「・・・・ここら辺、ちょっと地形変わったか?」
「ですねぇ、先月大雨があったようですし?もしかしたらそれが原因かも知れませんねぇ」
「あれから一年、結構長いもんだねぇ」
豫州に軍を入れて三日、俺、立夏、迅は各所地形が変化したところ、村の変遷などを調べつつ進軍していた。悠長とも思われるかもしれないが、先々の事まで考えての事。陳留に隣接するここいら一帯は特に調べなければならない。
「一刀、香風、由空、そっちはどうだ?」
地形の下調べ、地図の手直しを俺たち豫州で暴れまわっていた組が。斥候の取りまとめと右軍の動向を探るのが一刀、香風、由空の組が行っている。
「華琳たちの方も順調に進んでるみたいだ・・・・地元の協力者がいるみたいで、昨日からの行軍速度は上がってるって報告だ」
一刀からの報告を聞き、地図に記していた華琳様たちの進軍路を再び指でなぞる。昨日の位置、本来の予測進路をなぞってから、山越えをする進路をなぞる。千二百、その規模程度なら進める程度の隘路があったはずだ。しかも標的となる廃砦の近くに出れる、こっちが少し遅れて到着する形になるかな。
「分かった、こちらも行軍速度を二割程度上げるぞ」
「・・・・」
一刀が、少し難しい顔をしている。
「いくら功を競い合う、っつっても何で密偵まで入れなきゃならないんだ。って顔してるな?」
俺の指摘に、一刀は素直に頷く。
「まぁ華琳様は競い合い、ってだけ言ったがこの二手攻めには他にも意味がある」
「え?」
「不慮の事態、まぁ例えば敵の奇襲なんかで味方がバラけたとしよう」
俺が話を始めると、一刀は眼を瞑り思考を張り巡らせている。
「味方と合流するにしても手探りで動いてちゃあ危ない、残党刈りしてる敵軍に見つかったりしたら目も当てられないからな。だから兵数が少なくても斥候を出し周囲の状況を把握しなくちゃいけない、敵の情報と同じぐらいに友軍の事もな。これはその訓練も兼ねている、だから向こうでもこっちの動向は探ってるハズだ」
秋蘭か柳琳、そこら辺がやらなくても桂花が必ずやるだろう。むしろ意図を読んで、そこまでやってくれなくちゃ軍師失格だ。戦場ではありとあらゆる情報こそが生命線となる、無駄な犠牲を出すのも、被害を最小限に抑えるのも、全て情報があってこそだ。
「香風と立夏は其の辺分かってるみたいだな」
「うん、情報は大事」
「ですよねぇー、周囲の状況が分からないままで戦うとか自殺行為ですって」
「つまりはそういうことだ、そこら辺を理解するための今回の二手攻めだ」
ようやく一刀が納得した表情になる。
「吼狼様!!!」
と、由空が走ってきた。
「華琳様の軍が件の賊と接敵した様子!」
「おいおい本気で手が速ぇな」
多少なりとも様子見をすると思っていたが・・・・アレか?『何時もどおり』の戦をしてたら『部下たちが食いっぱぐれるぞ』ってか?俺を煽るためにやったのだとしたら随分と安い挑発をしてくれたもんだ、だが・・・・
「乗ってやろうじゃねぇか・・・・誰か!俺の槍を持って来い!!」
「はっ!!」
直ぐに由空が兵から槍を受け取り俺に差し出す。
「鄧艾隊全兵で戦場に割り込む、徐晃、郭淮は俺と一緒に来い!」
「うん、分かった」
「あいよ」
「陳泰、司馬懿、北郷は残り五百に弓を準備させろ、どこに陣取って、どの機で射つか、全て司馬懿に一任する!」
「御意!」
「はいはーい」
「あぁ!」
俺の隊は基本軽装だ、遊軍として動いたりする事が多いからだ。だからこそ、こう言う足場の悪い山道や森の中を抜けるなら陳留軍最速であるという自負がある。
「迅と香風!俺の両脇を固めろ!俺が先陣を切る!!」
「おっ、ダンナがやる気満々ときましたか」
「吼狼がやる気満々、初めて見た」
最近は立場上、そういうの控えてたけどさ。今回は何らかの功を挙げなけりゃ兵たちに褒賞の分配もしてやれねぇもんな。
SIDE 華琳
戦端を開いたのは僅か一刻前。私と柳琳、桂花に先日加わった許褚・・・・季衣が本隊を率いて囮となって、釣りだした賊を横合いから春蘭、秋蘭、華侖が叩くと言う簡素な策。簡素だからこそ効果はあり、賊を引きずり出す事には成功した。だが計算違いがいくつか発生していた。
賊の数が五千近くに膨れ上がっていたと言う事、そして思っていた以上にここの指揮官が優秀であり想定以上に持ち堪えていると言う事。
「姉様、このままでは・・・・」
「せめて・・・・せめてもう一手・・・・」
春蘭が奮戦し、華侖が自由自在に駆け回り、秋蘭が矢継ぎ早に矢を打ち込むがそれでも決定的に崩れる寸前で持ちこたえ、別の部隊が補助に入り立て直し続けている。季衣も踏ん張っているが、柳琳や桂花の言うとおり、もう一手無ければ・・・・
「華琳様!」
桂花の声に我に帰る。
「援軍です!吼狼様の軍が!」
戦場東部の崖から下ってくる三百の軍勢、『鄧』の旗印、そしてその先陣を切るのは・・・・
「ようやくやる気を出したわけね、吼狼」
武芸も優秀なのは知っていた。春蘭が力ならば吼狼は技、その技一つで身体能力の不利を覆し春蘭と拮抗する武力を誇る。遠目ながらもその槍捌きは眼をひく。一突きするごとに直線上の二、三人が同時に突き飛ばされ、そんな光景が瞬く間に五度、六度と繰り返される。そして出来た隊列の綻びを大斧を振り回す香風と二振りの鉤剣を操る迅が筆頭となって歩兵が突き崩していく。
「あれが・・・・」
「吼狼様の、本気」
一見ガムシャラに攻め込んでいるように見えて、細かな連携はしっかり取れている。誰かが突出する事はなく、常に二対一以上の状況を作り出す。それでいて数を最大限活かし、面制圧を効果的に行うその戦い方は他の隊ではマネが出来ない。
「っ!崖上から・・・・あれは立夏の指示ね」
吼狼たちが駆け下りてきた崖上からの矢による一斉射撃。下りてきた兵数からすれば残る五百での斉射なのだが、吼狼たちが突き崩した影響を受けているかいないかギリギリの辺りを狙って射たせている。吼狼も言っていた立夏は性格が悪い、と言うのは至言なのかも知れない。
「鄧艾隊が流れを変えたわ!今こそ逆撃の好機!遅れを取るな!!」
―――――――――
賊の討伐も終わり、残党刈りには春蘭、華侖に新たに加わった季衣の三人が出撃していった。
許褚、真名を季衣。どうやら華琳様をここいらの太守の軍勢と勘違いして襲いかかったらしい、が全ては朝廷の腐敗が原因であり、その責任の一端は自らにもある、と華琳様は謝罪したらしい。春蘭が守勢に回ったとは言え、圧倒していた武勇、そして官への純粋な憤りを評価し勧誘。彼女も二つ返事で応諾し、ここまでの道案内を買って出てくれたとの事だった。純粋で素直で腕白で、大食らいなのはまぁ元気な証拠と言う事にしておこう。
さて、今回の第一功は季衣となった。右軍が取った囮作戦で、何度か綻びかけた本隊の前衛を彼女が武力で押しとどめた事。それに加え、右軍をここまで道案内し導いた功績を評価しての結果である。
「おぅ一刀」
「吼狼・・・・」
追撃部隊を待つ間は待機、となったワケだ。んで小高い丘から戦場跡を見下ろす一刀を見て、俺は声をかけた。
「どうだった?初めての戦は」
「怖かったよ・・・・目の前であれだけ沢山の人が死ぬのなんか初めて見た、敵も、味方も」
その光景を思い出したのだろう、カタカタと全身を震えさせている一刀。その肩を俺は叩き・・・・
「でも逃げなかっただろ?最後まで」
「それは・・・・」
「それだけでも上出来だ。有利なのに戦う事が怖くて脇目も振らずに逃げるヤツ、心の均衡が壊れて狂ったように敵味方お構いなしに刃を突き立てようとするヤツもいる。お前は恐れたが、それでも逃げなかった。慣れろ、だが当たり前に思うな、忘れるな・・・・俺が言えるのはそれだけだ」
一刀の震えが止まった、遠くを見ていた眼がこちらを向いた時。一刀の眼には以前よりも強い光が宿っていた。
「なぁ吼狼、戻ったらもっと厳しく武術を教えてくれ。兵法も、色んな事を前よりも教えてくれよ」
今、一刀の中で本当の意味で『この世界で生きていく覚悟』が確立された。今までも無かったワケでは無い、だが現実として『死』に触れる事が無かった。今回の戦いで死んだ兵の中には、一刀と仲が良かったヤツもいた。戦う術を得なければ自分もそうなる、誰を守れる事もなく、何を成す事もなく、無為に死ぬ。その事を実感したのだろう。
「・・・・あぁ、そうだな。死んだほうがマシだと思えるぐらいに厳しくしてやる」
「・・・・・・・・お手柔らかに」
そう答えた一刀は、顔は引きつっていたがハッキリと頷いてくれていた。
「さぁ、追撃に出た連中も戻って来た。成果は上々、陳留に凱旋するとしようや」
SIDE 一刀
俺には覚悟が足りなかったんだと思う。何の因果か、突如飛ばされてきたこの三国志の世界で。俺は生きていく覚悟を決めたつもりになってたんだと思う。
誰かが死ぬ。そんなのは俺からは遠くの話で、そう言う世界だって、そう言う時代だってわかってたはずなのに。
敵が死んでいく。
味方も死んでいく。
いっそのこと、ショックで意識でも失えば楽だったかもしれない。逃げ出してしまえば、少しでも見なくても済んだかも知れない。そんな俺の意識と身体を押しとどめたのは、由空さんと立夏の二人だった。
「現実から眼を背けるな!北郷一刀!!」
「あれれぇ?逃げちゃうんですかぁ?まぁそれでも良いですけど・・・・本当にそれでいいのか、よぉーく、考えて下さいねぇ?」
そう言われて真っ先に浮かんだのは吼狼の顔だった。右も左も分からなかった俺にありとあらゆる事を教えてくれた師とも言うべき人。
香風、俺の事をお兄ちゃんと慕ってくれる子。たった一度だけ、しかも頭をぶつけただけの縁なのに俺のことを心配してくれた優しい子。
迅。この行軍の間に仲良くなった吼狼の部下。妙にウマが合って、戻ったら現代の、『天の国』の事で色々と教えることを約束した。
それだけじゃない、吼狼の隊の人たちとはかなりの確率で顔見知りだ。最近じゃ隊内での飲み会があったりすると結構な割合で誘われて、参加させてもらったりする事もある。皆、皆気の良い人たちばかりだ。
その皆が死地に向かっている。もしかしたら当人たちにそんな認識は無いかもしれない、皆強いし。でも・・・・それでも・・・・
「っ!」
それからの事はあまり覚えてない。戦いが終わって、春蘭たちが追撃に出て、吼狼の隊にいた知り合いが何人か死んだことを知った。そのうちの一人は良く覚えてる、吼狼の隊でも最年長で、俺を甘味処に誘ってくれた事もあるぐらい甘党な人だった。それが、死んだ。
「おぅ、一刀」
「吼狼・・・・」
華琳たちが既に戦っている、って聞いて昼を抜いていたのがよかったのかもしれない。思わず催していた吐き気も、吐き出すモノが無くては気配だけで終わる。そうでなきゃ、吼狼に声をかけられた今も吐いていたに違いない。
「どうだった?初めての戦は」
「怖かったよ・・・・目の前であれだけ沢山の人が死ぬのなんか初めて見た、敵も、味方も」
知っている人が死んだ。俺にとってはそのダメージが一番大きかったかもしれない。自分でも身体中が震えるのが分かる。今回は良かった、崖上からの援護射撃だけだったから。だけど、これから先、直接敵と切り合う事があるかもしれない。そんな事になった時、俺は戦えるのか?また震えて、動けなくなって、何も出来ないまま死んだりしたら。それは・・・・
「でも逃げなかっただろ?最後まで」
「それは・・・・」
「それだけでも上出来だ。有利なのに戦う事が怖くて脇目も振らずに逃げるヤツ、心の均衡が壊れて狂ったように敵味方お構いなしに刃を突き立てようとするヤツもいる。お前は恐れたが、それでも逃げなかった。慣れろ、だが当たり前に思うな、忘れるな・・・・俺が言えるのはそれだけだ」
ポン、と肩を叩かれた。続く言葉を聞くうちに、震えが止まるのが分かった。吼狼の言葉を頭の中で冷静に考えられる程度には落ち着けた気がする。
「なぁ吼狼、戻ったらもっと厳しく武術を教えてくれ。兵法も、色んな事を前よりも教えてくれよ」
死にビビってたら自分も死ぬ、だからこそ『慣れろ』。そしてそんな状況に慣れすぎると感覚が麻痺して逆に死ぬ確率が上がる、だから『当たり前に思うな』。死んでいった味方の、敵の、その姿を『忘れるな』。
「・・・・あぁ、そうだな。死んだほうがマシだと思えるぐらいに厳しくしてやる」
「・・・・・・・・お手柔らかに」
帰ってきた吼狼の返答に、答えた俺の顔はきっと・・・・引きつってたと思う。
第五話でした。
一刀君の一人称視点を入れてみましたがどうだったでしょうか?
次回あたりで三羽烏を出せたらいいな、と思いつつ年を越しながら執筆を続けようと思います。皆様も来年良いお年でありますように。