Fate/Circe 作:アイリス
「——バネ足ジャァック!!!」
叫ぶように名乗ったその怪人。
異形の足を持つバネ足ジャックは、何がおかしいのかゲラゲラと笑っている。
『まさか、自分から真名を名乗るとは……!』
遠方から遠視によってこちらを見ているキャスターも驚きの声を上げる。
僕はゲラゲラと笑い続けるバネ足ジャックに向けて、瞬時に矢をつがえ放つ。
「おおっとォ!!」
しかしそれはいともたやすく避けられる。
マスターの特権として、サーヴァントのパラメータなどを一部覗き見できるものがあるが、それによれば、バネ足ジャックの敏捷はA+。最高値であるAにさらに+が付いている。
この程度を避けるのは造作もないということか。
しかしこの宝具の本質は先ほども行ったように斧を利用した空間転移にある。
墜ちろ——バネ足ジャック。
バネ足ジャックの背後に出現した斧から、外れた矢が出現する。
それはバネ足ジャックに直撃し——
「——『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒィィィィィィィィイイルド)』ッッッ!!!!!」
寸前。
バネ足ジャックの宝具が発動する。
やたらと多い感嘆符とともに解放された宝具の真名はバネ足ジャックの異名たるスプリングヒールド。
瞬間。
バネ足ジャックが飛んだ。
それは
バネ足ジャックの姿が搔き消える。
それこそは、バネ足ジャックの真骨頂。
かつてロンドンを騒がせた彼は、人を驚かせた現場から、数メートル以上ある壁を飛び越えて『消えた』と言う。
その伝承の再現。それこそは、高ランクの縮地や鮭飛びを持つサーヴァントならば可能であると言われる空間跳躍なのだ。
キャスターに一度転移させられたことで、転移の兆候を見抜けた僕は、とっさに背後を振り向いた。
『いや、上だ!!』
キャスターの声が響く。しかしその忠告は一瞬遅かった。
「ヒャハハハハハァッ!!!」
甲高い笑い声を響かせながら、上空からバネ足ジャックが降ってくる。
勢いをつけた蹴りは僕の体に深々と突き刺さる。
「ガッアァッ!」
『マスター!!』
無様な叫び声が口から漏れ出し、キャスターの悲痛な声を聞きながら僕はその場から吹き飛んだ。
「おやァ?」
バネ足ジャックは訝しむように自分の足を見つめた。
おそらく、思ったより手応えがないのだろう。
僕は上空からの蹴りに対して、体を捻ることで衝撃を逃し、あえて吹き飛んだのだ。
『今治癒魔術をかける!』
キャスターの声が聞こえ、次いで体の痛みが引いていく。
そう、こちらには大魔女のサポートがあるのだ。
霊脈を制圧し、膨大な魔力を手に入れたキャスターのサポートは、僕を英霊に匹敵させるほど。
『マスター。なんとか隙を作ってくれ。そうしたら私がマスターを転移させて、そのあと結界で閉じ込め大魔術で薙ぎ払う。アサシン、それも近代の都市伝説風情に、私の魔術が防がれるわけがない』
僕はこくりと頷いて、弓に矢をつがえる。
しかしバネ足ジャックは僕が矢を放つよりも前にA+を誇る敏捷によって僕に迫り、僕を蹴り飛ばす。
上空に蹴り飛ばされた僕は空中で姿勢制御もままならず、そのままバネ足ジャックに弄ばれてしまう。
空中に飛び上がったバネ足ジャックは体をひねり、機械仕掛けの脚をしならせ強力な蹴りを放つ。
脇腹にそれをもろにくらい、続いて蹴りの反動で体を捻ったバネ足ジャックの拳を食らう。
後頭部に拳をくらい、ビルの屋上に叩きつけられる僕。
そこにバネ足ジャックが落ちる勢いを利用したストンピングを仕掛けようとする。
『マスター!』
そこにキャスターの支援が入る。
暴風が渦巻き、バネ足ジャックを吹き飛ばした。
僕はその隙に立ち上がり、矢を放ち、斧を展開してバネ足ジャックを追い詰めていく。
そしてバネ足ジャックが再び宝具を使った瞬間。
「『機械仕掛けの——(スプリング——)」
いまだ!
僕は自分の周囲に斧を展開し、矢を放つ。
「『
これは奥の手中の奥の手。
一つ目の斧の穴を通った矢が、それ以外十一の全ての斧の穴から出現する。
全方位に放たれる矢は、僕の斜め後ろに出現した怪人をも捉えた。
これこそがこの宝具の奥の手。
空間を捻じ曲げ、繋げることで、一矢を十一矢に増やす、反則技——!
「バネの脚(ヒィィィィィィイイルド)』ッってぐぁっ!」
矢に直撃したバネ足ジャックが吹き飛ぶ。奴の耐久はC。平均的な数値だ。
時に守りに秀でているわけでもない奴にとって、この一撃はひとたまりもないはず——!
『よくやったマスター! 逃げるぞ!』
キャスターの声が響き、再び空間が歪む。
そして次の瞬間、僕は山の中の小屋に戻ってきていた。
「——ッ!」
僕はその場で膝をつき、大きく息を吐いた。
いくら祖父に戦闘訓練を受けていたとはいえ、初陣が対サーヴァントというのはきつかった。
「大丈夫かいマスター?」
心配そうに覗き込んでくるキャスター。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ。それより、アサシン——バネ足ジャックは?」
僕の質問に、キャスターは苦虫を噛み潰したような顔を作る。
「逃げられた……相手の宝具が思ったより強力だったようで結界を通過されてしまった……。でも、手痛い傷は与えたはずだ。私の雷にかすっていたからね」
どうやら、サーヴァントは一人も仕留められなかったらしい。
こちらはだいぶ手札を切って、戦果はアサシンとバーサーカーをあと一歩まで追い詰めた。
これを勝ちと見ることもできるが、僕個人としては負けである気がしてならない。
「事実、負けかもしれない。相手に癒えない傷を与えたわけではないからね……」
回復されて仕舞えばそれまでだ。
そう言って、しょんぼりとするキャスター。
釣られて僕も気を落としてしまう。
「ご、ごめんよ、せっかく君が頑張ってくれたのに——」
落ち込みかけたキャスターに、僕は声をかぶせる。
「逆に言えば、回復するまでは動けないはずだし、そうそうここに攻めてくるということもないと思う。……そもそも、キャスターがいなければ僕は死んでいた。ありがとう、キャスター」
キャスターは一瞬固まると、微笑んで礼を言った。
「……ありがとう、マスター」
***
夢を見る。
これは僕の夢ではない。
彼女の夢だ。
その島は孤独の島。
鳥を囲う鳥かご。
居心地がいいから。必要がないから。言い訳をしながら、私はこの島に留まり続ける。
それでも時折寂しくなって、寂しさを埋めてくれる何かを探す。
でも寂しさを埋めるそれを見つけて、ひととき夢を見たとしても、やがて飽きてしまう。
だから豚にした。
見捨てるのはかわいそうだから。飽きられるのは辛いことだから。一人はきっと、とても辛いから。言い訳に言い訳を重ねて、私は彼らを愛しいペットに変えた。
でも、ペットじゃ寂しさは埋まらない。
だから再び探す。寂しさを埋めてくれるものを。
見つけて、飽きて、豚にして。
いつまで繰り返せばいいのだろうか。
私の寂しさは、誰が埋めてくれるのだろうか。
ねえ、お願い王子様。この鳥かごから連れ出して。
そして私は、ついに見つけた。
彼ならきっと、私を連れて行ってくれる。
そして、私は——
***
むくり、と起き上がる。
簡易的なベッドから降りた僕は、寝室のある二階から、一階へと向かう。
何かの料理のものらしき、いい香りが漂ってくる。
彼女が作ってくれたのだろうか?
「あっ、起きたかい。お腹が空いているだろう? ほら、キュケオーンをお食べ」
食卓に着くと、麦粥のような、それを差し出される。
「ありがとう。いただきます」
食前の言葉を口にして、キュケオーンを食べる。
蜂蜜のような甘い味のするそれは、僕の臓腑に染み渡るような美味しさだった。
「他にもいろいろ用意したんだ。どうだい?」
肉や果実が盛られた皿が置かれ、朝から随分と豪勢だな、と思う。
「いっぱいお食べ」
そう行って優しく微笑むキャスター。
彼女は少女のような見た目であるのに、まるで母のような顔をしていた。
***
朝食を終えて、僕たちは今後について話し合う。
「まず報告なんだが、君が寝た後少しして、セイバーとランサーが激突した。セイバーのマスターは、おそらく特徴から言ってアインツベルンの人間だろう」
そして。
「結論から言えば、アインツベルンは敗退した」
——!?
僕は驚きに固まる。
かつて聖杯を奪われたアインツベルンの聖杯に対する熱意は並々ならぬものがあった。ゆえにこそ、今回の聖杯戦争にも全霊を尽くしてくると思っていたのだが……。
「いや、アインツベルンは十全を尽くしたのだろう。事実、ホムンクルスも非常に強力だったし、使役する英霊も高位の英霊だった。シャルルマーニュ伝説のローランを召喚したようだった」
ローラン。僕でも知っている大英雄の一人だ。
傷つかぬ肉体を持ち、魔法の角笛と聖遺物で祝福された聖剣、デュランダルを持つ伝説のパラディン。
それが簡単に敗北するなど——
「相手が悪すぎたんだ……。ランサーはおそらく、この聖杯戦争でも最強の、いや、最悪のサーヴァントだろう」
キャスターはそう言って、目を伏せた。
「ランサーの真名は、アドルフ・ヒトラー。ナチスドイツの独裁者にして、最も名高き虐殺者だ」
アドルフ・ヒトラー。現代を生きる人間で、この人物の名を知らない人間はいないだろう。
悪名高き虐殺者。
国家社会主義ドイツ労働者党の指導者であり、ドイツを支配した独裁者。
人種主義、優生学、ファシズムなどに基づく選民思想を掲げ、無数の人間を死体に変えた。
第二次世界大戦期にナチスドイツを率い、そして結果的に敗北し、自殺した人物。
そして、彼は魔術的にも重要な人物だ。
彼は神秘の収集家であり、歴史学的には単なるオカルティスト扱いではあるが、魔術的にはまがい物の神秘を集め本物に至りかけた人物である。
僕とも、間接的にではあるが縁深い人物だ。
彼から聖杯の奪取を命じられたライヒハートを諭し、裏切らせたのは僕の祖父である。
聖杯の奪取がもし成功していれば、世界の支配者はヒトラーになっていたかもしれない。
そういう意味では、間接的に彼を滅ぼしたのが僕の祖父ともいえよう。
しかし、彼はあくまで近代のサーヴァント。古い神秘に勝るような力——まして、ローランを死に至らしめるほどの力を持っているだろうか?
「そう疑問に思うのもわかる。しかし、奴の手には『ロンギヌスの槍』があった」
「なっ!」
ロンギヌスの槍。
これも、知らない人間は少ないだろう。かつて神の子を貫いた槍だ。
歴史的に考えれば、偉大な宗教家を刺し貫いたというそれだけの槍だが、魔術的には違う。
神の子の血を受け、無数の信仰を集め、手にしたものは世界を手に入れるとも言われるその槍は、もし存在するなら最強の宝具の一つに数えられるだろう。
「それは……本物なのか?」
「もちろん、まがい物だろう。ただ、本物よりも厄介かもしれない」
キャスターは語る。
「あれはロンギヌスの槍に向けられた信仰が形になったものが、『歪んだ』ものだ」
「歪んだ?」
「そう。史上最大の虐殺者であり、悪なる支配者として信仰を集めるヒトラーが持つことで、かの聖槍はその本質を歪められた。単純に聖なる槍ではなく、正真正銘持ち主に世界を支配させるにたる『何か』を与えている」
「何かって言うのは?」
「わからない。幸運、運命、未来。様々な言い方ができるけど、どれも本質とは遠い」
魔術師として人理に刻まれる彼女が曖昧な言い方しかできない『世界を支配させるにたる何か』。
そんなものを、史上最大の虐殺者が手に入れてしまえばどうなるのか。
「……ローランとの戦いはどう言うものだったんだ?」
「あっけないものだったよ」
まず、遭遇してすぐにローランがデュランダルの真名を解放し、聖なる極光を解き放った。
極大の光線、光の断層たるそれは、まさに聖剣の名にふさわしく、敵対するサーヴァントは間違いなく蒸発するだろう。そのはずだった。
しかしヒトラーは虚空から黄金に輝く槍を取り出すと、ひとりでに光線が『逸れた』という。
周囲一帯を破壊し尽くす聖剣の輝きは、まるでヒトラーを傷つけるのを嫌がるように左右に分かれたのだ。
光の渦に飲み込まれ消滅するはずだったヒトラーは無傷であり、お返しとばかりに放たれた聖槍の投擲はローランの体に吸い込まれるように直撃し、そしていかなる武器によっても傷つかなかったローランの体をいともたやすく貫いて、ローランを消滅させたという。
「……はっきり言って、あれは勝ち目が見えない。異常だ。どこか他の陣営が倒してくれるのを待つべきだと思う」
キャスターの言葉に、僕も頷く。
「ランサーのマスターは?」
「それはわからなかった。近くには潜んでいないようだったよ」
ランサーのマスターは不明。マスター殺しも今の所無理か。
「アインツベルンのマスターはどうなった?」
「死んだ。ローランが死んだところに、ヒトラーの銃で撃たれてね」
敗退したマスターを殺すことも厭わない。本格的に危険なサーヴァントだ。
「今後の方針としては、とりあえずバーサーカーが見つかるまで待機。バーサーカーを見つけたら、行けそうなら討伐」
「アサシンは?」
「あっちは正直よくわからない。言っていることが本当ならマスターの命令できていたわけでもなさそうだし」
あいつは本当なんだったんだ。精神汚染でも持ってるんじゃないか。
ブツブツと呟きながら、キャスターは眉を寄せる。
「まあ、アサシンは放置でいいだろう。あの感じなら勝手に死んでくれると思うし」
しばらくは待機になりそうかな。
そう思って安心したところに、警報が響く。
キャスターの結界に、サーヴァントが触れた証だった。
***
「まずはじめに聞いて欲しいのは、こちらとしては敵対の意思はないっていうことなんだ」
魔力でできた光の縄によって縛られた緑髪の男がそう言う。
サーヴァントの侵入を感知した僕たちは、この男——本人曰くアーチャーのサーヴァントを、いともたやすく捕らえた。
……捕らえてしまった。
「ほらほら。君たちが僕を捕まえようとするのにも抵抗しなかったろう?」
そう、このアーチャー、我々に無抵抗で捕らえられてしまったのである。
「ここをどうやって見つけたんだい?」
「いや、霊脈を巡っていたら偶然」
「そんな言葉を信じるとでも?」
「信じてもらわないと困るんだよね〜」
のんきにそう言うアーチャー。
抵抗もせず拘束されたままのアーチャーを見る。
どうしていいかわからず、僕たちは悩んでいた。
「いやいや、悩まないでくれよ。僕今の所何も悪いことしてないんだしさ。話くらい聞いてくれてもいいんじゃないか?」
確かにその通りである。アーチャーがしたことといえば、勝手にキャスターの工房に入りこんだだけだ。それ以外何もしていない。
「キャスター。話だけでも聞いてみよう」
「うーん。マスターが言うならそうしようか」
「いやー、ありがとうアビシャグ!」
「それは私のことかい?」
「そうだよアビシャグ。美しい人よ、僕と暖め合わないかい? ほら、服を脱いで——」
「焼き豚にするぞ」
アーチャーの頬に雷電がかすり、アーチャーは口をつぐむ。
「そう怒らないでくれよアビシャグ。まあいいや。マスターからの指令を無視するわけにもいかないしね」
よっこいしょ。と、腕と足を縛られたままで器用に体制を変え、転がされていた状態からなんとか座ると、アーチャーは話し始めた。
「こちらの要件は同盟のお誘いだ」
同盟。
聖杯戦争において、同盟というのも一つの手段だ。
勝者が一人である以上、最後には争わざるを得ないが、途中までなら手を組むのは大きなアドバンテージを得ることにつながる。
「期間と目的は?」
キャスターが問う。
「ランサーの討伐まで。目的は言わずもがな、ランサーの討伐だよ」
どうやら、アーチャー陣営もランサーについての情報を得ているらしい。
「ランサーは危険すぎる。単純に戦力として強いっていうのもあるけど、それ以上に彼が聖杯を手にした時が怖い。マスターはそれを強く危惧しているんだ。僕たちとしては、ランサー陣営が聖杯を得る手段を失うことに強力してくれて、かつ君たちの願いが『危険なもの』でないなら聖杯を譲ってもいいと思っている。マスターは、
聖杯を譲ってもいい……ときたか。
はっきり言って、話がうますぎる。
「都合が良すぎるな。何が目的なんだい?」
キャスターもそう思ったようで、目を細めて問う。
「僕のマスターは、この聖杯戦争を、犠牲者を一人でも少なく終結させることを目標にしてるんだ」
犠牲者を一人でも少なく。
尊い理想だが、果たしてそんなことを願う魔術師がいるだろうか?
「あっ、勘違いしてもらっては困るんだけど、僕のマスターは魔術師じゃないよ」
「どういうことだい?」
「僕のマスターはアウレリオ・アルタミラーノ。教会の聖職者さ」
「聖職者だから……。そんな理由で信じろと?」
「うーん。君たち、ちょっと物事を複雑に考えすぎじゃないかな。悪人だっているけれど、世の中には善人だっているんだよ」
つまり、アーチャーの主張するところによれば、アーチャーのマスターは完璧な善意で行動しているということらしい。
「マスター、どうする?」
小声でキャスターが問うてきた。
「僕としては、受けてもいいと思う」
ランサーの討伐はなんとかしなければいけない問題だ。
もともと同盟はランサーの討伐までであるし、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)を書いてもいいと言ってるわけだし、信用してもいいと思う。
「自己強制証明(セルフギアス・スクロール)にだって抜け道がないわけじゃないんだけど……まあその辺は私が気をつければいいか。——わかった。受けようじゃないか」
「本当かい? ありがとう。マスターも喜ぶよ」
そう言って、緑髪のアーチャーは微笑んだ。
***
「俺がアウレリオ・アルタミラーノだ」
緑髪のアーチャーが案内した先、町外れにある教会に入ると、筋骨隆々とした巨漢が現れる。
凶悪な肉食獣のような風貌のその男は、しかしアーチャーの言葉が正しければ犠牲者を減らすことを目的とする心優しい男であるはずだ。
イメージとかけ離れた風貌に面食らいながらも、自己紹介を済ますと、奥の応接室に通され、席に着いた。
「さて、具体的な話を詰めていこう。お前たちは俺との同盟の話を受けてくれ打ってことでいいんだな?」
「ああ、そのつもりで来た」
僕はそう答える。
「OK、まず先に俺の方針から話そう。俺の目的は、聖杯戦争での犠牲者を減らすこと。そして、『危険じゃない』願いを持つ陣営に聖杯をとらせることだ。聖杯に願いはない。アーチャーもそうだ」
お前たちの願いは?
そう聞いてくるアルタミラーノ。
「僕には願いはない。この戦争を生き残ることだけだ」
「私にもまあ、願いはないよ」
わずかに含みのある言い方をしたキャスターに、アルタミラーノは一瞬目線を向けるが、すぐにそらした。
「なるほど、それは
「僕は書ける」
「私も必要なら書こう」
ふーむ。そう言ってアルタミラーノは太い指で顎を掻いた。
「よし。それならこの戦争中、こちらとしては全面的に協力する用意がある。俺たちとしては、危険な願いを持たない陣営に聖杯をとってもらえればいいんだ。自分で取ってもいいが、俺とアーチャーだけで勝ち抜けると思うほど慢心もできねえ。俺たちと組まないか? 願いはないなら必要ないかもしれないが、必要なら聖杯は譲る」
そう言って、アルタミラーノは僕を見た。
「僕は受けていい……と思う。キャスターはどう?」
「私も構わないよ。ここまでいうなら信頼しよう」
「よし! ありがとよ!」
アルタミラーノは笑顔を見せた。
ただしその笑顔は肉食獣が牙を剥いているようにしか見えなかったが。
「お礼と言っちゃあなんだが、まあ、情報共有だな。こちらのアーチャーの真名を教えておこう」
「いいのかい?」
「構わん。戦力の把握はこれから共に戦う上で重要だからな」
アーチャーもそれでいいな?
アルタミラーノの声に、同席しているアーチャーがうなづく。
「アーチャーの真名は『ダビデ』。旧約聖書に名高きイスラエルの王だ」
ダビデ。
また随分なビッグネームが来たものだ。
巨人ゴリアテを倒し、全イスラエルの王となった人物だ。
「ステータスとスキル、宝具も開示しておく」
開示された宝具やステータスに、僕たちは顔をひきつらせる。
まず対魔力Aの時点でキャスターと相性が悪いというのに、宝具も強力だ。
そして最後、『
触れた生物、サーヴァントを即死させる、おそろしき宝具。
「敵対しなくてよかった……」
思わず漏らした声に、アルタミラーノが笑った。
***
「マスター、細かい契約についてのことが終わったよ。あとは君のサインが必要だ」
キャスターがアルタミラーノと話し始めて数十分、ぼうっとしていた僕に、キャスターの声がかかった。
「わかった。ここに書けばいいのかな?」
「一応確認してから書いてね」
僕は頷いて、内容を確認する。
聖杯への願いについては、『直接的、間接的かかわらず、人に危害を加える、世界を揺るがすような願いを聖杯に願わない』ということで落ち着いたようだ。
それ以外のことについても、僕が不利になりそうなものはなかったため、僕はサインした。
「よし、それじゃあ早速だが、ランサー陣営についてだ。俺たちとしては、デュランダルを持つサーヴァント、おそらくローランと思われるそいつを、いともたやすく殺す力を持っていること。力を失ったマスターをぶち殺すことにためらいがないこと。見た目、持ってた槍をロンギヌスの槍と呼んだこと、などから真名をちょび髭伍長だとあたりをつけていることくらいがわかっていることだ」
「あとどう考えても『やばい』力を持っていることもね」
ダビデが補足し、情報の開示が終わった。
「こちらとしては、あいつがアドルフ・ヒトラーであることを確定であると考えている。持っている宝具はロンギヌスの偽物。ただし、秘められた力は本物以上。運命干渉に近い強力な能力を持っている。おそらく、ロンギヌスの槍に集まる信仰が形となり、それがヒトラーへの信仰で歪められてしまったものだと思っている」
「なるほど、重要な情報だ」
感心したように、アルタミラーノが言う。
「となると、僕の聖槍に対する耐性は当てにしないほうが良さそうだね」
ダビデは、その身に秘める神性によって、キリスト教系の宝具に対してある程度の耐性があるのだ。
「ああ、聖槍への耐性をあてにして仕掛けていれば痛い目を見ていただろう」
アルタミラーノは言う。
しかしなんというか、この獣じみた男が痛い目を見ている状況、というのが想像できない。
「他の陣営についての情報はないのかい? こちらとしては、バーサーカーとアサシンの情報を持っている」
「おお、それはありがたいな。こっちとしてはライダー陣営とバーサーカー陣営の情報を持ってるぜ」
これで、全ての陣営の情報を一応とはいえ得たことになる。
「そちらも知っているかもしれないが、一応言うね。バーサーカーは鬼種。炎を操る力を持っているようだった。容姿は少女のようだが、ひたいにきっちり二本の角がある。バーサーカーのくせに理性があった。スキル、宝具は不明」
アルタミラーノとダビデは真剣に聞いている。
「アサシンは真名が分かっている。真名は『バネ足ジャック』。イギリスの都市伝説だ。しかし、その能力は意外と強力。最高ランクにプラスがついた敏捷。精神汚染を持っているのではと疑うレベルの狂気。そして何よりも宝具。『
「なるほど。ありがたい。宝具までわかってりゃあ対策の立てようもあるわな」
そう言ってアルタミラーノとアーチャーは満足げに頷いた。
「それと、私たちの陣営についてだが——」
私の真名を教えるつもりはない。
キャスターがそう言うと、アルタミラーノは頷く。
「ああ、それで構わん。もともと、そう言う条件で同盟を結んだわけだしな」
先ほどの
「その代わりと言ってはなんだが、マスターの情報を開示する」
いいよね、マスター?
そう言うキャスターに、僕は「構わない」と言った。
「マスターは伝承保菌者だ。その上、先祖返りでもあり、その肉体は神代の人間に近い。いざという時は、自分で自分の身を守ることができる」
「ん?」
「え?」
ん? は僕の声。僕としてはてっきり、僕も戦力に数えられるものだと思っていたが。
え? と声を出したキルケーは、僕を諌めるような目でこちらを見る。
「君、まさか自分も戦うつもりじゃないだろうね?」
「いや、僕はそのつもりでいたけど……」
「馬鹿か君は。同盟のおかげで前衛を任せられるサーヴァントが手に入ったんだぞ? それも対魔力Aの! わざわざ君が死にに行くような真似はしなくていいんだ!」
君の目的は生き残ることなんだろ!?
そう言われて、ハッとなる。
また悪いくせが出かけていたようだった。危機感が足りないと言われ続けて十九年。いい加減僕もそれを気をつけるべきだ。
「ごめん、キャスター」
「全く、自分の身は大切にしなよ!」
「あー、結局、そっちのにいちゃんはサーヴァントとの戦闘には参加しないってことでいいんだな?」
「もちろんだよ! その分私が働くから」
キャスターはそう言う。
なんというか、稼ぎを全て彼女に任せるヒモ男のような気分になってしまった。
「OK。まあ、マスター戦でほぼ無敵っていうのは重要だ。サーヴァントに匹敵する戦力がいりゃあ俺も安心できる」
アルタミラーノとしては、戦力としての僕はサーヴァント戦に投入したいほど重要ではないようだった。
「さて、こちらの情報を開示しよう。まず、バーサーカーのマスターだが」
——弄月宴。弄月家の当主だ。
アサシン
真名/バネ足ジャック
性別/男
身長/197cm(機械足込み)
体重/79kg(機械足込み)
属性/混沌・悪
ステータス
筋力:C+
耐久:C
敏捷:A+
魔力:D
幸運:A+
宝具:C++
クラススキル
気配遮断:A
スキル
精神汚染:C
自己改造:D+
無辜の怪物:B+
跳躍:A+
宝具
『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒールド)』
ランク:C++
種別:対人宝具
レンジ:1〜99
最大補足:1人