ヒーローの卵として。   作:高任斎

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後半、行間を大きく空ける文章になってます。
携帯画面だと読みづらいかもしれません。


9:最終種目、伸ばした手。

『最終種目もいよいよ大詰めだ! 目を離すんじゃねえぞ! どいつもこいつも、一瞬の油断が命取りになる連中が出揃ったぜ!!』

 

 マントを翻し、ステージへと向かう。

 そういえば、バトルステージが壊れてないな。

 やっぱり、原作世代は強い……というか、ある意味破壊力に特化したキャラがいたせいかもな。

 B組の連中も、まだ使いこなせていない感じを受ける人もいるし、個性もまた鍛えることで強くなるだろうから……悲観するほどじゃない。

 ここは通過点だ。

 

 さて、彼女が来た。

 暴風雨の化身。

 接近戦特化……特化なんだよな?

 

 試合前の握手……は、普通だな。

 さっきのアレは、対戦相手がアレだったから?

 

「さて、幻夢さん」

 

 なんだい、監物さん?

 

「私はあなたの戦い方が嫌いです」

 

 ふむ。

 

「あなたの戦い方は、人を騙し、貶め、あざ笑うものとしか思えません。正義とは、常に正しい行いから実現されるべきです。ヒーローもまたそうあるべきです」

 

 なるほど。

 監物さんはそう思ってるわけだ。

 

「事実であって、真理です。私個人の思いで左右されるものではありません」

 

 ちらりとミッドナイトを見たが、楽しそうに笑ってた。

 時間は気にせずに続けろってことか。

 

 そうか。

 監物さんの意見は聞いた。

 ならば、私の意見も聞いてもらおうか。

 

 まず。

 ヒーローとは格好いいことだ!

 

「……か、格好いい……ですか?」

 

 そう。

 ヒーローとは、誰かを助けられる存在だ。

 ヒーローとは、誰かの笑顔を守る事ができる存在だ。

 ヒーローとは、泣いている誰かを笑顔にできる存在のことだ。

 ヒーローとは、倒れている誰かを立ち上がらせることができる存在だ。

 ヒーローとは、歩き出せない誰かの背中を押してあげることができる存在のことだ。

 

 ああ、ヒーローのことを語りだしたら一晩中でも語れるぞ私は。

 ギュッとまとめようじゃないか。

 

 誰かを助けられる、笑顔を守れる、泣いている誰かを笑顔にできる、倒れた誰かを立ち上がらせる、誰かの背中を押してあげられる……そんな存在が格好よくないはずがないだろう!?

 

 もちろん、独りよがりの格好良さはノーサンキューだ。

 でも、たったひとりでもいい。

 誰かがそれを格好良いと認めてくれるなら、そいつはヒーローだ。

 

 大勢の人に認められなければヒーローじゃないか?

 そんなことはない。

 それが1人だろうが、100万人だろうが、『誰かに認めてもらえる』存在こそがヒーローだ。

 

 犯罪者が、車にひかれかけた子供を助けた瞬間をどう思う?

 過去のことはどうでもいい。

 その瞬間だけは、子供にとってのヒーローさ。

 常に正しい行いから正義がなされる?

 たしかにそれはそうだろう。

 

 だったら!

 

 過去に失敗した存在はヒーローにはなれないのか?

 一度失敗したら絶望か?

 絶望した人間はどうすればいい?

 

 助けよう。

 守ろう。

 笑顔にしてみせよう。

 

 それが、それこそが、ヒーローだ!

 そう思う心がヒーローだ。

 その思いを抱えて行動することがヒーローだ。

 誰だって、ヒーローになれる可能性を秘めている。

 ただ、その可能性の範囲が広いか狭いかなんだ。

 

 ヒーローは特別な存在ではないと私は考える。

 大きさの違いはあっても、みんなの心の中にヒーローの卵が眠ってる。

 私も、貴女も、心の中から取り出したばかりの、ヒーローの卵なんだ。

 

 失敗しても当然だ。

 迷ってもおかしくない。

 しゃがみこむことだってあるさ。

 でも、そこで起き上がらないと、ダメなんだ。

 歩き出さないと、死んでしまうんだ!

 

 ヒーローの卵が!

 死ぬんだよ!

 

 

 

 

 ……すまない、少し熱くなった。

 プルスウルトラは単なる目標じゃないと私は思ってる。

 

 そんな感じかな。

 

 

「……あなたの言葉は、戦い方ほどには、不愉快は覚えませんでした」

 

 そうか、ありがとう。

 

 

 ミッドナイト先生。

 ヨダレ垂らしてないで、試合開始の合図を。

 

「あっ、え……もう終わっちゃうの?すっごい好みの演説だったのに」

 

 まずい。

 私の価値観と、ミッドナイトの価値観は似てるかも知れない。

 

 

「じゃあ、離れて……始め!!」

 

 

 

 いきなりかっ!

 

 飛び込みながらの、叩きつけるような一撃……で、ステージが抉れた。

 抉られた破片が飛び散るのを見ながら、私はどこか夢でも見ているような気分だった。

 

 やだ……この人、攻撃力が『原作の強キャラレベル』ってことじゃない。

 というか、この人の攻撃って既に『命に関わるような』攻撃じゃないの?

 

 私の鼻先を、彼女の攻撃がかすめていくことで目が覚めた……というか、現実逃避は終了した。

 

 威嚇するように大きく広げられた彼女の右手、左手に、分厚く、重量感たっぷりの塊がセットされている。

 ああ、あらためて対峙すると『六法全書で武装したような女』って言葉の意味を噛み締められるよ。

 うん、確かに本っぽい。

 私としては、『聖書で物理攻撃してくる聖職者』って表現も捨てがたいかな。

 

 でも、この肌に感じる圧力が……洒落になってないな。

 

 ただのオカルトと馬鹿にしたもんじゃないんだ。

 自分より速い敵と戦うとしようか。

 敵の速さに注意を向けざるを得ない。

 敵の速さをケアしないと、致命傷を受ける……そんな可能性を潰さないといけない。

 それはすなわち、こちらの能力と精神力を削られることになるんだ。

 

 圧倒的強者の圧力は、弱者との実力差を広げてしまう。

 プレッシャーが、能力を抑圧するんだ。

 

 

 ……仕方ないな。

 彼女は私より強い、そこがスタートラインだ。

 彼女を相手に、全面的に張り合うには、私の実力が足りない。

 何かを捨てよう。

 

 

 ……彼女の、脚による攻撃を切り捨てよう。

 ……彼女の、遠距離攻撃を切り捨てよう。

 ……彼女の、投げ、関節技を切り捨てよう。

 

 本来、そこに対応すべきリソースを、別の部分に割り振る。

 捨てた部分で攻められたら、諦めるしかない。

 私は一撃で沈むだろう。

 戦いにおいて、弱いってことは残酷なことだ。

 それでも、切り捨てて、前を向かなきゃいけない。

 

 

 さて、私の個性を警戒しているのかな?

 随分と慎重じゃないか、監物さんは?

 

 私の安い挑発を、彼女は震えがきそうな微笑みで返してきた。

 手を広げて、一歩ずつ間合いを縮めてくる。

 

 ああ、すごいな、縛は。

 この圧力と、真正面からやりあったのか。

 尊敬するよ。

 ただの変態なんかじゃない。

 すごい変態だ。

 

 彼女が接近戦特化なら、私もまた接近戦主体だ。

 私には、中長距離における、これといった攻撃方法がない。

 だから、こうなる。

 

 間合いに入る。

 彼女の、恐ろしくも美しい連撃が始まった。

 

 右と左が、上、下、横から次々と交互に襲いかかってくる。

 この攻撃をロープでさばいてた縛は、本当にすごいと思う。

 攻撃を受け流したはずなのに、腕の痛みが身体を硬直させる。

 肩で受けると、ピンポン玉のように身体がはじかれる。

 まさに竜巻のような連撃。

 圧倒的な圧力だ。

 

 個性を使わないのかって?

 使えるものなら使いたいね。

 今の私は、全身全霊で、彼女の連撃をさばいてるんだ。

 ほんの少しでもよそにリソースをわけると、その瞬間沈みかねない。

 マントを身につけずに戦う。

 そんな姿を、彼女の圧力に強いられているんだ。

 ああ、でも。

 ジリ貧だな。

 このまま彼女の攻撃が永遠に続くんじゃないかという恐怖で、心が押しつぶされそうだ。

 

 覚悟を決めようか。

 

 

 しっかりした木の枝と思って手をかけたらいきなり折れてしまって転びそうになったことはないか?

 階段がもう一段あると思って、バランスを崩したことはないか。

 

 人間の反応、『思い込みによる力加減』はものすごく優秀なシステムだ。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、腕一本くれてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガードされることによる反発を予想していた彼女は、その予想を裏切る抵抗感のなさに、わずかにバランスを崩した。

 

 痛みが全身を駆け抜ける。

 歯を食いしばり、呪文を唱える。

 プルスウルトラ!

 痛みはここに置いていけ!

 そして、心と体を一歩前に!

 

 わずかに流れた彼女の右手首を無事な右手でつかみ、下方に引き寄せる。

 と同時に、身体ごとジャンプして、右膝で彼女の顎をはね上げた。

 

 腕一本失った私には、ここで決めるしかない!

 

 着地と同時に、彼女の足を払う。

 私の左腕は、痛みだけを送ってくるぽんこつだ。

 彼女の右手首を膝で挟んで背中に押し付け、すぐに左腕を狙う。

 

 おいっ!?

 

 転がった体勢のまま、彼女が、左手をステージに叩きつけた。

 その反動で彼女の身体が跳ね上がると同時に、鈍い音が私の膝から伝わってくる。

 折れるなんて、なまやさしい感じじゃない。

 

 あたりに飛び散るステージの破片を見ながら、私はあらためて彼女の心の強さを尊敬した。

 私は腕一本捨てるまでにあんなに時間かけたのに。

 監物さんは、一瞬で捨てる覚悟を決めた。

 

 

 左腕を垂らした私。

 右腕を垂らした彼女。

 

 彼女が、にいっと笑う。

 

「やれば出来るじゃないですか」

 

 どうしよう。

 褒められてるけど、怖い。

 彼女って強いけどさあ、ヒーローとしてどう活躍するつもりなの?

 そんな疑問も、彼女が叩きつけてくる左腕に消え失せた。

 

 2度ぶつかり、離れた。

 彼女の連撃が消えた。

 片腕ではバランスがとれないのだろう。

 

 試合は一転、私が有利になった。

 

 それでも、彼女の左腕から繰り出される攻撃は脅威だ。

 自ら攻めるのではなく、私の動きに合わせてカウンター気味に放り込んでくる。

 

 甘いと言われたらそれまでだけど。

 私の意識の隙をついて、しかも死角から折れた右腕をハンマーみたいに振り回してきた彼女はどうかしてると思う。

 

 紙一重だったな。

 生存本能みたいなものが、私に個性を使わせていた。

 

 

 私の勝利が、個性に奪われた……そんな気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの場面で人を騙しにかかりますか。これはもう、あなたの性根が腐っているとしか言いようがないですね。聞いていますか、ちゃんと聞きなさい。いいですか、そもそも人を騙すというのは、あなたの言う格好いいことと反する事象ではないかと思うのですが、そのあたりどういう認識を……」

 

 どうしよう。

 もしかして私、彼女に懐かれているんじゃないだろうか。

 だってさ。

 彼女、笑ってるんだ。

 ああ、いや、言葉は正確に使おう。

 たぶん、笑ってるんだよ。

 見てるこっちの背筋が寒くなるような笑顔だけどね。

 

 やったぁ!

 私は、彼女の笑顔を守ったんだね。(錯乱中)

 

 医務室で、右と左は違えど、仲良く腕を折り合った2人。

 ああ、私のは骨折だけど、彼女のは肩の関節がやばい状態。

 

 一家に一人、リカバリーガールってね。

 

 というわけで、監物さん、早く治療を。

 

「馬鹿ですかあなたは。性根が腐ってる上に馬鹿なのですね」

 

 彼女がため息をつきながら、負傷した右腕を撫でる。

 

「怪我というのはありがたいものです。自分に足りなかったもの、自分が犯した失敗を、痛みと不自由をもって心に刻み付けてくれるのですから。ああ、なるほど。あなたは学んでこなかったんですね。怪我が治れば同時にスポーンと忘却の彼方へ。なるほど、あなたが愚かで、性根が腐っている理由がよくわかりました。あなたは学ばなければいけません。いいですか、そもそも……」

 

 いや、それは確かに大事なことかもしれないけど。

 きちんと治療しないと、その、学校の授業に遅れるかもしれないじゃないか。

 

「ちっ」

 

 舌打ち!?

 

「わかりました。愚かで性根の腐ったあなたと違って、私には他人の言葉に耳を傾ける度量があります。体育祭が終わって、休日を過ごし、休み明けの授業を受ける直前に治療を受けることにしましょう。短期間に過ぎますが、それを反省と学習の期間に当てることにします。しかしあなたは違います。あなたには教育と反省と矯正が必要ですが、このあとに決勝を控えています。今すぐ治療を受けて、取るに足らない対戦相手を一蹴しなければなりません。圧勝で瞬殺。それが私に勝った義務と心得なさい」

 

 右腕を撫でながら、監物さんがノーブレスで言い切る。

 あの連撃といい、肺活量とかも多いんだろうか。

 

 いや、でも治療って……『ちゅー』ですよね?

 

「そうじゃよ」

 

 いや、待ってくださいリカバリーガール。

 あなたの崇高な自己犠牲の精神を否定はしませんが、私にもヒーローの卵として……いや、1人の男としての矜持があります。

 治療のために唇を捧げよと、女性の方に要求はできませんよ。

 

「ほう。あなたは、片腕で決勝に臨むと。ああ、愚かで性根が腐ってるだけでなく、傲慢さも加えますか」

 

 監物さん。

 傷ついた右腕を、そんなに撫でるものじゃないよ。

 治療はともかく、悪化させるのはよくない。

 

 それに、この左腕は……私が弱かったから負ってしまった怪我だ。

 監物さんならわかるはずだ。

 私は、あなたより弱い。

 

 いつもいつも、万全の状態で敵と戦えるなんて思う方が間違ってないかな?

 

 これは私のエゴだ。

 そんなつもりはないが、相手を怒らせるかも知れない。

 でもこれはチャンスなんだ。

 ヒーローには勝たなきゃいけない時がある。

 ヒーローには逃げちゃいけない時がある。

 

 ……誰かを守るために、死ななきゃいけない時だってあるだろう。

 

 監物さん。

 私はあなたを尊敬する。

 腕一本捨てる覚悟をするまでにかけた時間の差が、私とあなたの差だ。

 

 プルスウルトラ。

 考えれば考えるほどいい言葉だと思う。

 私は、一歩ずつしか成長できない。

 一足飛びに成長もできないし、与えられた逆境でいきなり壁を破ることもできない。

 

 ああ、プルスウルトラだ。

 私のような、ヒーローの卵のための言葉というのは、考えすぎだろうか。

 私は、『覚悟を決める練習が必要』なんだよ。

 

 リカバリーガール。

 怪我を誤魔化すためだけの手当をお願いしていいですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なあ。

 

 

 馬鹿なことをやってるって思うだろ?

 

 

 

 正直に言う。

 

 

 私のことについて。

 

 

 思い出してくれ。

 私は、記念感覚で、雄英のヒーロー科を受験したような男だよ。

 

 私の個性は、なんだって騙せる。

 世界だって騙せる。

 

 

 

 

 だから当然、私の個性は。

 

 

 

 

 私自身も騙し(変え)ていくんだ。

 

 

 

 

 個性使用時のデメリット。

 私主観の『格好いいこと』しかできなくなる。

 

 

 

 

 体験してみないと、わからないかもしれない。

 

 

 

 

 これは、恐ろしいことなんだ。 

 

 

 

 

 思考と行動が縛られるってことは。

 

 

 

 

 本当に、恐ろしいことなんだ。

 

 

 

 

 そして、過剰使用時のデメリット。

 

 

 

 

 うん、覚悟していたとは言え、今日は個性を使いすぎたからね。

 

 

 

 さっきの私は。

 医務室での私は。

 個性を使っていなかった。

 

 

 

 わかるかな?

 

 

 

 個性を使わない状態でも。

 

 

 

 私の思考と行動が、縛られるんだ。

 

 

 

 そんな私の心と行動は。

 

 

 

 本当に、私のものなんだって、言い切れるかい?

 

 

 

 個性を使用している時の私は。

 

 

 

 デメリットにとらわれている私は。

 

 

 

 本当に、私なんだろうか?

 

 

 

『ムービースター』

 

 

 この名前には。

 私の厨二魂と。

 皮肉がたっぷり詰まってる。

 

 

 ハッピーエンドで終わる映画だけじゃない。

 悲劇や喜劇だって、あるんだ。

 

 

 格好いい行動が。

 私が格好いいと思う行動が。

 

 

 誰かを殺すことだってある。

 

 

 私はそんなことを望んではいなかったのに。

 

 

 自分自身の望むシナリオを書けない。

 

 

 そんな私は、『ムービースター』だ。

 

 

 

 

 

 子供の頃の私は。

 もっと。

 ずっと。

 臆病だった。

 

 この世界に転生してきたこと。

 

 ずっと怖かった。

 ずっと怯えてた。

 

 前世の経験は。

 前世の知識は。

 前世の私は。

 

 この世界じゃ、ほとんど役に立たなかった。

 

 個性に飛びついた私を。

 個性に依存した私を。

 

 笑うかい?

 

 

 

 成長とともに、少し心が安定した。

 心に余裕ができた。

 

 考える余裕が出来た。

 

 疑念と恐怖の始まりだ。

 

 私は本当に私なのか。

 

 今の私は、成長した私の姿なのか。

 

 心の余裕は、瞬く間に磨り減った。

 

 私はますます個性に依存した。

 個性を使っている間は、『楽』だからね。

 

 強くなるための鍛錬は。

 現実逃避に近かった。

 

 成長を続ける身体が、怖い。

 前世で出来なかったことをできる自分が怖い。

 

 個性が私を救う。

 個性が私を縛る。

 思考や行動を、縛っていく。

 

 個性を使えば使うほど。

 私が私でなくなっていく。

 

 弱い自分を覚えているのに。

 同じような思考や、行動ができない。

 感じるんじゃなく、思い出すことしかできない。

 

 前世の私はもういない。

 子供の頃の私ももういない。

 覚えてはいるんだ。

 でも、私が殺した。

 個性に依存した私が殺した。

 私は、個性に頼ることでたくさんの私を殺してきた。

 

 私が私であるための拠り所が、消えていったんだ。

 

 

 

 私はただ、個性に振り回されているだけの、哀れな存在なんじゃないか。

 

 個性という脚本家が書くシナリオを演じるために、『私』が『ムービースター』として操られているんじゃないかって。

 

 こんな事を考える時点で。

 私はまともな精神状態じゃなかった。

 

 見た目こそたくましく成長したけどね。

 

 

 私の心は、ぼろぼろだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 

 受験の時、格好いいと思ったあのふたりが私を認めてくれたこと。

 それが嬉しかったんだ。

 

 おかしな理屈だと思うかもしれないけど。

 自分でもそれはわかっているんだけど。

 

 あのふたりは、あの時の私にとって、ヒーロー(救い)だったんだ。

 救いって、そういうものだろ?

 他人にとっては無価値な。

 でも、自分にとっては、大切な、もの。

 

 

 相澤先生に対してムキになった理由は、わかるだろ?

 

 

 大事なものなんだ。

 大切なものなんだ。

 私にとっての。

 

 

 立ち上がっていた。

 前を向いていた。

 歩き出していた。

 

 なんでもできると思った。

 なんでもしようと思った。

 

 自分の意思とか、個性とか、どうでもよく思えたんだ。

 

 大切なものを、守るために。

 

 

 

 

 幻滅するかい?

 ちっぽけなヒーローの卵だって。

 

 

 

 

 あの日から、今この時まで。

 私は、歩き続けてきたつもりだ。

 変わり続けてきたつもりだ。

 

 それが、『個性』の反動なのかどうか。

 

 どうでもいいと、思えたんだ。

 

 

 さっきの監物さんとの試合を経て。

 何かを吹っ切れそうな気がするんだ。

 

 腕一本犠牲にした自分を、怖いとは思わない。

 無茶をしたとは思うけどね。

 

 これも、『個性』の反動なのかどうか。

 どうでもいいんだ。

 キリがないから。

 

 

 自分の中に、拠り所を探すのはやめようと思う。

 

 私の心と身体が信じられなくとも。

 

 私はこの道をいく。

 歩き始めたこの道をゆく。

 

 この手を伸ばした先にある。

 誰かの笑顔。

 誰かの命。

 

 これ以上、確かなものはないだろう?

 

 

 

 

 私の名は。

 

 幻夢(げんむ) (かなた)

 

 これだけでいい。

 

 

 自分を見つめるのではなく。

 世界を見つめていく。

 

 世界に向かって手を伸ばす。

 

 ヒーローの卵として歩いていく道。

 その先にある確かなものを。

 守りに行くんだ。

 

 世界に向かって伸ばした手に。

 確かなものをつかむんだ。

 

 その時初めて。

 

 私は。

 

 私の個性は。

 私をヒーローにするために。

 私に与えられた。

 

 そう思えるようになるだろう。

 

 

 

 

 そんな気が、するんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ。

 

 出番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあお待ちかねだぜ、決勝戦!! 今更選手の紹介は必要か!? たった一人でA組を背負ってここに立つ、幻夢空!! 対するは! B組の仲間を破ってここまで来たぞ、炎上灰!!』

 

 

 

 




次が、最終話。
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