「西の城壁の修理状況を直ぐに報告するよう監督官に伝令、それと先日引き入れた流民の名簿を急ぎで作成しろ。名簿が揃い次第で基準に従い仕事と住居を配分、それが済んだら曹洪に予算案を出せ。また手の空いた者は夏侯惇、曹仁を探し出し報告書を速やかに提出するように警告しろ。出さずばどうなっても知らんぞ、と伝えろ」
俺が華琳様に従う事を決めてから一年、俺は陳留軍の軍師と言う立場になっていた。とは言え現在の陳留は慢性的な人材不足、そのため実質的に内務の総責任者も兼任する形となっている。以前は華琳様の一族である曹純が一人で調整役を勤めていた、と言うがよくもまぁ一人でこれだけの仕事をやっていたものだと素直に尊敬したのを覚えている。
「昼過ぎに届く新しい弓は夏侯淵隊に優先的に配分、残りは曹純に数を報告してから蔵へ収めろ。五日後の遠征の兵糧だと?郭淮に直ぐに確認させろ、ついでに武具や他の携行品についても確認を行え」
とにかく、今の俺の手元には育成と言う名目で新人の武官、文官が一手に集められている。とにかく多方面で作業を請け負う俺の下で適正を見繕い、そこで見出した能力を元に配置を決定。と言う形を取っている。
「・・・・そっちの仕事はどうだ?荀彧」
「はい、概ね終わりそうです」
その中で、最近俺の補佐に昇格させた少女がいる。
荀彧。名門荀家の娘。元は南皮の袁紹の下で軍師をしていたらしいが、まぁ価値観の相違とかで辞めてきたらしい。華琳様の噂を聞き、華琳様の軍師となるために来たらしい。のだが、正式に配属を決める時に華琳様直属の軍師として俺は推薦しようとしていた。実際それだけ優秀だし、表に立って動くならそれなりにハッタリが効く彼女の方が適任だと思っていた。だが、彼女からは思わぬ返答が帰ってきた。
『今暫くは、鄧艾様の下で働きとうございます』
詳しい理由は話して貰えなかったが、それが当人の希望なら仕方ない。と言う事で、俺の補佐になったわけだ。
「なら昼休憩にしよう。昼の後は俺は隊の訓練に顔を出す、曹洪、曹純がそれぞれ城壁改修の見積もり、新規に届く装備の目録を持ってくる筈だ。何時もどおりに対処、それ以外の緊急の案件があれば第二練兵場に来るように」
「分かりました」
さて、三日ぶりの鍛錬だ。書類仕事で溜まった鬱憤を晴らす意味でも、張り切って行きますか。
SIDE 荀彧
私は男が嫌いだ。グズで、だらしがなくて、女と見れば色目を直ぐに使うヤツばっかり。その意見は昔から一寸たりとも変わらない、変わらないけれど最近は例外的な存在がいるのだと知る事になった。
鄧艾様。
曹操様の軍師であり、陳留の舵取りを任されている重臣。調べさせてはみたが、元は任城方面に出現した暴徒の首魁だと言う。ただし、兵糧庫の役割を持たせていた支城を制圧し、都合七度に渡り官軍を撃退し続けたという。八度目に援軍として現れた曹操様に敗北、どのようなやり取りがあったかまでは分からないが鄧艾様は華琳様に降伏。以降、将としては勿論、文官としての才能も発揮し僅か三ヶ月で軍師を任せられるまでに至る。
『曹操様の軍師に相応しいのは私だと、証明してみせます』
『へぇ?まぁ良いんじゃねぇの?俺を越せるんならな』
粗野な言葉遣い、だが新参が『貴方に取って代わる』と言う宣戦布告をしたにも関わらずそれを笑って受け流すだけの器量もある。そしてその下で働きを見たからこそ、その異常な程に際立った手腕にも気が付く。城壁の修繕、物資の管理、治水事業に農耕政策、更には流民の受け入れと仕事の斡旋。正しく『何でも屋』とでも言うべき手広い働き、更にその中で新人の武官、文官たちの適性を見極めて配属を決める人事の方面も任されている。その上で一軍の将として戦場に出る事もある、まるでもう一人の曹操様を見ているかのような働きに、私は純粋に興味を惹かれていた。
『さて荀彧、お前を曹操様直属の軍師に推薦しようと思うんだが・・・・』
願ってもない事だ、元々そのために南皮を出て陳留に来たのだ。その立場を務めるに十分な研鑽を積み、またその責務に耐えうるだけの自負もある。だが・・・・
『その事ですが鄧艾様、今の私にそのお役目は重く感じます。今暫くは、鄧艾様の下で働きとうございます』
反射的に、鄧艾様の言葉を抑え込んでそう言葉を紡いでいた。
『そうか、なら今後は俺の補佐を頼む』
鄧艾様は笑いながらそう言った。私の中にあったのは間違いなく敗北感、今のままでこの人を押し退け曹操様直属の軍師になったとしても、胸を張れない。ただ、その敗北感を悪くはない、と思ってしまっている部分もある。
『はい!』
らしくない、本当にらしくない。
―――――――――
「あ・・・・全員整列!!」
俺が練兵場に到着すると、不在時に軍権を一任している副官の掛け声で隊の連中が整列する。
「あぁ、楽にして構わんさ。
「はっ!!」
陳泰、真名を由空。元々は華琳様の近衛部隊『虎豹騎』の兵長。俺が華琳様の下へと降って、一番最初に預けられた部下。何事にも真面目で精鋭部隊出身の名に恥じぬ実力を持ち、今の俺には無くてはならない補佐役である。当初は夏侯惇、夏侯淵を筆頭とした華琳様の一族出の将たちが付けた監視としての役割が大きかった。今では監視役の役割は無くなり、むしろ何というか・・・・アレだ、村で俺を慕ってくれてた連中みたいな目をしてる。
「増員された新兵の様子はどうだ?」
「悪くはありません、新兵の中から選りすぐった二十名ですので。あと二ヶ月もあれば無理なく連携が取れるぐらいにはなるかと」
「なら任せる、それと五日後に華琳様の私物を盗んだ小規模の賊を追い華琳様自ら赴くそうだ。その際の護衛として俺たちの隊をご指名だ、万事抜かり無く準備を済ませろ」
「はっ!!」
確か太平要術の書、って言ってたか。どこぞの自称仙人が記した書物で、様々な方術が記載されているそうな。華琳様も眉唾モノだとは思っているらしいが、万が一と言う事もある。効能云々を差し引いたとしても、貴重な古書であることには変わりないし。で、それを取り返すために一部隊を率いて自ら赴く、との事らしい。まぁ、名が力を持つ事もある。厄介事の種は除いておいた方が良い、ってワケだ。
「くーろーぉおーっ!!!」
・・・・除けない厄介事もあるよな。
「どうした春蘭」
「どうしたではない!!」
夏侯惇、真名を春蘭。陳留の筆頭武官。俺が捕まった時に真っ向から打ち破ってきたのもコイツ。個の武では大陸でも五指に入るんじゃないか、と思える実力者。脳筋で猪なので、扱いやすい時と扱いづらい時がハッキリ別れる。華琳様至上主義、ぶっちゃけ華琳様以外の事は割とどうでもいいと言いかねないぐらい。
「何故華琳様の護衛が私では無くお前なのだ!!」
軍の再編中で、その責任者がお前だからだ。と言い切るのは簡単だが、そんな当たり前の理屈が通じてくれないのがコイツだ。であれば・・・・
「そうか、華琳様が『留守を任せるなら春蘭しかいない』と言っていたのだが無理か」
「え?」
俺の言葉に、春蘭が反応した。
「ならば仕方無いな、華琳様が『とても重要だからどうしても春蘭』にと言っていたのだがなぁ?」
春蘭が、わかりやすくそわそわし始めた。
「さて?春蘭は何用だったかな?」
「いやいや!華琳様が私にしか出来ないと言っているのであれば私は喜んで華琳様の留守を護ろうではないか!!その代わり吼狼!しっかり華琳様をお守りするのだぞ!!」
「あぁ、わかっている」
春蘭は正論とかで頭ごなしに説得するよりも、華琳様の名前を出して説得した方が確実にこちらの言葉を聞いてくれる。
「吼狼、姉者はこっちには来ていないか?」
「あぁ、いるぞ?」
夏侯淵、真名を秋蘭。春蘭の妹で、俺が捕まった時に搦手を潰してきたのがこっち。弓の名手で、乱戦の最中でも的確に敵将を射抜く腕前を持つ。指揮官としても優秀で、華琳様が戦場に出る際、高確率で補佐に選ばれる。姉とは正反対な性格ではあるが、華琳様至上主義と言う点では同じ。普段は冷静なのだが、華琳様や姉が絡むと冷静じゃ無くなる欠点があるので、そこを改善してもらえればと思う。
「・・・・まさかとは思うが報告書か」
秋蘭が春蘭を探していた理由に思い至った俺は、秋蘭へと問いかける。と、無言で頷いている。
「どうもお前のところから来た伝者を振り切って逃げたらしくてな、お前に叱られると半泣きになっていたところを私が見つけてこうやって探しに来たのだ」
「あー」
そう言えば春蘭探しを任せたのは新人だったか?ちょっと荷が克ちすぎたか。
「俺の人選が悪かったな、スマン。余計な手間をかけさせた」
「構わんさ、姉の失態は私の失態でもある」
二人で顔を見合わせながら苦笑いし、視線を春蘭へと向ける。今この一瞬は思いは一緒だ、どうあの猪を説教してやろうか、と。
―――――――――
「すみません、いつもいつも姉さんが・・・・」
「気にすんなよ、お前だって忙しいし。それよりも・・・・何度言えば分かるんだ?華侖」
「むー、柳琳も吼狼も真面目過ぎるっすよー」
夕方、訓練を終えた俺の前には曹操軍のもう一つの姉妹が揃って頭を・・・・正確には下げているのは妹の頭だけだが、まぁ頭を下げていた。
曹純、真名を柳琳。華琳様の近衛部隊『虎豹騎』を率いる指揮官。指揮官としても堅実な手腕で優秀だが、俺が来るまで今の俺の役目を一人で担っていた文官としても優秀な人材。人が良すぎるせいか、何でもかんでも引き受けてしまう癖があったようだ。最近は俺がその役目の大部分をになっているので、それなりに負担が減っている、と信じたいが。自由奔放な姉に振り回されるのは、曹家に連なる妹の宿命らしい。
曹仁、真名を華侖。柳琳の姉。自由奔放と言う文字が自我を持ったような性格。勘と経験で戦場を自由自在に駆け回り、相手の虚を突く用兵で翻弄する事を得意としている。書類仕事から逃げる、屋根に登る、脱ぐ、と妹を片っ端から困らせ続けている。
「報告書を忘れず提出、それと内容は簡素で構わないから明瞭に、そう言ったはずだ。自分を支えてくれる隊の連中皆を平等に、と言う気持ちは分からないでもない。だがそれはそれ、これはこれだ。他所の隊の連中にお前の隊の奴らがいじめられても良いのか?」
「え?どう言う事っすか?」
「曹仁様の隊の連中は活躍なんて出来なくても恩賞がもらえてズルい、ってなっちまうのさ。上がどれだけ抑えても必ずそういうのは出て来る、お前が庇える間は良いが常に護ってやれるワケじゃない。差別しろって言ってるんじゃあない、締めるところは締めろってんだ。分かるな?」
理解はしたが、それでも納得はしていない。そんな表情だがうなずいてくれたので、ここは良しとしよう。
―――――――――
「吼狼さん、いらっしゃいます?」
夜も深まった頃。扉の外から聞こえてくる声に、俺は直ぐに反応し返事を返す。
「あぁ、いるぞ。入ってくれ」
「では失礼しますわ」
曹洪、真名を栄華。陳留の財政管理を一手に担い、『金庫番』なんて呼ばれている。役目の関係で俺と一緒に仕事をする割合が多く、陳留に来て一番最初に打ち解けたのがこの娘かも知れない。仕事では厳しい事も言うが、平時は至って普通の女の子。趣味も一番らしいかも知れない。
「何かあったか?」
「ええ、五日後の件で少々」
そう言って竹簡を一つ、俺の机の上へと広げる。
「兵糧ですけれどもこちらの量で本当にいいんですの?最長一週間の滞在とは言え三百の兵を賄うには少々、量が少ないように思えるのですけど?」
「知り合いの商人がその辺りに拠点を構えていてな、今後のためにもソイツから一度兵糧を購入したいんだ」
普段は馬を中心に商っているらしいのだが、この間久しぶりに会って話をしたところ食料やその他資材関連の商いも始めたいのだと言う。それで細かいところを詰めた上で、一度こちらの指定した量の兵糧を準備してもらい、こちらの・・・・というより華琳様の満足が行く仕事をしてもらえるならば今後とも、ってワケだ。
「そこまで話がついているのでしたら分かりましたわ」
「俺が不在の間は柳琳に取りまとめを頼むつもりだ、武官側は秋蘭、文官側は荀彧にそれぞれ引き継ぎをしておく。それで問題無いでしょうよ?華琳様」
え?と思わず声を出す栄華。それに少し遅れて扉が開き、その少女は姿を表す。
「あら、面白くないわね」
「勝手におもしろがらんで下さいや」
曹操、真名を華琳。俺の主君。奇妙なぐらいの信頼感と共に、俺をあっという間に昇格させて軍師にまで押し上げた張本人。やろうと思えば何でもできる、の典型。何事にも手を抜かないが、遊びを忘れない姿勢は尊敬すると同時に危うさを感じている。
「なぁ華琳様、俺もそろそろ軍部一本で行きたいんですがね?」
「無理よ」
基本休みなく、万事をこなしてきた俺のちょっとしたお願いをバサッと斬って捨てるような容赦の無さもある、と追加しとこうか。
「貴方にはいずれ一方面の総指揮官として動いて貰うつもりだもの、その手腕を鈍らせてもらっては困るのよ」
「一方面、ねぇ?何を考えてんです?」
これは答え合わせみたいなものだ、話についていけず蚊帳の外な栄華に説明をするための。
「貴方と秋蘭、それに・・・・そうね、華侖ともう一人ぐらい。一方面を任せられるような人材を育てる事が出来れば、多方面作戦が可能になるわ」
そうすれば華琳様の掲げる覇業の完遂が早まる・・・・だけじゃねぇな、コレ。栄華なんか急に大規模な話をしたもんだから、完全に話についていけなくなってるし。
「ま・・・・そういう事にしときましょうか」
今はそれで良いさ、今は。先々の事を考えるのも大事だけど、一番大事なのは目の前の事だもんなぁ。
「まぁだいぶ話が逸れたところで、五日後の件での話でしょ?」
「そう言えばそうだったわね、丁度良いから栄華も話に参加して頂戴」
「え?あ・・・・はい」
俺たちの夜はまだ更けない。
第二話でした。
なんだか説明回になった気がして・・・・
当作品の桂花はツン少なめデレ多め(主人公限定)となっております。用法用量を護って、正しくお読み下さい。
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