「兵法の理を学ぶ、その事自体は間違いじゃあ無い。だが戦場とは思い通りにはいかないものだ、だからこそありとあらゆる手段を用いて自分の思い描く戦場を作り上げる『力』が将には要求される。それは洗練された『武芸』であったり、何者をも寄せ付けない『破壊』であったり、見えぬものを感じ取れる『第六感』であったり、何者にも想像のつかない『知略』であったり・・・・それは人それぞれだ」
俺の前で並んで座っているのは校尉、都尉、軍師候補たち併せて百人近くになるだろうか。最後方には華琳、桂花を初めとした曹操軍の頭脳派集団。
それらが俺の講義に聞き入っている。
そもそもの始まりは洛陽から戻って一月ほど経った頃の事だった。
『結構な量の嘆願書が出ているんです、吼狼様の講義が受けたい・・・・と』
そう、桂花から告げられ、華琳と一刀に舞台を誂えられ、凛と風と立夏に退路を絶たれ、真冬と燈に追い込まれた俺はやむを得ず教壇に立つ事になった。今思えば、桂花から陳情として上がってくるところからが俺をここにたたせるための罠だった気がした。だって今言った、俺をここに押し上げた奴ら真冬と燈を除いて漏れなく座ってるもん。
「故にだ、諸君には唯々諾々と指揮官の命令に従うだけではない・・・・その命令に込められた意図を読み取ったり、その場で状況に合わせた最適解を選び取ると言う事を少しづつでも構わない。出来るようになっていって欲しい」
命令通りに動くだけなら誰にでも出来るし、それだけの校尉、都尉なら直ぐに据えられる。だが人材もまた物資、有限である以上は一人一人に生き延びてもらい、戦歴を重ねてもらう必要がある。
「今日の俺の講義をどう活かすかは諸君ら次第だ。もしかしたら、この中から次代の曹操軍の根幹を担う人材が現れるかも知れない。むしろ・・・・」
「俺は、そうなってくれる事を願う」
―――――――――
「それで?」
半日もかけた講義が終わり、実践だと銘打って臨時の模擬戦へともつれ込む。俺と華琳、桂花、立夏は観覧席へ。凛と風は分けられた東軍、西軍にそれぞれ参謀役兼人材見極めのために参戦している。
「貴方のことだもの、不特定多数にああいった『激励』をする事は無いでしょう?既に目星をつけている、と私は思っているのだけれど・・・・どうかしら?」
練兵場から引っ張り出された星と迅をそれぞれ総大将として、陣立を済ませた両軍。それを見下ろしながら、華琳が問いかけてくる。
「・・・・東軍の先鋒騎馬隊と西軍本営の騎馬隊」
東軍先鋒にいる方は定陶で『飛雷騎』に入った志願兵で名を姜維、西軍本営の方は華琳の一族で曹休。ともに他の若手将校たちよりも一歩抜け出た感じ、ではあるが後一歩なヤツらである。
「華那と・・・・もう一人の娘は見た覚えが無いわね、でも・・・・好みだわ」
じゅるり、と。
「オイ」
「大丈夫よ、眼をつけたのは貴方が先だもの。貴方が駄目だった時に私がいただくわ」
どっちの意味でだ、と思わず聞きたくなったが飲み込む。戦闘開始の銅鑼が鳴ったからだ。
「もののみごとに分かれたわね」
恐らく、四人ともこの模擬戦の意味を理解している。だからこそ口出し、指示出しは最低限で若手連中の大方針に従う形で動くだろうとは思っていた。だが・・・・
「錘行陣と方円陣、示し合わせたような攻めと守りの構図だな」
これは星も迅も面白がってやってるな?互いに矛を交えた事は無く、模擬戦ですら敵対した事は無いはずだ。この機に一度やりあってしまおう、ってワケか。しかも若手たちに一線級の将の戦いを見せる、と言う大義名分まである。やり過ぎなければ、誰かから文句を言われる筋合いも無いわけだ。
「ってオイオイオイ・・・・」
「ふふっ・・・・派手にやるわね、二人とも」
「イキナリすぎる気もしますけど・・・・」
「星らしく迅らしい、良いんじゃないですか?」
突撃の合図とともに隊を四つに割る星、『四錘』と呼ばれる波状攻撃による突破を目的とした陣形。対する迅は方円の後方を解除し半円を二つ重ね、前衛は盾を、後衛は弓矢を装備させ堅く護りつつ削りに入る姿勢だ。星が初っ端から超攻撃的なのにも驚いたが、迅がここまで『踏み止まる』戦をするようになったことにも驚いている。秋蘭の下で守勢を学ばせたのは、どうやら正解以上の成果をもたらしているようだ。
「まさか・・・・とは思うがな」
そもそも、俺は今回の指揮官役を指定してはいない。選定と日程調整は全て一刀に任せていた、と言う事は一刀がこの光景を見せるべく仕組んだ、と言う事か?そう言えば両陣営に所属する校尉、都尉も所属する側に沿った傾向を持つ者ばかり。
「良い戦いをするじゃない」
そう呟く華琳の言葉に、無言で俺は頷き返す。
「あぁ」
一進一退、大方針は若手に決めさせたとは言え実際の指揮をするのは間違いなく一線級の実力を有する二人。
元帥府直轄部隊『飛雷騎』第二将 趙雲
夏侯淵隊副将兼統括軍政官 郭淮
洛陽からの帰還後に行われた再編で数々の新参武官、文官が要職へと付けられていく中、二人に与えられた立場がそれだった。共に再編前の所属に残留、と言う形ではあるが星は臨時編入から正式編入な上に都尉、校尉を段飛ばしして将軍へ、迅は曹操軍全体の軍政官の統括と言う役割を付随される事になりぶっちゃけ挙げていた功績からすれば異例の昇進と言っても差支えは無い。だが俺は、囁かれるであろう陰口、周囲からの奇異の眼を実力でもって二人が払拭してくれるであろうと『確信』したからこそそう配置したのだ。
「見せてみろ、『お前らの今』を」
―――――――――
さて、元帥府直轄部隊『飛雷騎』総兵数一万。所属しているのが犹、星、霞、香風、由空の五人。と言うのが現在の編成である。景は栄華の下へ出戻り、真桜は香風と入れ替わりで一刀の隊へ、と言った具合でだ。
「っつーわけでだ、うちの騎馬隊はどうだ?」
『飛雷騎』の騎馬隊は強い、だが先の虎牢関での戦いでも痛感した通り騎馬民族出身であったり、異民族と戦い続けてきた騎馬隊と比べればまだまだ弱い。と言う事で、騎馬隊の見直しの一環として元董卓軍として永らく羌族と戦い続けてきた霞にここ数日、『飛雷騎』全ての騎馬隊を預けて見てもらっていたのだ。
「ウチらみたいに小ちゃい頃から乗っ取るワケや無いのに馬に振り回されんと乗れてる、十分過ぎるぐらいや」
「『神速』の張遼にそう評価してもらえるなら十分な及第点だな」
山岳で戦い続けてきた霞に合格点を貰えたなら平地で戦う騎馬隊としては十二分過ぎる。俺、星、霞の隊で騎馬、犹、香風、由空が軽歩1、重歩2と。もう一隊、弓隊がいると良いな。軍師も中々に見つからない。立夏か凛、とも思ったのだが何かが違う気がする。果断と慎重を併せ持つようなヤツが、もう一歩踏み込んで言うなら心の臓が鋼で出来ているようなヤツの方が良い。
「歩兵隊の方はどうだ?」
「概ね問題は無く、各隊同士の連携も滞りありません」
「良く纏まったな?」
「少し・・・・厳しく指導しましたので」
ニコリと笑う犹、の背後で香風と由空が顔を真っ青にしてガタガタと震えている。何をどうやった、とか無粋な事は聞くまい。何よりも結果が出ているのだ、よほど非人道的な手段で無い限りは問題視する必要性は皆無だ。
「・・・・良し、今日来れる奴らは東地区の店にこの後集合だ。飲むぞ」
星と霞が目に見えて喜色満面になる。
「無論俺の奢りだ」
「一生涯の忠誠を誓いましょう」
「ええやんええやん!景気のええ上司はウチ大好きやで!抱かれてもええ!!」
やっすい忠誠心だなぁオイ。
「はいはい、心置きなく飲むためにもキッチリ仕事を済ませろよ!!」
「「「「「応っ!!!」」」」」
こうやって皆揃って・・・・なんつーのも、後何回あるか分からんからよ。だから・・・・だから、この一時を大事にしたい。
第二十一話でした。
どんどん頭の中がごっちゃになってきています。たまに書いてる事もごっちゃになってるかもしれません。でも多少の事は見逃して!全部忙しすぎるリアルが悪いの!
もう二、三話ぐらい書いて、反董卓連合編の登場人物マテリアルを書いて、それから官都編に移ろうかと思います。