月人が現れたその日の夜。俺は眠れずに学校内をぶらぶらしていた。
金剛さんは俺の言うことが身に沁みたのかちゃんと寝ているし、フォス先輩はいつも通りにあの桶の場所へと帰って行った。帰って行くと言うのには語弊があるけれど、それが一番正しいと俺は思う。
月が照らす夜道、色のバリエーション豊かな海月達が様々な色に変えてふよふよと桶の中で浮かんでいる。
海月が光るのは深海にいる奴だけでは、なんて考えて、やはり自分がいた地球とは少し生態系が変わっているようだ。今は俺が人間としていた時代から何千何万何億という途方も無い時間の先にある。ならば生態系が変わっていても可笑しくはない。
伝わっている伝承では、六度流星が訪れたと言うのだから驚きだ。流星とは多分、彗星の事で、楕円形に軌道を描くそれは滅多に地球に近づく事はない。だから途方も無い年月の間というのはわかるけど、純粋に隕石の場合もある。というか、隕石がぶつかり過ぎて陸が無くなったとかそんな感じの方が筋が通っている気がする。
まぁ、地球温暖化で北極の氷が完璧に溶けてパンパンに水位が上がってしまったというのも捨てきれない。
何れにせよ、一生物である俺にはスケールが大き過ぎる問題だ。考えても仕方がない。だって終わった事だし、俺はここにいるし。
この池も淡水に見せかけて海水だ。山もないここは地下水から水が湧き出て、水が流れ川となり、その水が溜まって池や湖となる事はない。あるのは広大で広い海と、地下で繋がっているこの塩水の池だけ。
「(淡水魚は死んだんだろうなぁー)」
勝ったのは陸に上がらず、水の中でずっと暮らしてきた海水魚達か。これを見越していたのではなかろうか、流石だ。でも、植物プランクトンなるものがいなければそもそもの生態系は成り立たないけれど。
あ、俺たちはノーカウントね。新たにできた種だから。不老不死なんてチートですね。海に入っても溺れて死ぬ事もないし。白粉は落ちるけれど。
死ぬとすれば、それこそ太陽が消えて栄養源が摂取できなくなった時ではないだろうか。金剛さんが言うには砕けるのは一時的な仮死状態でしかないらしいし。
---ぴちゃ。
手を突っ込んでみる。全然冷たく感じないが、表面を水が覆っているのは感じた。
指と指を擦れば、その部分の白粉は流れて素の俺が現れる。透明に輝くそれは、月明かりに照らされていた。
白粉がなけりゃ、人の形をした只の宝石。特に目は眼で別に丸い部分であるため、ちょっと怖い。まぁ目も瞳孔部分以外白粉塗ってるんだけど。
こう言うのを見るたびに、自分が人間じゃなくなったと言う事が思い知らされる。前の身体より大分便利だけれど、どこか寂しく思えた。何だろう、何気ない日常が懐かしい。あまりハッキリとは覚えていないけど。
「ホワイト」
ふいに俺を呼ぶ声が聞こえた。女の子の声に聞こえるけれど、でもちゃんと聞けば声変わり前の男の子の声……そして、芯がしっかりと通っていると感じさせる音。
ど低音でイケボな金剛さんではない、となれば限られる。フォスフォフィライト先輩だ。
振り返れば案の定彼で、フォス先輩と彼を呼ぶと俺の横に座った。
「こんな所で何してたの?」
覗き込むように俺の目を見てくるフォス先輩。彼の瞳孔には俺の顔が映っていて、宝石の瞳でも光を通すんだな、なんて場違いなことを考える。
彼から目を離して、目の前の池をもう一度眺めた。
「別に。ただ黄昏てただけです」
白粉が取れた手をまた、池に入れる。水面に映った俺の顔がゆらりと波紋に従って揺れた。
「嘘をつけ。どうせ昼のことでしょ」
「わー!フォス先輩すげー、なんで分かったんですか?」
「違ったか……」
違いましたね。
カラカラと笑う。確かに昼のことは気になるが、考えていたのは昼のことではなくこの世のことと俺たちのことだ。考え直してみても、大層なことを考えてた気がする。
しかし、俺が棒読みだと言ってることはずれてるってのよく分かりましたね、先輩。
「で?先輩こそ、何でここに来たんです?貴方、何かないと夜はあそこから動かないでしょうに」
フォス先輩は行動理由がないと、無意味にあの桶から離れない。金剛さんに寝なさいとかなんとか言われたならば、寝るために動くけれど、それ以外となると珍しい。
こてりと首を傾げてフォス先輩を見るが、彼は気まずそうに視線を逸らした。なんだと言うのか。
「あー……聞きたいことがあるんだ」
「なんです?」
フォス先輩は迷うようにあちこちに視線を彷徨わせてから、此方をしっかりと見た。がちりと視線が合う。薄荷色の瞳がキラリと月を反射していた。
「何時ものように寝落ちしたんだ」
なんの話だろうか。意を決したように話すのにしては、内容が可笑しい。何か聞きたいことがあったのではないだろうか。
ただ、俺は遮ることもなく次の言葉を待った。
「何時ものように彼の夢かと思えば……今日は違った。誰かの日常の夢だった」
日常。
「彼は朝起きて、ご飯というものを食べて、支度して、どっかに行くんだ。どこに行くのだろう?そう思ったけれど、彼が辿り着いた場所はこことは比べ物にならないぐらいに人がいて、友達がいて、先輩もいた」
ご飯。その単語が出てきた時点で、ここの夢ではないのは明らかだった。驚いて息を飲む、そんな器官ないのだけど。
フォス先輩は楽しげに夢の話をした。事細かに、その彼とやらの心情も全て。
俺は一度も声を出さなかったけれど、相槌は打った。
「楽しかった。僕は関係ないのに、楽しく思えた。世界が明るく見えた。けど彼は、いつも通りに過ごした帰り道、何かに跳ねられるんだ……彼は割れる事もなく、体勢を整えるわけでもなく、赤い液体を流して意識が飛んでいた。首が取れたわけでもないのに……動かなくなった」
その言葉を聞いて、理解した。それは俺の記憶だ。俺が死んだ日の記憶。まだ人間だった時の走馬灯。
何故フォス先輩の夢に?なんて疑問は湧かない。あの欠片に詰め込まれていた記憶がそれだったというわけだろう。現に俺は思い出せない。その日の前の記憶はあるけれど、死んだというのはわかっているのに死んだという記憶がなかった。
じゃぁフォス先輩の記憶が俺にあるのかと言えば、NOとも言えないのが現状だ。正直、原作知識だと思ってたのがフォス先輩の記憶だったという場合もある。その場合、フォス先輩自身が覚えていないという事になるが。
しかし、そうか。俺はテンプレみたく車に轢かれて死んだのか。
「………………それで、聞きたい事とは何です」
前を向いたままそう問う。フォス先輩が此方を向いた気がしたが、無視して月明かりが照らす池を眺めた。下にいるはずの海月が浮かんでくる。
「わかってるくせに」
えぇ、わかってますよ。けれど、自分から言いたくはない。
フォス先輩は投げかけていた視線を俺から外し、長い脚を畳んでその上に膝の上に顎を乗せる。石が擦れたような音がした。
「この不思議な夢……君の記憶だろう、ホワイト」
此方を見ていないとわかっていたからこそ、俺はフォス先輩に視線を向けた。だけど彼もそのタイミングで此方を見てきたから、俺は思わず外してしまった。
くすりと笑う声がした。
「ただ気になっただけだから、そこまで怯えないで欲しい」
そう言われて気づく、俺は怯えていたのだと。
自覚すれば手足が震えていることに気づき、池につけていた手を離してフォス先輩と同じ体勢を取る。こうすれば、少しでも震えが止まる気がした。
この世界で人間と言う言葉はタブーに近い。この時代からすると祖先にあたる超古代生物に対してどうしてって思うかもしれないし、俺自身もよく重要性を理解していないが、あの金剛さんが単語を聞いただけで動揺する程のものだ。
アニメしか知らない俺にとって、その謎は未知数。だから、俺が元人間だと知られたらどうなるかわからない。同じ宝石だからって、容赦ないかもしれない。
宝石には死の概念がない。砕け散って意識を失っても、それは仮死でしかならず、死んだ事にはならない。けれど誰にも気付かれず、誰も繋ぎ合わせてくれなければ、それは本当に“死”になるのではないだろうか。
死んだ記憶はない。けれど今聞かされて、恐怖は残っていて……死にたくない。俺はもう二度と死にたくはない……そう願った。
だから、どうか。俺を砕かないで下さい。そう懇願するしかなかった。
「はは」
小さな笑い声が聞こえた。
今までの話からは不釣り合いな可笑しく思う笑い方。何が可笑しいのだろう。そうは思うが、口には出さない。
「君がそんなに臆病とは思わなかったよ。何処か漠然と、僕と同じなんだろうなーなんて思ってたから、特に」
だから可笑しくて。
笑うフォス先輩は俺をどうこうしようとは考えていないようで、俺とは反対に折り畳んでいた脚を投げ出した。不思議な模様をしたアゲートが月日に晒される。
「君が昔、僕らとよく似た……そっくりな生物だったのには驚いた。けれど、だからって何かしようとは思わないよ」
どうして。
「どうして……」
フォス先輩の言う言葉に驚いて、思っていた事が口に出る。だけど、フォス先輩は笑うばかりで隠していた責めるような視線は投げかけない。
それが、何処か安心した。
「そりゃぁ、僕の初めての」
---可愛い、後輩だからね。
「先輩が、慕ってくれてる後輩を信じなくてどうするの」
涙腺という器官があるのならば、俺は今泣いていたのではないだろうか。
それほどに顔を歪めて、フォス先輩から視線を外し膝に埋めた。石が擦れたような音がする。
「………………別に、慕ってないです」
「嘘だー」
「ふふっ」
拗ねたような声音を出すフォス先輩に、俺はクスリと笑いながら月を見上げた。綺麗な満月だ。
「…………嘘ですよ」
小さく、本当に小さくそう呟いた。フォス先輩は聞こえたのか聞こえなかったのか、同じく月を見上げたまま此方を向かなかったけれど、それが良かったと思う。
そこからの記憶はない。多分、寝落ちしたのだろう。あの状況からしてフォス先輩が運んでくれたのは明白だけど、だからと言って次の日から俺を見る目が変わったのは許せない。
なんだ、そのむず痒くなるような目!!
金剛さんなんか驚いて先輩のこと五度見してたぞ!!!
弱みなんて見せるんじゃなかったぁ……。
そう後悔しても、後の祭りだ。
「…………嘘ですよ」
そう聞こえた瞬間、少し安心した。
僕はちゃんと先輩をできている、そういう安心。と同時に嬉しさも込み上げてくる。自由奔放な彼が慕ってくれてるなんて、これ程嬉しい事はない。
---コト。
ホワイトの方を向くと、彼は寝ていた。今日は色々あったから疲れたのだろう。そういえば初めての戦闘だったんだっけ。そりゃぁ疲れるか。
初めての時、僕も緊張しすぎて疲れたからなぁ。
怖くて動けなかったのも思い出してしまった。大丈夫だ、前よりも動けてる。そう思って、立ち上がった。
「仕方ないな」
合金を操り、彼を包むようにして持ち上げる。この腕ならば一人ぐらい持ち上げる事に造作もない。金剛先生はわからないけれど。
『今日は安土桃山時代な』
『せんせー、飛ばしてません?』
『ん?そうか?』
『そうですよ、前は鎌倉だったじゃないですか。室町がないです』
『……うわ、マジだ』
---まったく、ダメ人間ですねー。先生は。
小さな子供に
「………………にんげん、か」
いつしか海に行った時に記憶に残った唯一の単語。
寝ている彼を見る。すぅと規則正しい寝息を立てる彼の記憶とこの単語は無関係じゃないのだろう。
「(そして、ホワイトは知っている)」
この単語の重要性に。じゃなきゃ彼があんなに震えるのに理由付けできない。
この事は先生には報告しない。先生は何かと誤魔化すところがある。にんげんと言った時に先生が可笑しかったのは覚えてるから、言っても何も教えてくれなさそうだ。
何だろう。今まで何も思わなかったけど、金剛先生ってなんか、どこか。
「謎だらけ」
…………考えても仕方ない気がする。
兎に角今日は、彼が慕ってくれてる事が分かったのだから十分だ。先輩は可愛い後輩の為に頑張るぞ。
本当に。
「色々と」
頑張らなきゃなぁ。
クラゲが光る廊下を歩く。人気はないこの道を歩くのは何度目だろう。もう慣れたものだった。
ホワイトを届けた後はどうしようか。寝るのはちょっと無理だから、何か他の事をしようか。
……そういや今日の報告書まとめてないや。丁度良いな。月人の事、忘れないうちに書いとこう。
夜が明けていく。
今更なんですが、雰囲気小説です。ネタが降ってきたら書いてるって感じなので矛盾が生じても許して。
ところでこいつら情緒不安定過ぎない?
???
硬度:なし
靭性:なし
公務員。色々と抜けてる天然さんとしてちょっぴり人気。顔は良い方なので、バレンタインじゃ何個か貰ってたりするモテ男。でも彼女はいなかった。
同期とは昔からの馴染み。先輩とは休日に遊びに行くほどの仲。
テンプレの如くトラックに跳ねられ死亡。一瞬で痛みはなかったが、死んで行く感覚には恐怖を覚えた。
「……もし、次があったら……もう、死にたくは、ねぇ……な」
---その願い、叶えてあげましょう。
バレンタインデーでしたね。甘い時は過ごせましたか?