さあ、出陣だ。
引きこもっていたトイレの個室を後にして、私は第一種目の障害物競走のスタート地点へと向かう。
原作通りでよかったというか、基本的にどの学年も、第一競技はこれになってる。
いや、毎年テレビで放映してるし。
ただし、設置される障害が、色々入れ替わったりはする。
上位42名が、通過だったか?
ヒーロー科が2組で40名だから、おそらくはヒーロー科以外の人間も確実に次に進める枠を確保ってことかな?
でも今年は、ヒーロー科の人間が19人少ない。
つまり、確実にヒーロー科以外の生徒が20人ほど第二種目に登場するってことだ。
原作では騎馬戦だったが、去年は棒倒しだった。
ただ、毎年の傾向として、複数人によるグループを作って競技に挑むスタイルなのは変わらない。
そして私は、ぼっち組だ。
くわえて、さっきの『かかってこい宣言』だ。
まともなやり方では、たとえこの第一種目を勝ち抜いたとしても、第二種目でグループが作れなくて詰む。
少なくとも、B組の生徒が私と組んでくれるということは期待できない。
しかも、私は『個性を知ってる知人』がこの学校にいないというハンデがある。
そして、情報収集もままならない。
本来なら、同じクラスの生徒でいろいろと情報をやり取りするんだろうが、それができない。
なので、出場者の情報を収集しながら、勝つ。
体育祭の前から、色々と戦略を練ってはいたけど、当然ここでフリーズした。
頭を抱えて、ゴロゴロとベッドの上で悶えたりもした。
出来る出来ないの問題じゃなく、やるかやらないか、しかない。
やった上でやり遂げる。
こんなもの、作戦でも何でもない。
スタート直後の傾向は理解している。
毎年同じような光景をテレビで見てれば、嫌でも理解できる。
スタートダッシュ組と、後続への妨害組。
そして、障害物というか、敵。
先行勢をつゆ払い役にさせて、悠々と後と追う……作戦が成り立つかどうか。
そのまま逃げ切られる可能性はある。
しかも、前半で仲間候補を確保しつつあとを追う……。
ある種の賭けか。
自惚れではなく、第二種目へと進むのはそれほど難しくないと思ってる。
しかし、私が求めているのはインパクトという熱量だ。
最後方スタートからの、勝利。
もしくはそれに準ずる、インパクトのある戦いぶり。
そっと目を閉じ、その時を待つ。
号砲!
スタートゲートに向かって殺到する生徒たち。
うん、デパートの福袋に殺到する客がこんな感じだったわ。
無駄な体力を使うのはやめて、周囲の人間に気を配る。
転びかけた奴を支え、弾き飛ばされた生徒を受け止める。
さあ、ゆっくりと、行こうか。
『ルールは、コースアウトさえしなきゃ、何をしてもよし!』
『残虐チキンレースの興奮を、各所に設置したカメラロボがお伝えするぜ!』
『さあ、最初に飛び出したのは……』
『……って、なぜお前がここにいるぅ!?選手宣誓で勝利宣言したA組のビッグマウスが最後方グループにいるぞぉ!!』
カメラロボが、私にカメラを向ける。
私はにっこり笑って、言い放った。
ゆっくり走って勝つ。
それが王道さ。
『言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい自信だぁ!!』
と、ここで一旦私から注目が外れる。
動くか。
最後方グループの集団に声をかける。
様子を見ているのではなく、単純に身体能力の問題でここにいると思われる集団。
諸君。
ゴール前の障害に地雷ゾーンがある。
この障害に関しては、毎年のことだから知っている人もいるだろう。
さて、ここで私からの提案だ。
地面に埋まった地雷を察知できる個性を持っている人はいないか?
この私が責任をもって、そこまで送り届けよう。
顔を見合わせる。
そんな中で、ひとりの少女が手を挙げた。
やや小柄な、三つ編み少女。
顔立ちは穏やか、だが、手を挙げるまでの決断が早い。
「わたし、分かります。田舎のお婆ちゃんに、私の姿を見せたいんです、お願いします」
この場で個性を説明せず、簡潔に。
しかも、心情を付け足す。
間違いない、彼女はキレる。
オッケー。
ではお姫様、こちらへ。
「ひゃっ」
抱え上げて、左肩に座らせた。
一言断りを入れてから、左手を回してその身体を支える。
そして私は、ゆっくりと速度を上げた。
もちろん、個性を使っている。
彼女と、自分自身を対象に、個性を使う。
彼女と、自分を騙す。
私は彼女の重さを感じない。
彼女も、それを疑問に感じない。
レベルを上げすぎないように注意だ。
戻れなくなる。
戻らなくなる。
私の個性は……ヤバイ代物だ。
第一関門は例年通り……仮想敵の登場。
これは、先行するヒーロー科の生徒たちが相手をしていく。
その間に差を詰めていくわけだが……。
さて、お姫様。
「あ、
……何そのチート。
「経営科を選んだのは、その……運動能力に全く自信がないんですけど、個性を活かせますから」
なるほど。
私は、幻夢だ。幻夢空。空と書いてかなたと読む。
私の個性は、対象を騙す個性だ。
対象は、人でも機械でも、なんでも騙せる。
騙す個性と、騙されない個性。
いいコンビじゃないか。
私がそう言うと、彼女は、見敵は微笑んだ。
「機械も騙せるということは……『地雷も騙せる』ってことですよね?」
やはり鋭い。
身体能力は劣っていても、頭のキレでお釣りがくる。
ならば。
君が指示を出してくれ。
私はそれに従って動こう。
「え?」
君の個性は、とても有用だ。
次の種目のために、私に指示を出すのに慣れてくれ。
彼女の個性はチートだ。
ある意味、危険を察知できるということだから。
そして恐ろしいことに、私の身体能力を加味した上で、個性を発揮できるようだ。
しかも、自分の個性に絶対の自信を持っている。
個性に自分の全てを委ねる覚悟を持っている。
どこか落とし穴があるんじゃないかと心配になるが、少なくともこの種目において、彼女の個性は輝きを放つだろう。
「右へ、もう少し右。そのまま走り抜けてください」
すまん。
少し寄り道をする。
「え?」
あれは、おそらくサポート科の生徒だろう。
この時期に、いくつもの道具を持ち込めるのは、優秀な証拠。
「幻夢さんのしたいようにしてください……でも、また女性なんですね?」
いや。
あれは、男じゃないかな?
私がそう言うと、彼女は何度も目をこすり始めた。
「ええ?」
……やっぱり男だった。
余計なお世話だったかな?
「いや、助かった。治療してもらえるとしても、怪我をするのは嫌だからね」
そう言って、彼は私の右肩の上で微笑む。
「あ、あの……男性の方、なんですよね?なぜ、スカートを?」
「体操服を着用とは言われたけど、その上に何かを身につけてはいけないとは言われなかったからね」
「いえ、そうではなく……男性なのに、どうしてスカートを?」
「可愛い格好が好きだから!」
いい笑顔で言い切った。
これは、見敵の負けだな。
「あ、はい……ソウデスカ。オニアイデスヨ」
私は幻夢。幻夢空で、彼女は見敵。
私はヒーロー科、見敵は経営科の生徒だ、よろしく頼む。
「ああ、こちらこそ。ボクは、
創成は、腰に届きそうなポニーテールをなびかせて、私の右肩の上で立ち上がる。
スカートも翻る。
うん、個性を使ってて助かった気がする。
絶対、その瞬間に視線を奪われてたと思う。
しかし、スラリと伸びた脚には、産毛すらないように見える。
美人だ。
美人は美人、性別とは関係ない、いいね?
さて、第二関門がすぐそこだ。
また少しペースを上げるとしよう。
第二関門は、湿地帯。
いやでも速度が落ちるから。
ただ、空を飛ぶ個性の持ち主には、有利なステージだろう。
そして、彼女、見敵にもそこそこ有利。
安全で、走りやすいルートを、指示してくれる。
あまり速度を上げると、指示が間に合わなくなるようだが……それを差し引いても速い。
腰まで埋まる落とし穴みたいなモノが、そこらじゅうに設置されているのだ。
足でも取られたら大幅なロスというか、下手をするとそこでリタイアになりかねない。
「……便利な個性だね?」
「泥跳ねみたいな汚れは、女性の敵ですよ?」
何度でも言おう。
なにそのチート。
「あ、同じクラスの子が埋まってる」
彼の手から何かが飛んだ。
そこに落ちた何かがぽんとふくらむ。
浮き輪?
それに掴まって、よじ登っても埋まっていかない?
なんなの、あれ?
「ボクの個性は、身体能力の範囲内なら、正確無比な作業ができることだよ」
ああ、あのコントロールはそういう……。
いや、道具について聞きたかったんだけどね。
もしかすると、私はすごく幸運というか、引きが強いのかもしれない。
『さあ、競争も中盤を過ぎたが、やはり先行するのはヒーロー科の生徒が多いな!!』
『先頭争いも白熱しているが、中団でも熱い戦いが繰り広げられているぜ、もちろん、後方も忘れちゃいけない!!』
『おいおい、A組のビッグマウス君はどこにいった!?って、こんなとこにいた!?しかも、文字通り両手に華状態だ!!』
『もう一度言うぜ!!なぜ、こんなとこにお前がいる!?ワープでもしたのか!!』
『いや、通過地点のタイムを見ると、ほぼ同じペースで走り続けてるな……前のペースが落ちているってことだ』
『なんだそりゃ!?宣言通り、ゆっくり走って勝とうってのか!?』
坂道を走る。
危険も何もないここは、私の領分だ。
いや、彼の領分でもあったか。
私の身体能力と、彼の道具で、滑り落ちていく生徒を尻目に通過していく。
そしてようやく、地雷原だ。
感知式か、それとも加圧式か。
爆発はちゃんと加減してあるって、そういう問題か。
しかし、関係ない。
私には、私たちには彼女がついている。
彼女の指示に従って、無人の荒野を行く。
おっと。
私たちのあとを付いてくるような奴には悪戯だ。
そして彼女も、私の意図に気づいた。
私が個性を用いて地雷の上を通過する。
あとを追う連中が見事爆発する。
うん、近くを通れば反応する感知式のようだ。
そして、地味に彼が道具を使って色々と妨害を働く。
恐ろしい程の正確さで。
「いや、感知式ってことは、遠距離から爆発させるのも可能ってことだよね?」
美人の笑顔はおそろしい。
たぶん、そのひらひらと翻るスカートが、男子生徒を惑わせていると思うぞ。
「だったら、なおさら有効に使わなきゃ、ね」
創成はそうつぶやいて、スカートの裾をつまんでみせた。
何度でも言う。
美人の笑顔は恐ろしい。
うん、私はただ走り抜けるだけでいいような気がしてきた。
トンネルを抜けてスタジアムへと。
さあ、残り30メートルというところか。
ふたりを促して、肩の上に立たせる。
勝者というのは、報道陣へのサービスが義務だからね。
私は大きく両手を広げた。
それを見て、見敵と、創成が、それぞれ肩の上でカメラに向かってアピールする。
ゴール手前のウイニングランとシャレこもう。
ゴール直前のデッドヒートを期待していた観客には申し訳ないが。
ゆっくりと、私たちはゴールラインを通過した。
結果がアナウンスされていく。
1位:創成歩
2位:見敵知子
3位:幻夢空
……あれ?
ここは、3人が同着って流れじゃないの?
『なお、1~3位は、写真判定の結果……』
あ、そこまで厳密に……そういや、この順位で第二種目のポイント決めるんだもんな。
そりゃ、同着とかない。
大丈夫だよな?
マヌケとか思われてないよな?
レディーファーストって言っとけばごまかせるか。
よし、その線で行こう。
胸を張って堂々としてればなんとかなるもんさ。
せっかくだから、少しだけ障害内容を変えてます。