「ガアァァァァ!!」
「おおおおお!」
コボルトの斧とシヴァの細剣が激突し、斧を跳ね除けて細剣がコボルトを貫いた。
コボルトのHPは全損し、光の粒子となってこの世界から消え失せる。
ディアベルと別れてから三日目。
今頃ディアベルは、第一層攻略会議を行っているのだろう。
第2層で待つと、ディアベルは言ってくれた。
シヴァにとって『なるべき自分』は、そんな彼を支えるプレイヤーだ。
ならば、シヴァは実力を上げなければならない。
夜通し戦った結果、現在のレベルは12。
攻略組に匹敵するものであったが、シヴァはその程度で満足しない。いざとなればディアベルを体を貼って守ることができるほど、強くならなければ。
これが仮に、『忠誠心』というものであれば、思いの外悪い気分ではなかった。
ディアベルの助力を得て作成した武器、『フイユサーブル』も手に馴染んできたころだ。
強化も一度行い、さらにその攻撃力を増している。
着実にシヴァは、強くなっていた。
「と、そろそろ休憩か」
疲労が溜まりにくい世界とはいえ、疲労がないわけではない。
限界を予測できない点で言えば、この世界の方が遥かに難儀である。こまめな休憩は必須であった。
比較的モンスターが出現しなさそうな場所を選び、腰を下ろす。
索敵スキルは重点的に上げている。うたた寝でもしなければ、モンスターの接近に気づけないということはまずない。
指をくいと動かし、メニューを開いて手の内に固焼きパンを出現させる。
はぐり。
豪快に噛みつき、喰いちぎる。
「これほど固くしなくていいだろう、茅場晶彦……」
いつもながらに固いパンに不平を漏らす。
どこかで聞いたことがあるが、なにやらNPCのクエストでクリームを手に入れられるものがあるらしい。
もっぱらパンにそれを塗って食べるのだそうな。
詳しく聞いておけばよかった、と今更ながらにシヴァは後悔した。
「さて、と」
残りのパンを食べ終え、彼は腰を上げた。土埃などつくはずもないのに、つい癖でズボンを叩く。
レベル上げを再開しようと、再びシヴァは木々の生い茂る森の中へと入っていった。
◇◇◇
「ギャッ!?」
「ギィ!」
「グゥッ!?」
斬る。殴る。貫く。
そのようにして、コボルトの群れは制圧された。
シヴァは細剣を鞘に戻し、また歩き始める。
度々現れるモンスターをすべてポリゴン片に変えながら、さらに森の奥へ。
枝を手で払いながら進んでいくと、開けた場所に出た。
「…………」
そこは、幻想的な場所であった。
木が少ないからか光が集まったようにあたりを照らし、地面には色とりどりの花が咲き乱れている。
景色を色付ける蝶は気ままに舞い、中央より少しずれた場所に一本だけ木が立っていた。
「…………!」
その木を見て、驚く。
木を背もたれに座っている人影があったからだ。
NPCだろうか? いや、カーソル表示からしてプレイヤーだ。
花畑の中に入り、シヴァはプレイヤーへと近づく。
そのプレイヤーは、女だった。
茶髪の毛先の別れたボブヘアーに、白い肌。
睫毛が長い切れ長の目。
鼻筋はすっきりと通って、顎は小さく尖り、中性的に整っている。
背は女性にしては高く、不思議な大人びた雰囲気があった。
その女プレイヤーは、あろうことか木に寄りかかり瞼を閉じて、頭をガクリと下ろし、つまりは眠っていた。
一応は警戒しているつもりなのか、右手には短剣が握られている。
装備も短剣使いの特徴である敏捷性を重視した軽装。
「……馬鹿なのか?」
シヴァが呟くのも無理はない。
軽装ならなおさら、こんなところで眠っていてはいけないのだ。モンスターに襲われれば、ひとたまりもない。
―――というかここがどこかわかっているのか。圏外だぞ。正気の沙汰じゃない。
そう思いながら、シヴァは静かに寝息を立てる彼女へと手を伸ばす。
「おい、起きろ。ここは―――」
ヒュン、と。
シヴァの頬のすぐ右を、白刃が通り抜けた。
目の前には、女プレイヤーの赤に近い色の瞳。
大の男に恐れすら抱かせる猛獣のような眼差しをしていた彼女は、目の前にいるのがプレイヤーだとわかるとすぐに表情を緩めた。
「………プレイヤーだったか。すまないね、モンスターが襲ってきたのかと思ったよ」
「…………」
女プレイヤーが立ち上がり、片手でくるりと短剣を回して小振りの鞘に叩き込む。
対してシヴァは、右頬を恐る恐る指でなぞった。
久しぶりに感じる、死の横切る感覚であった。
「カーソルは……グリーンか。私に何もしていないようだね」
「……当たり前だ。圏外で寝ている奴がいれば、誰だって起こしに来る」
「そうかい、ありがとう。君の善意、ありがたく受け取るよ」
まるで物語の登場人物のような、奇妙な喋り方をする女だった。
普通ならば首を傾げている頃だろうが、彼女のどこかミステリアスな雰囲気と似合っていて、妙に様になっている。
「とにかく」とシヴァはため息とともに言った。
「起きたならそれでいい」
そう言って、彼はまた木々の中へと戻っていく。
正直、もう関わりたくはなかった。
いくら容姿が整っているからと言って、まったく初対面の人間に勘違いで短剣を刺しにくる女など、だれが関わりたいと思うだろうか。
ざくざく。てくてく。
ざくざく。てくてく。
足音が、二つ。
「なぜついてくる!?」
勢いよく振り返ったシヴァの目に映ったのは、短剣をくるくる回しながら歩く女だった。
女は自らを示すように、左手を自身の豊かな胸元に置いた。
「私はこう見えても、恩を大切にするんだ」
「恩になっていないだろうが! 自分で起きたんだから!」
「じゃあ、お詫びかな。いきなり短剣を向けてしまったお詫び」
シヴァはつとめて冷静になるよう、深呼吸をする。
一度目を閉じ、また彼女に目を向けた。
「じゃあそのお詫びに、ひとつだけ、質問に答えろ」
「ん、なんでも答えよう」
「なぜあんな場所で寝ていた」
「安全地帯だったからね」
「安全性は保証されていない。寝るなら寝るで、街まで戻ればいいじゃないか」
「レベル上げの効率が悪くなるだろ?」
「…………」
当然のことのように言い放つ女に、シヴァは言葉を失う。
頭痛を抑えるようにこめかみに指を当て、「いつからこの森にいるんだ?」と聞いた。
女は形のいい顎に細い指を当てて、考える素振りを見せる。
「三……四日くらいかな?」
「おい」
衝撃的な答えにシヴァが思わずつっこむ。
何かな? とでも言いたげな表情をする女に、シヴァが諦めたように背を向けた。
「君は死に急いでいる。こんな状況だ、正常な思考から外れることもあるかも知れないが、死ぬのは駄目だ。誰かとパーティーを組むといい。死に急ぐことはなくなる」
それだけ言って、彼は立ち去ろうとする。
助言はした。この後どういう行動をとるのかは、彼女次第だ。
だが―――
ピコン、とメニューに知らせが届く。
見れば、それは『パーティー申請』。
反射的に背後を振り返った。
そこには短剣をくるくる回しながら、にやりと笑っている女。
「君が言ったんじゃないか。パーティーを組めって」
「……俺と組めという訳じゃない」
「私はソロだ。君もソロだ。『ぼっち』同士にはぴったりだろ?」
「………」
シヴァが一度女から視線を切り、メニューを見る。
確かにパーティーを組めと言ったのは自分だ。
ソロではいずれ限界が来るのもわかっている。
彼は小さく呻き、ついに承諾のボタンを押した。
パーティー結成の証に、自身の視界の端に映るHPバーが、もう一本追加される。
バーの横に記されたプレイヤー名は、『ジャズ』。
「………言っておくが、俺はぼっちじゃない」
「へぇ、誰かと組んだことが?」
「パーティーじゃないが、一緒に戦ったプレイヤーがいる」
「でも今は一人……フラれたのか」
「違う」
慰めるような表情をとる女に、シヴァは何度かぶりの苛立ちを覚える。
そんな彼を見てくすくす笑う女。
「冗談冗談。じゃあよろしく、シヴァ」
「………………ああ」
苦々しく、しかしシヴァは確かに頷いた。