。

『私に勝ったからには圧倒して瞬殺してこい』と脅されてるんだけど?

 

「よし!限界まで粘ってやるぜ!そして監物にボコられろ!」

 

 決勝まで来て、何を弱気な……。

 

「半分は本音だ。でも幻夢、お前って中長距離の攻撃手段がないよな?今の俺の戦法に、何か、問題でも、あるのか?」

 

 右へ。

 左へ。

 私はステージの上を走り回される。

 

 まったくもって正論だった。

 

 ああ、これは。

 絶対に気絶はしないな、私。

 

 骨折した左腕が、ものすごく響く。

 動きも少し鈍い。

 体重移動や切り返しの際に、わずかなタイムラグが生じる。

 

 このまま逃げ回って、炎上の息が上がったところで接近戦か?

 ははは。

 そんな格好悪いことはできないな。

 

 決勝のために万全の状態で臨むことも。

 勝利のために持久戦を選択することも。

 選べないんだ。

 

 この試合において、私は個性を使うことができない。

 

 個性使用時のデメリット。

 過剰使用によるデメリット。

 

 この二つは、似ているようで違う。

 

 個性を使ってない時も、『私の思考や行動は縛られる』ってことは、それはもう、『私』じゃない何かじゃないか。

 

 そこで悩めば、以前と同じだ。

 

 プルスウルトラ。

 

 一歩ずつだ。

 一歩ずつしか進めない。

 

 ヒーローは、格好いい存在だ。

 だから私は、ヒーローの卵として、戦う。

 

 格好よくしか行動できないんじゃなく。

 格好よく行動しなきゃダメなんだ。

 

 みんなが見ている。

 ヒーローに憧れる子供たちが見ている。

 ヒーローを信じる人達が見ている。

 

 誰かに認められない存在は、ヒーローじゃない。

 

 個性の力ではなく。

 自分の意志で自分を。

 変えられるんじゃなく。

 変わるんだ。

 

 これは、そのための。

 

 私の。

 

 宣言だ!

 

 

 

 

『どうした幻夢! 足を止めて……おいおい正気か!? 真っ向勝負かよ! 熱い男の選択だ!!』

 

『著しく合理性に欠ける選択だな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつのまにか、眠っていたらしい。

 

 もう、夕方か。

 昼飯を食べそこねたな。

 

 

 

 

 携帯が鳴る。

 

 予感があった。

 

 

 

 

 

 

『……よお、幻夢』

 

 やあ、久しぶり。

 

『悪かったな……なかなか連絡を返せなくて』

 

 ……いや。

 状況は、薄々想像できるつもりだ。

 

『はは……まあ、キツかったわ』

 

 そう言って、彼が笑った。

 

 彼の出身は、随分な田舎らしい。

 雄英のヒーロー科に合格したからと。

 雄英に入学するからと。

 村人が総出で見送ってくれるような。

 そんな場所らしい。

 

 だからこそ。

 自信も、プライドも、関係なく。

 故郷で、顔を上げることさえできなかったと。

 

 彼は、小さな声で語った。

 

 

 

 校長先生の家庭訪問。

 校長先生は、私の事についても話したそうだ。

 

『……頭の中が、グチャグチャになった。感謝と、怒りと、嫉妬でな』

 

 ああ。

 それもわかる。

 私のエゴだ。

 殴られても文句は言わないさ。

 ただし、殴り返しはするけどな。

 

『じゃあ、殴り返されないように、投げ落とすか』

 

 やめてくれ、死んでしまう。

 

 笑った。

 笑えた。

 

『そういや、体育祭、見たぜ』

 

 ああ、ありがとう。

 

『いや、バカだろ、お前。お前は、前線で真っ向勝負するタイプじゃなく、視野を広く、引っ掻き回すタイプじゃねえか。もしくは、仲間のサポートに回る。準決勝の、あのイカレ女はともかく、決勝のあれはないぜ』

 

 いやあ、テンション上がっちゃってな……つい。

 

『勝ちはしたけど、自分で歩けねえって……ダメだろ』

 

 私もそう思う。

 次はもっと格好よく決めるさ。

 

 とりとめのない話が続く。

 楽しい。

 でも。

 私が聞きたいのは。

 別の。

 一言なんだ。

 

 

 

『……ありがとよ』

 

 ……そうか。

 

『今から、勝手な事を言う』

 

 なんだ。

 

『お前は、止まるんじゃねえぞ』

 

 全身の。

 力が抜けるような気がした。

 

『歩き続けてくれ、前に向かって』

 

 やめてくれ。

 私は。

 お前の。

 ヒーローのそんな言葉を聞きたかったんじゃなくて……。

 

『俺は、そのあとを追う』

 

 ッ!!

 

『さすがに、雄英に入りなおす気はしねえ。でもまあ、お前の言うとおり、雄英だけが、ヒーローになる道でもねえよな。雄英で、お前が歩き続けている。俺は、別の場所で、その背中を追うからよ』

 

 頷くしかできなかった。

 電話なのに。

 見えるはずがないのに。

 口を開けば。

 泣き出してしまいそうで。

 

 届いたんだよな。

 私の言葉は。

 私の手は。

 

 彼が語る言葉を、私は涙を流しながらただ聞いていた。

 

 

『馬鹿だったけど、格好良かったぜ、幻夢』

 

 

 その言葉を残して。

 彼との通話は終わった。

 

 

 

 ああ、随分と長く話していたのか。

 外はもう暗い。

 夕食の……

 

 

 

 携帯が、鳴った。

 

 

『いつまで話してるのよ。まったく、男同士の長電話なんて笑い話にもならないわ』

 

 あ、え?

 なんで?

 

『ずっと続く通話中にピンと来て、あいつにもかけたら……やっぱり通話中じゃない。そりゃわかるわよ』

 

 あ、ああ……なるほど。

 

『覚悟しなさい。あいつの倍は話すから』

 

 私、夕食がまだなんだが。

 

 そんな軽口が出るくらい、彼女の口調は明るかった。

 

『終わってからにして。私、家族以外の誰かと話すの、本当に久しぶりなんだから……止まらないわ』

 

 ……うん、彼女もまた、キツイ日々を送っていたようだ。

 

 彼女の話題は多岐にわたった。

 

 彼女が話し、私が聞く。

 相づちマシーンの完成だ。

 

 気が付くと、同じ話が始まったりする。

 でも、同じ返事をすると怒るんだ。

 

 お腹、空いたなあ。

 

『そういえば幻夢。あの決勝、なんで個性を使わなかったの?』

 

 使えなかったんだよ。

 

『ああ、そういうこと……使えたら、もっと楽に勝てたでしょうに』

 

 そうかもな。

 

 言えないなあ。

 あそこで『個性』を使うのは格好悪いだなんて。

 お祭りだから許される選択だとしても。

 でも、嘘を言ってるわけじゃない。

 

 使えなかったんだ。

 

『……ねえ』

 

 どうかした?

 

『昨日の体育祭のアレ……あれは全部、あいつと私に向けたメッセージだったと思っていいの?』

 

 うん……そうだ。

 最初に思ったのはその通りだよ。

 でも、ほかのみんなにも。

 そして、自分自身に対して……。

 

 まあ、言いたいことを言っただけだった気もする。

 

『……ヒーローは特別な存在ではないと私は考える。大きさの違いはあっても、みんなの心の中にヒーローの卵が眠ってる。私も、貴女も、心の中から取り出したばかりの、ヒーローの卵なんだ』

 

 ちょっ!

 やめて。

 私の心が死んじゃうから。

 

 私の抗議も何のその。

 どこかからうように、彼女が続ける。

 

『失敗しても当然だ。迷ってもおかしくない。しゃがみこむことだってあるさ。でも、そこで起き上がらないと、ダメなんだ。歩き出さないと、死んでしまうんだ!』

 

 いやほんと。

 やめてください。

 

『……ヒーローの卵が、死にかけてたわ』

 

 ぽつりと。

 彼女がそうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……間に合ったかな?

 

『ええ、ギリギリね、たぶん』

 

 そうか、ありがとう。

 

『ええ、こちらこそ。ありがとう……(マイヒーロー)

 

 え?

 

『なんでもないっ……って、そうよ!あの応援合戦はなんなの!?私はもっと美人のはずよ!!』

 

 怒るとこ、そこなの!?

 

 よくわからないが、彼女にさんざん怒られた。

 

『それで、あいつはどうするって?』

 

 雄英に入りなおす気はないって。

 よその学校のヒーロー科を受験するって言ってたなあ。

 

『そう……幻夢を先輩と呼ぶか、呼ばないか、悩ましいわね』

 

 学校でヒーロー科の先輩とは、まだ会ったことがないな。

 あんまり関係ないんじゃないかな。

 

『ふうん……(それならあまり意味はないわね)

 

 ん?

 

『ただの独り言……まあ、鈍った身体を鍛え直して……どこを受けるかはともかく、ヒーロー科を受験することだけは確かね』

 

 そうか。

 うん、良かった。

 良かった。

 本当に……。

 

『ちょっと、泣いてるの?』

 

 うん。

 

『……否定してよ』

 

 ああ。

 

『……心配させて、ごめんね』

 

 いいんだ。

 君がまた、歩き出せたなら……それだけで。

 

 ありがとう。

 本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

 また私を救ってくれて……ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起立。

 礼。

 着席。

 

「……」

 

 相澤先生はしばらく私の顔を見つめ、言った。

 

「何か、いいことでもあったのか?」

 

 ええ、ありました。

 

 私は、ふたりの名を挙げ、語った。

 ふたりがまた、ヒーローを目指して歩き出すことを。

 

 別に、相澤先生に対する意趣返しとかそんなんじゃない。

 この報告を聞いて、顔や言葉には出さなくとも、先生は喜んでくれるはずだと私は思ってる。

 

「……そうか」

 

 少しだけ視線を背け、相澤先生はただそう答えてくれた。

 

 

 ほかのクラスメイトのことを忘れたわけじゃない。

 ほかのクラスメイトはどうだっていいって思ってるわけじゃない。

 

 ただ。

 0じゃなかったことが嬉しい。

 0と1は、数字の上ではたった1の違いでしかない。

 でも、0と違って1には、希望がある、未来がある。

 あのふたりが、ヒーローを目指して、誰も救わないなんてことがあるはずがない。

 私は、そう思ってる。

 私の言葉が、行動が、あのふたりを救ったなら。

 あのふたりが、この先多くの誰かを救うなら。

 それは、どれだけの未来を救うだろう。

 

 0じゃなかった。

 ただ、それだけで。

 私は、これからも前に向かって歩き続けられる。

 この、ヒーローの卵としての道を、歩いていける。

 

 

「なあ、幻夢」

 

 はい。

 

「お前のいう『前』が、お前の歩く方向が、認められなくなったときは、退学処分にする。それは変わらない」

 

 とりあえず、見込みはある、と?

 

「……今のところはな」

 

 高評価だ。

 

「ただ……今のお前は、どこか危うい何かを感じる」

 

 危うい……ですか?

 

「誰かの為に、平気で自分の命を投げ出すような……うまく言えんが、以前の方が安定していた感じがする」

 

 私には、よくわかりません。

 

 そう答えるしかない。

 この人は、よく見ている。

 

「まあいい。1年A組の最後の1人……担任として、処分させてくれるなよ?」

 

 はい!

 

 

 

 雄英高校、1年A組。

 通称、ぼっち組。

 

 ヒーローの卵が、今日も歩き続けている……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば相澤先生。

 

「なんだ?」

 

 2年に進級したら、クラス替えというか、編成があるんですよね?

 

 

 

 

 

 

 

 いや、先生。

 なに、窓の外に視線を向けてるんですか?

 

「……ヒーロー科は2年になると」

 

 いやだから、この教室に生徒は私しかいないんですから、私を見て話してくださいって。

 

「研修や校外実習が増えるわけだが……」 

 

 質問に答えてくださいってば。

 

「結論から言うと、その、なんだ……ない」

 

 ……さ、3年になれば。

 

「ない。1年からずっとそのまま」

 

 (マジで?)

 

「まあ、その、なんだ……2年や3年は、学校生活がほとんどないから。そんな事を考えるのは非合理的だね、うん」

 

 そっか。

 続いちゃうのか。

 どこまでも続いちゃうのか。

 このぼっち組。

 

 あれ?

 昨日あれだけ泣いたのに。

 また泣きたくなってきたぞ。

 

 ああ、忘れてた。

 私には、あの日友情が芽生えた木偶人形くんがいたじゃないか。

 彼とともに学ぼう。

 

「うん、ちょっと落ち着こうか、幻夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら私のぼっち学級は、卒業するか、退学になるまで続くようである。

 

 

 

 

 




ご愛読、ありがとうございました。
高任斎先生の次回作にご期待下さい。(笑) 

全10話構成もそうですが、コンセプトは記憶に残る10週打ち切りもの。
みなさんの記憶に残る作品になったなら、幸いなのですが。

8~10話の流れで、ある種の『懐かしさ』を感じながら書いてました。

全1巻の単行本のための書き下ろしエピソードを書かなきゃ。(笑)
短めのおまけを、1時間後にもう1話追加で。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。