真・恋姫†無双 魏伝『鄧艾の章』   作:雪虎

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第十一話:雷鳴

「黄巾の本隊はおよそ十万、ですがその殆どが食うに困った飢民のような状態です。装備もロクに無く、また烏合の衆の様相も極まり集団同士の小競り合いが頻発。実質上戦えるのは一万か二万そこそこ、と言ったところでしょう」

 

由空からの報告を聞いて、俺は華琳と共に描いた図面が現実となっていることを確認する。

 

兗州へと入る事を一切制限せず、代わりに出る際には厳しすぎるぐらいの精査を課す。身に覚えの無い者は渋々ながらも精査を受けるが、身に覚えのある者は挙動不審だったり、強行突破を計ったりと様々な手段で州境を越えようとし失敗し続けた。その結果として、黄巾や、黄巾とは関係なかったはずの盗賊、山賊の類までもが兗州へと閉じ込められる。そこに『黄巾本隊は今までに略奪したりした食料や物資を溜め込んでいる』『本隊に合流すれば食いっぱぐれない』と言う噂を流す。それにより黄巾を含めた賊が、持ち合わせの食料、物資では賄えないほどに膨れ上がる。元々の黄巾本隊に属する連中は何らかの意思で統一され動いている、それはこれまでに捉えた黄巾兵の中には頑なに情報を出すことを拒み、自害を目論んだ者もいた事からはっきりしている。その意思をもった者と、意思もなく惰性で合流した者。そこには連携も何も無い、黄巾本隊からすれば言い方は悪いが大量の爺婆を背負って動くようなモンだ。

 

「ならすぐに動こう」

 

取り出した地図を全員で囲み、俺は指示を出す。

 

「各所から兵を少数で入らせ片っ端から火を点けさせる、その指示は立夏と凪に任せる」

「はぁーい」

「はっ!」

 

『火』による攻めは原始的だが最も効果的である。『熱』は人から水分を奪い、『煙』は呼吸を阻害する、『火』そのものによる傷は癒え難く、総じて正常な判断能力を奪う。殊に統率のとれていない烏合の衆が標的ともなれば、その効果は覿面だ。着火箇所の見極めは立夏が、いざとなれば気弾で炎を散らして退路の確保をするために凪。

 

「火が燃え広がったら北側は俺、由空、真桜で、南側を一刀、柳琳、緋那で半包囲する。無理に全てを討ち取る必要は無い、逃げる奴らは逃がせ。州境の戒厳令も解いてある、精々生き証人として大陸各地に散ってもらおう」

「御意!」

「了解や」

「あぁ」

「分かりました、お任せ下さい」

「はいっ!!」

 

無理に全てを討ち取る必要は無い、窮鼠が猫を咬み殺す事だってあるのだ。それよりも『十万の黄巾を二万の曹操軍が破った』と言う風評を流してもらう事に一役買ってもらうとしよう。北側を俺が担当、ただし出来る限り冀州方面には逃がさないようにしなければならないので能動的な動きが可能な由空と真桜。南側は一刀が担当、こちらは味方の損害を抑える事が重要なので堅実な指揮を行える柳琳と緋那。

 

「華侖と犹は火に巻かれないように陣内に突入、将を片っ端から討ち、張角、張梁、張宝と思しき者を見つけたら捕縛しろ」

「任せるっす!」

「仰せのままに」

 

雑兵ならいくら逃げてくれても構わない、だが将として動いていたものは逃がす必要は無い。半端に人を集め、操る力がある分、生き延びられては何をされるか分からない。何より扱いが難しいのは首魁であると『思われる』張角たち『三姉妹』である。・・・・正直、正体を掴み損ねていたが一刀と華侖、季衣、凪、真桜、沙和らからの証言で旅芸人の三姉妹と名前が同じである事が判明した。忍び込ませた密偵からも同様の情報が戻って来た。俄かには信じ難いが彼女らは『歌』一つでこの乱を起こしてみせた、もしかすれば行方不明の『あの書』が関わっている可能性もある。それに華琳が彼女らに、正確に言うならば彼女らの『技能』に興味を持っている。場合によっては庇護しようと考える程度には。だから捕縛、そしてそういうのに妙な嗅覚を働かせてくれる華侖と武力で五指に入る犹ってわけだ。

 

「全て叩き込んだな?なら後は各自の尽力に任せる」

 

―――――――――

 

今回の出陣前に、実は曹操軍所属の武官、文官全員が集められた。

 

華琳の目指すべき未来、その在り方の全てを敢えて語り、そのために今回、後事に備える華琳と黄巾討伐に動く俺で軍を割って動く事。

 

そして最後に去るならば今だと、華琳が付け加えていた。

 

誰一人として去る事は無かったその場で、俺は皆の前へと出させられた。

 

『鄧士載を今後は軍部の最高責任者『元帥』とする!!』

 

『元帥』の位は一刀からの提案だったらしい、なんでも一刀の時代で軍の最高責任者をそう呼んでいたそうな。語感を気に入ったのか、春蘭が羨ましがっていたが・・・・まぁそれはともかくだ。この戦いが終われば『曹操』の名の下に集う全てが、『中華統一』と言う目的に向かって動く事になる。その初戦とも言えるこの戦い、万に一つもしくじるわけにはいかない。

 

「陳泰、李典の隊はどうなってる?」

「既に二将共に配置についています」

 

んでまぁ、実は今まで俺って一般兵と同じ槍と馬で戦ってたんだよな。予算無かったし、あんまり前に出て戦う事無かったし。だが今回の出陣前に『我が軍の頂点に立つ貴方が何時までも兵卒と同じ装備で良いわけが無いでしょう?』と、新たに槍と馬を拝領しちまったワケだ。

 

槍の銘は『天雷』、馬の名は『飛電』。しかもそれに併せて俺の隊の装備が従来の曹操軍の鎧を紫と黒で塗り直し、全体的な意匠が『雷』を想起させるモノになった。

 

「北郷の方は?」

「北郷、曹純、張郃の三将からも準備が整ったと伝令が。曹仁、牛金、司馬懿、楽進も順次行動を開始すると」

「事が始まれば俺は前に出る、指揮と予備隊の扱いはお前に一任するぞ趙儼」

「御意」

 

趙儼は栄華から紹介されて従軍させた少年だ。ここまでの行軍の最中で色々と試してみたが、知識、実戦ともに相当なものだ、栄華が評価し紹介してくるだけの事はある。正直、歳の割には顔つきが険しく妙な威厳みたいなものがあるので単純に栄華の好みにあわなかっただけなのでは?とも勘繰ったがそんな事は無かったようだ。

 

「『飛雷騎』は全兵連れて行かれるので?」

 

そして俺直属の兵士三千名には『飛雷騎』の名が冠された、これもまた華琳の命名。「私に並び立つ者の近衛隊とも言うべき部隊、名が無ければ格好もつかないでしょう?」と。一刀や華侖、緋那ら子供心を忘れない連中がカッコいい、と眼を輝かせながら言っていた。不覚にも俺も同じ事を心の中で思ったのは内緒だ。

 

「当たり前だ、華琳の意向は『鄧艾の名を大陸全土に広める戦い』。俺の手足である『飛雷騎』も共に、でなけりゃ意味がねぇだろ?」

 

俺が笑いながら言えば、『飛雷騎』の面々から様々な声があがる。「流石アニキ、俺一生着いて行くぜ!」「アニキはやっぱり最高の男前だぜ!」「俺、アニキになら抱かれても良い!」「陳泰様がいないだけでやる気が出ねぇ・・・・」・・・・うん、後者は後で入念に半殺しだな。

 

「んじゃま、行くぜ野郎共!!」

「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」」」」」

 

SIDE ???

 

近頃、表立ってはいないがとある人物の名がその筋で囁かれ始めていた。

 

『鄧艾』

 

兗州州牧曹操の臣下。かつては豫州で暴徒を指揮し、都合七度に渡り官軍を撃退。その後に曹操へと臣従し、以後陰ながらその手腕を発揮。沛の相、陳珪の要請に応じての豫州遠征や定陶救援、沛城救援など着実に戦果を挙げてきた。その人物が、総勢一万の手勢をもってして黄巾十万の軍と戦うと言う。単純な数字の差は十倍、堅牢な城に籠もっての籠城ならばともかく野戦でそれを討ち果たそうと言う。

 

「・・・・どこだ」

 

見ずにはいられなかった。困りものな主君には狡いと駄々を捏ねられ、苦労性の軍師殿にはため息もつかれたが。十倍の敵に敢然と立ち向かおうとするその大馬鹿者の顔を、一目見ずにはいられなかったのだ。

 

眼下では徐々に黄巾の陣内で火の手が上がり始めていた。陣を半包囲する鄧艾の軍勢、どうやら『殲滅』ではなく『壊滅』と言う選択肢を取るようだ。曹操と鄧艾、この二人の英傑はいったいどれだけ『先』を見ていると言うのだ。二人にとって恐らくはここは『通過点』、目指す場所はずっとずっと先の事。

 

北側の戦線、その中央を黒と紫の一軍が正しく言葉通り蹂躙劇を成している。その要となっている将、漆黒の柄と紫色の刃の槍を自在に操り、黒一色の汗馬にて迫る全てを圧している。私とて軍を操る者、武術の心得は無くともあれ程の『武将』と『軍』が『噛み合う』事の脅威は知っている。今はまだ三千程の軍勢だが、それがもし万になれば?十万ともなってしまえば、どれほどの軍と策略を弄しても万に一つの勝目すら見えない化物になるだろう。

 

「十重二十重の策略に偶機、天運、ありとあらゆる要素を重ねてようやく届き得る領域・・・・か。人を見る眼はある、と自負してるけどそれを恨めしいと思ったのは初めてだ」

 

だからこそ、と思ってしまうのは男と言う生き物の(さが)なのかも知れない。

 

「何れ打ち勝ってみせよう」

 

目の前で炎の中に次々と消えゆく黄巾、それを眺めながら、今まで空虚だった『己』の中に『焔』が燃え上がるのを感じ取っていた。




第十一話でした。

『キングダム』を読んでいたら「直属部隊持ちの将軍ってカッコいいよね」と言う結論にいたり、本来官都辺りで出す予定だった『飛雷騎』を前倒しして登場させる事になりました。

そして最後に出てきた謎の人物、史実で関わりなんて殆ど無いにも関わらず吼狼のライバル枠になります。いったい誰なのか、適当に妄想して見て貰えればと思います。

次回で黄巾編終了になります。

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