ホワイトサファイアという宝石を知っているだろうか。
俺の主観ではあるが、見た目はダイアモンドに似ており、形を似せれば、素人目から見れば違うと断言できない程似ている鉱石だ。
サファイアやルビーの原石であるコランダムの本来の姿とされるこの宝石は、無色透明。光を中で乱反射して見えているが、もしこの宝石が板状のまっさらな状態ならガラスのようになっていただろう。憶測ではあるが。
ここまでつらつらと述べてきたが、まぁ俺もよくは知らない。何となく前にサファイアとルビーが同じ鉱石からできたと聞いて驚いて調べた時に知った程度だ。深くも知らないし、ダイアモンドに似ている以上の情報も知り得ない。
ただ、この無色透明というホワイトサファイアの性質に今この時は感謝しよう。月人に狙われなくて済んだのだから。
しかしまぁ……気付かれないのは俺の想定外である。
他の話をしよう。そうだな、宝石関連で宝石の国という漫画の話だ。
主人公が宝石でその他の登場人物も宝石で、他にも生物が出てくるが、その独特な世界観と話の構成は見てて飽きないものだ。アニメ化される程の人気で、俺が知ったのもアニメを見てからである。漫画は買ってない。
人型の宝石達が自身を装飾にしようとして狙う月人から身を守りつつ暮らす、SFファンタジー。主人公の心境の変化や、外見の変化も必見である。アニメしか知らないが。
で、だ。ここはその宝石の国の世界である。
先程その月人を見てしまったし、目の前で戦う……誰だったか、主人公に影響を及ぼす者が壊れ持ち連れ出され、その後を流体の金を行使しながら緑色の髪をした主人公が駆けだして行った。
……そこまでは良い。いや良くはないけど。
彼の戦闘中にひっそりと生まれた俺は、丁度日陰で寝転んでいた。無色透明であるからか、日陰では光を反射しないため透明であり、そこから月人に気付かれなかった。そこは幸運だ、感謝しよう。生まれて間もなく装飾品とか目にも当てられないからな。
けれど、彼が連れ去られ落ちていく主人公を受け止めた宝石達の先生が帰っていくのは驚いた。いやもうちょっとは気づけって思ったね。新しい命が生まれたのだからさ。
ちょっとちょっとー。身体が石のように重いのだから、どうにかして欲しいと思う。まぁ、新たな身体に慣れていないだけなのだが。
しかし皮肉だな。元人間の俺が、こんな人間が滅んだ世界にいるなんて。それも骨担当の宝石。月人ならまだ理解できたけども。
月人ならば天敵もいないので何一つ不自由な事はなかったのではないだろうか。よく分からない彼らだが、わざわざ地上に来て宝石達を狙うくらいだ。暇なんだろうなぁ。
宝石が欲しいなら、そこらの鉱山でも見つけてとんかんやれば良いのに。動いて反撃する奴を狙うより確実だ。
「…………うご、くな」
そんな事をつらつらと考えていたら、身体が慣れたのか動くようになっていた。確か鉱石ではあるのに動くのは中にいる何かが全身にいるからという感じの事を聞いたような、聞いてないような。
まぁ、ちゃんと隅々まで行き届いたのだろう。指を一本一本曲げられる。うん、歩けるな。
さて、裸なのは少し恥ずかしいが。白粉を塗っていない俺はただの動く人型鉱石。無機物だ。到底人間には見えないし、透明人間であるから羞恥心は湧き上がらなくて良い。
にしても寒くないのは良いな。晴れているけれど冬であるし、風もさっきから吹いている。鉱石は無機物であるから、風は感じるが冷たさは感じない。寒さもそうだ。少し面白く思うと同時に寂しくもなる。違う生物になったのだなと。
……あぁ、生物でもない無機物か。
ほんと不思議な世界だ。無機物なのに話し、考えて、感情を持つ。食事も排泄も要らないけれど、生き物みたいだ。
しっかし、膝近くまである雪は初めてだからか歩きにくい。雪を押し進んで進むのは力がいる。しんどいなぁ。
いやまぁ、この容姿のお陰で月人には気づかれることもないし。今日の分は先ほど来たので危険はないだろう。ゆっくりと行こう。
そう考えてすぐの事だ。
---ゴーーンゴーーンゴーーン…………
この鐘の音は確か……月人が来る合図で…………まさか!
振り返ると黒い点が広がり、やがて雲のようになり上の方に月人が現れる。まるで仏のようなその姿だが、俺ら宝石にとっては有難くもなく寧ろ悪魔のようだ。
周りにいる何百もの月人が弓を構える。その方向はまさに俺の方で。
今は光に晒されている為、俺はキラキラと輝いているだろう。宝石というよりガラスに近い色合いだが、光の反射は宝石でなくとも起きる。そう……たとえ無色透明だとしても、それがある限り彼らには見えるのだ。
「(やばい……逃げなきゃ!)」
今の俺には戦うすべがない。というより生まれたばかりなので知らない。
雪に囚われる足を必死に動かして向こうへ、更に向こうへ向かおうとする。
この姿でバレるとは思ってなかった。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!捕まって仕舞えば最後、もう感情を持たないただの宝石だ。
動け動け動け動け!!必死に足を動かす。逃げるために、生きるために。
無機物?だからなんだ。心を持っている。俺に関しては生前からの記憶も少しある。ここで、もう一回死ぬわけにはいかない。
「あ゛ぁあアアアア!!!くっ、そ、やろ、う!!!!!」
降り注ぐ矢を間一髪避けながら、ただひたすらにあの宝石達がいる場所へと向かう。あそこへ行けば、最強の先生がいる。まだ出会ってないけれど、その力は折り紙付きだ。
まだ可能性はある。だから、だから死ぬわけには!!
「いっ!?」
脚に当たった。バランスを崩し倒れこむ。
あまり見えていないだろう俺に当てたのを惚けるようになり見ている月人の姿から、まさか当たるとは思ってみなかったのだろう。現に矢はそこら中に散らばっている。
足が半分ぐらい欠けていた。歩けないことはないが、この雪の中歩くとなると足が折れそうだ。
というより、足のカケラどこ行った……?透明すぎてわかないし、焦っているから余計わからない。
「ぐっ!」
今度は腕に当たる。力を込めていなかったからか足と違って砕けた。直ぐに腕を拾い、足のカケラの捜索を開始したいが、まぁ見つかるわけもなく。
無闇矢鱈に射ってくる矢が辺りに突き刺さるのを見ながら、自分は終わるのだろうかと目を閉じそうになる。
生まれて数十分。短い人生だった。
「諦めるにはまだ早い」
瞬間、月人が爆発した。比喩ではなく文字通りに。
いつの間にか閉じていた目を開けてみれば、そこにはお坊さんがいた。いや、お坊さんでなく金剛である。最強にして最恐の。
月人はもうおらず、散っていた。
……助かったのか……?
そう思った瞬間。どさりと雪の上に倒れ込み、俺は意識を失った。
結局俺が目を覚ましたのはあれから一ヶ月後であった。
生まれたばかりで激しく動いたからか疲弊が凄く、そして冬で栄養源である光が少ないせいで起きるのが遅くなったと金剛さんは言っていた。
そもそもの話。人型ではあるが、他の宝石達のように機動性が高い形であったわけではなく、これから丸く削るはずの石膏像のような形であった。痛みは少なくてもあの身体は運動には向いていない。
まぁ今はもう、金剛さんによってつるつるになっているのだが。白粉も塗られ、余っていた服を借りた。今は冬、服担当の宝石も眠っているため急拵えですまないと謝ってきたが、腕と首を振って許した。ここまでしてくれているのだ、ここで怒ったならばそれは恩知らずだろう。
ヒールを履くこと自体初めてなので少しふらふらしながらも前を歩く金剛さんの後を追う。会わせたい者がいるという事だそうだが、十中八九主人公君だろう。というか他は寝ているので彼しかいない。
道すがら、彼は話す。この世界の事、俺たち宝石の事、月人のこと、常識やここ学校でしている事などなど。色々な事を教えてもらった。
俺たちの生い立ちはちんぷんかんぷんであったので置いておいて、その他は理解できた。まぁ元々頭の悪い俺だ。小難しく話す金剛さんの言葉を十全には理解できなかった。
「着いたぞ」
所謂イケメンボイスが俺を歩みを止める。
大きな背中から体をずらし、金剛さんの前を見る。そこには木の桶に話しかける緑色の綺麗な髪を持った人がいた。いや、宝石か。
最初に見た時よりも少し背が伸びていて、短髪になっていた彼は言葉を中断させて此方を振り返った。
あぁ、と笑う。
「先生、どうしたんですか?こんな夜更けに……」
宝石でも夜は眠る。その理由は太陽の光がないからだ。光を栄養源として動く宝石達は、夜になると活動が昼に比べて鈍り、また摂取する栄養が少ないためなるべく節約をしようとする魂胆でもある。そうさっき聞いた。
なので、夜更けに起きている彼は可笑しいといえよう。何か気になることや、熱中する事があるならば別だが、周囲を見てもその桶があるだけで他は何もない。何故起きているのだろうか。
「やはり起きていたか。いや、それよりこの子が起きた。フォス、お前に会わせておいた方が良いだろうと思ったのだが……」
「あ、その子は……」
三白眼が小さく開かれる。良かった、感情が希薄というわけでもないようだ。
金剛さんに押し出され、フォスと呼ばれた彼の前に出る。名前を名乗れというのだろう。さっき与えられた名前があるし、それを名乗ろう。ま、この身体を構成する鉱石の名前だが。
「ホワイトサファイア、またはコランダム。俺としてはホワイトサファイアの方が好きだから、そちらで呼んでくれ」
よろしく、とお辞儀をする。
お辞儀の文化もさっき聞いた。此方にもあって良かったと思う。
顔を上げるとフォスはまだ驚いたような顔をしたまま固まっている。いや、どうしてだよ。
「前の僕と……」
似ている。そう聞こえた気がした。
前の僕?言っている意味がわからないが、少なくとも今とは違うと言う事なのだろう。その前の僕に俺は似ていると。
うーん、主人公君の元の容姿は覚えていないのでわからない。元々、彼のことは緑色の髪色をしているというだけ知っていたから。
「ほら、挨拶を」
「…………フォスフォフィライト。フォスって呼ばれてる。君の一つ上の先輩だと思ってくれて良い」
またまた早口言葉みたいな名前だ。まぁ実在する宝石なのだろうけれど、なんとも言いにくい。申し出通り、フォスと呼ばせてもらおう……あ、いや先輩だからフォス先輩?
「一つ上?一歳?」
「いや、三〇〇歳だ」
うわぉ。凄いお爺ちゃん。三〇〇歳差の先輩後輩ってなんだろうね。宝石が不死なのが実感できた気がする。
確か宝石がちゃんと人の形を持って生まれるのは稀で、そこまで頻度は高くないそうだ。目の前の彼はここにいら宝石達の中で最年少。つまりつい先程まで末っ子というわけだが……それは三〇〇年間宝石が生まれなかったという事にも繋がる。途方も無い年月だ。
「フォスフォフィライト」
「はい先生」
立ち上がったフォス先輩は、金剛さんの方をしっかりと向く。こういう切り替えはできるようだ。俺はちょっとできない。
「お前をホワイトサファイアの教育係とする」
「え」
え。
「ホワイトサファイアはこの通り、聡明だ。言葉を少し教えただけでマスターした。正直言って、教育の必要性を感じないが、これも経験だと思い励むように」
生まれたばかりの頃、俺は舌足らずだった。言葉の意味もわかる、発音の仕方もわかる。何故か日本語だったので簡単だったが、ここまで話せるのは金剛さんのおかげである。
そもそも、目覚めてから三日ほどは経過してるしな。フォス先輩との初顔合わせとしては遅いけど。その間に、言語をマスターしたわけだ。
「でも先生、僕には仕事が」
「それも含めてだ」
「えぇぇ……」
不満そうな顔をするフォス先輩。相当嫌なのだろう。まぁ初めて後輩を持った新人みたいなものだ。嫌にもなる。
特別手当は?出ません。
残業代は?出ません。
給料は?出ません。
なんだこれブラックを通り越して暗黒。
「お前がやらされていた事をすれば良い」
「………………はい」
重たい空気が流れる。主に目の前の二人から。重たすぎて息苦しいわ。この身体が息をしているのかは謎だが。あ、でも微生物はいるんだっけか。
金剛さんが踵を翻す。どうやら戻る様だ。
「フォス、ちゃんと部屋で休みなさい」
「はい、先生」
ホワイトサファイア、来なさい。そう言われて足の速い金剛さんの後について行く。
途中で気になって後ろを向くと、彼と目があった。腕を振っておく。バイバイという意味の。
彼は少し驚いた後、苦笑しながらも振り返してくれた。良かった、嫌われているわけではないようだ。
「ホワイト、お前の部屋へと案内する。今日からそこで休みなさい」
「了解です、金剛さん」
「…………」
あ、しまった。つい心の中での呼び名を。
「こ、金剛先生」
「うむ」
金剛さんは何故か先生呼びでないと反応しない。面倒臭いなと思ったのは、内緒である。
ホワイトサファイア(コランダム)
硬度:9
靭性:上級
とある特異体質の持ち主。
何こいつ強……。