Fate/Circe   作:アイリス

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第一話

 僕は昔から危機感が足りないと言われ続けてきた。

 車に轢かれかけたのも一度や二度じゃないし、心霊スポットとやらに行って不審者に襲われたこともある。危険なことに首を突っ込んでは痛い目を見た。

 

 それでも僕だって死ぬのは嫌だし、真の命の危険は見極めているつもりだった。

 

 それがまさか——

 

「サーヴァントキャスター、召喚に応じ参上した! もう君を寂しくさせはしないよ。この鷹の魔女を呼び出したのだからね!」

 

 目の前に、鷹の翼を生やした少女が現れた。桃色の長髪に、古代ギリシャのキトンのような服を着たその女性は、自らを「魔術師のサーヴァント」と名乗る。

 それを裏付けるように、彼女は長大な杖を握っていた。

 

 焦って早口になった呪文と、僕の呼びかけに応えて、彼女は来てくれたのだ。

 

 燃え盛る屋敷の外、庭の一角。拙い認識阻害の結界を張ったその場所で出会った彼女は、あまりにも美しかった。

 

「キャスター……」

「どうしたマスター? ってなんだあれ! 燃えてるじゃないか! 一体何が——」

 

 ようやく状況を認識し始めた彼女に、僕は願いを口にする。

 どうしようもなく追い詰められたこの状況を打破するために。

 ただ生き残り、危機から逃れるために。

 

「助けてくれ……!」

 

 挨拶すらもなく、突然求められたその助けに、キャスターは一瞬戸惑うものの、すぐに状況を理解したようだった。

 燃え盛る屋敷から出てくる小さな影、濃密な魔力をたぎらせるその存在。

 

 ——サーヴァント。人の身では決して叶わぬ、超常の存在。かつて偉業をなした英霊の影法師。第三魔法のかけら。

 

 幼い少女の形をしながらも、それが人ではないことを示すように二本の角を生やし、はだけた着物を身に纏うそれ。手に持つ骨の刀が禍々しい。

 煌々と燃え盛る炎を撒き散らしながら、それはゲラゲラと笑い続ける。

 

「サーヴァント……鬼種か……」

 

 一瞥しただけでその正体の片鱗を看破したキャスターは、再び僕の方を向き直る。

 真剣な表情をした彼女は、僕を安心させるように微笑んだ後、口を開いた。

 

「マスター。いいだろう。ここに契約は完了した! 君を助けようじゃないか!」

 

 その言葉に安心しきって、僕はほっと息をつく。

 

「おっと、ほっとするにはまだ早い。私たちはあれをなんとかしなければいけないのだからね!」

 

 そうだ。僕は気を引き締め直し、膝をつきかけていた自分に喝を入れる。

 

「ほぉう、吾をなんとかする、と? 舐められたものだなあ。大江の山の鬼どもを支配したこの吾を、なんとかすると?」

「鬼がどうした。私は大魔女だぞ? 行くぞマスター!」

 

 そう言って、キャスターは僕の右手を握った。

 それに思わずどきりとして、今は戦闘中だと思い直す。

 

「この国ではこう言うのだろう? ——三十六計逃げるに如かず!」

 

 キャスターがそう言った瞬間、空間がブレる。

 

「なっ! 貴様ら……!」

 

 敵のサーヴァントが慌ててこちらへと迫るが、もう遅い。

 ごっそりと魔力が持っていかれる感覚。時空が歪曲する独特の音と感触。視界がデタラメに揺れ、浮遊感を感じる。

 

 そして次の瞬間、僕たちは見覚えのない場所にいた。

 

 周囲を見回せば無数の木々。傾いた道からして、どこかの山の中だろうか。木々によって見通しは悪い。

 

「ここは?」

「近くの霊脈に転移したんだ。どうやら山の中のようだね。なんて言う山かは知らないけど」

 

 霊脈、ということは■■山だろうか。ここは魔力が濃すぎて、この地の魔術師の誰もが拠点とすることができなかった場所だ。

 

 敵の気配はもう感じられない。

 転移した、と言うのは事実なのだろう。これがサーヴァントの力……魔法一歩手前の力をいともたやすく行使するとは……。

 

「ふう。呼ばれてみればいきなり戦闘とは。とりあえず逃げさせてもらったけど、よかったよね?」

 

 問うてくるキャスターに、「ああ、ありがとう」と返事をしつつ、僕はその場に座り込む。

 安心したら、気が抜けてしまったのだ。

 

「さて、マスター。安心してるところを悪いけれど、状況を説明してもらうよ。一体私たちはどう言う状況に置かれているんだい?」

 

 キャスターの問いに、僕はこくりと頷いて説明を始める。

 

***

 

 全ての始まりは、六十年前。

 第二次世界大戦の直前、冬木で行われたと言われる聖杯戦争に、僕の祖父が参加した。

 

 聖杯戦争とは文字通り、聖杯を奪い合う魔術師たちの戦争だ。

 と言っても、奪い合う聖杯は立川のロン毛の血を受けた本物の聖杯『ではない』。

 莫大な魔力を持って、強引に『願い』を叶える、万能の願望機。

 魔術に触れ、慣れ親しむ僕にとっても空想の産物であると疑ってしまいそうなそれは、しかして真実、存在するらしい。

 

 僕自身、聖杯を生身で見たわけではない。しかし、僕が生まれた一族は、聖杯を万能の願望機であると信じていた。僕自身、それはあり得ると思っている。

 

 それがなぜ願いを叶えると信じるにあたうかといえば、聖杯の力によって、願いを叶える以前に小規模な奇跡が生じるからだ。

 

 その奇跡——英霊召喚。

 第三魔法のかけら。かつて世界に生き、偉業をなし、人理に刻まれた幻想——すなわち英霊を、サーヴァントに貶め召喚する規格外の大魔術。

 聖杯は、それを可能とする。

 

 僕の祖父も、聖杯戦争にて英霊を召喚し、共に戦ったらしい。

 

 七騎のサーヴァントがぶつかり合う頂上の戦争。

 結果から言うと、祖父はその戦争に勝利しなかった。

 しかしかと言って、敗北もまた——しなかった。

 

 祖父は聖杯戦争の勝利を掴み得ないと判断した時点で、目的を切り替えたらしい。

 

 すなわち、聖杯の奪取。

 

 聖杯は、アインツベルンと呼ばれる魔術師の一族によって作り上げられた。

 そして聖杯は一つではない。

 願いを叶えるべく、聖杯戦争の勝者の前に顕現する小聖杯とは別に、儀式の核となる大聖杯の二種類がある。

 このうち重要なのは、大聖杯。

 

 僕の祖父は聖杯戦争の混乱に紛れ、その大聖杯を奪い取り、そしてこの地に帰還した。

 

 北海道、■■市。

 僕の故郷たる、この地に。

 

 そして大聖杯をこの地に馴染ませた祖父は、この地で聖杯戦争を開催するべく行動を始めた。

 

 ちなみに、冬木の街は聖杯戦争によって一時的に地図から消えたらしい。なんでも、アインツベルンが召喚したとあるサーヴァントが暴走した結果だとか。

 正直眉唾だと思っていたが……。

 まあ、これは置いておこう。

 

 そうして、六十年が経つ。

 

 冬木は復興され、北海道の地に魔術師が集まった。

 

 僕の祖父は、僕の兄にマスター役を一任し、実際に令呪も兄に宿った。

 兄は優秀な魔術師だったし、僕は兄の勝利を疑っていなかった。

 あるいは、サーヴァントの脅威を、心のどこかで信じていなかった。

 

 実際に戦争に参加した祖父以外の一族の人間には、どこか緩みがあったのだと思う。

 

 だからこそ、あんなことが起こってしまった。

 

 サーヴァントを召喚する日。入念な準備をし、いざ召喚をする、その瞬間。

 

 屋敷は襲撃を受けた。

 

 結界三十二層、魔力炉十七器、異界化された敷地内、猟犬がわりの悪霊、魍魎数百体、魔術的キメラ数十体、無数のトラップ。

 

 完璧な工房だった。

 

 その全てを引き裂いて、『奴』は現れた。

 

 二本の角、はだけた黄色の着物、弧を描く口、撒き散らされる灼熱、少女の軀。

 ああそれこそは、人の世を壊す正真正銘の怪異。

 

『鬼』。

 

 それは屋敷を焼き尽くし、兄や両親、祖父を殺し尽くした。

 

 けれど僕だけは。

 僕だけは逃れたのだ。

 

 兄たちが殺されていく中、僕は危機感も恐怖も忘れ、ただ必要な行為だけをなした。

 

 鬼に遊ばれ、逃げ惑う祖父を尻目に。

 一族に伝わる魔術礼装や『切り札』を回収して、魔法陣を書くための染料を持ち、死体となった兄から令呪を奪い、屋敷の外に逃げた。

 

 そして、あなたを召喚したのだ。

 

「——キャスター。君は、僕を軽蔑するかい?」

 

 大人しく話を聞きながらも、何かの作業をしていたキャスターに問う。

 

 キャスターは一瞬寮目をつぶって、そして目を開いた。

 

「いいや。君のことを軽蔑したりなんかしないさ。それは必要なことだった。君はその状況において、最善を選んだと言ってもいい。そして何より、うん。いざという時にそう言う行動ができるのは、私と気が合いそうだ」

 

 そう言って、キャスターは微笑んだ。

 

「しかし、となると結構大変だな。少なくとも一陣営には完全に敵対されてしまっているし、その敵対的な陣営に手札も一つだけとは言え見せてしまった。……マスター、君は聖杯が欲しいかい?」

 

 その質問に、少しどきりとする。

 

 ——聖杯を勝ち取れ。

 

 ——我が一族の悲願を叶えよ。

 

 ——第■魔法を我らの元へ。

 

 呪いの言葉が、頭の中を駆け巡る。

 

 ああ、けれど、僕は——

 

「聖杯は、僕には必要ない。生き残ることが、僕の目標だ」

「ふーん、なるほど、なるほど」

 

 値踏みするように、僕をジロジロと見つめるキャスター。

 

 失言だったか、と自省する。

 キャスターも、聖杯に望みがあって僕に呼ばれたはずだ。

 そのマスターが、聖杯をいらないと言うなど——

 

「——よし、いいだろう。君が生き残るために、私も頑張ろうじゃないか!」

 

 僕の覚えた不安を吹き飛ばすように、キルケーは言う。

 

「い、いいのか?」

「構わないよ! どのみち、マスターが死んでしまえば私も消えてしまうしね。それに——いや、なんでもないさ」

 

 ところで。

 キャスターは言う。

 

「私をその右手の令呪で自害させて、教会に逃げ込もうとは思わなかったのかい?」

 

 僕は思い出したように、右手の甲を見る。

 そこには翼と剣が重なり合ったような独特の紋様が描かれている。

 

 これこそは令呪。

 サーヴァントを御すための、三度限りの絶対命令権。

 これを失えば、マスターはサーヴァントを制御するすべを失う。

 

 サーヴァントを失い、令呪を放棄したマスターは、監督役である教会に保護を求めることができる。

 

 しかし——

 

「それで生き残れるとは思えない」

 

 そう言い切った僕に、キルケーは目を細める。

 

「へー。馬鹿ではないようだね。一応聞くけど、どうしてそう思ったのかな?」

「サーヴァントの力を前に、教会の守りも、監督役の権力も無意味だ。やろうと思えばいくらでも中のマスターを殺しつくすことができる。その上、僕は理性の効かなそうな化け物に狙われてるわけだしね」

 

 実際に体験してわかった。

 サーヴァントは、化け物だ。

 地図から街が一つ消えたと言うのも、事実なのだろう。

 

「ふむ、まあ、合格点をやろう。よしよし、考える頭があることはいいことだ!」

 

 キャスターは満足そうに頷いた。

 

 さて。

 そう言って、先程から何かしらの作業をしていたキャスターが、作業を終わらせた。

 せっせと作業をしていたキャスターの使い魔達も作業を終え、止まっている。

 

「これで簡易的だが、工房の完成だ! 簡素だが、居住に耐えれる小屋も作った!」

 

 キャスターは満足げに胸を張る。

 その姿は一見して、子供が無い胸を張っているようにしか見えないが、事実彼女は人理に刻まれた英霊、魔術師のサーヴァント。ただの魔術師である僕から見ても凄まじい工房が出来上がっていた。

 

「何か失礼なことを考えなかったかい?」

「いや、なにも」

 

 さらりと嘘をつきながら、工房を観察する。この工房を見てしまえば、かつて完璧だと思っていた祖父の魔術工房など子供の秘密基地だ。

 

「すごい……」

 

 僕が感動からくるため息をつきながら言うと、キャスターは満足げに笑った。

 

「神殿クラス……とまではいかないものの、かなり強力な工房さ。私は大魔女だからね。当然の結果だよ」

 

 さあ、早速中に入ろう。

 

 そう言って、キャスターは小屋……と言うよりはログハウスの中へと僕を誘導する。

 

 中に入ると、空間が異界化されているようで、外見より広く感じた。

 

「まあ、内装は簡素だけど、これは仕方ない。私は大魔女であって、建築家では無いからね」

 

 逆に言えば、建築家でも無いサーヴァントである彼女が、こんなにきっちりとした住居を作ったことになる。

 やはりキャスターは凄まじい。

 

「さて、今後の方針を話し合おうじゃ無いか」

 

 木でできた椅子に座った僕たちは、向かい合って話を始めた。

 

***

 

「まず、情報の共有をしよう」

 

 僕はそう言って、『自分の内側から』とあるものを出現させた。

 

「これが、僕の切り札だ」

 

 それは巨大な弓だった。強靭な神秘を秘めたその大弓は、余人には到底引けぬであろう強弓だった。

 

 それは単なる礼装では無い。

 現代を生きる魔術師では決して創り得ぬ貴き幻想。

 

 それすなわち——宝具。

 

 英霊の切り札。その英霊が持つ逸話の真髄たる、その英霊の生きた証。強靭な力を持ち、薄れ、廃れた現代の神秘では決して再現できぬ、最強の印。ノーブルファンタズム。

 

「僕は、伝承保菌者だ」

 

 伝承保菌者(ゴッズホルダー)。

 それは、神秘が薄れるに連れ、失われて言った過去の幻想、宝具と呼ばれるべき貴きそれを、脈々と受け継ぎ続けたもの。

 

 魔術刻印も、家の魔術の真髄も、その全てを受け継いだ兄が、唯一受け継げなかったそれ。

 僕が単なる補欠ではなく、一人の人間として見られるための要因。

 我が家が密かに秘し、誰にも知られぬよう受け継ぎ続けた秘中の秘。

 僕の切り札。

 それこそがこの弓だ。

 

「現存する宝具……! これは確かに、切り札たり得るね……!」

 

 キャスターが興奮した様子で弓を見る。

 

「で、これはなんと言う宝具なんだい?」

「ああ、これは『オデュッセウスの弓』だ」

 

 かつてオデュッセウスが無数の苦難を超え、自らの国に帰った時に、妻に言いよる男どもを黙らせるために十二の斧の飾り穴を通して見せたと言う逸話に出て来る弓だ。

 

「へー、オデュッセウスの……はぁああああああ!!??」

 

 キャスターが椅子から立ち上がり、絶叫する。

 

「オデュっ、オデュッセウス? あの、ラーエルテースとアンティクレイアの子の!? ちょっと待ってくれ。嘘だろう! いや、でも説明はつく……。でも、でもでも、こんなのおかしいだろう!! 君はオデュッセウスの子孫か何かなのか!?」

 

 やたら興奮した様子で詰め寄ってくるキャスター。

 もしや、キャスターは生前オデュッセウスと関係があったのだろうか?

 

「一応、子孫——と言うことにはなるらしい。実際のところがどうなのかは知らないけど……」

「そんな……」

 

 僕は何かまずいことを言ってしまったのだろうか。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、君には関係のないことだ」

 

 三点リーダをたっぷりと使い、真剣に悩んでいたキャスターはそう発言した。

 

「うん、そう。君はなにも悪くない。君はね。ただそう、できるだけその弓は私が見ていないところで使ってくれ」

 

 いいね?

 そう言って、笑顔でこちらを見るキャスター。

 しかし目が笑っていない。

 妙な『凄味』があるその笑顔に、僕はこくこくと頷くことしかできなかった。

 

「さて、君がそうして切り札を明かしてくれたんだから、私も真名を明かすべき……だけど」

 

 キャスターはそこで一拍おいて、僕に向き直った。

 

「君にだけは、絶対教えない」

 

 キャスターはきっぱりと言い切った。

 

「なぜ、と聞いても?」

「それもダメだ。理由を説明する気は無い。とにかく、私の真名は絶対秘密だ」

 

 いいね?

 またしても『凄味』のある笑顔で言われ、僕は仕方なく頷くのだった。

 

***

 

「まず、あのバーサーカーを倒す」

 

 キャスターは言う。

 その意見については、僕も賛成だ。

 

 バーサーカーとは、あの時の鬼である。

 言語能力を失っていない、知能がある、など、バーサーカーとして異常な点が多いが、キャスター曰くあれはバーサーカーであるようだった。

 

「なにをするにしても、あいつは排除しておくに越したことはない。鬼種相手に工房がどこまで持つかはわからないし、あれは明確に君と敵対している。こちらから打って出たい……ところなんだが……」

 

 私はキャスターなんだよなあ……。そう言って、キャスターはため息をつく。

 

「基本的に、魔術師っていうのは打って出るのに向いていない。君も魔術師の端くれなんだから、わかるだろう?」

 

 それは重々理解してる。

 魔術師の闘争には、入念な準備と『場』が必要だ。

 

 いわゆる工房こそが魔術師のホームグラウンドであり、そこ以外では実力を十全に発揮できるとは言い難い。

 

 しかし——

 

「僕が打って出れば、どうだ?」

 

 僕がいる。

 僕は伝承保菌者であり、そして祖父曰く、『先祖返り』。

 かつて英雄と呼ばれる存在がいた頃の人間に近い、強靭な肉体を持っているらしい。

 

「君の力は、確かにすごい。けれど忘れてないかい? 君はあくまで人間だ。サーヴァントでは無い。そして君はそんな力を持っていながら、バーサーカーから無様に敗走したんだぞ?」

「キャスターこそ忘れている。今は君がいるじゃないか」

 

 僕は単体ではサーヴァントには勝てないだろう。

 しかし、人理に魔術師として刻まれた、英霊のサポートがあればどうだ?

 

「……やってやれなくは無いだろう。しかし、君の目的は生き残ることだったんじゃ無いのかい?」

「僕だって、むざむざ死ぬつもりはない。でも、ここでこもっている間に、相手が徒党を組んで僕たちを襲いに来たりすればひとたまりもない。相手がまだ一陣営であるうちに仕掛けるべきだ」

「相手がすでにどこかと組んでいる可能性は?」

「それはない……と思う」

 

 なぜなら。

 

「監督役との取り決めで、うちの家が一番最初に英霊を召喚する権利をもらっていたはずなんだ。それに従っていないということは、十中八九外来の魔術師だ。それも、ルールを守る気のないタイプのね。それがすでに徒党を組んでいるとは考えずらい」

 

 今回の参加者のうち、六陣営は僕も知っている。

 

 一つ目。すでに壊滅したが、本来なら三騎士を呼び出す手はずだった僕の兄の陣営。今は僕がマスターのキャスター陣営。

 

 二つ目。聖杯戦争開始までの協力者にして聖杯を奪い合うライバル、弄月家。僕たちに次いで、二番目に召喚する手はずになっていた陣営だ。

 

 三つ目。これも聖杯戦争開始までの協力者でありライバル。六十年前の聖杯戦争において、祖父の大聖杯奪取に協力し、ナチを裏切った魔術師——ライヒハート。小聖杯の建造もここがやっている。

 

 四つ目。僕の祖父が聖杯を奪った相手。つまり、アインツベルン。彼らにとって僕たちは不倶戴天の敵であり、最初の襲撃もアインツベルンのものかと思ったほどだった。

 しかしどうにも、教会から討伐令が出かねないルール違反を犯してまで僕たちを攻撃するかという点で疑問が浮かぶ。

 

 五つ目。ルバリオン・バンダーバック。フリーランスの魔術師らしい。一応魔術協会から依頼を受けてきているようだ。変わり者との噂だが……。

 

 六つ目。教会からの参加者。監督役と癒着はなく、あくまで別口での参加ということだったが、怪しいものだ。参加者はアウレリオ・アルタミラーノ。スペイン系の聖職者らしい。

 

 そして残りの一枠が、不明な外来の魔術師になる。

 

 候補としてはルバリオン、アウレリオも怪しいが、その二人だっていきなりルール違反を犯すだろうか?

 

「なるほど……」

 

 考え込むキャスター。

 

「そうだな。勝ち目はある、と言えるだろう。それでも、死ぬ可能性は大きい。はっきり言って、『たかが』先祖返りの伝承保菌者が生き残れるほど鬼種というのは甘くない。それでも——やるかい?」

 

 僕はっきりと、首を縦に振った。

 

***

 

 翌日夜。

 ビルの屋上から、世界を見つめる。

 

 キャスターによって尋常ならざる強化を施された僕の瞳は、今や英霊の目にも匹敵する。

 弓を構える。右手の中に、自然と矢が出現した。

 

『落ち着いて。この距離なら気付かれることもないはずさ』

 

 サーヴァントとのつながりを通して、キャスターから脳内に声が届く。

 

 狙いを定め、引きしぼる。

 

 人が引くことを考慮していないのではないかと思わせるほど強靭過ぎる弓を、いともたやすく引いてみせる。

 

 深呼吸をして、極限の集中を。

 

 狙う先にいるのは、港にてこちらを誘うように実体化している鬼の少女。

 

 穿つは鬼。狙いは必中。

 

 これこそは十二の斧の飾り穴を貫いた絶対の精密射撃。

 愛しき妻を守るための一矢。

 

「『十二穿つ一射(オデュッセウス・スナイプ)』——!!」

 

 風切り音すら、遅れて聞こえる。

 

 ミサイルのごとき矢は、空気の壁をたやすく突き破り、音すら置き去りにして突き進む。

 

 雷を鼻で笑う速度で突き進む矢は、過たず鬼の少女に命中——

 

 ——しなかった。

 

 鬼の少女は人に躱すことは不可能なその射撃を、超常の反射神経でもって察知し、回避してみせた。

 

 しかし、それすらも——

 

「——織り込み済みだ……!」

 

 矢は地面に突き立つ寸前、着弾地点に斧が出現する。

 その斧に開けられた飾り穴を、矢が通過する。

 

 そして、いつのまにか鬼の少女の背後に出現していた別の斧の飾り穴から、矢が出現する。

 

「なぁっ!?」

 

 鬼の少女の叫び声が聞こえてくるような気がした。

 

『やった!』

 

 キャスターが喜色を隠さず声を上げる。

 

 今度こそ矢は過たず鬼の少女の背中に突き立った。

 

 これこそが僕が保菌する宝具、『十二穿つ一射(オデュッセウス・スナイプ)』の真髄。

 

 この宝具は、矢を発射すると同時に、最大十二個の斧を出現させる。矢は十二個の斧についた飾り穴を必ず通過する。そしてその飾り穴は、飾り穴同士で空間がつながっており、飾り穴に入った矢は、別の斧の飾り穴から出現する。

 

 この宝具によって打ち出された矢は、そうして穴と穴をワープすることで異次元の軌道を描き、敵に着弾させる宝具なのだ。

 

 英雄にしか引けぬ強弓の一撃を受けた鬼の少女は、衝撃を殺すことができず吹き飛び、港にあるコンテナに叩きつけられる。

 

 僕は宝具を連射し、鬼の少女に畳み掛ける。

 

 鬼の少女は炎を撒き散らし、僕の矢を焼き尽くそうとするが、斧はどこにでも出現する。

 

 炎の防壁の内側に斧を出現させ、矢をバーサーカーに命中させる。

 

 四方八方から穿つ矢に、次第に鬼の少女は力を失っていく。

 

 そしてとどめの一撃を放とうとしたその瞬間——

 

「面白いことをしているなァ」

 

 耳元で、囁く声。

 

『マスター! 逃げろ!』

 

 遅れて、キルケーの声。

 

 とっさにその場を飛び去り、大きく距離を取る。

 

 しかし僕に声をかけた存在は攻撃をすることもなく、その場に佇んでいた。

 

 いや、本当にそこにいるのだろうか?

 

 そこに確かにいることがわかっているはずなのに、まるでそこにいないかのよう。

 

 気配が、消失している。

 

『大丈夫かいマスター!?』

「ああ、大丈夫。しかし、こいつは……」

 

 どこにいるかもわからないサーヴァントを警戒して、僕は矢を構える。

 

「失敬、私はアサシンのサーヴァント。主の命令でここにいる——と言いたいところだが実は主の命令とか全然関係なしにここにいる」

 

 そう言ったアサシンのサーヴァントは、芝居がかったポーズで気配を表した。ひょろりと長いシルエット。顔はなかなかの美青年だ。

 黒い外套に身を包んだその姿はなるほど、暗殺者にふさわしいだろう。

 

 おそらく、今のはアサシンのクラススキル、気配遮断だろう。

 サーヴァントとしての気配を消失させるそれは、マスター殺しに特化している。

 

 しかし、今僕を攻撃しなかった意味はなんなのだろうか?

 

「お前は何者だ?」

 

 僕は無意味と知りながら、それを聞いてみる。

 

「よくぞ聞いてくれたァ!!」

 

 しかし、それを待っていたかのように、アサシンは大声をあげた。

 

「私はジャック。ジャック・ザ・リッパー? NO、NO! アイアム——」

 

 その瞬間、外套を翻してジャックと名乗ったアサシンは自らの体を見せる。

 

 そこには——

 

「スプリングヒィィィィィイイイイイイイルドッッッ!!! ——バネ足ジャァック!!!」

 

 ——文字通り、バネの足。

 機械によって作られた、スプリングヒールド。

 

 異形の足を持つ怪人、バネ足ジャックは、高々と名乗りを上げた。

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