教師が教室にやってくる。
教室内を見てびくっとし、挙動不審になる。
ああ、うん、私しかいないからね。
これだ。
これが1年A組、ぼっち組だ。
B組の連中だろうか、移動しながら中を覗き込むのは。
まあ、それはさておき。
授業だ。
本来、1クラス20人の少数精鋭主義のヒーロー科。
それがA組では、家庭教師状態だ。
座学はいい。
座学はまだいい。
というか、むしろ優遇されてるといってもいいだろう。
問題は実技だ。
1人で体育の授業とか、ぞっとするだろ?
でも、そうなる。
グループに分かれて、の一言が言えない。
2人1組で、の言葉が言えない。
私だ、私こそが1年A組だ!
そんな状態。
まあ、相澤先生とのマンツーマンの格闘実技はものすごい密度の高い時間だった。
休憩もなく、ひたすら実践格闘……やっぱ、半端な強さじゃない。
視線誘導。
思わず攻撃をしてしまう隙をさらすタイミング。
ひとつひとつの動作に、意味がある。
同じ動作でも、速度とタイミングが違う。
動きをつかんだと思った瞬間、すべてをひっくり返される。
相手を幻惑して戦う私にとって、とても参考になる。
あるいは、わざとそういう戦い方を見せてくれているのか。
そうしてのめり込みかけると、『ヒーローの仕事は、敵を殺すことじゃなく捕まえることだ』と囁きながら、私を捕縛する。
そうか。
そうだ、捕縛術という考えは今まで持ってなかった。
でも、そういう技術を持ってないわけじゃない。
関節技、組み技、投げ技……戦いに混ぜていく。
戦いの幅を広げると、その分思考に負担が増える。
思考に負担が増えると、酸素消費量がはね上がる。
ああ、スタミナには自信があったはずなのに。
完全に息が上がってしまった私を、わずかに呼吸を乱しただけの相澤先生が見下ろしていた。
ちなみにあの後、校長先生が各家庭を訪問して回ったらしい。
良くも悪くも雄英は有名だ。
特にヒーロー科には全国から生徒が集まってくる。
つまり、寮生活だ。
地元から祝福とともに送り出された子供が、すぐに戻ってくるとか……先日まで中学生だった子供に、耐えられるような仕打ちじゃない。
というか、大人でも泣く。
家庭訪問で何があったのか……それは私にはわからない。
ただ、私の携帯に……あのふたりからの連絡はまだない。
退学にならなかった私から、退学になってしまったあのふたりに何が言えるのか?
そんな風に、多少、気後れする気持ちはある。
それでも、言葉をかけたい。
言葉で足りないなら行動で示したい。
雄英を退学になったからといって、ヒーローへの道が閉ざされたわけじゃない。
そのことを気づかせたい。
行き止まりも、上から見れば抜け道がないこともないと、それを教えたい。
でも何よりも、ヒーローを目指していたであろう、その心をよみがえらせたい。
受験前の、記念受験感覚が嘘のようだが、合格したことで私の意志は強くなった。
仲間の退学処分を受けて、さらに強くなった。
ヒーローを目指す。
いや、ヒーローになる。
手の届く範囲のみんなの笑顔を守る。
今の私の、ヒーローの卵としての手の届く範囲。
あのふたりの存在であり、あの瞬間だけの、クラスメイトのみんなだ。
もし、倒れているのなら、起き上がらせたい。
歩けなくなっているなら、その背中を押してやりたい。
心が折れているのなら、その心に熱を感じさせたい。
勇気とかやる気は、与えられるものじゃなくて、自分の中から湧いてくるものだ。
本当の意味で、私は彼らを助けることができない。
言葉や行動で、彼ら自身が、自分を救うキッカケになるかどうか。
私が考えていたのは、全国放映される体育祭。
勝つことよりも大事なこと。
たき火の熱で旅人が暖をとるように。
暖炉の暖かさに、子供たちが笑みを浮かべるように。
圧倒的な熱量を感じさせる勝ち方というか、戦い方。
暖まってくれ。
自分の中の熱を思い出してくれ。
今はちょっと、心の中のたきぎが湿っているだけだ。
私は、それを願っている。
言うのは簡単だが、やるのは難しい。
だれかの心を動かす困難さは説明するまでもない。
でも、忘れちゃいけない。
私の個性は、『ムービースター』だ。
劇場型の演出に関しては、これ以上はない個性と言ってもいい。
問題は、私に体育祭を勝ち抜ける力があるかどうか。
授業に、日々の鍛錬に、手を抜けるはずもなかった。
今更だけど。
午前中は、いわゆる普通の高校のような教養の授業。
そして午後からは、実習ならぬ、ヒーロー授業とでも言うのか。
ヒーロー科の生徒に求められることは多く、授業は日曜日以外はびっしり詰まってる。
ああ、うん。
成績がいい人間じゃないと、やることが多すぎていろんな意味でついていけなくなるのか。
はは、マンツーマン授業で助かったというべきか。
そしてこれも本当に今更だけど。
「お前、このクラスの委員長な」
……それ、なんか意味あるんですか、相澤先生。
ヒーローコスチュームのお披露目だ。
やはりマントだ。
というか、マント。
私の心の柔らかい部分を、くすぐってくる素敵アイテムだ。
体育祭では使えないよとかいう問題じゃない。
マントを身につけてポーズを取る私を、相澤先生が白い目で見ていた。
いや、いつもどおりの表情か。
うん、被害妄想かもな。
見られたくないものを見られた時って、必要以上にあれこれ考えてしまうよね。
そして、全然気にしてないよアピールの為、あらためてポーズをとったり。
童心に返るとはこのことか。
鏡を用意して、マントがどのように翻るかをチェックする。
足の運び。
腰の回転。
ジャンプと着地。
パンチにキック。
何ですか先生、これはヒーローとして特に重要な項目のはずですが。
マントは格好良いだけじゃなく、相手の視線を遮るという目的に使えます。
自分の膝の向きを隠したいとか、攻撃の出処を隠したいとか、そのためにも、自分の動きでマントがどう動くのかのチェックは、当然必要なことです、何か間違っていますか?
「ああ、うん……ソウダネ」
それに、格好良く決めたつもりが、マントの裾が首に絡んだりしてたら、(社会的に)死にますよ。
あの、相澤先生。
なぜ、遠い目をして窓の外を眺めてるんですか?
救出訓練……は、原作のあのヒーロー……13号じゃないのか。
そりゃあ、教師だからメンバーも変わるか。
「さあ、ひとりぼっちの君のために、相棒を用意したよ」
そう言って教師が取り出したのは、デク人形だった。
いや、原作の主人公じゃない。
文字通り、木偶人形。
趣味や仕事で漫画を描いてる人なら、デッサン人形の等身大と言ったほうがイメージしやすいかな。
「ちょっと人見知りする彼は無口な少年だ……という設定で」
ああ、はい。
木偶人形を相手に、抱えて走ったり、隙間から引きずり出したり、爆風からその身を守ってあげたり、川の中から助け出したり、息をしていない彼に人工呼吸を施したり、肩を組んで、私の個性で作った幻影の夕日を共に眺めたり。
殴り合いはしなかったが、たぶん、友情が芽生え始めたと思う。
なぜか先生が泣いてた。
私の肩に手を置いて、首を振り続ける。
なにか、心の琴線に触れるものでも目撃したのだろうか?
そういえば、食堂でB組の生徒と、普通科の生徒と、それぞれ話をした。
前者は、単純にぼっち組のことが気になったらしいが、後者は受験の時に私に助けられたらしい。
正直に覚えてないと言ったら、笑った。
『ほかにも助けてたから仕方ない』と言ってくれた。
ヒーロー科には合格できなかったけど、別にその道を諦めたわけじゃない……そういった彼の笑顔が眩しかった。
あいつらにも、見て欲しい。
私はそう思う。
私は、そんな日々を過ごしていく。
体育祭までの日々を過ごしていく。
戦略を練っていく。
ゆっくりと、覚悟を決めていく。
そして、体育祭の日がやってきた。