元ロード・エルメロイII世の事件簿「case.砂中の聖なる杯」   作:赤雑魚っ!

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なぜかいきなりお気に入りが増えていた……。ありがとうございます以外に言葉が見つからないのでありがとうございます。

七巻を読み始めて思ったことといえば読んでから前話を書けばよかったと言う若干の後悔でしょうね。ベルサックさんが普通にII世にグレイを預けるつもりだったって言ってるし……。
まぁ、6巻時点の知識と自分の妄想だけで書き綴るつもりなのでいいとしましょう(私の中では)。

今後もしも何かしらの報告があった場合に便利なので正体を晒そうかと思います。


炎上

 買い物はおおよそ三時間ほどかかり、そこから帰る途中ですっかり暗くなってしまったらしい。自分たちよりも奥にはシートとロープにより固定された一週間分の食料が詰められていて、気を抜いて寝てしまえば荷台から落とされそうなところにサーム並びにアレクセイと座っている。

 

「良いものが買えたようですね」

 

 自分の膝の上に乗せられた袋を見てアレクセイが話しかけてくる。

 

「はい、そうですね」

 

 後はライネスが目覚めて、これで彼女が喜んでくれれば言うことはない。もっとも、貴族故に普段の食の良さが自分よりもはるか上なので『喜んでもらう』というのがなかなか難しい話なのだが。

 

(それでも…)

 

「拙は…喜んでもらえたらと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 穴蔵の一室。暗転した空間で甲高い音とともに火花が散った。

 闇に浮かぶ髑髏は襲撃者を捕らえる。

 

「────Anfang(セット)!」

 

 次いで女性の声が響く。

 それは詠唱。魔術回路を回す言の葉。

 

Licht im Dunkeln(闇に光を)────!」

 

 彼女──遠坂凛の手のひらから眩い光が現れる。

 照らされた周囲を確認し、横たわるライネスに向かう男を指差した。放たれるガンドが男を吹き飛ばす。

 

「────Löcher blockieren(穴を塞げ)!」

 

 さらなる詠唱。部屋の唯一の出入り口、つまりは敵の侵入口を赤い宝石を思わせる半透明で無機質な肌の壁が塞ぐ。

 

「何よこれ。…一応聞くけれど、あなたの指示じゃないわよね?」

 

 二人の襲撃者を縛り上げるハサンに凛は問う。

 

「…まさか。だが、この者たちは間違いなく我が集落の者だ。そこだけは弁明のしようがない」

 

 その背中には落胆の二文字が浮かんでいる。彼の様子を見て、凛は一度だけため息をつく。

 

「私は事態の収拾に向かいます。遠坂殿は…」

 

「悪いけどパス。ここでライネスにもしものことがあったら、偉そうなこと言った癖にあの娘に示しが付かないもの」

 

 耳を突き刺す悲鳴に申し訳なさを感じながらも、凛はハサンの申し出を断った。ライネスを心配するグレイにやるべきことを示したのだ。ならば彼女が安心して役割を果たせる状況を作るのは当然のことだ。

 

「手狭だけど、もし助けられた人がいたらここに連れて来なさい。詰めれば保護くらいはできるから」

 

「…礼を言う。ライネス殿へのお礼はまた今度参ります」

 

 半球状の部屋を立ち去ろうとするハサン。しかし彼を凛は呼び止める。

 

「あと一つだけ。あのお人好しがいたら存分に使ってあげて。ちょっとやそっとのことじゃ死なないし、いざって時には案外頼り甲斐があるんだから」

 

 その確信に満ちた笑みは硬い信頼からくるものだろう。未だ衛宮士郎の本気は見たことがないハサンはただ一度だけ頷き、赤い壁をすり抜け闇に溶けて行く。

 魔術など普段は使わないが、拙いながらも視覚と触覚、聴覚、嗅覚、身体能力に『強化』を施した。

 途端に鮮明になる劈く悲鳴と木霊する嗤い。

 

 

 ────そして、空気を震わす乱れた斬撃。

 

 

 ゆらりと躱して黒塗りの短刀・ダークを弾いた。

 

「戯け、乱れた切っ先で一体何を斬る?…私欲に溺れず、感情に流されず、ただ懺悔する。それが我ら暗殺教団の殺人であることを忘れたか」

 

 その暗殺者の口から詠唱が漏れ出て、手のひらから呪弾らしきものが浮かび上がった。単純な一工程(シングルアクション)により起動したそれが放たれるよりも前に、ハサンは暗殺者の腕を深々と斬り付ける。

 疑似神経や内臓とも言われる魔術回路もまた斬撃が届きさえすれば傷が付く。その傷による綻びがもたらすは魔術の強制解除、又は暴発だ。

 呪弾は定められた軌道を逸れて、暗殺者の顔面に走った。呪弾の直撃により、男の体が壁に衝突する。

 同時に、ぐしゃり、と音が鳴る。それは男の頭蓋が砕かれ、脳を潰された音であることは確かめるまでもない。飛び散った脳漿の水溜りを気にせず踏み込み、さらに奥へ。

 髑髏の面越しにも感じる殺意は数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどだ。

 彼は一層闇に溶ける。

 空を裂く斬撃も、大気を伝う毒の芳香も、走る呪弾も何もかも、山の翁の前には無意味に(つい)えた。

 

(嗚呼、これが結末か…)

 

 古くはモンゴルの襲撃を受け衰退し、暗殺の象徴(ザバーニーヤ)をなくしながらも存命を続けた暗殺教団。山の翁の名と仮面を滞りなく次代に引き継げるものであると心の何処かで思っていた。

 

 いつからこうなった?

 どうしてこうなった?

 誰がこんなことをした?

 

(それとも────)

 

 世界が、時代が、或いは神が、暗殺教団は要らぬとでも言っているのか?

 

「嗚呼……嗚呼、考えるだけ無駄なことよ」

 

 心は黒くなれど、その感情には流されない。

 自棄ではなく、ただ救うために短刀を振るうのだ。それが手一杯。それが限界。

 

「来るがいい()()()ども。真なる暗殺が如何なるものか、その身をもって知って逝け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗殺者(アサシン)たちが暴れている?」

 

 最後尾を元エルメロイII世、真ん中をフリューガー、そして先頭をオルハンが走る。彼らは暗闇が支配する穴蔵をいち早く抜け出し、裏手の渓流を目指していた。

 不安定な岩肌でもスムーズに目的地を目指せるのは、細い三日月による明かりと、星々の煌めきが視界を照らし、集落よりも遥かに鮮明に景色が伺えるからだ。

 

「ええ。『声が聴こえた』などと戯言を漏らすばかりで……先ほどの者のように暗殺とは言えない殺し方で下の層の者たちを殺して回っているのです。上の層にいた暗殺者(アサシン)のみに聴こえたものだと思うのですが…」

 

 先ほどの元エルメロイII世の問いにオルハンは答える。

 

「声?暗示みたいなもんか?」

 

 この問いはフリューガーのものだ。

 

「おそらく。瞑想(メディテーション)は暗殺教団で最も先に身に付けるものだというのに情けない話です」

 

「何者かに侵入されたということか?……麓の結界の起点はどこに?」

 

「渓流を下った先にあります。遠坂殿や義妹(いもうと)君と合流したら向かいますか?」

 

「あぁ、頼む」

 

 襲撃はなく、彼らはひたすら走る。

 そして、流水の音が聴こえてきたところだった。ふと、元エルメロイII世の脳裏に疑問が浮かぶ。

 先ほどの説明でオルハンは声についてまるで他人事のように言っていた。つまり………

 

「待て、ミスタ・オルハン。君やミスタ・ハサンにはその声は聞こえてこなかったのか?」

 

 

 ────その問いかけの直後だった。

 

 

 目の前を走るフリューガーが倒れた。遅れて血潮が彼の白い民族衣装に数滴落ちる。

 フリューガーの巨体が倒れると血に塗られた短刀を天に掲げるオルハンの姿がある。指先を器用に使い、オルハンは短刀を逆手持ちにし倒れたフリューガーへと振り下ろした!

 すかさず元エルメロイII世が魔弾を放つ。

 しかし、オルハンの短刀は魔術的措置がなされているのか、魔弾を切り裂いても刃こぼれ一つしていない。それでもさらに一発、二発と放ち続け、元エルメロイII世は『強化』した細腕でフリューガーを強引に手繰り寄せる。

 

「なんのつもりだ貴様?」

 

 オルハンを睨み、元エルメロイII世は尋ねた。

 こうしている間にも、じわりじわりとフリューガーの民族衣装が赤く染められていく。腹部に一突きと言ったところか。

 

「…なに、グレイ(あの少女)の精神的主柱を折れば幾分楽になると思っただけですよ」

 

 その眼に映るは狂気にあらず。平静を保った声音と双眸がこちらを捉えている。

 否、今は敵の観察をしている場合ではない。

 

「フリュー、意識はあるかね?」

 

 敵の動向を伺いつつ、問いかける。

 

「あぁ、なんとか…」

 

 弱々しい言葉が返って来た。さらに元エルメロイII世は彼に対してこう言い放つ。

 

「…軽量魔術を施行しろ」

 

「いや……あんただけでも、逃げろ」

 

 刹那、天体の光を反射し短刀が煌めいた。

 元エルメロイII世はフリューガーの腰のベルトにしまわれた占い用のナイフを出して迎え撃つ。

 それらの衝突は金属音とはあまりに言い難い砕音(さいおん)を鳴らす。

 よく鍛えられているとは言え、オルハンには見合わない剛力が占い用のナイフを砕いたのだ。

 

「おい!雇用主に助けられてそいつに死なれたらそれこそ傭兵の名折れだろうが!いいから早く逃げやがれ!」

 

 絞り出したかのような怒声が背後から響く。しかし、

 

「ふざけるな!」

 

 元エルメロイII世が叫ぶ。短刀の横薙ぎを屈んで躱すと、オルハンの脚が元エルメロイII世の体を蹴り、倒れるフリューガーの下まで後退を余儀なくされた。

 

義妹(いもうと)を助けて貰った挙句に君を殺してはエルメロイの名に傷が付く!…我々は死なない。いいから言う通りにしたまえ」

 

 意地でも引かない。そう言いたげな視線がフリューガーを射抜いた。珍しく声を荒げた元エルメロイII世に気圧されたのか、フリューガーは一度ため息を漏らし、

 

「はぁ……勝手にしろ」

 

 指示通り、軽量魔術を自分の体に施工した。

 その体は元エルメロイII世によってふわりと持ち上げられる。

 

「…飛ぶぞ!」

 

 背後よりオルハンの斬撃が走る。しかし、それよりも早くフリューガーを担いだ元エルメロイII世が山の岩肌を跳躍する。

 刹那、自然法則を無視して大人の男性二人が夜空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────『■■■■■には倒すべき悪が必要だ』

 

 

 かつて俺の矛盾を指摘した神父の言葉だ。

 目に見えるモノ全てを救いたいという願望の前に、それは痛烈に響くものだった。

 今ならばその言葉の意味をじかに感じられる。

 見渡す限りの闇。

 差し込む僅かな光りを乱反射するのは赤い液体。

 昨日まで笑いあっていたはずなのに、強い者が弱い者を殺して回る惨状。

 俺が守るべき存在はどちらかなど聞かれるまでもない。

 

「────投影(トレース)開始(オン)…」

 

 握る夫婦剣が一体何人の血を吸うのだろう?

 一体何人を殺さずに済むのだろう?

 

(あぁ、きっと()()()も…)

 

 こういう風に自己矛盾に喰い潰されて行ったのだろう。磨耗したその先に見た景色を、俺はもう知っている。

 

(だけど、それでも……)

 

 俺の目指す地平はその先にある遠坂凛とともに歩む正しい最後なのだから。

 だから、苦しくてもなんでも進まなきゃならない。だって俺は────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

 山の淵から飛び降りた元エルメロイII世はフリューガーを背負い、渓流に着水した。飛び降りる際にオルハンの短剣が投擲されたが、頰に掠る程度でことなきを得た。

 流れ着いた先でしばらく泳ぎ、洞窟らしきものを発見。そこでフリューガーの応急措置に入る。

 

「ナイフを借りるぞ」

 

 フリューガーの腰からナイフを取り出し、髪を少し切り取り胸元にしまっていた試験管に入れる。その試験管に入っていた液体が髪の魔力を欲して、髪を溶かし、無色から黄緑へとその色を変えた。

 

「お、おい…なんだその気色の悪い液体は?」

 

「時計塔の植物科(ユミナ)に所属していれば幾らか習うものの一つだ。まぁ、肌から浸透する強力な局所麻酔だと思えばいい」

 

 それをフリューガーの腹部の傷口へと注ぎ込んだ。

 

「痛みが消えたら言ってくれ」

 

「…マジでキモいな。もう感覚がないんだけど」

 

「ならば結構」

 

 元エルメロイII世は湿った葉巻を取り出し、それをフリューガーの腹部に押し当てた。

 

「悪いが遠坂凛ほど魔術は達者じゃない。焼いて塞ぐが異論はないな?」

 

「あぁ、勝手にしやがれ」

 

 合意を得た上で、ぼうっ、と葉巻が炎を上げる。腹部の感覚を奪われたフリューガーはそれをただ見つめているだけで、声すら漏らさない。

 

「しばらくここで安静にしていたまえ」

 

 そう指示するが、返事がない。どうやらフリューガーは意識を失ったようだ。彼も魔術を使う者の端くれならばこの程度で死ぬことはないだろう。

 元エルメロイII世は洞窟の少し奥へと進む。ここは明らかに人工的だが、それでいて自然な構造をしている。集落の穴蔵と同じ感覚を覚える。

 程なくして奥に着くと明らかな人工物があった。

 石台の上に球状の魔具があり、チェスのポーンを思わせる。

 

「結界の起点か…」

 

 影響を及ぼさない程度に触れてみる。

 どうやらここらの山々には霊脈(レイライン)が通っており、それから魔力を引いて起動しているようだ。術式はライネスが魔術協会から拝借した結界を展開する宝石の個人を識別する効果とそう違いはない。魔力が滞っている形跡はなく、何者かに妨害されている様子もない。

 つまり、麓の結界はしっかりと機能していることになる。

 

(だとすればやはり犯人は……)

 

 否、それは早計だと首を振る。そして元エルメロイII世はフリューガーの元へ戻る。

 

「必ず回収しに戻る。大人しくしていろ」

 

 寝ている人間に何を言っても無駄だが、そう口にしてナイフを一本いただいて洞窟を後にした。

 ぬかるんだ石の上を渡り、緑がこびりつく岩の足場に飛び移る。そこに周囲を見渡している褐色の男がいた。

 鍛え抜かれた風体と、人を殺さんばかりの鋭い眼光が合わさって黒豹を想起する。その男──オルハンはこちらに気づき、お互いにゆっくりと距離を詰めていく。

 

「聞こう。集落のアサシンたちを誑かしているのは貴様か?」

 

 途端、しなやかな筋肉が連動しオルハンの身体を駆動した。

 

「────っ!」

 

 肉薄され短刀の切っ先が元エルメロイII世の眼球を穿たんと放たれた。

 半ば後ろへ倒れこむように躱すとオルハンの蹴りにより吹き飛ばされる。地面に身体が擦れ、その度に擦り傷が増えていく。

 

(強化魔術か…?)

 

 オルハンの不可解な魔術行使の正体を読み解こうと、血反吐を吐きながら思考する。

 

「『誑かしている』、と言うのは語弊があります。正しくは『誑かした』、ですね。彼らが声を聴いたのは最初の一回だけです。あとは全て彼ら自身が生み出した幻聴だ」

 

 立ち上がり、移動しながら、何度も何度も攻撃を躱し続ける。

 

「時にロード・エルメロイ殿?我々がどのように金銭を得ているかご存知ですか?」

 

「“元”と“II世”を付けたまえ。そのまま背負うには、私の肩には重すぎる名だ。…現在の暗殺教団についての情報の秘匿を条件に信頼の置ける組織に雇われているのではないか?歴史においても暗殺料を貰っていた経緯があるだろう?」

 

「その通り────!」

 

 また蹴られた。渓流沿いにあった岩に背中をぶつける。

 

「我々は殺すと言うことを知っている。だが暗殺教団の殺しはあまりに禁欲的だ。ただ淡々と指示された者だけを殺す。その一瞬のために技術を磨く」

 

 黒塗りの短刀が投擲された。それが岩にもたれかかる元エルメロイII世の右肩を貫く。

 

「ぐっ…」

 

 右肩を左手で押さえつけ、オルハンを睨む。

 

「今夜の混乱の最中、とある者は絞殺を選びました。じわりじわりと獲物が死んで逝く様を見たかったのでしょう。

 とある者は短刀を身体の末端から刺し続け、最後に心臓を抉りました。途中で失血死されようが御構い無しに。

 とある者は毒殺を。多種多様な毒による標的の七変化は彼を高揚させるものだったでしょう。

 とある者は虐殺を。ただその体に鮮血を一身に浴びることを選びました。

 ただ殺すと言うだけでこれだけ多種多様な嗜好に溢れているというのに、彼らはそれを我慢することを強要される」

 

「その声が彼らの殺人欲求を刺激したと?なるほど確かに人を殺させるには彼らは都合がいいだろう」

 

「ええ。欲に溺れるにはまずその欲を知らなくてはならない」

 

 オルハンは音もなく駆け出し、元エルメロイII世の肩に刺さった短刀を引き抜き、首を狙う。しかし、その斬撃は元エルメロイII世の腕に阻まれた。

 反撃とばかりに元エルメロイII世がフリューガーからくすねたナイフによる刺突を放つが、儀式用のナイフに殺傷能力は期待できず、また短刀に砕かれた。

 

「ちっ…!」

 

 すぐさま横に避けるが腹部を足蹴にされ勢いよく吹き飛んだ。

 

「他愛ない。これがかつて十二の君主(ロード)に名を連ねた者の実力ですか?」

 

「いや耳に痛い。自分でも不思議なほどだよ」

 

 刹那、ぼうっ、と二筋の炎が地面を平行に走る。それの末端がオルハンの足元に来るが、彼はものともしない。

 

「………」

 

 オルハンは無言で足元を見つめ、視線を元エルメロイII世に戻した。

 

「その声とやらは彼らになんと言ったのかね?」

 

 全身の痛みからどこを押さえようが変わらないと気づき、尻餅をついて脱力した元エルメロイII世はオルハンに問う。

 

「『私欲のままに殺すがいい。神は今宵の貴様らの悪徳を見過ごすであろう』と。馬鹿な者たちだ。その言葉の真意にも気付かず、時間をかけて己が欲望を増幅させた」

 

 一歩一歩、オルハンは近づいていく。

 対して元エルメロイII世は微動だにしない。

 

「神は確かに見過ごすだろう。しかし、彼らは裁かれないわけではない。むしろ来世はここで決定した」

 

「来世……壮大な話だな、最後の審判かね?彼らの行き先は地獄だとでも?」

 

 身体を前のめりにするが、それが精一杯。動く気力は薄れている。

 

「一つ確認しよう。まるで君は主犯であるかのように語るが、実際のところどうなんだ?」

 

「どう、とは?」

 

「言葉通りの意味だよ。貴様のことを全て知っているわけではないが、見てきた限りでは人を先導する器が決定的に欠けている。貴様は下にいて初めて輝く部類の人間だろう」

 

 先導する器。彼の中では彼の征服王イスカンダルの背中が思い浮かぶ。彼と比べるのはあまりに酷だが、やはりオルハンはその器ではないと直感が告げている。

 

「…それでも貴様が主犯を騙るならば構わんさ。虚偽であろうが、冗談であろうが容赦はしない」

 

「こんな火遊びで一体何を?」

 

「……ルーン魔術を知っているかね?時計塔でおっかないレディが復活させたモノだ。有名どころで言えば北欧神話のオーディンや、ケルト神話の英雄アイルランドの光の御子、その師である影の国の女王ならばわかるのでは?」

 

「………」

 

 無言。それでも元エルメロイII世は話し続ける。

 

「ルーン文字はゲルマン人が用いた古いモノでね。その起源は未だ正確にはわかっていない。

 ルーン魔術はその文字に宿る神秘を用いることを指す。無論、ここでルーンに神秘が宿るか否かという論点はその土地の魔術基盤に関わる。場合によってはルーンの神秘への信仰がなく、全く発動しないということもあるわけだ」

 

「……まさか!」

 

 はっ、と息を飲むオルハン。その両眼が見開かれた時には元エルメロイII世の足元の石には肩から滴る血を使い指先が記号を描いていた。そして、その記号が光りだす。

 

「気づいたかね。その二つの炎の線は貴様が私の体でフットボールを楽しんでいる間に仕込ませて貰った。

 私の葉巻の裏地にはルーンが刻んである。見ての通り、一本だけではこの土地ではバーベキューに最適な火力だが、こうやって無理やり火力を上げればヒト一人を殺せる程度にはなるだろう。

 ……本来ならば文字を敷き詰めるのが定石なのだが、流石に貴様を相手にそんな隙はあるまい」

 

 彼の足元の石の記号は崩れた『F』の形をしている。

 先ほどの二筋の炎の両端には同じルーンを刻んだ葉巻が設置してある。足元の石に刻まれたルーンは向かって左側の末端へと一筋の炎を走らせ、計三筋の炎がまた崩れた『F』を描いた。

 

「可愛いあまりうっかり首を絞めたくなるような義妹(いもうと)とフリューの分の仕返しだ。地獄の業火はこれほど微温(ぬる)くはないと思え」

 

 名を、アンザス。

 それは火のルーンと呼ばれるモノ。

 地上に炎によってそれが刻まれた瞬間、岩の大地に業火が具現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎあぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」

 

 轟く断末魔。

 業火の目の前で元エルメロイII世はへたりと座り込み、全身の痛みが収まるのを待っていた。

 業火の中のオルハンの影が悶え苦しむというお世辞にも良いとは言えない景色を眺めながら断末魔が止むのを待つ。

 今思えば貴重な情報源である気がしたが、もう遅い。彼は助からない。ならば最後の抵抗ができないほどになるまで炎への魔力供給は絶たない。

 ふと、業火の向こうの黒い目と視線が合った気がした。直後に断末魔が止む。

 魔力供給を絶ち、すぐに炎が沈静化する。もともと火元らしい火元といえばオルハンの肉体だけなのだから当たり前と言えば当たり前である。

 そして、炎が完全に消え失せると同時に元エルメロイII世は目の前の光景に驚愕した。

 

「…ファック(くそったれ)

 

 先ほど視線を交わしたばかりだ。つまり死体は灰にはないっていない。……だと言うのに炭になったであろう身体が何処にもない。

 

(…逃げられた?)

 

 ならば渓流か?確かに水源があれば多少マシになるだろうが……。

 

(まさか転移魔術?聖杯もなしに?)

 

 ありとあらゆる可能性を吟味する。まるで五感を遮断し、全ての意識が思考を巡らせるために脳細胞へと集中しているようだ。

 

 

 

「ほう、饒舌だけが取り柄かと思えば、そうでもないらしい」

 

 

 

 幾重にもブレて、重なるような声がする。

 思考の最中、()()は現れた。

 空気が凝集されるように黒い何かが集まり一つのカタチを成して行く。

 

「…貴様は────!?」

 

 黒い布に全身を包み込んだ()()は明らかな超常の存在。

 元エルメロイII世の脳裏をよぎったのは英霊。かつて聖杯戦争で争いあった六騎を、そして自分を導いてくれた一騎を思い出す。

 しかし、同時にその可能性はあまりに低いと断定した。彼らの召喚は術式、土地、聖杯の三つの要素を必要としたモノ。聖杯だけでは成し得ることができない御業。まさかそれを盗み出し、亜種聖杯戦争でも始まったと言うのだろうか?

 

「…馬鹿馬鹿しい」

 

 与えられる情報量に比例してわからないことが増えて行く現状に、そう吐き捨てる。

 そして、彼は()()に問うた。

 

「貴様は何者だ?」

 

  「考えてダメならば答えをくれ」そんな表情だった。

 

復讐者(アヴェンジャー)原初(さいしょ)の復讐者故にそう名乗ろう」

 

 黒い布の隙間から声が漏れ出た。その言葉は、まるで毒だった。人を殺すためのものではなく、惑わすためのもの。滲み出る悪意が肌を震撼させる。

 あの英雄王ギルガメッシュとてこのような恐ろしさは感じなかった。否、彼とはまた別のベクトルで恐ろしいのだろう。

 全てを憎み、全てを見下し、全てを嬲る。ただそのためだけの存在だ。

 

「精々思考しろ。それが今の貴様には苦痛なのであろう?」

 

「私を殺しに来た分際で何をほざく…」

 

「ふははっ、ここで貴様を殺して何になる?断言しよう。貴様一人がいようがいまいが我が後悔することは未来永劫ありはしない」

 

 それは慢心ではない。純然たる事実だろう。

 

「だが────」

 

 途端、黒い布に包まれた左腕が伸び、元エルメロイII世の頭を鷲掴みにした。

 

「如何せん協力者は貴様を殺したがっているようでな。依り代との縁を剥奪される前に有用さを示さねばならぬ。ここで死ね」

 

 その手に力が込められて行く。頭蓋が軋みを上げる音が脳内を反響する!

 

「嗚呼、勿体無い話だ。これほど見応えのある泥人形もそうはおるまいに…」

 

 嘆くように、慈愛に満ちるように、しかし見下して、復讐者(アヴェンジャー)は言う。

 

「望んだ才能が得られぬ貴様のような人間こそ愛でるべきモノだ。協力者の指示さえなければ一考していたのだがなぁ……」

 

 あまりの握力に、とうとう頭の皮膚が千切れ、だらだらと血液が滴り始める。軋む音が強くなり、死を実感していたその時だった。

 

 

 

 ────地上に三日月が描かれた。

 

 

 

 その軌道上の復讐者(アヴェンジャー)の首を刈り取らんと走るそれは、死神の鎌(グリム・リーパー)

 同時に復讐者(アヴェンジャー)の背後へ一閃が走っている。それは黒鍵だ。

 途端、まるで気化するように黒い布が揺らぐ。二つの斬撃により、煙のように乱れ、黒い気体はそのまま襲撃者たちと距離を取り、離れた場所でカタチを得る。

 

「来た来た来た…」

 

 元エルメロイII世と自分の間に割って入って来た金髪の民族衣装の男と、フードの少女を眺める復讐者(アヴェンジャー)の嗤い声が木霊する。

 

「件の神父に墓守か。よかろうよかろう。貴様らが如何程のものか、楽しみ尽くして陵辱しよう。精々足掻けよ、泥人形」

 

 

 

 

 

 




英語はそこそこ知っているつもりですがドイツ語なんて門外漢なので検索した私です。間違いがあったら言ってくださいまし。
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