Fate/Circe   作:アイリス

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最終話

 決戦の朝。僕はアームストロングと話していた。

 

「時に君は、なんのために戦うのだ?」

 

 向かいの席に座るアームストロングの問いに、とっさに答えが思いつかない。

 僕は、なんのために戦うのだろうか。

 

 突如としてバーサーカーに襲われ、家族は死に絶え、キャスターにすがって生き延びた。

 生き残るために戦いを仕掛けて、そして敗北に近い撤退を経験した。

 同盟を組み、家族を殺した因縁の敵を倒した。

 

 そして僕は今、ランサーと戦おうとしている。

 

 それは確固たる己の意思があってのことではなく、流れに流されてのことだった。

 

「戦う理由は重要だ。私も海軍の端くれとして実戦を経験したこともある。私は祖国と名誉のために戦った。そして今は、これからの時代を生きるだろう私自身と、私の家族のために戦う。君はなんのために戦う?」

 

 僕の、戦う理由……。

 

「なんでもいいんだ。名誉のため、金のため、愛する女のため。どんな理由であっても、確固たる理由があれば辛い時、苦しい時、立ち上がることができる」

 

 愛する女と言われて、一人の女性が思い浮かぶ。

 しかし彼女のために戦っているのか、と言われれば、それは違うだろう。

 

「もし、ただ流されるだけで戦うつもりなら、やめておいたほうがいい。きっと後悔することになる」

 

 月に足跡を刻みつけた英雄の言葉が、僕の心に強く突き刺さる。

 

 僕は。

 僕は——

 

***

 

 結局、答えは出ないままに夜になる。

 

 出発まではもう少し。僕はキャスターと話をしていた。

 

「おや、どうしたんだいマスター」

「うん。色々言いたいことがあって」

 

 僕はキャスターから色々なものを受け取っていた。

 

「あの時作ってくれたキュケオーン。美味しかったよ。また食べたいな」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。また作ってあげよう」

「うん。お願い」

 

 しばらく、静寂が降りた。

 

 僕はまた口を開く。

 

「……あの時、僕の呼びかけに応えてくれてありがとう」

 

 どうしようもなく死にそうだった僕に、手を差し伸べてくれた。

 その姿に、僕は恋をしたのだ。

 

「な、なんだい改まって……」

「キャスターがいなかったら、僕は死んでいた」

 

 僕は窓の外を見た。星空が綺麗だ。

 星の輝きはずっと過去のものであり、中にはすでに死んだ星の残光が輝いているものもあると言う。

 

「今日も、生き残ろう。キャスター」

「……うん。勿論だ」

 

 僕たちは顔を見合わせて、少し笑った。

 

***

 

「よく来たな、劣等ども」

 

 ライヒハート邸を訪れた僕たちを歓迎したのは、ランサーのサーヴァント、アドルフ・ヒトラーだった。

 

 異常な気配を立ち上らせる聖槍を手に、彼はただ一人で佇む。

 

 対する僕たちは七人の大所帯。

 バネ足ジャックのマスターだけは、自衛の手段が全くないためおいてくることになった。

 

「作戦通り、お前たちはマスターをやってこい」

 

 アウレリオがヒトラーを無視して指示を出す。

 しかしそれに、ヒトラーが口を挟む。

 

「マスターならもうおらんよ」

「なに?」

 

 マスターがいないとはどう言うことか。

 サーヴァントは、魔力の供給なしには存在できない。

 魔力の供給役であるマスターがいなければ、早々に消滅するはずだ。

 

「ライヒハートのクズどもは我が宝具に取り込んでやった。何やら甘言を弄し私を操ろうとしたようだったが、裏切り者を許すはずもない。早々にただの魔力タンクに変えてやったよ」

 

 何を企んでいたが知らんが、愚かなことだ。

 

 ヒトラーはそう言って、槍を構える。

 それは戦うための構えではなく、言うなれば支配者の構えに見えた。

 

 マスターがいないとなると、まずい。

 僕たちはヒトラーに対してはあくまで足止めをして、マスターの方を殺すつもりだった。

 

 しかしそれができないとなると、真っ向勝負をするしかない。

 

「もはや我が理想。ナチス・ドイツによる世界支配はすぐそこだ。お前たちはアーリア人によるアーリア人のための完全なる世界の礎となれ」

「はっ、お断りだね! やれ、アーチャー!」

「オーケー! 君には改心する権利がある。ヘー、ダレット、ギメル、ベート」

 

 アレフ!

 掛け声とともに、必中の投石が放たれる。

 サーヴァントの急所に確実に当たるはずのそれは、しかしヒトラーにあたる直前で不自然に逸れた。

 

「ならこれはどうだ?」

 

 キャスターが雷を放つ。紫色の光がほとばしり、ヒトラーを飲み込むが、しかし——

 

 無傷。

 

 ヒトラーは傷一つ負っていなかった。

 

「全ては無意味だ。私にこの槍がある限り、お前たちに勝ち目はない」

 

 僕たちは考えうる限りの攻撃を放っていく。

 雷撃が、炎が、弓矢が、ナイフが、蹴りが、ヒトラーを襲う。

 しかしその全てが、ヒトラーに当たらない。

 まるで斥力が働いているように、そのことごとくがヒトラーを避けるのだ。

 

 まるでヒトラーを世界が讃えるように、僕たちのすべての行動が無意味に終わる。

 

「いい加減鬱陶しいな」

 

 ヒトラーはそう言って、槍を一振りする。

 

 不可視の衝撃波がほとばしり、僕たちは吹き飛ばされた。

 

「ガッハァ!」

 

 地面に叩きつけられ、肺の中の空気が全て吐き出される。

 立ち上がろうとするものの、地面に縫い付けられたように動けない。

 

「実を言うと、私はマスター以外のものもこの身に取り込んでいてね。大聖杯、と言うのだったか。小聖杯共々我が身に取り込ませてもらった」

 

 まあ、完全なる支配はできず、せいぜい魔力を引き出すくらいしかできないんだがね。

 ヒトラーは言う。

 

 大聖杯はこの街の中心の地下にある。動きがないと思っていたが、密かに地下で聖杯を奪っていたのか。

 

 それが本当だとすれば、もはやヒトラーを倒すすべはないのではないだろうか。

 聖杯からの魔力バックアップを受け、支配の槍を十全に使う。そんな化け物に、勝てるはずが——

 

「ん? 何を絶望している? まだ戦ってもいないと言うのに」

 

 奴にとって先ほどまでの戦いは遊びだったらしい。それも当然だ。奴がやったのは槍を一振りしただけ。それだけで僕たちはいま地伏している。

 

「さて、真の闘争を始めるとしようじゃないか」

 

 そしてヒトラーは、何事かの詠唱を始めた。

 

「『Das ist unser Konflikt.』」

 

 空間がたわみ始める。常識がきしみをあげ、テクスチャが置き換えられる。

 

「『Endloser kriegsgefährdender Krieg.』」

 

 電光が辺りを駆け巡り、世界が書き換えられて行く。空間が異常認識によって歪み、狂気が満ちる。

 

「『Die letzte Schlacht kommt unter das Hakenkreuz.』」

 

 燃え上がる都市。逃げ惑う市民。空には無数の銀色に輝く円盤。

 

「『Ein Flugzeug mit einer Scheibe.』」

 

 宇宙の輝きが満ちる。この世ならざる輝きが、空間を埋め尽くす。

 

「『Licht des Universums.』」

 

 聖遺物を持つ超人の兵士たちが円盤から舞い降りる。白すぎる肌に、異様なほど恵まれた体格。そして均一の見た目。一切の差異がない無敵の軍団が顕現する。

 

「『Das Leuchten von Reliquien.』」

 

 これこそは、ヒトラーの心象風景。

 

「『Berlin wird fallen.』」

 

 燃え落ちるベルリン。

 

「『Aber mein Ruhm für immer.』」

 

 かの独裁者が切望した、最後の大隊。

 

「『最後の大隊(Letzte Batallion)』」

 

 今、最悪の固有結界が具現化した。

 

***

 

「固有結界だと……!」

 

 アウレリオが叫ぶ。

 

 固有結界。自らの心象風景で世界を塗りつぶす、悪魔の異常認識に由来する魔法に最も近い大禁呪。

 世界そのものを改変する究極の魔術であるがゆえに、絶大な力を発揮する。

 

「貴様らにこれを見せる必要は少なかっただろう。しかしこれこそが私と言う人間を理解させるのに最も手っ取り早い」

 

 我が闘争。我が積年の悲願。

 

 狂人は自らの理想を語る。

 

 この世界は狂っている。

 ああとも、彼を理解するならこれが一番だ。

 これほどまでに狂った世界を見せられれば、もはや話し合いの余地などないのだと理解できる。

 

 燃え盛るベルリン。

 逃げ惑う市民。

 天を埋め尽くす銀色の円盤。

 そこから絶えず舞い降りる人を超えたナニカ。

 その手に持たれるのは偽にして真なる聖遺物。

 

 それがこの世界。ヒトラーの心象風景。

 

「私を狂っている、と皆が言う。しかし狂っているのはどちらかな? 人に優劣があるのは自明の理であり、それが遺伝による部分が大きいのは当然のことだ。遺伝子は正直だ。劣等の子は劣等として、優等の子は優等として生まれる。優等が劣等を支配するのは当然のこと。私は自然の摂理に従っただけだ」

 

 超人の兵団が迫り来る。天の円盤は絶えず回転し、兵士を下ろしていく。

 

「その結果が敗北だ。私は無様に負けた。敗者が罵られ、否定されるのはまた当然のことだ。ならば次は勝たなくてはいけない。私が負け、狂ってしまった世界を正さなければいけない。あるべきものをあるべき姿へ。真の優等によって、世界は支配されるべきなのだ」

 

 妄言を垂れ流すヒトラー。

 その目には狂気のみが満ちていた。

 あるいは逆に、世界でただ一人彼だけが正気なのかもしれない。

 しかしそれのどこが狂気と違うのか。

 

「こいつはまずいな……」

 

 僕たちは迫り来る兵団を必死で蹴散らして行く。

 けれども、減らせど減らせど兵の数は減らない。

 

 僕たちが兵を減らす速度よりも、円盤が兵を増やす速度の方が上回っているのだ。

 

「くっ……」

 

 僕も必死に矢で応戦するが、兵の数は減らない。

 

「それだけじゃない、見ろ、マスター!」

 

 気がつけば、ベルリンの街は見覚えのあるものに変わりつつあった。

 僕の生まれ故郷。北海道の■■市の光景によく似ている。

 

 いや、似ているのではない。そのものなのだ。

 

 固有結界が解けたのか? 否。空には未だ無数の円盤が浮いており、超人の兵士が無限に降り立っている。

 

 ならばこれはどういうことなのか。

 

「私の固有結界は、正確には固有結界ではない。現実を侵食し、テクスチャを張り替える宝具だ。我が理想の実現のため、我が超人たちの兵団は、この都市を発端としていずれ世界の全てを飲み込むだろう」

 

 ——!

 

 そんなことが可能だというのか?

 固有結界は限定的に世界を塗り替えるだけでも大禁呪であり、世界からの多大な修正を受ける。

 世界のテクスチャを張り替えるとなれば、ヒトラーにかかる負荷はいかほどのものか。

 

 そうしているうちにも、兵士たちは増えていく。

 兵士たち時間の経過とともに質が上がるようで、最初の頃とは比べ物にならない強さを得てこちらを追い詰め始めていた。

 

 空の円盤からも光線がほとばしり、街を破壊していく。

 超人の兵士が住民を追い立て、殺戮を始める。

 

 街のあちこちで火の手が上がり、建物が崩れて行く。

 

 V2ロケットの発射台がビルの代わりに地面から生え、ミサイルが発射される。それは街の何処かに着弾しては、大破壊を招いた。

 

 絶えず破壊音と人の悲鳴が響いており、まるで世界の終わりのような光景が広がる。

 

 もはや街は滅んでいる。

 狂気と破壊に飲み込まれ、この都市は終わっていた。

 

 そして僕たちもまた、もはや万事休す。

 

 四メートルを超える巨人と化し、聖遺物と一体化した人外の兵士たちは、僕たちを取り囲み攻撃を加え続ける。

 

「終わりだ」

 

 遠くからヒトラーの声が響く。

 

 僕たちは必死に迎撃するが、もはやそれも焼け石に水。

 

「キャスター! 転移を!」

「無理だ! ここはこんな状態でも固有結界の中と定義されている! 閉じられた世界なんだ!」

「そんな……!」

「いいや、まだだァ!!」

 

 最後の希望が潰えかけたその時、バネ足ジャックが声を上げる。

 

「私の宝具なら閉じた世界からも壁を飛び越えて移動できる!」

「そいつはいい! さっさとやってくれ!」

「うむ、それなのだが、令呪を使っても少し時間がかかる」

「少し、ってどんなもんだ?」

「私と一緒に転移する奴が完全にフリーになった状態で、一分はいる!」

 

 一分。六十秒。

 この状況ではあまりにも長い時間だ。

 

「オーケー。一分だね。僕はその時間を稼ぐ。みんなは転移の準備を」

 

 いつも通りの軽い調子で、ダビデは言う。

 

「お前はどうする」

 

 アウレリオが問う。その声は、わずかに悲しみがこもっているように聞こえた。

 

「なに、気にすることはないよ。たとえ僕がいなくなっても、ダビデという男の影法師があるべき場所に戻っただけのことさ」

 

 そう言っているうちにも、僕たちはどんどんと追い詰められていく。

 

「……そうか。今まで、こんなマスターのわがままに付き合ってくれてありがとよ」

「なに、お安い御用だよ」

 

 ダビデは笑っていた。

 

「転移の準備に入るぞ!!」

 

 バネ足ジャックが声を張り上げた。

 その瞬間から、僕たちは迎撃をやめる。

 

 ダビデ一人が僕たち全員で担っていた兵士たちの相手を担い、戦い始める。

 

 瞬く間にダビデは傷だらけになっていくが、しかしこちらに攻撃が飛んでくることはない。

 

 宝具を連発し、身を貼って僕たちを守るダビデ。獅子奮迅の活躍を見せる彼の背中は、偉大な英雄のものだった。

 

「よし、転移するぞ!!」

 

 バネ足ジャックの声が響き、僕たちの視界がブレる。

 

「……マスターを頼んだよ」

 

 最後に、ダビデの声が聞こえたような気がした。

 

***

 

 僕たちが転移した先は町外れの弄月邸だった。

 どうやら、ここまではまだ侵食されていないらしい。

 

 しかしここもいずれ侵食される。

 一人留守番をしていた大円寺清子を回収し、僕たちは車で■■山へと移動した。

 

 山の上から、街を見る。

 

 街は地獄と化していた。

 十メートルを超える巨人が街を闊歩し、V2ロケットがそこかしこを破壊する。空は円盤に埋め尽くされ、ひとかけらの隙間もない。

 

「これは……」

 

 僕たちは絶句して街の様子を見る。

 

「……一人のサーヴァントがここまでの力を持つものか?」

 

 僕は疑問を口にした。

 その疑問に、キャスターが答える。

 

「多分聖杯と——ロンギヌスの槍だ。あれが、もはやヒトラーという英霊さえも捻じ曲げているんだ」

 

 ロンギヌスの槍。無数の信仰を集める聖なる槍こそが、この地獄の元凶。

 なんという皮肉なのだろうか。

 

「こ、これどうなるんすか? 逃げてなんとかなるっすか?」

 

 大円寺が震えた声を出す。

 

「どうにもならんだろうな……」

 

 今なお広がり続ける『最後の大隊(Letzte Batallion)』。

 その被害を見ながら、ルバリオンが言う。

 

 絶望的な空気が漂い、諦観にも似た重たい沈黙が降りる。

 

「だけど、なんとかしなければ世界は滅ぶ」

 

 僕は言う。もはや、ヒトラーを放置することはできない。

 

「その通りだ。だがどうする? さっきの最大戦力でもダメだった。一人欠けた状態で、また戦いを挑むか?」

「馬鹿正直に戦う必要はない。さっきは仕方なく戦闘に突入してしまったけれど、何か策はあるはず」

 

 僕たちが話し始めると、突然キャスターが怒り始めた。

 

「君たち正気か!? 黙って聞いてれば戦うだの策はあるはずだの、なんで自ら死にに行くような真似をする!? 逃げるべきだ! どうやってもあんなもどうにもならない!!」

 

 キャスターは叫ぶ。

 

「でもキャスター。あれを放置していればいずれ僕たちも死ぬ」

「死なないかもしれないだろ! 現代の魔術師や抑止力、軍隊がなんとかしてくれるよ! 逃げよう!」

 

 ここまで言われても、なぜだか僕は逃げる気になれなかった。

 

「……」

 

 アウレリオは考え込む。

 

「空気を読まず発言して申し訳ないのであるが、この生命体絶対殺す箱こと『契約の箱(アーク)』なんで消えていないのだ?」

 

 そこで、アサシンが発言した。

 契約の箱(アーク)はライダーが宝具を使ってなんとか運び、車に積んで持ってきた。

 

「ん? ああ、それはその宝具の特性でな……性格にはダビデの宝具じゃないから独立していて——」

 

 そこでアウレリオはハッとする。

 

「……いや、しかし、アサシンがいれば……」

 

 アウレリオはブツブツと呟き、そして口を開いた。

 

「……いけるかもしれん」

 

***

 

「本当に戦うつもりなのかい?」

 

 みんなとは離れた場所で、キャスターが僕を鋭く問い詰める。

 

「ああ、戦う。戦わなくちゃいけない」

「いけないことなんてない。君は逃げたっていい。いや、逃げるべきだ。私と一緒に逃げよう。お願いだ!」

 

 悲痛な顔で、キャスターが言う。

 その声は切実なものであり、不安に満ちていた。

 

「……ごめん」

 

 僕は謝ることしかできない。

 彼女の言うことは、とても魅力的だ。

 きっと僕が頷けば、世界の果てにすら連れて行ってくれるだろう。

 けれど、それじゃダメなんだ。

 

「なぜ! なんで! 戦う理由だってわかってない君が!!」

「理由なら、あるよ」

 

 僕は言う。

 そう、僕はやっと気づいたんだ。

 僕が戦う理由。逃げられない、逃げてはいけない理由を。

 

「嘘だ!」

「嘘じゃない」

「理由があったって、私は認めな——」

「君が好きだ」

 

 僕は言った。

 そう、僕は彼女に恋をした。

 きっと初めから。出会った時から、そうだったのだ。

 僕に手を差し伸べてくれた彼女が、あまりにも眩しかったから。

 

「な、な、す、好きって……!」

「好きだ。愛している」

 

 僕は臆面なく愛を口にする。

 

 キャスターは顔を真っ赤にしてうろたえていた。

 はくはくと口を動かすキャスター。

 

「い、いや、それが君が戦う理由にはならない!!」

 

 キャスターが叫ぶ。

 

 たしかに、そうなのかもしれない。彼女を愛するのなら、彼女のためにも逃げるべきなのだろう。

 けれど——

 

「——好きな女の子の前で、かっこ悪いところは見せられないだろう?」

 

 僕は言った。

 これはくだらない意地だ。馬鹿な男のちょっとしたプライド。

 きっと、僕の血に一滴くらい流れている英雄の血が、僕を熱病にかけている。

 

「な、な、な」

 

 キャスターは信じられないものを見る目で僕をみる。

 

「たったそれだけのために、行くのか?」

「ああ」

「私がそんなことを喜ばないと知って?」

「ああ」

「君が一緒にいてくれればそれでいいのに?」

「知っている」

「とんでもない馬鹿なことを言っているとわかっているか?」

「わかっている」

「私を愛しているのに?」

「そうだ」

「そんなことのために、私を置いて行くのか!!!!」

 

 キャスターは叫び声をあげた。それは怒声にも似て、しかしあまりにも悲痛な、少女の叫びだった。

 

「男はいつもそうだ。くだらない意地とプライドと、勝手な都合で、私を置いて行くんだ」

 

 キャスターは、涙を流しながら杖を構えた。

 

「……君を豚にする」

 

 キャスターは言って、魔力をほとばしらせる。

 宝具の発動が迫っている証拠だ。

 

 けれど、ああ。

 

「可愛いピグレットに変えて、私のペットにする。そして遠くまで逃げるんだ。大丈夫、一人にはしない。一生面倒を見るよ」

 

 それは、それだけは——

 

「待たせたね。私の可愛いピグレットたち。さあ、出番だ」

 

 召喚の固有結界。

 空間が歪み、僕はこの世ならざる場所に招待される。

 

「宴を張ろう。饗宴を開き、客人をもてなそう」

 

 豪華な酒宴が開かれる。

 芳醇な酒の香りがみち、見たこともないご馳走が並ぶ。

 

「さあ、暴れ呑み、貪食せよ——『禁断なる狂宴(メタボ・ピグレッツ)』!!」

 

 豚の群れが僕に突進し、僕はそれに飲み込まれ、豚に変わる呪いを受ける。

 

 けれど、それだけは——

 

「ごめん。キ(・)ル(・)ケ(・)ー(・)」

 

 僕は口にする。彼女の真名を。

 ずっと前。彼女の夢を見たその時から、僕は知っていたのだ。

 彼女は僕に流れるオデュッセウスの血と弓を触媒として呼ばれたのだろう。

 

「僕は、豚にはなれない」

 

 僕は、己の内から一つの薬(・)草(・)を取り出す。

 

 僕は伝承保菌者(ゴッズホルダー)だ。

 そして、僕の持つ宝具は二つある。

 

 一つはオデュッセウスの弓。

 

 そしてもう一つが——

 

「ヘルメースより賜りし、魔を払う薬草をここに——」

 

 オデュッセウスは、魔女キルケーの魔法に対抗するために、ヘルメースから薬草を賜ったという。

 その薬草の力によって、オデュッセウスはキルケーの魔法を防ぎ、豚になることはなかった。

 

 この宝具こそは、それの再現。

 魔法を打ち消す、神秘の薬草。

 

「——『呪い祓う神秘の薬草(モーリュ)』」

 

 キルケーの魔法だけは、僕には効かないのだ。

 

「そんな……」

 

 キルケーは絶望した表情でその場に崩れ落ちる。

 

「そんなに行きたいのか……? 私を一人にするのか……?」

「……キルケー」

「話しかけるな! 何処へでも行けばいいだろう!? 私を置いて!!」

「キルケー」

 

 僕はしゃがみこんで、俯くキルケーにこちらを向かせ、瞳を見つめた。

 

「一人にしない」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

 

 僕は言う。

 

「必ず、帰ってくる」

 

 心を込めて。

 

「……馬鹿」

「うん」

「君は馬鹿だ」

「うん」

「大馬鹿ものだ。世紀の馬鹿だ」

「うん」

「サイテーでサイアクの馬鹿だ」

「うん」

「……必ず」

 

 キルケーは言う。

 

「……必ず帰ってきて」

 

 万感の思いを込めたその一言。

 

「うん。必ず」

 

 僕はそう言って、彼女に優しい口づけをした。

 

***

 

「行こう」

 

 そして僕たちは、もう一度最後の戦いに挑む。

 

***

 

 固有結界によって侵食された街。

 強固な概念の壁によって守られたそこへ、流星が翔ける。

 

 いや、それは流星ではない。

 

 ならばなんだ? 鳥か? 飛行機か?

 

 否、否、否。

 

 それは——

 

「——アポロ11号だッッッ!!!」

 

 アームストロングは叫びをあげ、ロケットを必死に操縦する。

 

 宇宙(そら)を目指して飛ぶのではなく、結界を通り抜けるために水平に飛ぶロケット。

 

 星のくびき、重力の縛鎖すら引きちぎり、果てなき宇宙へと翔けた宝具、『星の開拓船(アポロ・イレブン)』は、結界をたやすくぶち破り、ヒトラーの元へと突っ込んで行く。

 

「はっはー! あの神父もなかなかにぶっ飛んだ作戦を考えるものだ! 実にアメリカンでいいじゃないか!」

 

 叫びながら、なおも加速する。

 円盤から放たれる光の迎撃をぶっちぎり、アポロ11号は突き進む。

 

「お前たちはここで降りろ! アサシン、宝具だ!」

 

 アポロ11号に乗るのは彼一人ではかった。

 残りの二人に声をかけると、アームストロングは再び前を向いた。

 

 もう船内には彼一人しかいない。

 

「さあ、真名解放、最終宝具展開。——『大いなる(ワン・スモール・ステップ)飛躍(・フォア・ア・マン)』」

 

 今ここに、ニール・アームストロング最強にして最大の宝具が発動する。

 

 それは二つの力を持つ宝具。

 

 かつてアームストロングは、その足で月の大地を踏みしめることで、月を既征服地とした。

 その逸話が昇華され、宝具となったのが『大いなる(ワン・スモール・ステップ)飛躍(・フォア・ア・マン)』。

 

 一つ目の力は、人類がすでに成功していることに対し、何らかの判定を行うとき、自動的に成功させると言うもの。

 すなわち、歴史上成功した全ての事柄を、サーヴァント、ニール・アームストロングは成功可能とする。

 

 そして二つ目の力は、ニール・アームストロングが成功した事柄を、全人類が成功可能とする力。

 

 人類の成功は彼の成功であり、彼の成功は人類の成功である。

 

 この宝具の力があれば——

 

「さよならだ。マスター」

 

 小さく呟いて、ニール・アームストロングはロケットごとヒトラーに突貫する。

 

 着弾と同時に尋常ならざる爆発が起き、周囲一帯を破壊し尽くした。

 

 ここに、ライダー陣営の敗北が確定した。

 

***

 

 煙の中から、一人の男が現れる。

 

 傷だらけのヒトラーは、憤怒の形相でゆっくりと歩む。

 

 アームストロングの宝具と、不可能なことを不可能なまま可能にするスキル『星の開拓者EX』の効果により、生前傷つけられたことも、死んだこともあるヒトラーへの攻撃判定は、聖槍の加護を抜けて自動的に成功した。

 

 そして、アームストロングがヒトラーを傷つけることに成功したことにより、理論上全人類がヒトラーを殺し得る存在になったのだ。

 

 聖槍の加護は、もはや意味がない。

 

「私に傷をつけるとは、認めよう。確かにお前は私の敵たり得た」

 

 ブツブツと呟きながら、ヒトラーは歩く。

 周囲には新しく生成された兵士たち。

 もはやビル並みの巨体となったそれらは、ヒトラーを保護していた。

 

 そこに、僕たちは現れる。

 

「ヒトラー。お前の理想も終わりだ」

 

 僕はアームストロングから託された宝具、外部と内部を概念的に遮断する『星々を歩む衣(スペーススーツ)』を着込み、ヒトラーと相対する。

 

「ふん、劣等が囀るな。私の勝利は揺らがない。今度こそ私は理想の世界を作り上げる」

 

 ヒトラーはそう言って、槍を掲げた。

 

「死ね!」

 

 ヒトラーは槍を振り下ろす。

 瞬間衝撃波がほとばしり、僕たちを襲う。

 

 しかし、それよりも僕の背後に立つ男の方が早い——!

 

「『機械仕掛けのバネの脚(スプリングヒィィィィィィィィイイイイルド)』ッッッ!!!!!』」

 

 バネ足ジャックが僕を掴み、空間を跳躍する。

 

 跳躍した先はヒトラーの背後。

 

 しかし、ヒトラーも只者ではない。

 瞬時に振り向き、槍を振るう。

 運命の加護厚き聖槍は、過たず僕を貫く——

 

「ヒャッハァァァァァアア!!」

 

 寸前、バネ足ジャックが僕をかばうように前に飛び出す。

 

 バネ足ジャックは聖槍に貫かれ、しかし絶命することはない。

 

「オオオオオオオッッ!!!」

 

 気力によって聖槍を掴み、バネ足ジャックはヒトラーの動きを封じる。

 

 僕はその瞬間に駆け出し、ヒトラーへと手に持つものを押し付けようとする。

 

 しかしヒトラーは一瞬早く槍を手放し、懐から拳銃を抜いた。

 

 避けられない。着込む宝具に防御力は皆無。

 

 僕は、その銃弾を受け——

 

『世話がやけるな、全く……』

 

 声とともに、雷が迸った。

 

 アームストロングの宝具によって結界に穿たれた穴の彼方から、雷が来る。

 それは過たずヒトラーの拳銃を持つ手にあたり、ヒトラーは拳銃を取り落とした。

 

「ありがとう、キルケー」

 

 呟いて、僕は手に持つ箱をヒトラーに押し付けた。

 

「『契約の箱(アーク)』。神の怒りを体験するといい」

 

 そして、聖杯戦争は終結する。

 

***

 

 あれから一年が経って、僕は二十歳になった。

 

 アウレリオとルバリオンは自国に帰り、アウレリオはルバリオンへの借金で首が回らなくなっているらしい。

 大円寺清子はバネ足ジャックの死を悲しみ、そしてバネ足ジャックの故郷が見たいと言い出してイギリスに飛んだ。今でも時々手紙が来る。

 

 僕はといえば、聖杯戦争の生き残りとして色々な後始末をして、更地になった元家を売り、引っ越した。

 表向きは資産家となっていた家の所有していた財産も、売れるものは全て売り、まとまった金を得て適当に過ごしている。

 

 働かないのは気がひけるので、魔術的なアルバイトを適度にしつつ、毎日を過ごしている。

 

 引っ越した先の街を歩く。

 

 街は平和そのもので、今なお復興中の■■市とは違い、活気に満ちている。

 

 曲がり角を曲がって、僕は家の前についた。

 

 鍵を開け、ドアを開ける。

 

「ただいま」

 

 僕がそういうと、奥からパタパタとかけて来る音が聞こえる。

 

 桃色の髪と、鷹の翼が見える。

 

「おかえり」

 

 何よりも愛しい人の微笑みが、僕を出迎えてくれた。

 




受肉エンド。

マテリアル

ライダー

真名/ニール・アームストロング
性別/男
身長/180cm
体重/77kg
属性/中立・善

ステータス

筋力:E
耐久:D
敏捷:E
魔力:E
幸運:A+
宝具:A

クラススキル

対魔力:E

騎乗:C+

スキル

宇宙飛行士:EX

星の開拓者:EX

宝具

『星々を歩む衣(スペーススーツ)』
ランク:D+
種別:対人(自身)宝具
レンジ:0
最大補足:1人

『星の開拓船(アポロ・イレブン)』
ランク:A
種別:対星宝具
レンジ:999
最大補足:3人

『大いなる飛躍(ワン・スモール・ステップ・フォア・ア・マン)』
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:0
最大補足:1人

ランサー

真名/アドルフ・ヒトラー
性別/男
身長/175cm
体重/67kg
属性/混沌・悪

ステータス

筋力:E
耐久:E
敏捷:E
魔力:A
幸運:EX
宝具:EX

クラススキル

対魔力:EX(E)

スキル

狂化:EX

扇動:EX

カリスマ:A-

独裁者:EX

宝具

『悪性・祝福の聖槍(フェルシュング・ロンギヌスランゼ)』
ランク:EX
種別:対人(自身)宝具
レンジ:0
最大補足:1人

『最後の大隊(ラストバタリオン)』
ランク:EX
種別:対界宝具
レンジ:∞
最大補足:∞
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