「やぁ、おはよう。よく眠れたかい?」
「………ああ」
シヴァに声をかけてきたのはジャズだった。
椅子に腰掛け、腕を組み、目だけをジャズに向けて応対する。
ジャズはもう一脚の椅子へと座り、丸テーブルへ肘を置いた。
「嘘だね。疲れた顔をしている」
「そうか?」
「そうさ」
「朝食は食べたかい?」
「まだだ」
「なら作ってあげよう」
そう言うと、ジャズは備え付けられた小さなキッチンへと足を運ぶ。
シヴァの別にいい、という言葉を遮ってジャズが言った。
「最近『料理スキル』なるものを取ってね。熟練度を上げるために付き合ってくれよ」
「…………意外だな。攻略には関係ないスキルを君が取るなんて」
シヴァが目をぱちくりとさせる。
レベル上げのために何日もフィールドへ出っぱなしだったプレイヤーが、攻略には関係のないスキルを取るとは思えなかったからだ。
「長い長いゲームクリアまでの生活だ。少なくとも……三年はかかるんじゃないかな? 娯楽の手段の一つでも確保しておかないと、やってられないよ」
「……ふむ」
そういえば、彼女は無謀なレベル上げを敢行していたとは言え、ボス攻略には参加しなかった。
それは彼女が知らなかったからだが、情報の仕入れを怠るのは攻略を考えての行動とは思えない。
ジャズは攻略ではなく、もしかすれば本当の意味で『好きに生きている』のかも知れない。
「私のこのアバター名は私がジャズ音楽が好きだからなんだが、もう少しレベルが上がったら『音楽』のスキルも取ろうかと考えてる。君もどうだい? バンドを組むとか」
「…………………」
「ま、気乗りしないならそれでいいよ。君は心傷ようだし」
ジャズはキッチンでメニューウインドウを操り、材料を出した。
シヴァがぼそりと、「現実世界では」と呟く。
「……ピアノをやっていた」
「へぇ。クラシックかい?」
「練習はな。好きな曲を弾くことが多かった。ジャズも、弾けないことはないだろう」
「いいね。また今度、聴かせてほしいな」
「……スキルが必要なのだろう?」
「音楽スキルは、楽器未経験者のためのものだよ。スキルの熟練度によって演奏できる曲が増えていき、スキル発動で勝手に体が動く。経験者はスキルがなくとも、実力があれば弾けるそうだよ」
「そうか」とシヴァはゆっくり頷いた。「……機会があればな」
ジャズはくすりと笑った。
朝食はサンドイッチだった。
◇◇◇
「夜風に当たってくる。少し遅くなるかもしれない」
レベル上げを終えて、宿に戻った、夜。
すぐにそんなことを言って、シヴァはふらりと部屋を出ていってしまった。
ジャズにはそれを止める義務も権利もない。同じパーティーメンバーだからと、プライベートまで阻害するのは過ぎたることだ。
だが、彼が今非常に
何があったのかは知らないが………。
それならばそれでジャズにも考えはある。
ジャズには彼を止める義務も権利もなくとも、情はあった。
彼女は自らも宿を出て、街の中へと消えた。
◇◇◇
第一層の黒鉄宮の中にある巨大な『生命の碑』には、ソードアート・オンラインに参加したすべてのプレイヤーのアバター名が記されている。
生者の名前もあれば、もちろん死者の名も。
彼らを隔てるのは、名前の上に横線が入っているかどうかだ。
「ここか……」
シヴァは冷たい金属の碑の文字列の前で、その名前を見つけた。
視線の先には『Deliaberu』の文字。無慈悲にも、上から横線が引かれている。
生命の碑記された死は絶対である。それが覆ることはない。
ディアベルの死は、決定したのだ。
「……………っ」
シヴァには正直、なぜ彼の死をここまで引き摺っているのか自分のことながらによくわかっていなかった。
ディアベルには武器の作成を手伝ってもらった。だが、それだけだ。
死んだとて、悲しみこそすれなぜ慟哭にも似た感情を持つのか。
それがシヴァにはわからなかった。
………いや。
彼だけがこのデスゲームをクリアに導けると、そう信じていたのだ。
そしてその彼を支えなければならない。使命にも似た何かが、シヴァの『なるべき自分』を決定したのだ。
だがその彼はもういない。
『なるべき自分』を失ったシヴァは、どうすればいいのか―――………
「酷いモンだよな。死んじまったプレイヤーの証明が、この生命の碑と俺らの頭の中にある記憶だけなんて」
声が、聞こえた。
低く、よく通って、心を落ち着かせる、そんな声だった。
声の方向を向けば、そこには黒のポンチョを纏ったプレイヤー。
フードを被っていて顔はよく見えなかった。
怪しい出で立ちだったが、男の振る舞いか、声からか、警戒心なんてものは呼び起こされなかった。
「Hello,
「多分……そうなる」
ポンチョの男がシヴァの横に立つ。不快に思うことはなかった。
「ハーフ……いやクオーターか。Englandと見た」
「よくわかったな。そういうお前は丸っきり外国人か」
「よくわかったな?」
「声質でな。それと……わざとらしい英語を混ぜた日本語」
「hahaha,こいつカンベンだ。ついクセでね」
ポンチョ男は陽気に言った。
その陽気さを鬱陶しいとは思えなかった。
「……浮かない顔だな? ま、ここに来ている時点でだいたい察しはつく」
「………………」
「こう言っちゃなんだが……俺も同じさ。アンタに話しかけた理由も、それでだ」
「…………そうか」
「少し話をしたいんだが、いいかね」
「…………好きにしろ」
「じゃ、遠慮なく」
ポンチョ男は先程の陽気さを幾らか落として語り始めた。
「このデスゲームが始まって以来、俺には
ある時、俺たち二人だけのパーティーにもう一人、仲間ができた。そいつは自分をベータテスターだと名乗り、俺や相棒にこのゲームのいろはを教えてくれた。優しい奴だったよ。俺と相棒は奴を信じ切っていた……。
ある日、俺達はとあるクエストに出掛けた。なかなか良い片手剣が貰えるクエストだった。
相棒は片手剣だったし、そいつも片手剣だった。もちろん実入りのいいクエストは難易度も高い。それでも俺と相棒と、そしてもう一人の仲間がいれば切り抜けられると、そう思っていたよ」
ポンチョ男はそこで一旦話をきる。
まるで怒りを思い起こさせるように肩を揺らし、拳を握りしめ、声も幾分か荒々しくして話を再開させた。
「奴は……そのクエストをクリアさせるためにどうしたと思う?
クエストについてろくに説明もせず、注意点も話さず、あまつさえ俺と相棒を『囮』にしやがったんだ!」
びくりとシヴァが肩を揺らす。
ポンチョ男の見えぬ顔をシヴァが見た。
「俺と相棒は、無我夢中に戦ったよ。生きるためにな。でもモンスターの雪崩にはどうしようもなかった。戦っている俺の耳に届いたのは、相棒の悲鳴と、ポリゴンの破砕音。
……俺はすべてを理解した。
俺はその後、どうにかモンスターを切り抜け村まで戻った。奴は姿を消していた。
許せるか? なぁ? 許せる訳がないだろう。相棒を殺し、自分だけの利益を追い求めた奴のことなんて!」
「だから俺は」ポンチョ男が静かに呟く。「復讐することにした」
シヴァが目を見開く。
「……そう怖がるなよ。何も殺したわけじゃない。見ろ、俺のカーソルはgreenだろ?
俺はその後、どうにか奴を見つけ出した。俺は考えた。どうすればステータスも装備も上のアイツに、復讐を成せるかをな。
そして俺は、『ある手段』で奴の装備を奪い去った。そしてそれをすべて奴の目の前で―――破壊してやったよ」
ポンチョ男が寂しげに笑った。
「奴は叫んでた。『何をするんだ』とか『弁償しろ』だとかな。
知るかよそんなもん。俺からすれば、『馬鹿じゃねぇの?』の一言だ。
俺は慈悲を見せてやった。相棒を殺したんだ、本当は死ぬほど殺してやりたかったよ。でも俺は我慢した。コイツをこんな糞野郎にしたのはこの状況のせい、って無理矢理自分を納得させてな。
それでも奴は反省の色を見せなかった。
もう充分だ。もう我慢の限界だ。
このプレイヤーはもはや俺達にとって害悪、そう判断した俺はさらなる『手段』を講じて奴を
そうして奴は晴れて牢獄行き。それから俺は定期的にここへ墓参りへ来るって訳だ」
ポンチョ男は「ご静聴どうも」と冗談ぽく言う。その冗談ですら、悲しげに聞こえた。
シヴァは言葉を失っていた。
あまりの悲劇にどう答えればいいのかわからず、沈黙を守っていた。
「まぁ実はこの話には続きがあってな。俺は事を終えた後、同じような悲惨な経験をしていない奴がいないかを探したんだ。
そしたら、程度は違えど数人、いた。しかもそのすべてが復讐を諦めて、泣き寝入りだ。
俺は到底その現状が許せなかったもんでな。今じゃ俺は彼らに『復讐の手段』をレクチャーしてる。
殺さず、そしてあの糞野郎共を地獄へ叩き落とす手段をな」
思わず、視線をポンチョ男へと向けた。
危うく出そうになった言葉を、シヴァは慌てて抑え込む。
だがそんなことはお構い無しに、ポンチョ男がシヴァへと目を向けた。
「お前も、俺達と一緒だろ?」
「……………!」
「そうビビらないでくれ。目を見ればわかるんだ。ゲームの理不尽さじゃなく、人の悪意で大切な人を失った奴の目は、暗く、淀んでいる。まさしく今のアンタみたいにな」
ポンチョ男の言葉は雫のように心へと落ち、そしてシヴァを侵食する。
フード中で、ポンチョ男の瞳が暗く光った。
「なぁ、お前もどうだ? お前が望むなら、復讐を手伝ってやるよ。何度も言うが殺すわけじゃない。お前が罪悪感に囚われる必要もない。もっと酷い事を、奴らはしているんだから」
「…………っ」
シヴァは答えるのを躊躇った。
ポンチョ男が場を落ち着かせるようにふぅ、と息をする。
「……まぁ今すぐ決められることはできないよな。難しい判断だ。だがこれでも俺は暇じゃないからな。そうだな、三日待とう。それまでに答えを出しておいてくれ。YesかNoか、どっちを選ぼうとアンタの自由だ」
そう言うとポンチョ男はシヴァに背を向ける。
「じゃあな。三日後、また会おう。Goodbye」
ポンチョ男は後ろ手に手を振り、そして闇に消えていった。
生命の碑の前には、低く項垂れるシヴァだけが残っていた。
サブタイトルを忘れていました。
申し訳ありません。
12月23日