元ロード・エルメロイII世の事件簿「case.砂中の聖なる杯」 作:赤雑魚っ!
*すごくどうでもいいですが私の型月歴にカ二ファンを入れるのを忘れてました。
あれからもう六年になる。一人の少女に出会ったのだ。
風が強くて雲が多い夜だった。赤い装束の夫婦剣の使い手と、青い装束の朱色の槍使いが校庭で闘っていたのだ。
未熟だった俺は彼らを目撃していたことに気づかれ、一度槍使いに殺され、そこに居合わせた遠坂に命を救ってもらった。その時はまだ助けてくれたのは遠坂だとは知らなかったけどな。
朦朧とした状態で冬木にある俺の屋敷に帰ってすぐにまた槍使いは現れた。槍使いからの一方的な攻撃に耐えながら、武器を求めて屋敷にある土蔵に走った。
そこでまた追い詰められ、尻餅をついた俺に朱色の槍が走る。
ふざけるな。助けて貰ったのだ。助けて貰ったからには簡単には死ねない。
生きて義務を果たさなければならないのに、殺されてしまっては果たせなくなる。
こんなところで死んでなるものか。何もできない身体とは裏腹に、心はそんな気持ちで煮えたぎっていたその時だった。
少女は魔法のように現れた。俺に向かっている朱色の刺突を弾き、槍使いを土蔵から追い出しのだ。
強い風が吹く。雲の隙間から月光が差し込み少女を照らした。
片手に不可視の剣に、纏うは蒼銀。綺麗な金髪を靡かせて、宝石のような眼は夜空の月と一緒に俺を見下していた。
“—————問おう。”
その言葉を、その問いを、その声を、そしてその美しさを、今でも覚えている。
“貴方が、私のマスターか”
その出会いは俺の人生の変節点と言える闘いの幕開けだった。
そして今、あの日とは全く違う夜だ。雲一つなく、月もない。代わりに眩い星々が煌めき砂ばかりの不毛の大地に光をもたらしている。
俺の視線の先にいる灰色の少女。彼女に駆け寄っているロード・エルメロイII世の内弟子であることは知っている。フードをいつも被っている姿は印象的だった。話したことはない、いや、
いつも被っていたフードは戦闘の中で脱げたのだろう。顔があらわになっている。その顔を見て思ってしまう。
(ああ、やっぱり君は………)
「早くこの場を離れたほうがいいわ。またいつ襲われるかなんてわかったもんじゃない」
衛宮士郎の後ろから現れた遠坂凛がそう進言した。おそらくあの発光体は彼女の宝石だったのだろう。
自分たちは荷物をまとめ始めた。散らかしていないのですぐに片付く。ラクダとテントは置いていくしかない。
魔物を二体も相手にしていた神父は未だにその死体の前で佇んでいた。
「そこの神父!あんたも早くしろっての!」
凛の怒声に神父は振り向いた。星のせいだろうか?一瞬だけ、その眼は遠くからでも美しいと思える多彩な光を放ったように見えた。
凛は神父の帰還を待たずに出発。彼は後ろから自分たちを追って走っている。
「あ、あの遠坂さん……あちらの方は?」
「あれは見た通り聖堂教会の神父。そこの第八秘蹟会に属する人間よ。所属が違うんだから、あんまり仲良くするのはお勧めしないわ」
秘蹟とは聖堂教会の教義において神から与えられた七つの恵みのことだ。その教義に属さない恵みを『第八秘蹟』と呼ぶ。その名を持つ第八秘蹟会は聖遺物の管理または回収するのが仕事だという。確か師匠が参加した聖杯戦争の監督役も彼らの役目だったはずだ。
(つまり彼の狙いは……)
自分たちと同じく聖杯なのだろう。
歩く自分たちと距離を縮めている神父は癖っ毛の金髪だった。肌が白く、白人だと思われたのだが眼は碧眼やそれに近い色ではなく茶色だった。
見た目は優しそうで、表情は柔らかい。時計塔への所属意識が低いか高いかと言われると微妙な顔しかできない自分はどうにも敵対心を持てなかった。
「はじめまして」
微笑んだ神父が自分に話しかけてきた。自分は会釈する。
「先ほどの闘いぶりは女だてらに見事でした。……おそらく相性が悪かったのでしょう」
穏やかな声だった。聞く人全てを安心させるのではないかと思われるほどに。
「ゆっくり自己紹介…と行きたいところですが、今は早くしたほうがよさそうだ」
神父は前方を指差した。その指が示す先には二台の軽トラックと褐色の男たちがいる。
「衛宮殿!また他所者を拾ってきたのですか、これで二度目だぞ!」
自分や師匠達を見て褐色の肌の眼鏡をかけた男性がまるで野良猫を拾ってきた息子を叱るが如く士郎に怒鳴っている。他の同じ色の肌の二人が、士郎とトリムマウが運んだ襲撃者達を荷台に乗せている。
「我らの集落に金銭的にも食料的にも余裕がないことはあなたは承知している筈だ!」
「ま、街に出て買いに行かなきゃだな…」
「その金は誰が負担すると…」
「まぁまぁサームさん、落ち着いてください」
いつのまにか自分の後ろから神父が二人の元へ歩み寄って仲裁に入る。
「なんの用だアレクセイ?異教の徒が我が集落の問題に口を出すな」
「やれやれ、元は同じ神を信ずる者として仲良くしていきたいのですが……もちろん特別置いていただいている身として極力そちらの事情に関わらぬように気をつけております。
しかしながら一言だけ。客人を受け入れるか否かはあなたが決めることではなく、あなたの兄上であり、集落の長、『ハサン』殿が決めることでは?」
何故だろう?師匠の表情が強張った気がした。
「そのは……そうだが」
「ふははははは!また口上で負けておるな弟よ。お前は感情に流されすぎだ」
アレクセイと言うらしい神父とサームという現地人の間の闇に白い髑髏の面が浮かんだ。微かに覗く肌はサームと同じ色だが、全身がぴったりと肌にフィットした黒装束の男が立っている。
その髑髏の面が現れた瞬間、師匠が今にも声を上げそうな表情をしてたじろいだ。自分と初めて会った時もこんな表情をしていたので、きっとトラウマを刺激されたのだと思う。自分の顔を見た時のように素っ頓狂な声を上げないだけマシだ。
「兄者…また受け入れるのか?」
「攫われそうになっていた我らが同胞を助けた衛宮殿と遠坂殿の客人だ。もてなすとも。…見たところ全員が魔術師か。荷台ですまないが乗りたまえ」
サームは『ハサン』の言うことに従い、大人しく運転席に乗り、集落とやらの仲間達とともに襲撃者を運んで行った。残ったのは他所者の自分たちと『ハサン』のみだ。
「お騒がせして申し訳ない。アレは宗教や金銭が絡むとどうにも口うるさくなってしまうのです」
「いえ、拠点が出来るだけ我々としては僥倖だ。短い間だろうがよろしく頼む」
膝が震えている師匠が言う。
「?顔色がよろしくないようですが…」
「も、問題ない。ちょっとした旅疲れですよ。決して昔あなたのような髑髏の面を被った集団に幾度か背後を取られたなんてことはありませんとも、ええ。……名乗るのが遅くなりましたが、ウェイバー・ベルベットです」
…どうやら背後を取られたらしい。あの様子では殺されかける寸前だったのではないだろうか。
「面白い御仁だ。ではウェイバー殿、そのお連れの方々。荷台にどうぞ」
気丈に振る舞ったつもりだろうが師匠は完全に怯えきってしまっている。それにも関わらず目の前の髑髏仮面に自ら握手を求める。
師匠の膝が笑う。冷や汗が滲み出る。顔から温度がなくなっていく。
「では、我らが集落へご案内しましょう」
師匠と『ハサン』の手が離れ、『ハサン』が運転席へ乗り込んだ。
刹那、師匠が白眼をむいて卒倒した。
11世紀から13世紀にかけて存在していたイスラム教イスマイリ派のニザリ教団は有名だろう。
彼らはアラムート城を本拠に、『山の翁』を最高指揮官と仰いだ。
マルコ・ポーロ曰く、山の翁はアラムートの高い山と山の谷間にかつてないほど美しい花園を作ったという。そこにはあらゆる果実が実っており、小さな清い水の流れ、葡萄酒の流れ、
誰も見たことがないような豪華絢爛な宮殿は金銀で飾られ、壁にはこの世の美しい万物が描かれ、そこに住まう美しい女性はありとあらゆる楽器を奏で、歌い、踊るのだそうだ。
山の翁は宮殿をパラダイスと呼称し、人々に信じ込ませる。彼は預言者がパラダイスに行った者は誰でも多くの美女に取り巻かれ、堪能するまで楽しめると説いたと教えた。
このパラダイスに入ることが許されるのは暗殺者のみ。
山の翁は十二歳から二十歳の屈強な男をそこに連れて行ったそうだ。何日もそこに滞在を許された若者たちは皆そこに住み続けたいと思い込むようになる。こうして山の翁は素朴な山の民から山の翁こそが預言者であると信じ込ませた。
彼が誰かを殺したいときはパラダイスにいる若者を使う。彼らは山の翁に忠実だからだ。暗殺を終えるとまた若者はパラダイスを楽しめる。当然、彼らは死に帰らぬ者も多かった。
暗殺者を派遣するときには必ず山の翁の家来が若者を尾行し、その者がどれほどの勇者かを報告させた。
こうして山の翁は多くの高位の人間を殺し、多くの王族貴族を脅かして服従させ、貢物を取り上げたという。
パラダイスに行くためには薬を飲む。その薬を飲み、寝て起きるといつのまにかパラダイスいるらしい。
この手の話はマルコ・ポーロ以外の人間も残していて、おそらくその薬こそがハシーシュ。麻薬の一つで一説ではアサシンの語源とも呼ばれている。
「……教団の開祖であるハサン・サッバーハはたいそうな勉強家でもあったらしい。幼い頃から学問を志し、唯一神、預言者、イマーム、楽園と地獄の実在を確信、信仰するようになった。
前述のような逸話の中にはイスラムの信徒でありながら魔術を勉強していたと言われていることもある。一般的側面から見た史実や逸話と魔術的側面から見たそれらでは得られる情報も変わってくるからその可能性もなきにしもあらずだろう。………すでに滅びた存在だと思っていたが、まさか続いているとはな」
荷台にて目覚めた師匠に『ハサンとは何か』と尋ねてみると、虚ろな目で一人ぶつぶつと話し続けてしまった。とても眠そうな声で、聞き取るのがやっとなので内容の半分も頭に入っていない。
「古き名を継承することが時に意味を持つということもある。名前そのものに信仰や神秘、象徴性が宿るならば続ける…価値も、ある、だろうが………」
ぱたりと師匠の体が倒れた。寝息を立ててすやすや眠っている。今度は溜まった疲労によって糸が切れたかのように気絶したのだろう。
ちょうど自分の膝の上に師匠の頭が来た。荷台の上で正座して、手櫛で申し訳ないが乱れた髪をすく。明日の朝にはちゃんとした櫛で整えてあげよう。
「イッヒヒヒヒヒ!唇奪うなら今がはぎゃあああああああああああ!!」
人前で恐ろしいことを言おうとしたアッドが入っている檻を右手で振り回した。どうせ隠し通せる存在でもないので、初対面の三人にもバラしてある。これでお仕置きがしやすいというものだ。もっとも時計塔にいた頃、最終的にエルメロイ教室に来ていた凛はアッドを知っていたが。
「こういう如何にも教師ってヤツは嫌よねぇ。聞いてもないことをベラベラ喋るし」
倒れた師匠見て凛が言う。しかしこれこそ師匠らしさと言えばそうであり、元気がなかったここ数日見られなかったものだ。正直言って自分は安心している。
「方向性のない魔力に名前を与えて魔術に使う、そういう意味ではハサンの名前は継承されてはないでしょうね。見た限りではありますが、何か秘奥を隠しているようには見えませんし」
アレクセイが言う。だいぶ前になるが、師匠から同じようなことを聞いた気がする。あの時は確か天使という名前を曖昧な魔力に与え、魔術にするという内容だった。
「あんたの場合は毛嫌いされているから秘奥なんてあったところで見ることなんてないでしょう」
「遠坂さんの言う通り。返す言葉もありませんね。置いていただけているのは貴方方のおかげですよ」
凛とアレクセイの様子から察するに、彼らは自分たちよりもかなり早い段階で現地入りしているようだった。襲撃者や魔物の件と言い、事態は予想よりも混沌としているようなので彼らからの情報が欲しいところだ。
そんなことを考えていると、自分の服をちょこちょことライネスが引っ張ってくる。
「先ほどから気になっているんだが、黙り込んでいる衛宮士郎が君をチラチラと見ているんだ」
なにやら隠し事を話すのかと思われたが、そんなことはなかった。普通に周囲にダダ漏れする大きさの声でライネスが言う。
「気をつけたほうがいいぞ。時計塔での彼の噂は酷いものでな、そこの遠坂凛やエーデルフェルトの次期当主だけに飽き足らず数多の女性を誑かしていたらしい」
「はぁ!?何よそれ!?」
凛が叫ぶ。士郎が「落ち着いてくれ遠坂、誤解だ!」などと彼女をなだめているが、まるで浮気した夫の言い訳にしか聞こえないのが不思議だ。
「ほう、あのエーデルフェルトの嬢ちゃんを口説き落とすとはやるなあの兄ちゃん」
今度はフリューガーだ。そのフリューガーにライネスが、
「やはりモテる男は羨望の的か?」
「あーいや、アレと同じ人生を歩むのは占い師としての本能がちょっと………」
フリューガーが士郎を神妙な顔で凝視する。知り合って以来初めて彼の真面目な顔を見た気がする。
「ありゃー今生きてるのが不思議なくらいだぞ。おそらく十七歳かそこらの時に一瞬のミスが死に直結、または精神的にヤバくなるようなシチュエーションが四十回程度……しかもそのほとんどが女が原因で、選ぶ女によってルートが違う。まさしく女難の相だ。これを羨むべきかどうか」
即席にしてはかなり具体的なものだ。というかルートとは一体なんのことなのか教えて欲しい。
「最もやばいことになるルートへ導くのは身近にいた女だな」
「あらあら、藤村先生のことかしら?へぇ、衛宮くんは女教師にも興味があったってわけね」
「ちょっと待てって!藤ねえは本気でアウトオブ眼中だから…」
「歯を食いしばれこの浮気野郎!」
「なんで……さ」
疑わしきは罰せず……そんな理屈は浮気の前には通用しないのだろう。事実かどうかは置いておく。とりあえず士郎は歯を食いしばったのに腹に拳を見舞われ失神した。
気絶した士郎を見ていると、フリューガーの言うこともあながち間違いではないような気がしてきた。現に凛一人にこんな感じだし…。
ライネスはそんな士郎を見てご満悦だ。師匠を弄ぶ時のように口角を上げている。一見蠱惑的に見えて、実は悪戯を考えているなど誰がわかろうか?
「オモチャも増えたし今日はもう寝よう」
「オモチャって……あの、遠坂さん、ここから目的地まではどれくらいなんですか?」
これは私の物だと言わんばかりに士郎の頭を膝に乗せている凛に訊ねてみる。気絶させたのはあなたですよ?
「夜明け頃だと思う。寝れるなら寝たほうがいいわよ。詳しい話は後日にしましょう」
「…わかりました」
その言葉を機に皆が寝入り始めた。
自分はなかなか寝付けず、周囲の景色を眺めているが変わり映えがない砂の海が続いている。
(…何もない)
故郷にいた頃は考えもしなかった。こんな砂だらけの場所に来ることも、師匠やライネスとの出会いも、時計塔に行くことすらもだ。
ふと目を落とすと寝ている師匠の顔がある。その眉間に浅く刻まれたシワを優しく伸ばすが消えてくれない。歳を取るとはこう言うことなのだろう。
すでに自分も十八歳を過ぎていて、つまりは成人しているのだが、なかなかどうして自分の道というものが見えてこない。このまま師匠の元にずっといられるのだろうか?ずっとこのままでもいいのだろうか?
ずっと
……だったら考えるだけ無駄なのだろう。
「おやすみなさい、師匠」
何も考えないように、灰色の自分は目を閉じた。
翌日の朝、日が昇ったあたりで目を覚ました。
砂ばかりだった景色が岩と砂に変わっていて、集落とやらにはもうすぐ着くのだろう。
自分は師匠を起こして、バッグにしまってあった櫛で師匠の髪をすく。所々で砂が混ざっていて、いつものようにスムーズにはいかない。その上師匠が「あと五分」と言うものだから手間がかかる。
「君の場合は尻に敷くより尽くすタイプなんだろうな。甘えてくれる男を探してやろうか?」
「…い、いえ、拙と好んで一緒にいる人なんて」
何故だろうか?ライネスならば遊び気分で変な人を紹介して来そうだ。そして遠巻きから彼女は楽しむのだろう。
そうこうしているうちに車が止まった。そこでみんなが降りる。少し遅れて自分も眠そうな師匠を連れて降りた。
「車を隠して来るので少々お待ちを」
ハサンはそう言いまた運転席に行った。どうでもいいことだが、あの格好で軽トラックは似合わない。
サームたちは自分たちよりも早く到着したのだろう。すでに姿がなかった。もしかしたらハサンが休む自分たちに気を遣って速度を落としていたのかもしれない。師匠から伝え聞いた伝説からはまるで想像できないような紳士だ。もっとも脚色が多く、魔術的側面の事実と史実がどこまで正しいのか分かったものではないのだが。
「まずは朝ご飯からだな……と言っても山道が長いんだけど」
お腹はもういいのだろうか?士郎は元気そうだった。
「日差しが強くなる前に着きたいところだな」
師匠……それはとても個人的な意見ではないでしょうか?
「お待たせしました。では早速行きましょう」
気配もなく現れたハサンがそう言い、岩山を歩き出した。
刹那、少しの違和感が体を通り過ぎた気がした。
「結界だな」
ライネスが呟く。焔色の瞳が山を一望していたので誰に向けたものでもないのだろう。
この山に張られている結界はとても自然なものだ。通り過ぎるまではまるで気配を感じなかった。
「人避けと、悪意のあるものが近づけば警報を鳴らす仕組みです。サームから皆様への嫌疑も晴れるでしょう。我々も反省いたしましたので」
「反省?襲撃でも?」
「人攫いでございます。……半年ほど前から頻発しておりまして」
師匠の問いにハサンが答える。そして凛が、
「そこら辺のこと全部この人たちにも教えてあげてもらえる?」
「勿論ですとも。事の発端は五年前に遡ります。我々の集落のごく一般的な夫婦の間に一人の少女が産まれました。
その少女が言語を理解し始めた頃、呪術師によって死病に罹った者がいたのです。その者、我が弟サームが呪術師を殺す際に攻撃を受けたようでして……その呪いは集落にいる呪術使いではどうにもできず、術者を殺しても呪いはサームの魔術回路を犯し
「ミスタ・サームが長であるあなたの親族だからですか?」
「ええ。それに集落において最も教養のある男ですので……子供達に勉学を教え、時に産まれた赤子に名を授ける役目を担っております。私は暗殺一筋でしたのでどうにもアレに頼りきりでしてね。
…我が弟が床に伏した時、私含め集落の皆が神に祈りました。どうか彼をお救いくださいと。そこに件の少女がやって来たのです。名をアラー。サームが名付け親でよく弟に懐いておりました。
…お見舞いに来た彼女とサームが触れ合った瞬間、驚くべきことにたちまち呪術が解けました」
「…なるほど、その少女こそが噂の聖杯」
「その通り。その後は色々と彼女について調べてみました…無論、子供に酷なことを強いるような真似はしておりません。せいぜいが『この水を沸かしてみよ』など、その程度。見事に我らの指示を聞き届けた彼女は過程を省いてそれらを成しました。
……ただ我が集落はあの子の力を使おうとは思わなかった。あなた方魔術師には理解できないでしょうが万能の力に頼るなど、それは堕落であると結論づけた。世の理を捻じ曲げるような願いなど言語道断だ」
「…だが、その聖杯は盗まれたと?」
「はい。半年ほど前に襲撃を受け、混乱に乗じて彼女は連れ去られました。どこから情報が漏れ出たのかは我々もわかりませんでしたが、その少し前に数十名の集落の信者たちがいなくなったことで恐らくは彼らが情報を漏らしたのかと」
つまりは宗派の分裂、と言うことか。
「それ以来、あの得体の知れない魔物が跋扈し、情報が着々と広がりあなた方のような異国の魔術師が砂漠を訪れるようになりました。人攫いもこの時からです」
「あの魔物、減る気配は?」
ハサンはかぶりを振る。
「おそらく敵の魔術師が彼女の万能の力によって作り出したこの世ならざるものかと。砂漠を彷徨った魔術師や一般人が襲われるのは珍しくありません。そして、集落からも人攫いの被害が出た時にちょうど居合わせた衛宮殿たちが彼らを助けてくれまして…」
「旅の途中で俺と遠坂も噂を聞きつけてやって来たんだ。聖杯、それがあるだけで争いは絶えなくなる。……俺はそれを止めたいんだ」
(つまり彼には何も願いがない……?)
ただ止めたいという理由で、アレクセイのように仕事でもないのに来たというのだろうか?衛宮士郎の眼は真っ直ぐだ。到底嘘を言っているようには見えないが…、
(それは、どこか……)
その志が本当ならばとても美しいことだと思う。だが、その行いはどこか歪んでいる気がする。自分本位な人間には理解が及ばないだけかも知れないが。
「あなた達も聖杯に願いがあるならば覚えておきなされ。あれは無垢なる少女の偉業。それに頼ることがどれほど恥知らずな行いであるのかを」
ハサンの言葉にみんなが黙った。ここにいるのは魔術師または魔術使いだ。多分、衛宮士郎以外は彼の価値観をわかっていても理解はしない。ただ穏便に済ませたいから返事をしないのだ。
標高が高くなる。足場はお世辞にも良いと言えない岩肌で、自分の故郷に続く山道とはまるで真逆だった。少しだけ地衣類や蘚苔が見れるので不毛というには抵抗がある。
ハサン以外の者は『強化』を行使していて、ハサンは日々の修行からか強靭な肉体を活かして一般人では土台無理なペースで登るっていると、人の声が聞こえて来た。
「さぁ、着きましたぞ。ここが我らの集落でございます」
そこは本当に自然に合わせて作られた場所だった。いや、そこに集落があることが自然だとでも言うか。
岩を削って作られた穴蔵のような、確かに人工的だけど自然なカタチで作られている。
中に入る。そこはアリの巣を横にしたような構造をしていた。壁にはランプがつけられていて視界もいい。窓こそあるが奥に行くにつれ、風の通りが悪そうなのが難点だろう。
「基本的には標高が低い場所に子供やアサシンでない者達を、標高が高い場所にアサシン達が住まい、代々受け継がれた修行を行なっております。裏手には綺麗な渓流がありますので水浴びなどもできるでしょう」
女の自分やライネス達はどうすれば水浴びなどできるだろうか?せいぜいが顔を洗うことだろう。けど水源は有難い。この山は生態系の境目に位置しているのかもしれない。
「兄者!」
遅れて来た自分たちの元にサームがやってきた。後ろに一人の男がついている。
「遅かったな。昨夜のうちに拷問を終え、情報は引き出した。これで敵の魔術師からアラーを救い出せる!」
涙ぐんで自分たちには目もくれずといった感じだ。名付け親であるサームはアラーという少女には人一倍執着があるのだろう。
なぜ自分たちのいた場所に彼らが現れたのかもこれで納得した。彼らは襲撃者を捕まえて情報を引き出す算段だったのだ。
「落ち着けサーム。まずは我々も休もう。お前も私も不眠不休で闘えるほど強くはない」
「しかし!」
「ハサン様の言う通りだサーム。お前は交代もせずに運転して寝ていないだろう。ハサン様もご客人を乗せていて恐らく寝ていない」
サームの後ろにいた男性が彼を鎮める。皆体格が良く、身長で互角の師匠が小さく見えて仕方がない。
「紹介が遅れました。オルハンとお呼びください」
オルハンはとても落ち着きのある男性で、出会った現地人の中でやっと普通の人に会った気分だ。サームは排他的だし、ハサンはもうハサンだし……。
「じゃあ早く飯にしよう。そしてハサン達は一旦寝てくれ。仕掛けるのはそれからだ」
「私も手伝うわ」
「では私も」
士郎はサームの肩を叩き、凛ならびにアレクセイと何処かへ行ってしまった。厨房でもあるのだろうか?
「ウェイバー殿達も朝餉が出来るまで好きにしていて構いませんが、慣れるまでの間はあまり奥へ行かないほうがいいでしょう。中は入り組んでおりますので。…オルハン、済まないが彼らに部屋を割り振ってくれ」
「承知いたしました。ハサン様はどのように?」
「サームを自室に送り届けたら少し寝る。朝餉は皆より遅れて取ることになるがいいか?」
「では四時間後に起こしに行きます」
「ああ、よろしく頼む」
落ち着いた、と言うよりは取り乱して意気消沈したサームを連れてハサンもその場を去った。
「では行きましょうか」
オルハンの案内により、穴蔵を歩く。なんだか不思議な気分だ。岩の洞窟を進むのは初めてだからだろうか?
「部屋はかなりの空きがございますが、一人部屋にしますか?相部屋にしますか?私としては後者をお勧めしますが…」
「それは何故?」
「暗殺教団は昔に比べれば一枚岩とは言い難いのです。呪術使いも優れた暗殺者も多うございます。証拠も残さず来客を殺害するなど容易いのです」
師匠の問いに丁寧に答えるオルハンだが、内容は物騒だ。
自分はライネスの服をちょこちょこと引っ張り、耳打ちで質問した。
「あの、魔術使いでも魔術師でもなく呪術使いが多いのは一体…?」
「ん?あぁ、中東圏の魔術基盤と協会が相容れないものだからこちらでは呪術が発達…と言うよりは協会側は遅れているのさ。呪術は学問じゃないとさ。ここの山にあった結界からして魔術使いがいないわけじゃないと思うが、それでも敢えて呪術使いを名乗るのは呪術を専攻しているんじゃないのか?もしくは我々に気を使っているのやもしれん」
こう言うところでサラリと回答してくれるライネスを尊敬する。
「では相部屋にしよう。三人はそれでいいか?」
自分たちに師匠が確認を取り、オルハンが「では一番大きな部屋へ行きましょう」と言う。そして師匠は、
「その、一枚岩でないと仰いましたが、半年前に出て行った方々も…」
「ええ、過激派…とでも言いましょうか。いや、決してそう断言できるわけではないのですが、私の知る限りでは先代と当代のハサン様は万物に寛容ではありますが、布教をしないで伝統を漏らさぬようにという方針を取られておりまして、拡大を図ろうとはしないのですよ」
「なるほど、私の口からは言いづらいがあなた方の宗派は衰退しつつあると?」
オルハンは頷いた。
「かく言う私も一歩違えばあちらについて行ったでしょう。それくらいに今は不安定な状態が続いております」
「ハサンの座を継承する人はどのように決めるのですか?やはり先代のハサンが?」
「いいえ。今はハサンの名を冠する血族、その兄弟の一番上のものがその座につくのです。男女は関係ありません」
ならば昔はどうなのだろうか?気になるが、自分たちの部屋についてしまったようだ。
「では、朝餉が出来次第およびいたします」
オルハンはそれだけ言って去って行く。
「ライネス、フリュー…」
師匠の呼びかけ。その先は言わずとも二人は理解したようだ。自分はずっとライネスが重量を軽くする魔術をかけていたカバンから水銀メイドのトリムマウを出して、彼女と一緒に部屋の整理に取り掛かる。結界を張っている師匠達の邪魔にならないように。
やはりオルハンの話は警戒にたるものだった。信頼を得た士郎たちならばいざ知らず、分裂後もこの集落は揺れ動いている。いつハサンに反旗を翻し、自分たちを殺しにくるものがいたとしても不思議ではないのだから。
朝食は美味しかったが多かった。外に出て、列に並んだものたちが士郎から料理を貰うのだが、自分の分が余りに多くて残してしまい、
「君はいっぱい食べると思ったんだけどな……悪い、次からは少なめに分けるよ」
それはどこの誰の情報なのだろう?士郎は笑ってそう言うと残飯を回収した。そんな何気無いやりとりの後は付近を散策するのは憚られ、師匠も部屋に残るように言ってきたのでずっと篭っていた。
ドアはなく、入口がひらけているのがこの部屋の難点だ。どの部屋の作りも同じものでドーム状に近い形をし、壁には廊下と同じくランプがある。
とはいえ娯楽はないが、アッドは言わずもがな、ライネスもフリューガーも喋る方だし、師匠だって話しかければ無駄に長く話してくれるので、暇ではなかった。
そして夕方になった頃だった。オルハンが呼びに来たのだ。
「ハサン様とサームがアラーの救出に向かわれるそうです。皆様の協力を得られればと仰っております」
「わかった。行こう。我々も無関係のままではいられない」
「ありがとうございます」
師匠の返事に丁寧に頭を下げたオルハンに案内され、外に出た。
自分たちは士郎達やハサン達と合流して元来た山道を降りていく。敵の拠点は無理のないペースで今から行けば明け方には着くとのこと。また荷台で寝ることになるが仕方がない。
運転手であるサームとオルハンが交代交代で車を走らせる。向こうについてもすぐに動けるようにこまめに交代していた。
いつのまにか寝入ってしまい、気がつけば明け方だった。荷物は部屋に置いて来たので、師匠の身だしなみを整える道具がなく、師匠のしつこい寝癖と格闘していると目的地に着いてしまった。
「まずは山を登って敵の警備体制を見なければなりません」
着いたのは低い岩山だった。集落がある山の半分もなく下からでも頂上が見ることが出来た。
ハサンの言う通りに自分たちは山を登り始めた。敵があの魔物を創り出したと言うのならば聖杯の力を魔術に利用した魔術師の仕業だろう。ならば少女は魔術工房に閉じ込められている可能性が大きい。すぐに仕掛けて罠が発動してしまえば敵の思う壺だ。
低いとはいえ存外にもすぐ登り終え、見渡しのいい場所から景色を一望すると、それは驚きの光景だった。
まるで山々がその内側と外界を隔てる城壁のように円柱状に聳え立っているのだ。その中心にもまた岩山。ドーム状で、結界が張られた大きな扉があるのでおそらくあれが魔術工房なのだろう。
「うようよいますね」
アレクセイが呟く。彼の言う通り、件の魔物は五体ほどいる。
「ここは私とグレイさんが先行します。皆さんは魔物ではなく人間がいないかを注意してください」
「二人で行くのか?」
「ええ。あの魔物と拮抗できるのは私と彼女しかいませんし」
アレクセイは士郎の言葉に鷹揚に答える。確かに、強力な攻撃手段があるのは自分と彼だけだろう。
「…もしもハサン殿が秘奥を用いて彼らを倒せるならばご協力願いたいのですが」
「ははは、厳しいことを言ってくれる。グレイ殿はそれでよろしいのかな?」
「……拙は、大丈夫です」
「では、参りましょうか」
途端、アレクセイが飛び出した。自分もアッドを
魔物達がこちらに気づいた瞬間には斜面を蹴り、空中を舞っていた。足を使い身体を縦に回転させ、遠心力で一閃。そして着地。脚は止めない。灼熱されれば厄介だ。
一体ずつに負傷を負わせた自分たちは荒れ狂う五体の魔物の中心で躍動する。降りかかる拳が二つ。躱してそのうちの一つを足場に蹴り、鎌で弧を描くと、フードが脱げた頰に鮮血が一滴。直後に魔物の頭が地に落ちた。
(まずは一体…)
大丈夫。ちゃんと応戦できている。砂漠では不意なことで焦ったが、一度相手取った敵だ。
しかし、うまく事が運べるほど敵は弱くはなかった。
『■■■■■■■!!!!!』
自分が一体を殺した瞬間に魔物達が吠えた。ありえない形をした岩山が彼らの声を反響させ耳に刺さる。
そして魔物が怒り、灼熱する。大気の水分が全て蒸発された錯覚を全身で感じる。『強化』を施してなければ唇が裂けていたかもしれない。
「これは…思った以上に厄介ですね」
アレクセイが言う。…確かに厄介だ。
異変は魔物の灼熱だけではなかった。正面にあった工房の扉が勢いよく開いたのだ。
—————そこから出ずるは無数の悪霊だった。
万物を溶かさんと燃え盛り、火炎を撒き散らす灼熱の魔物。
行き場を見失い、身体を求め彷徨い続ける悪霊。
まだ互角に立ち回れると思っていた矢先だったのに、気がつけば魔物の群れから自分たちは抜け出し、壁際に追い込まれていた。
「全く幸先が悪い。グレイさん、魔物の方をどうにかできる手段はありますか?」
こんな状況でも、アレクセイの言葉は穏やかだった。少しだけそれに安心させられる。
「…時間がかかりますが、一つだけ」
「ならばそれに賭けさせて貰っても?」
自分は無言で頷いた。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
金髪の神父はそう言うと、壁際からもう一度駆け出した。灰色の少女は遅れて跳躍する。
刹那、二人がいた場所に魔物の拳が降りかかり地面を溶解する。その様子を一瞥しながら神父は黒鍵を両手に三本構えて、異形の者達の中心で舞う。
「———
それは詠唱。“本来ならば”神父が使わぬモノ。出自が特殊な彼だから使う邪道。
黒鍵に魔力を込める。その刃に付与するのは耐熱性。これで熟達した剣技を持つ彼ならば魔物に黒鍵を当てても数秒の間は溶かされずにすむ。
「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」
剣戟の最中、その言の葉が紡がれる。
「打ち砕かれよ。
敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。
休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」
乱れる炎、悪霊の嵐。その中心で黒衣が翻るたびに、鷹揚な声が反響する。視界の端で灰色の少女もまた何かを口ずさんでいるようだった。
「装うなかれ。
許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を。
休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。
永遠の命は、死の中でこそ与えられる。
許しはここに。受肉した私が誓う」
彼の名はアレクセイ・フランプトン。第八秘蹟会の末席にして、
彼が唱えるは“洗礼詠唱”。それは人々の心を癒す「魂に訴える」奇蹟。
今、最後の言葉をもって、迷える魂は還るべき座に送られる。
「———“
「よろしくお願いします」
神父が駆け出すと少し遅れて少女は跳躍した。
彼女が元いた場所に灼熱の拳が放たれた。少女は岩山の壁を蹴り、大鎌を大きな盾に変形させる。
灼熱の魔物へ盾を持って落下する。頭を打たれ、たじろいだ魔物が少女を見据え、その太い両腕を払い続ける。一撃、二撃、三撃。刹那、四撃を受け止め一拍おいて盾に炎がともる。
「———
炎から放たれる魔力が、魔物の肉体を至近距離から貫いた。これで残るは三体……そして悪霊だ。盾を大鎌に変えて、悪霊達の奔流の中を突き進む。
(怖い…)
少女は霊が怖かった。その身体はあまりにも霊の本質を捉えすぎるから。
悪霊達の奔流が肌を這いずり回り、ありとあらゆる穴から少女に入ろうとしている。
それが不可能だと悟った彼らは少女の肉を喰らわんと牙を向いて襲いかかる。
今でも少女にとって彼らは恐ろしくて忌まわしくて呪わしくておぞましくて穢れていて渇いていて餓えていて鋭くて夥しくて狂おしくて痛々しくて吐き出しそうで叫んでいて葬られていなくて抉れていて惨たらしくて埋葬されるべきで晒されていて苛まれていて滅ぼされるべき存在である。
少女の持つ鎌により、白昼に三日月が描かれた。
悪霊の奔流の一部を切り裂いたそれは、ゴキリ、と音を鳴らす。
ゴキリ、ゴキリ、ゴキリ……
音は続く。
奇怪で奇妙で耳を塞ぎたくなるようそれは悪霊達が
「イッヒヒヒヒヒ!美味い美味いぜぇ!予期せぬご馳走にありつけなたぁ!!!」
——『お前が滅ぼすべきはアレだ。アレだ。アレだ。アレだけだ』
アッドの声よりも少女の鼓膜を打つのは故郷で言われ続けた言葉。
「
その通り。その通りだとも。
そのために彼女は作られた。だから彼女は滅ぼさなければならない。
そのために本来の機能が蘇生する。感情が停止する。
少女の身体が揺らめいた。刹那、三体の魔物へ肉薄していた。
少女が駆動する。
本来の速度を超えて、技量を超えて、魔物達を蹂躙する。圧倒的速度と魔力の前に、灼熱による溶解など意味をなさない。
「
その言葉が唇から漏れ出る。
途端、大気の
否、
『■■■■■■!!!!』
それは雄叫びか、それとも悲鳴か。三体の魔物が叫びが乾いた大気を震わせる。
「
紡がれる言葉がさらに少女の感情を殺していく。
「
完全に心を殺した少女に再度、悪霊達が牙を向く。しかし、
「———“
神父の言葉が悪霊達を霧散させる。
視界が晴れる。
邪魔者は消えた。
目の前の魔物達ですら、少女に恐怖し動けない。
「疑似人格停止。魔力の収集率、規定値を突破。第二段階限定解除を開始」
「聖槍、抜錨———」
「聖槍、抜錨———」
眼下で闘うグレイが唱えた。
「アレが彼女の持つ『宝具』。アッドという魔術礼装の疑似人格はその神秘を保持するための装置なんだ」
元ロード・エルメロイII世が語る。だが、それ以上は無粋だとばかりに口を噤んだ。彼はこう言いたいのだ。『見ればわかる』と。
魔力を喰らい、悪霊を喰らい、本来只人が発せる魔力量を超えているグレイが聖槍の真名を解き放つ。
「
槍が蠕動する。
それに岩山が震撼する。
未だに
膨大な魔力の塊と見紛う輝ける槍。それが振るわれる。
「———
それは叛逆の騎士モードレッドを討ち果たした聖なる槍。
アーサー王が握った最後の武器。
顕現した捻れる光が全てを覆う。
紅蓮の光は魔物を超える灼熱を帯び、魔物を蒸発させた。
まさしく災害。まさしく裁き。まさしく暴威。
目の前に立つものに等しく消滅の二文字を与える絶対の一突き。
光が途絶えた。
魔物とともに工房の結界を蒸発させたグレイは、何事もなかったかのように佇んでいた。その顔はやはり、土蔵で出会った
(ああ、やっぱり君は……)
「彼女こそ、私が参加した第四次聖杯戦争、その時に召喚されたセイバー・
書いてて少し洗礼詠唱の使い方が間違ってないか不安になりました。