「先生、準備できました」
「それでは、始めよう」
「宜しくお願いします」
今日の仕事を終え、フォス先輩と別れた後には毎日恒例の勉強の時間である。
金剛さんとのマンツーマンでの指導。正直マンツーマンというのは好きではないが、背に腹はかえられない。だって俺しか習う人いないし。
そして、用意するのは紙とペン、机と椅子。以上である。机と椅子は元から置いてあるが、紙とペンは自分の部屋から持ってきたものだ。俺としても何かに使いたいし、貰った分だけを勉強用として当てている。
基本的にここには資源が少ない。必要な分だけと言えば良いのだろうか。紙をどうやって作っているのかはわからないが、渡された分だけ使いなさいというお達しだ。ふむ、元日本人にはきついね。紙を湯水の如く使っていたし。正直、コピー用紙とかじゃなければ安いからな。ノートとか。
さて、ここで習うことと言えば、この世界のことである。文字は勿論の事、この世界での俺たちの在り方、月人の事、他の動植物の事などなど。
フォス先輩に会った日に口早で伝えられた事も含むのは、あの時言われた事を半分も理解できずに、あれだけじゃわかりませんと告げたら、では勉強会しようかという事になった。
これは残業に入りますか?入りません、プライベートです。
……そんな馬鹿な。週に一度の休日を上司とのバーベキューで潰されたようなものだぞ。給料も出ないのに接待させられる……心身の疲労がやばい事に。
せめて報酬に何か良いものが欲しい。この世界での良いものとか知らないけれど。
「最初の問題だ」
真正面に座った金剛さんは俺の手元にある紙に問題を書いていく。
ただ単に教えられているだけでは覚え辛いので、こうして問題形式となった。これはこれで楽しく、スラスラと問題を書いていく金剛さんを見るのも面白い。
問題を速攻で書ける金剛さんの頭の良さには脱帽する。まぁ生まれたばかりの俺と、みんなよりも歳を重ねている金剛さんとでは知識量は違うのは確かだが、その知識を記憶の引き出しから出せるのは別だ。
今考えても、金剛さんは三拍子揃った女子が放っておかないタイプの先生だ。
月人を手早く倒せる実力の持ち主で、頭も良く、顔も良い。文武両道、容姿端麗。世の男子から舌打ちを貰いかねない程だ。俺も前世なら呪っていた。呪詛を吐くように、あんな完璧なやついるか?と思っていたかもしれない。今は別に何とも思っていないが。
書き終わった金剛さんは紙の向きをこちらへ変えて差し出してきた。それを手に取り、じーっと見つめながら文を理解しようとする。
なるほど?歴史の問題だな?
「(古代生物が海に沈んで、何かに食われて陸に上がったのが俺たち。その何かとは何か……か)」
古代生物とは即ち人間。いやまぁ、他の動物の場合もあるのだが、この姿形からしてそうだろう。結構面白い設定だったので覚えているのだが、古代生物の人間が魂と骨と肉に分かれ、そしてそれぞれが長い年月をかけて一つの生命となったのが、月人と俺たち宝石と……何か海の生物。名前は忘れたが、蛸みたいだったのは覚えている。
この宝石の国の面積は結構少ない。日本の沖縄より小さく、孤島と言っていいだろうな。まぁそんな島だ。なので、大半が海に沈んだというのがわかる。どこまで見ても、海ばかり。目では陸があるのかわからないぐらいだ。
あれだろうなぁ、地球温暖化とか、そういうの。水が増えて沈んだのだろう。案外、人間達の国は海の底にあったりして。
それはともかく、この問題である。何かに食われたという事は生物なのはわかる。海の奥底にいる生物……普通に考えて深海魚だが……絶対違うよな。深海魚に食われて宝石になるって可笑しいし。いや、人間の骨が宝石になるのも可笑しいが。あれ、焼いたら崩れるぜ?
「(海にいるのは魚介類と……魚の餌のオキアミ……あ、オキアミ……)微小生物?」
「正解」
だが、文字でも書いてみるんだ。
そう言われて、書いていく。この世界の文字は日本語と少し違うため覚えにくい。いや、日本語の元である中国語と言われてもそうでもなく、何だろうか……読めるのだけど、よく見たら読めないみたいな。
多分だが、自動翻訳されているのではないかと思われる。だって現に日本語で書こうと思っても、どこか違う字になるのだから。何か不便だね。
にしても言語は日本語だし、金剛さんの格好はどう見てもお坊さんなのに書いている文字はちょっと違うというのは何だろうか。いやでも、もしかしたら本当に日本語なのかもしれない。俺自身が覚えている日本語ではなく、日本人が昔使っていた文字とか……それならますます中国語に似るはずだ。というか、漢文。レとか入るやつ。
まぁ、一宝石である自分がこの世界の常識にとやかく言っても意味がない。郷に入っては郷に従え。よく言う言葉だ。
俺の手元を覗き込んだ金剛さんは頷いて、正解だと言った。
「次はこの問題を使った問題だ」
スラスラと書いた金剛さんの手元を見て読み進める。
因みに口頭ではなくこうして紙に書いているのかというと、文字を読む練習もしているからだ。リスニングとスピーキングは完璧だ。後は読み書きだけというわけだ。
とにかく次の問題だ…………微小生物……を、他の言葉、で何と言うか、か。
つまりは、びしょうせいぶつと呼ばずにルビにこう片仮名があるタイプであると言うこと。そして一見して難しい事を言っているように見えるアレだな。
「(…………やっべー、ど忘れした)」
きっとこれ昨日やったやつと同じだろう。
馬鹿な俺は色んなことをすぐに忘れる。教えた事をすぐできたり、言葉を早く話せたのは元々の身体能力と、俺が転生者だからだ。
覚えるのが苦手な普通の学生だった。だから、身体が変わった今でもそれは変わらない。
まぁ、好きなことは覚えられたから一概に苦手というわけではないのだろう。多分、覚え方がわからないだけだ。
無い頭をひねりだし、答えを導き出す。そう、確か答えは……い、イン何とかさん。駄目だ、科学と魔術が交差するやつしか思い出せない。
何か似てるようで似てない名称なのは覚えてんだけど……うーん?
「(いん、インデじゃなくて確か……あ、ペン。インクか!そう!答えは!)インクルージョン!」
「正解だ」
よぉし、コツは掴んだぞぅ!
関連付けて覚えて行けば良いわけだ。今みたいにインクルージョンは、インクで覚えておけばルージョンは後から付いてくる……はず!
覚え方はわからないとは言ったが、これは行けるかもしれない。次の問題が出る前に、今まで覚えている事を他の事に関連付けしていこう。よしよし、行ける!
テンションが上がってきた、この調子で次の問題に行けば答えられるかも知れない。さぁ!金剛さん!カモン!カモン!
「---すぅ……」
「寝てるぅーーっ!?!?」
俯いていた顔を上げ、金剛さんの方を見ると彼は目を閉じ寝息を立てていた。清々しい寝落ちっぷりに思わず叫んでしまった。いやだって生徒にものを教えている途中で寝る教師がいるだろうか?否、いない(反語)
幻覚であろう鼻提灯が割れ、金剛さんがハッとした様に眼を覚ます。こちらを見やり、バツが悪そうにしながら真面目な顔をする。
「寝てないからね」
「寝てましたよ!?」
誤魔化し方下手か!?
そして、嘘も下手と見えた。
金剛さんは咳払いをすると徐ろに立ち上がり、今日はここまでだと言って踵を翻した。眠気に勝てないんだな、わかります。さっきまであんなにハッキリと意識を持っていたはずなのに、すぐに寝るとは思わなかった。
ただフォス先輩によると、眠れないフォス先輩に合わせて金剛さんも寝ていないようだ。それは眠い。問題を速攻で作るなんて頭を使う事やっていたら眠くなるのも必然だ。
うん、金剛さんは悪くないな。フォス先輩もだけど。まぁ、睡眠時間が伸びたと思って部屋に向かいますか。
睡眠と言えば、他の宝石達は冬眠していると聞いた。冬は雲に覆われて陽の光がないのと、エネルギー消費を抑える為という理由があるが、一番なのは単に普段の様に生活するのは疲れるらしい。
俺は今季に生まれたのでわからない。生まれた瞬間からこの光量が当たり前だし、春も夏も秋も知らない。いや、記憶では知っているが人間であった時に光なんて暑いか眩しいかだけで、栄養とか美味さとか考えていないし。考えていたら、それはそれでその人が植物じゃないのかと疑いだす。
光を栄養にする宝石。こう字面に表すと可笑しな事だと思う。
宝石は鉱石だ。鉱物は土の中から生まれる。なのに光を栄養とする。それはきっと、さっき習った微小生物、インクルージョンが関係している。
この微小生物はミカヅキモみたいな植物でありながら動物の資質を持つ生物じゃないかと俺は思う。それが無数に身体の中にあるわけだから、動かすのにもエネルギー、つまりは日光が必要な所から植物、動いているから動物でもあると言えるのではないかと考える。
まぁ、考えたとしても俺はここにいるわけだし、宝石達は冬眠しているしで、現実の事実は変わらない。考えただけでは意味はない、行動せねば。
というわけで、寝よう!
「金剛先生、今日の報告がまだで……ってホワイト?」
「あ、フォス先輩!おはようございます!」
「いや、朝じゃないから真夜中だから」
流石フォス先輩。俺のしょうもないボケにも付き合ってくれる。先輩の鏡だな、うん。
「何でこんなところにいんの?」
「さっきまで金剛さん主催の勉強会してました。教える側が寝てしまって、意味なくなりましたけど」
そう言って抱えていた紙とペンを持ち上げて見せる。フォス先輩は、それを見た瞬間にあーと苦虫を噛み潰したような表情をした。嫌な思い出でもあるのだろうか?
「いやー、僕もしたなぁって」
あ、それは覚えてるんだ。
宝石達は生まれてから最初の数年間は勉強にあてる。この世界の常識やここでの生活の仕方を学ぶためだ。仕事はその後で、そもそも金剛さんから言い渡されなければ自身の仕事は舞い降りてこない。
そして、フォス先輩は見た目に似合わず勉強嫌いだ。戦いもあまり好きではない様で、フォス先輩曰く今の様な色々な雑用の方がちょっと性に合ってるとか何とか。俺はそんな気はしないけど。
両腕の合金、脚の……何だったっけ?とにかく、腕と脚を失くした分の記憶が抜けていると言っていた。言うならば、三〇〇年の一五〇年分ぐらいか。身体に臓器という機関がなく、全て微小生物であるインクルージョンが生命活動を維持している生物特有ならではの現象だ。
「でも内容は覚えてないのよね」
「あー、ありますよね。どうでも良いことは覚えてないとか」
「僕の場合、それが元々なのか失くした所為なのか判別できないけど」
哀しそうに笑う。切れ長の目からは嘲笑ってる様にも見えるが、俺にはそう見えた。
何を忘れたのか、何を覚えているのか。それは記憶を無くした本人ではわからないもの。最初から全てを覚えている俺ではわからないけど、やっぱり故意に記憶を消したならまだしも消えて欲しくなかったものまで消えたならば、それはきっと悲しい事なのだろう。
というより、全て覚えてるって言ったけど俺ってば前世の名前覚えてないんだよな。どんな生活をしていたか、どんな友人がいたか、どんな世の中だったのか。何が好きか、何が嫌いか、何が面倒だったのか。それは覚えているのに、人物の名称だけは覚えていない。俺も母も父も姉も友人も先生も先輩もみんな全て。
どんな人なのかは覚えている。けれど名前が思い出せない。あと顔。
まぁ、そう考えればフォス先輩の哀しみに同意できるかもしれない。ベクトルが少し違うけど。
「というより、報告でしたよね?金剛さん多分寝てますけど、どうします?」
「そうだなぁ……明日にするよ。ホワイトはもう寝るんだろ?」
「はい。正直言って眠くてヤバイです」
そうキリッとした表情で言うと、フォス先輩はクスリと笑った。
俺は正直に言ったんだけど、どこに笑う要素があったんだろう。やっぱりフォス先輩も寝不足で思考が鈍っているのではないだろうか。
「何か失礼な事考えたでしょ」
「いえ別に」
そう、大したことではない。
フォス先輩の指摘に冷や汗を流しながら、素知らぬふりをする。バレているかもしれないが、それはそれだ。
溜息を吐いたフォス先輩は来た道を帰ろうと踵を翻した。彼の部屋は俺の部屋の真反対だ。なので必然的に帰り道が異なる。
「じゃおやすみ。明日は雪掻きだから、しっかり寝ろよ」
「げぇ」
「げぇじゃない。全く、ますます前の僕に似て来た気がするよ」
またもや溜息を吐きながらも苦笑いしながら手を振り帰っていくフォス先輩。俺も笑顔で手を振って別れた。
「明日は雪掻きかぁ……あれ疲れるんだよなぁ」
しっかりと寝なきゃな。
重労働勤務の基本は体力から。寝不足で力が出ないなんて事は上司に怒られるかも知れない。まぁ、その上司はいつも寝不足なんだけど。
「(大丈夫なんだろうか……?)」
いくら不老不死であろうと睡眠を必要としている以上、どこかでボロが出るかもしれない。明日か明後日か、それとも来年か、はたまた何十年と先か、それはわからないけれど倒れなきゃ良いなと思う。
……上司の心配するとかできた部下だな、うん。そう自画自賛して、寝巻きに着替えてベットに入り込んだ。
にしても、上司と先生に恵まれて順風満帆な生活を送っているから今の労働基準に訴えるつもりはないが、これだけは言わせてほしいとは思う。この質素な掛け布団もとい掛け布もあれだが……そうここ一番の不満は。
「ベッドが硬い……」
ベッドが硬すぎてあまり寝つけないことである。前世の記憶の中のふわふわベッドが恋しいぜ……………………( ˘ω˘ )スヤァ。
秒速!
フォスフォフィライト
硬度:3.5
靭性:最下級
今作メイン人物、原作主人公。
ホワイトに勢い良く抱きつかれた時には盛大に割れるので、腕の合金で守っていたりする。
ホワイトにその見た目から勉強嫌いなのが意外だと思われているのを知らない。そもそも最初と見た目が違いすぎるのがいけない。どうやってその目を切れ長にしたんだ。
ホワイトに元の自分の面影を感じ、見る度に彼を救えなかった自分自身を嫌悪している。だが、ホワイトは嫌いではない。
彼の居なくなった最初の一ヶ月間よりは少し態度が丸くなったような気がする。金剛先生に対してはまだ少し固い。
書くことがないので人物紹介。三人しかいないけどな!
そういやアニメ終わりましたね……これは原作を買うしかない!