虎牢関はもぬけの殻。
その知らせがもたらされたのは袁紹、袁術が前に出て二日目の事だった。袁紹、袁術は自分たちに恐れをなして退がったのだ、と自慢げに言っていたがそんなのを信じるたり喜んだりするのは同等のバカか阿るバカのどっちかだ。ちょっとでも考える頭があれば、誰しもそうは思わない。
一応は、状況の変化に対処するという名目で華琳と二人、頭を突き合わせてはいるが・・・・
「洛陽に変事有り、と思うのが妥当なんだがな」
「そうね、戦略的にも戦術的にも虎牢関、巳水関の二関を放棄する意味が無いもの」
斥候によれば巳水関も敵影は無いと言う。洛陽を守護する二つの堅牢な関門を放棄する、と言うのは通常有り得ない事だ。諸侯の殆どが兵数差を埋めるために洛陽守備軍を併合し、洛陽にて決戦を行う腹積もりなのだろう、と宣っているがそれも俺は有り得ないと思っている。となれば、二関を放棄してでも優先して対処しなければならない変事が起きた、と言うのが妥当だと思う。恐らくは大将軍何進と派閥争いをしていた十常侍が何らかの動きを見せた、と言うのが本筋だと思っている。
出来る事なら、先の虎牢関の面々で協力体制を敷き対処を考えたいところなのだが孫策軍は前に出た袁術の代わりに連合軍の兵糧管理、劉備・公孫賛軍と劉埼軍は兵の損耗が大きく十分な働きが難しいだろうからと言う本営の指示で後方待機、俺ら曹操軍は擁州方面からの援軍を防ぐと言う名目で洛陽西方で待機。
洛陽攻めは袁紹、袁術、他ここまで兵力の損耗が全くない諸侯たちで行われることになった。
「呂布、張遼、華雄を退け高順を『討ち取った』、その功績を妬んだんだろうな。ロクな能力もねぇくせに自尊心だけは一人前と来たもんだ」
「そうね、でもこれが『漢』と言う国の今の姿よ」
華琳の言葉に俺はため息を一つ。手柄の独り占めだけはさせない、と。本当に器の小さい連中だ。
「だがまぁ、このまま端っこでおとなしくしておく必要も無ぇな。春蘭と秋蘭を行かせよう」
「仕掛けるの?」
「機を見計らって、な」
高順を失った以上、董卓軍の篭城はかなり厳しくなっている。ともなれば、包囲している軍を見てむしろ引っ掻き回しに出てくる可能性も高い。恐らくではあるが、ギリギリ対処出来るのは将がそれなりにいて兵の練度も幾分マシな袁紹軍か董卓軍と同じく異民族相手に長年戦ってきた西涼軍ぐらいなものだろう。他は総崩れになる可能性が高く、他の三軍もそこを狙って精鋭部隊を『救援と言う名目』で投入するはずだ。
「欲しいのがいるなら言っとけよ?じゃねぇと春蘭なら全部ぶった斬っちまうぞ?」
「分かってるわよ、あの娘らとの付き合いは貴方より長いもの」
「なら良い」
―――――――――
「よぉ、眼は覚めたか?」
幕舎で寝かせていた高順が起きた、そう知らされた俺は直ぐに赴いていた。
「あぁ・・・・」
起き上がっていた高順は、思っていたよりも落ち着いた受け答えをしている。
「俺は・・・・どうなる?」
「三つ、選択肢をやる」
俺が指を三本立てると、驚いた顔をしている高順。
「一つ、このまま降る。二つ、装備と兵を受け取り激戦区になっている洛陽へと戻り董卓軍として最後まで戦う。三つ、劉備、孫策、劉埼の何れかに仕官する。俺としてはお前がどれを選んでも便宜は図る」
「・・・・一つ目は分かる、だが二つ目と三つ目はなんだ?俺を試しているのか?」
「ある意味ではそうかもな」
椅子を引っ張り出し、寝台の脇へと座り込む。
「あの時はそのままお前を死なせるには惜しいと思った、だからあの時は助けた。だが無理強いをするつもりは無い、恩着せがましく配下に降る事を強要したくはねぇ。かと言って他のアホ共にお前の身柄を引き渡すつもりもないし、主に殉じて死を選び、死線に身を投じる事を是とする生き方がある事も知っているし理解している。だから先の三つから選べ、と言った」
俺が助けたことに恩義を感じ降伏するも良し、洛陽へと戻り董卓に殉じ最後まで戦うも良し、どちらも選びたくないと言うならその力を活かせる場を紹介してやるだけだ。
「・・・・俺は、今の今まで董卓様には抜擢していもらった恩義を返そうと思って仕えてた。あの人はあの人なりに、
寝台から降り、膝を屈する高順。
「装備と兵、と言っていた。どれぐらい、残った」
「三百弱だな、四百ぐらいは張遼に付き従って、左翼に向かった二千と残りの三百はまるまんま戦死したよ」
「・・・・降る、だが条件がある」
「言ってみな」
少しだけ躊躇いを見せながらも、口を開いた。
「部下たちと共に、一度擁州へと行かせて欲しい。俺に付き従い、命を落とした者の弔いをしたい」
ここから逃げ出すための方便、普通ならそう捉えて否とするだろう。だが・・・・
「構わねぇよ、行って来な。おぅ!!誰かいるかぁ!?」
「はっ」
「話ぁ聞いてただろ?行き帰りの兵糧を手配してやれ!」
「御意に」
外から聞こえてきた返事は景のもの。疑問も反論も挟まずに、直ぐに駆けていく音が聞こえてくる。
「・・・・逃げるとは、思わないのか?」
訝しげに、問いかけてくる高順に俺は笑って返す。
「そうなったら俺の見る目が無かった、ってぇだけさ。次に戦場であったなら問答無用で殺す、それだけさ」
当然、それで失った兵糧の分は俺の私財から賄うし、二度も慈悲をかけてやれる程俺は善人じゃあない。
「さ、お前さんの部下も今頃待ってるはずだ。とっとと済ませてきな」
SIDE 高順
張遼を助けると、俺が判断し、降した指示で徐栄と二千三百が死んだ。俺の連れていた兵の殆どは同郷、故に以前から死者が出るたびに郷里の風習に従い弔ってきた。だからこそ、徐栄と二千三百の兵を弔いたかった。許可など降りるはずもない、無理な願いであると理解しながらも俺は鄧艾へと願い出た。
「部下たちと共に、一度擁州へと行かせて欲しい。俺に付き従い、命を落とした者の弔いをしたい」
断られて当然、その場合は別のやり方もあるだろう。と、半ば諦めていたのに。
「構わねぇよ、行って来な。おぅ!!誰かいるかぁ!?」
「はっ」
「話ぁ聞いてただろ?行き帰りの兵糧を手配してやれ!」
「御意に」
返答と、配下の動きは俺の理外だった。
「・・・・逃げるとは、思わないのか?」
有り得ない、あってはいけない。だからこそ、俺は問いかけていた。
「そうなったら俺の見る目が無かった、ってぇだけさ。次に戦場であったなら問答無用で殺す、それだけさ」
一気に興味が沸いてきた。これだけの大器の下で戦う未来に、これだけの大器を従える曹操と言う英傑に。
「さ、お前さんの部下も今頃待ってるはずだ。とっとと済ませてきな」
裏表の感じられない、屈託のない笑みを浮かべ促す鄧艾。
「感謝する」
素直に、その一言を発していた。
幕舎を出て、部下たちの下へと案内されながら。部下たちを如何に説得すべきか、死んだ部下たちになんと言おうか、俺は考えを張り巡らせていた。
―――――――――
「そろそろケリが着きそうな感じだな・・・・一刀たちを洛陽に向かわせろ」
次々と董卓軍所属の旗が倒されていく、城外の戦線も収束に向かっているようだ。恐らくは城門も破れば利権がらみで城内は大混乱となるだろう。その中に潜り込ませるなら確かな眼を持つ者を向かわせるべきだ。であれば、その眼がある一刀と護衛の凪、知恵袋の立夏、軍師たちとは別視点を持つ紗和と良い組み合わせではある。
「吼狼様、宜しいでしょうか」
「おぅ、入れ」
幕舎の外からの犹の呼びかけに、俺はすぐさま招き入れる。
「春蘭様、秋蘭様が張遼と配下の兵を引き連れて戻ったようです」
「流石、と褒めとこうか」
「ですが・・・・春蘭様が左目を失いました」
不覚傷、で済ますには痛い損失だ。まぁ・・・・アイツならどうとでもするだろう、主に華琳への愛で。そもそもアレは『視覚』よりも『嗅覚』で戦っているフシがある。片眼ぐらいなら、勝敗に関わらないぐらいだろう、きっと。
「他の情報は入ってるか?」
「董卓、賈駆、李儒の行方は不明。呂布、陳宮の両名は堂々と敵中突破を果たし逐電した模様。洛陽では袁紹と袁術が醜く、浅ましく利権争いを行っています」
董卓、賈駆、李儒に関してだが・・・・三者の事情を知った『誰かさん』が懐に招き入れた、と言う可能性が大と考えられる。呂布に関しては・・・・流石、としか言えない。連合諸侯にもマシなヤツらはいる、袁紹、袁術配下にだって顔良、文醜、紀霊と優秀な将はいる。それをものともせず、突破するとは。味方に出来れば心強く、敵に回したら如何に戦わずに済ませるかに腐心したくなるような相手だな。
「鄧艾様、諸葛瑾殿が訪ねてお出でです」
・・・・・・・・確かに洛陽と言う『盤面』は詰んだ。主な戦闘は終わった、だが本当に即座に来るとは思いもしなかった。いや、陽も暮れてきたし、飲み始めるには良い時間だなとは思うが。
「通せ。それと・・・・俺の幕舎から黒い封をした酒壺がある、ソイツを持ってきてくれ」
「はっ!」
だがまぁ、揚州の新酒にもそそられるのも事実だ。諸葛瑾と酌み交わしつつ語らう事も楽しみにしていた。
一仕事終えたのだ、それぐらいは・・・・構わないだろう。
第十九話でした。
キッチリ予定通りに夏侯惇は左目を失い、張遼捕縛、その他もろもろ原作的なフラグは回収しました。
次話はただの飲み会です。