元ロード・エルメロイII世の事件簿「case.砂中の聖なる杯」   作:赤雑魚っ!

4 / 11
クリスマスイベントを機にアガルタ以降ストーリーを進めることをせずにログボだけを貰うクソプレーをしていた私が復帰。この頑張りの全ては溜まりに溜まったログボ石でセイレムガチャのロリっ子アビゲイルを引くために他ならない。見事12/20前にセイレムクリア。
その勢いで英霊剣豪も消化してフィニッシュ。ボス戦で武蔵縛りはやめて欲しい。せめて概念礼装つけさせて!
そんなこんなで執筆を再開。何遍か書き直しを重ねて気がついた。


戦闘描写のないストーリーを私が無理に盛り上げようとしても無駄。


というわけで大人しめな展開です。


消失と召喚

 感情が死に絶えた。

 紡がれる言葉は自分のものではなく、この体を操るもう一人の自分のもの。それは故郷がつくりあげた怪物。自分の中に潜む者。

 魔物を殺した後、最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)の光の余韻の中で自分の体は空を仰いだ。具体的に言えば上で自分とアレクセイの闘いを観ていた師匠達の方を見たのだ。

 何故だろう?その視線は、赤銅色の彼に向けられているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斜面から滑り降りてきた師匠達と合流し、魔術工房の扉へ向かう。周囲の円柱の中身をくりぬいたようなおかしな地形といい、このドーム状の岩山で作られた魔術工房といい、こんなことができるのが聖杯なのかと思うとぞっとする話である。

 

(ただこれで……)

 

 師匠とライネスの目的、源流刻印の修復も件の少女を救い出せば可能な気がした。…もしもこれが全てその少女の力によるモノだったらという前提は付き纏うけど。

 最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)に抉られた地面を歩き、扉に到達する。

 

「では、開けましょう」

 

 ハサンがそう言うと、サームとともに大きな扉をゆっくりと開き始めた。

 途端、開かれた扉の隙間から銃口が二つその頭を覗かせ、ハサンとサームに向けられていた。

 

「っ!」

 

 死神の鎌(グリム・リーパー)を出そうと自分が反応する。水銀メイドのトリムマウは自動的に腕の形を変形させて水銀の壁を作ろうとした。

 しかし、次の瞬間に響くはずだった発砲音は鳴らなかった。

 銃口を向けられたハサンとサームが腿の辺りに忍ばせていた黒塗りの短刀を振るったのだ。その黒い二つの筋が赤い軌道を描くときには銃を握った二本の腕が地面に落ちていた。

 二人の男の悲鳴が聞こえるより先に、ハサンとサームが敵の頸部に斬り込みを入れる。この間およそ二秒といったところか。かなりの早業殺人だ。

 これがかつて猛威を振るい、流れる時代の中でひっそりと続いてきた暗殺教団。もしも敵に回ったらと思うと恐ろしくなる。

 

「彼の異形には敵いませぬが、人間相手ならばお任せを」

 

 白い髑髏の面、その奥の顔はきっと無表情なのだとわかるほど冷淡な声が鼓膜を震わせる。

 今度こそ開かれた扉の奥へと進む。そこは外から見た通りのドーム状。柱はなく、壁には色があれば美しいであろう幾何学模様が彫られている。飾り気はないが、建物そのものが美しい。地形こそ不自然であるが、集落と同じでこの建物はとても自然なカタチをしている気がした。

 

「ここは……」

 

 ハサンが呟く。まるで見覚えがあるかのように。

 

「心当たりがおありですか?」

 

「…いいえ、見間違いでしょう」

 

 アレクセイの質問にハサンが返すとその会話はそれっきりだ。

 しばらくの間、美しいドームの中を歩く。少し歩いてすぐに自分は違和感を感じ始めた。それは魔術に精通する者なるば感じざるを得ないモノだと思う。

 

「…あの、師匠。ここって」

 

「あぁ、やっぱり君もそう思うか」

 

 やはり師匠も、そして恐らくライネス、凛、士郎やフリューガー、もしかしたら暗殺教団の三人も感じているかもしれない。

 ここには魔具が一つもないし、この規模でありながら魔力の経路も張り巡らされてなどいない。外部に魔力を漏らさぬ構造はほぼ完璧でありながら大気の魔力は外とほぼ変わらない。

 

「魔物と悪霊を除けば警備が二人…もしや敵からしてみればここは重要なところではないと言うことか?」

 

 天井や壁の揺らぎ続ける蝋燭の火を見ながら、ハサンが言った。自分も彼と同じ意見だ。

 

「その可能性は高いわね。もしかして嘘の情報をつかまされたんじゃない?」

 

「そんな訳がない!ここは彼らにとって最も重要な場所だ!」

 

 凛の発言の後にサームの声が響く。敵の工房の中かもしれない場所だと言うのに……。

 

「そうでなくては……そうでなくては困るのだ!」

 

 鈍くて短い音が鳴る。サームが岩からなる壁を殴ったのだ。

 

「落ち着けって。そうなんでもかっかしていちゃ何も解決しないぞ?」

 

「そうだサーム。冷静で賢明なことがお前の取り柄だろう。御客人の前で無様な姿を晒すな」

 

 そんな彼を士郎とオルハンの両名が宥める。この二人はサーム相手にも意見できて頼もしい。

 

「……すまない。わかっているつもりだ。最近は冷静を保てていない。私はここに来るべきじゃなかったのかもな」

 

「気にしなくてもいいさ。誰かを守りたいって気持ちはよくわかる。大切な人なら尚更だろう。それに今は警備が甘いみたいだしな。……少し時間をくれ」

 

 周囲の気配に敏感なのだろうか?このドームの中に敵が潜んでいないことを士郎は確信しているようだった。そして士郎は近くの壁に触れ、目を瞑る。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 詠唱。士郎は建物の表面を魔力でなぞっているようだった。たっぷり三十秒程度。少し長い沈黙の後に目を開き、建物の端の床を指差す。

 

「…遠坂、あそこら辺の床にガンドを撃ってくれ。分厚い壁を破壊できるくらいのを頼む」

 

「?まぁ、いいけど」

 

 士郎が指で指し示した辺りの床を、今度は凛が指差した。

 その指の先に魔力が凝縮していく。呪文もなしに放たれるそれは魔術刻印に刻まれた魔術の一つなのだろう。

 ガンド。指差した者を病に陥れる軽微な呪い。しかし、その秘奥〈フィンの一撃〉に達した場合は指差した者の心臓を止めて即死させると言われている。凛の放つガンドもそれに達していた。

 黒と赤が混在する魔弾が着弾すると床がたやすく砕かれる。すると空気に流れが生じた。

 

「なるほど。建物に魔力を伝せて、設計を把握したのか」

 

 砕かれた床の下には地下につながるであろう穴があった。流れる空気の行き先はそこの穴の下のようだ。

 

「あぁ、非効率だけどな」

 

「あぁ、確かに非効率だ。この規模の建物を相手にすれば魔力消費が嵩むだろう」

 

 師匠の率直な言葉に士郎は苦笑した。

 師匠と士郎は親しくはないが、なんというかどうにも師匠が彼の何かを評価して特別視しているように思えた。

 

「地下の構造は読み取れたか?」

 

「結構深い場所にこのドームほどじゃないけど少し大きめで、壁が一つもない空間があるのか、それとも異界化させて外部からの干渉を拒んでいるのかのどちらかだ」

 

「いいだろう。行けばわかる」

 

 穴に掛けられた梯子を使い自分を含めた女性陣が男性陣よりも先に降りた。底が見えるまで数分ほどかかるくらいに深く、下に行くほど肌寒さを感じる。

 刹那、自分の体を魔力が掠めた。そこから下に行くにつれてより強い魔力の気配を感じ始める。士郎の言う通り、上のドームと地下では異界化によって隔てられているようだ。その異界を構成する魔力は常に肌を刺すような冷たさを思わせ、それが緊張や焦燥に近い感情が湧き出させる。

 しかし侵入時には拍子抜けするほど何事もなく、地下に足をつけると魔力によって淡い光を放つ石が壁に埋め込まれた回廊が姿を現した。

 

「予想よりも少し魔力が濃いな…いや、あんなバケモノを用意できる敵の工房ならば当たり前か」

 

 異界化の魔力を感じながら、ライネスの焔色の瞳が回廊の奥を見据えている。左右と前方の三叉路になっていて、どの道をまっすぐ行っても壁に突き当たるようだ。

 

「ライネスさん…」

 

「いや、気にすることはない。この程度ならば許容範囲さ。ところで悪霊やその類の者はこの工房にどれほどいそうだ?」

 

「いるにはいるでしょうけど、問題視するほどの数ではないかと」

 

「うんうん。なら安心だ。正直、君が彼らに怯える様はマジ過ぎて愉悦を感じられないからね」

 

「…ありがとうございます?」

 

 …これは心配してくれていると言うことでいいのだろうか?表現が微妙すぎてよくわからず疑問形になってしまった。

 自分とライネスが話しているうちに全員が降り終える。ここからが本番だろう。

 

「トリムと私が先頭を行こう。正面からの銃弾ならば水銀の壁でなんとかなるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lead me(導きたまえ)!」

 

 回廊の十字路。詠唱を響かせたフリューガーが黄道十二宮の記号が刻まれたナイフの一本を空中に放り投げた。

 彼の指が虚空に魔法陣を描くと、壁にある石の淡い光で煌めく刃が宙を舞いながら自然の法則を無視した動きをし始める。…今度は右か。

 

「はっ、敵の魔術師はド素人なのか?結界の一つも張りゃしねぇなんてよ」

 

 ナイフが指し示す方角は聖杯の少女いる座標。決して人の顔を見て女難の相を言い当てるインチキ占いがフリューガーの専門ではないのだ。

 時に飛んでくる弾丸をトリムマウの防御と凛のガンドの繰り返しで圧倒し、時にアレクセイが黒鍵を投擲して悪霊を殺し、時に接近されようものならハサンら三人の暗殺技術で返り討ちで難なく歩を進めている。

 そんな自分たちは、曲がり角につく度にフリューガーの占いにより目的地の方向を確認している。これでナイフが地上を指し示そうものならば損をしたことになるが、今のところそのような事態になっていない。

 

「逆に不気味ですね。順調すぎる」

 

「お堅いこと言ってんじゃねぇよ。これだから神父って人種はよぉ!」

 

「いやはや申し訳ない」

 

 方角を調べ終え、また歩き始める。先頭はライネスとトリムマウ、そしてフリューガーの三人。次いでオルハンとサーム、ハサンとアレクセイ、凛と士郎、自分と師匠という風に並んで歩いている。

 

「趣味の悪い工房よね。壁に練り込まれた呪いが漏れ出て空気が淀んでいるわ」

 

 凛の指先が壁に触れる。その細くて白いしなやかな指に壁から黒い何かが流れ込む。凛が魔力をもって押し返すと呪いは彼女の魔力に圧殺された。

 

「魔力を扱える者が触れる程度なら問題はないでしょうけど、傷口から侵入されると蓄積して体内の魔力を喰べられ増大するでしょうね」

 

「ふむ、我々を負傷させる算段があるということですね。罠でもあるのでしょうか?流石に警備がザルすぎる」

 

 オルハンの一人合点。言っていることは確かだ。

 

「そこの占い師が間違えなければ罠にかかるようなことはないんじゃない?」

 

「おいおい今更疑われちゃ悲しくなるぜ?やっと仕事らしい仕事ができたってのに」

 

「冗談よ。占いに限って言えば知り合いの中であなたほどの人は見たことないもの。あの成金女が雇っただけはあるわ」

 

 最後の一文に殺気が込められていたのは気のせいだろう。……たぶん。

 

「この回廊、少し広過ぎでは?衛宮殿の話では上のドームほどの大きさではないということでしたが、あちらよりも横幅がある気がするのだが」

 

「仰る通りでしょう、ミスタ・ハサン。この異界は内側の空間を引き延ばす仕組みにしてあるようだ」

 

「魔術師が工房の規模を拡大する利点はありますかな、ウェイバー殿?」

 

「そうだな。使う魔術によって様々ですが、今回は予想がつきやすい」

 

「と、言いますと?」

 

「牢屋ですよ」

 

 ぴたりと一同の動きが止まり、視線が師匠に集中した。それが予想外だったのか、師匠は半歩ほど後退った。

 

「な、何を驚くことがある?人攫いが頻発しているのだろう?召喚術や人工生命の創造において贄は珍しい話ではない」

 

「じゃあ何だ?あんたはあの魔物たちの基や代価は人間だって言いたいのか?」

 

「一つの可能性を提示しただけだろう。ミスタ・衛宮、君とて時計塔にいたことがあるのだ。いかに君が魔術師向きではないとは言え、大成を為す魔術師の過半は成果のために倫理を売り渡すことくらいは承知のはずだ。もっとも、好ましいやり方でないのは同意だが」

 

「師匠、捕まっている人がいるなら見て回ったほうが……」

 

「グレイ殿、今はアラー救出を優先なされた方がよろしいかと」

 

 意外にもオルハンが口を挟んで来る。

 

「アラーを使い、彼らを贄に魔物を量産しているならば敵からあの子をいち早く取り戻した方が捕虜の身の安全を確保できるでしょう。まさか無闇に虐殺するような真似はしないでしょうし」

 

「それは、確かにそうですね」

 

 オルハンの言葉を皮切りにまた歩き出した。するとすぐに角に差し当たる。段々警備が薄くなっている気がするが、もしかするともうすでに敵は逃げ出したのだろうか?

 フリューガーの占いを、と思ったのだが今回の角は一方向のみだ。そのまま迷わず曲がると先頭にいた三人の足が止まった。三人の先には通路でなくて部屋があるようだ。

 

「何かあったのか?」

 

 士郎の質問。直後に漂う匂いが嫌なことを連想させた。自分以外の人も同じようで、空気に緊張が走った。

 

(鉄の…匂い)

 

 つまりは血。

 再び先頭の三人が歩き始め、その部屋の全容が明らかになる。まだ乾ききっていない部分と、乾いて黒くなった部分が入り混じる多量の血痕が残されて、部屋の中央には炎、そして炎を中心とする魔法陣。

 

「まともな研究をしていたとは思い難い光景ね」

 

 凛が侮蔑交じりに言った。

 

「ここの調査は、後で…いいだろう。…それよりもこの奥、何かあるぞ」

 

「おっと大丈夫かよ、嬢ちゃん?」

 

 ライネスが立ち眩む。倒れそうになったところをフリューガーに支えてもらい事なきを得た。彼女の言う通り、大きな魔力が壁を突き抜けて魔力の濃度を濃くしているようだ。

 

「ありがとう。問題ないさ、ちょっとした体質的なものだからね」

 

 フリューガーの腕から離れ、気丈に振る舞うが顔に熱を帯び始めたのか、ライネスの顔が赤い。言葉に反してあまりいい兆候ではなさそうだ。

 この奥————部屋の奥にまた通路がある。自分たちは儀式陣を一旦素通りしてその先に進む。そして、また一方向へ曲がる角がある。

 そこを曲がると、ライネスの言う通り、通路の奥に何かがあった。しかしそれは魔物や魔術師、魔具でも何でもない。黒い髪と赤い瞳、褐色の肌が特徴的な小さな女の子だった。壁際に四肢を鎖で繋がれ、両腕には包帯が巻かれている。

 

「アラー!」

 

 声をあげたのはサームだ。震えた声でとても嬉しそうに長い通路を走り、少女に近づいていく。

 

「…おじ、さん?」

 

 サームは少女の下までたどり着くと我が子のように彼女を抱きしめた。少女もまた鎖が手首につけられた細腕でサームを抱き返す。

 

「よかった…本当に良かった。怖いことをされなかったか?」

 

「い、いっぱいのひとに……いろんな呼ばれ方されて怖かった」

 

 如何な異能を持ち合わせていようと中身はまだ少女なのだろう。嗚咽交じりで滴る涙や鼻水をサームの服で拭っている。

 

「そうか…」

 

「あと…注射。包帯ぐるぐるするくらいに血をたくさんぬかれた」

 

「そうか……早く集落に帰らないとな」

 

「うん…」

 

 サームたちは本当に嬉しそうで、こちらも魔物や悪霊を相手取ってここまで来られたことが少し嬉しくなる。しばらく二人を眺めていると少女の肩に手を当てたまま、泣き顔のサームが振り向く。

 

「兄者!オルハン!この子の拘束を解こう!」

 

 呼ばれた二人も駆け寄って行く。

 

 —————その時だった。

 

 がしゃりと鎖が地面に落ちる音。そして、少女の肩に当てられていたサームの腕がだらりと下がった。否、サームが両手を当てていた少女が光の粒子となって消えたのだ!

 

『っ!』

 

 全員が驚愕する。

 

「幻術?いや……転移魔術か!」

 

 師匠が言う。直後に空間が揺れ始めた。

 少女のいた場所の少し前の通路がひび割れ、少女に駆け寄った三人に天井から瓦礫と粉塵が降ってくる。

 

「トリム!三人を守れ!」

 

 自分達より少し前にいるライネスの指示によりトリムマウは大きな水銀の雫と化し、地面を這うように走り出した。こうなってしまった以上、トリムマウは命令を遂行するまで元に戻ることはない。

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)。師匠の先代のロード・エルメロイが使っていた攻防一体の魔術礼装。水銀メイドの基となっているモノはそれなのだ。

 だが、通路の崩壊は三人の頭上だけでなく、こちらまで及び始める。ライネスとフリューガーがいるところも、自分、師匠、アレクセイ、凛と士郎がいる場所までもだ。

 そして途端、空間に生じた違和感が自分の思考を巡らせた。

 

(…異界化の魔力がなくなっている?)

 

 それに気がつくと今起きている現象に合点がいった。

 師匠曰く空間を引き延ばすものらしい。ならば異界化が解けた場合、内側はどうなるのか?簡単だ。その大きさのまま現世に現れ、元々あった地下の空間の中に割り込むか、外部から異界化されていた範囲に圧縮されるかのどちらかだ。

 

 そしてそのどちらであろうとも、結果的に内在していた工房は崩落する。

 

 崩落の原因は十中八九それに違いない。

 自分の視界の端で、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)はハサンらを守るように包み込んだ。

 

「グレイ!」

 

 揺れ、砕けていく工房の中で師匠が自分を庇うように覆い被さる。違う。立場が逆だ。師匠を守るために自分がいるはずなのに…。

 

 

—————I am the bone of my sword(体は剣で出来ている).」

 

 

 降り注ぐ粉塵と瓦礫で視界が覆われようとしていた時、それは聴こえてきた。

 

 自分たちの目の前で赤銅色の彼が左手で右腕を握り、その右腕を天に掲げていた。

 

 

 

 

「“熾天覆う七つの円環”(ロー・アイアス)————!」

 

 

 

 

 目を瞑る直前に、赤くて大きな七枚の花弁が咲くのが見えた気がした。

 しかし同時に目に映ったのは、瓦礫に飲まれていくライネスとフリューガーの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜になって集落に戻ることができた。穴蔵にある部屋の一つ。そこに横たわるライネスの白い肌にはいくつもの黒い線が生き物のように這ってうねっている。黒い線がない部分には無機質な赤いラインが通っていて、まるでライネスの体の上で領土争いでもしているかのようだ。

 

「私がこの子を呪うことで呪い同士を拮抗させているけれど、術式の解析までは現状維持が手一杯ね。これ以上私が魔力を込めたらぶつかり合ってこの子を殺しかねないもの」

 

 日本語では(のろ)いと書いて(まじな)いと読むことがあるらしい。今回、凛がライネスに行使したのはその類のモノだ。体を侵す(のろ)いと対になる体を癒す(まじな)いらしい。

 

「…いや、本来ならば致命傷を負っていたのだ。贅沢は言えない」

 

「先に言っておくけど今回消費した宝石の額の倍はエルメロイに請求するから覚悟なさい」

 

「君が義妹(いもうと)を助けてくれたならば幾らでも払おう」

 

 あの後、自分が目を開いたのは崩落の数秒後だった。

 師匠、自分、凛、アレクセイ、そして自分たちの前に立っている士郎も無事だった。彼が何をしたのかは不明だが、きっとそのおかげで助かったのだろう。水銀の球体も健在でその中から出てきたハサンたちも無傷だった。

 だがライネスとフリューガーがいない。焦燥が募る。自分に覆いかぶさっている師匠を跳ね除けて探しに行こうとすると突如として瓦礫が動き出し、ほぼ無傷のフリューガーが出てきた。…しかし、彼の腕の中にいたライネスは血まみれだった。

 しかも工房の壁に練り込まれていた呪いをもろに浴び、崩落による傷から浸透されていたのだ。

 

「言質は取ったわよ?」

 

「約束しよう。…何か手伝えることはあるか?」

 

「何もないわ。部屋に帰って休んでもらって結構よ。というか邪魔」

 

 辛辣な言葉を吐く凛に促され部屋を出た。今日一番魔術を行使したフリューガーが半ば気絶するように寝込んでいる自分たちの部屋へと歩き始める。

 

「なぜ、ライネスさんだけがあんな風になったのでしょうか?」

 

「契約を結ぶ時にフリューから彼の魔術について少しは教えてもらっている。恐らく彼は崩落を察知するとすぐに因果律への超短期的な干渉を図ったのだろう。そして『自分の安全な場所』を創り出し、ライネスもそのスペースに引き込んだ」

 

「なら助かるはずじゃないですか?」

 

「逆だよレディ。だからこそライネスは助からなかったんだ。誰の『自分』にも他人が含まれるはずがないだろう?いかに愛し合う肉親であろうとその事実は変わらない」

 

 …確かにそうだ。

 

「だが即死を免れたのは奇跡だ。その奇跡を起こしてくれた彼には感謝しても仕切れない。本当に雇って正解だったよ」

 

「ライネスさんは……助かりますよね?」

 

「遠坂凛ならばたぶんなんとかしてくれるだろう」

 

 そこから無言が続き、師匠が煙草とギロチン式のシガーカッターを取り出し、葉巻の端っこを切り落とす。マッチを擦って火を付けると煙草から煙が浮かび上がる。

 

(この香りでいつもは落ち着くはずなのに…)

 

 まるで煙が空に向かうことも、大気に拡散することもなく底に溜まっていくような息苦しさを覚える。

 遠坂凛は天才だ。五大元素使い(アベレージ・ワン)で、魔術への理解も深くて、技能は大人の魔術師顔負けで、その名に違わずいつも凛としていて優雅な麗人だ。

 彼女にかかればライネスにかけられた呪いも数日のうちには解ける見込みは十二分にあるというのに、それなのに自分の頭の中では嫌な想像しかできていない。何より友達の危機に居合わせて何も出来ずにいた自分が腹立たしい。

 

「…あまり思い詰めるのは良くないことだ。部屋に戻ったらすぐに寝るといい。君も疲れただろう」

 

 煙を吐いた師匠が言う。

 

「師匠は悔しくないんですか?」

 

「私は……そうだな、聖杯を求めると決めた時点で犠牲が出ることくらいは覚悟していた。今回のことは運が良かったと言えるだろう」

 

「じゃあ、師匠は…師匠は………」

 

(ライネスさんを傷つけられたことをなんとも思ってないんですか?)

 

 喉あたりにせり上がっていた言葉を飲み込んだ。

 

「…なんでもないです」

 

 また無言。穴蔵の道を長く感じる。すると、前方から複数の足音が聞こえてきた。前を見ると人影が三つ。闇に髑髏の面を浮かばせるハサンと集落の若い男女の二人組だ。どうにも男女の表情が暗く見える。

 

「ウェイバー殿、グレイ殿…」

 

 ハサンに呼びかけられ、師匠は慌てて煙草の火を携帯式の灰皿で潰した。

 

「お前たちはもう戻りなさい」

 

 ハサンは後ろの二人にそう言って、二人は黒い瞳をこちらに向け、会釈をして去っていく。

 

「アラーの両親です。明日は金曜日だと言うのにこの時間まで我々の…いえ、あの子の帰りを待っていたようです。その親心が我が弟の傷心を抉ってしまいましてね」

 

「ミスタ・サームは?」

 

「衛宮殿とオルハンに連れられ部屋に篭ってしまいました。新たな情報が入らない限りはこちらも動きようがない。あの子を救い出せなかった今、考える時間ができただけでも彼奴にとっては僥倖でしょう」

 

 ハサンは歩く方向を変え、「お送りいたします」と言い付いてくる。

 

義妹(いもうと)君の件は申し訳ございませんでした。我々の力不足故に…」

 

「アレの行いに感謝するのは勝手だが、謝罪はやめて欲しい。……それに言葉をかける相手が違う」

 

「………」

 

「私は先に戻る。グレイ、君も早く戻ってきなさい」

 

 師匠は歩速を上げて部屋に戻っていく。残された自分はハサンと隣り合う。

 

「…怒らせてしまいましたか」

 

「あまり気にしないでください。師匠は時折子供っぽくなるので」

 

 完全に八つ当たり。擁護をしようにも怒る相手が違うのでどうにもできない。

 

「見送りは止めておきましょう。部屋に戻って顔を合わせるのも失礼でしょうし」

 

「…そうですか」

 

 どうにもハサンがかわいそうだが、確かに気まずいだろう。

 

「では、おやすみなさい」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 それだけ言い交わし、自分とハサンは別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある魔術工房にて、1人の魔術師に()()は呼び出された。

 掴むことが出来ず、見ることも難しく特定の姿を待たない邪悪な()()は収束し、輪郭を帯び始める。

 

「泥人形の末裔よ、貴様が我の召喚者か?」

 

 幾重にも重なり揺れるような声に魔術師は頷く。

 

「くっ、フハハハハ!我らを遠ざけようとする人間は見飽きたが、よもや現世(うつしよ)にて我を呼び寄せた泥人形が二人も湧いて出るとは驚きだ」

 

 カタチが定まるに連れて、()()の声は安定していく。

 

「で?何故(なにゆえ)我を呼び寄せた?つまらぬ理由ならば陵辱の果てに喰い散らかすが?」

 

 魔術師は語る。その口調は淡々と、朗々と、揚々と、感情のままに変化し自身の目的を言葉をもって紡いでゆく。

 召喚された()()の姿が定まった。全身を覆う黒い布に、ヒトの成人男性の平均程度の背丈。しかしその布から漏れ出る悪意は本物だ。それだけが既に呪いであり、言葉に乗せてヒトに聞かせれば心の毒となるだろう。

 ()()は魔術師の目的を聞き終える。そして一旦の間を置き、

 

 

「ふ、ふふふふ、フハハハハひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」

 

 

 身体を盛大に仰け反り、邪悪に笑い始めた。

 

「これは面白い!なんたる冒涜!なんたる背徳!なんたる信仰!なんたる狂信であろうか!?よかろうよかろう。仕えはせぬが助力しよう!虐殺しよう!誘惑しよう!この現世(うつしよ)に混沌を(もたら)そう!」

 

 そして()()は魔術師に問うた。

 

「して、魔術の徒にして信仰を開闢せんとする愚か者よ、貴様の名はなんと申す?」

 

 魔術師は答える。()()は黒い布の奥で口を歪める。

 

「よろしい。契約は成された。我の呼び名はそうだな……ふむ、やはりこれがよかろう」

 

 この世ならざる悪の具現はこう続ける。

 

 

「“復讐者(アヴェンジャー)”。そう呼ぶが良い」

 

 

 魔術工房に、禍々しい声が木霊した。

 

 

 




年明けの前後に次話更新を予定しております。
復讐者は便宜上の呼び名でありクラス名ではありません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。