「お前を殺して私も死ぬ」
そんな風に言われたのは初めてだったし、そんなことを言われるなんて一生ないと思ってた。言われたら言われたでそこまで私のことを思ってくれてるなんて嬉しいだろうなぁ、と考えていた。
でも実際そんな状況になるともう頭が真っ白になった。訳がわからない、どうしたらのいいのか。
「ちょっと魔理沙落ち着いて」
よくある定型文しか言うことができなかった。
目の前の魔法使いは錯乱しているようだった、目がぐるぐるしていて焦点が合っていない。
魔法使いの瞳の混乱の渦に、吸い込まれてしまいそうだ。
「なあアリス。私はさぁ、勘違いしてたんだよ」
じりじりと迫ってくる魔理沙。
私は自宅の壁際に追い込まれる。
「お前が向けてくれる笑顔は私だけのもんだと思ってた。私といる時いつも楽しそうにしてくれてさ、めちゃくちゃ嬉しかったんだぜ。でも違うんだよな、お前は誰に対してもそうだった」
私は嫌われたくなかった。
ずっと一人で居たから人恋しくなって、一念発起したのだ。
頑張ってみんなと関わりを持った。
最初は恥ずかしかったけど、みんなと仲良くして、みんなになんとか愛想良くして、みんなの特別になろうとした。
だからこうなった。
私はみんなの特別になろうとして、きっと魔理沙の特別になれたんだと思う。
そして魔理沙も私のことを特別だと思ってくれたんだよね。
でも駄目だよね、特別っていうのは他とは違うってことなんだから。他とは違う扱いをしてくれたらみんな嬉しいんだ。
私はそれを魔理沙にしてきた。
そして魔理沙以外にも。
「苦しいんだ。アリスが私以外の奴にも優しくして、笑顔を向けてるって考えると。胸が苦しい、締め付けられる、今すぐ消えたくなる」
嫉妬。
私にも覚えがある。
私がみんなと関わりを持とうと頑張っていた時、その当時は魔理沙やパチュリーみたいな魔法使い連中とよく付き合ってた。特段、魔理沙とは住処も近いし、よく会ってた。
そんなある日、話の中で魔理沙は笑ってこう言った。
「パチュリー? パチュリーとはけっこう仲いいんだぜ。魔法使いとして尊敬もできるな。というか親友って感じ、だいぶ前から本当によくしてもらってる」
胸の中にもやもやが生まれた。
胸の中がチクチク痛んだ。
私は俯き、自分が泣いてしまいそうだったことに気付いた。
私はどうなの? 親友じゃない? パチュリーより付き合いはとても短いかもしれないけど、私だって魔理沙と親友になりたい。
それからだった。
誰かの特別になるために、誰しもを特別扱いし始めたのは。
「ごめんアリス、もう耐えられないんだ。もうお前には誰とも会って欲しくない。けどそんなことは無理だ、みんなお前のことが好きで、みんながお前に会いたいって思ってる。だからさ、私と一緒に死んでほしい」
きっと魔理沙の嫉妬心は、少し他の人より強かっただけだ。心の壁が決壊するのがほんの少し人より早いだけ。
「私はアリスのことが好きなんだ」
魔理沙は私に急接近してきた。
「わ......私は」
何も言えなかった。動けなかった。
魔理沙は私をぐっと引き寄せた。
魔理沙の腕が私の背中に回り、頬と頬が触れ合った。
誰かに抱きしめられるのはとても暖かくて気持ちが良くて、頭がふわふわしてきた。
このままずっとこうされていたい。
ほんの少しの間、魔理沙が私を殺そうとしていたことを忘れてしまった。
その時私は気付いた。
魔理沙は私を抱き締めつつ、魔力が吸い取っている。それに加え、私の脳に直接特殊な魔法を叩き込んでいた。
抱擁され生命力を吸収されることに、快楽を覚えさせられていた。
私に強い心なんてない。
抵抗できずなすがままに魔理沙に絡みつかれ、力が抜けていく。魔理沙に身体を預けていくと全身に快感が走った。
「んっ......あっ......ま、魔理沙......離して............」
精一杯の抵抗だった。
身体は動かず、言葉を紡ぐしかなかった。
「駄目だ、このまま幸福な気分で逝こう、一緒に」
意識が朦朧とし、音は消え、目の前の景色がわからなくなった。
魔理沙の柔らかい感触と脳髄を痺れさせる甘美な匂いしか感じなくなった。
叫び声が聞こえた。
「アリス!」
その瞬間、視界が戻り、音が戻り、触れ合っていた魔理沙の身体が消えた。
私はその場にへたり込んだ。
「アリス大丈夫!?」
私の肩を持ち揺さぶるのは霊夢だった。
「私は......大丈夫......」
「そう、それならよかった」
霊夢は安堵のため息をついた。
「あんた、アリスに一体何をしてるのよ」
少し離れた位置に魔理沙は居た。
「お前には関係ないだろ」
魔理沙が霊夢を睨んでいた。
霊夢も同様に魔理沙を睨みつけている。
二人は仲が良かったはずだった。
それなのに今は敵対してしまっている。
私のせいで。
「霊夢、お前さえいなければ......」
魔理沙はそう呟く。
「いや......みんないなくて良かった。この世界には私とアリスだけで良かった。二人だけで良かったんだ」
魔理沙は天井を仰ぎ、言葉を訂正した。
霊夢も魔理沙も臨戦態勢に入った。
しかし私は魔理沙が霊夢に勝ったのを一度も見たことがなかった。今回もそうなるのではないのか。
「なあ霊夢、私の力じゃお前には勝てないよ」
霊夢は集中を高めつつ、答えた。
「そうね、私もわかってる」
だからこそ霊夢は油断をしていない。
魔理沙は笑っている。
刃物を懐から取り出し、霊夢へ向けた。
「だけど、今回ばっかりは違う。アリスと一緒に死ぬことは叶わなかったけど......お前が立ちふさがってる限り叶うことはないけど、それでも私が勝つんだ今回は」
不気味に笑みを浮かべる魔理沙、霊夢は得体の知れない自信に溢れている魔理沙を理解できなかった。
「一緒に死ねないならせめてアリスの記憶の一番深くに残りたい」
──何もかもを忘れても私だけは思い出せるように。
魔理沙は言った。
「アリス、愛してる。世界のどこの誰よりも一番お前を愛してる」
──私の想いと私との思い出はずっとお前の中に残る。
今までで最も純粋な瞳が私を射抜いた。
魔理沙が私をただ見ていた。
愛の言葉が決して嘘ではなく真実なのだと訴える目だ。
魔理沙の想いが私に伝わった。
その瞬間、走馬灯のようにかつての魔理沙との思い出が去来した。
私の心に彼女の想いが届き、思い出が蘇った。
想いと思い出は魔理沙の意志を私に伝えた。
「だ、ダメ......魔理沙......」
絞りかすのような声しか出なかった。
そして魔理沙は自分の喉を描き切った。
鮮血が喉から噴き出た。
魔理沙は力なく膝から崩れ落ちた。
魔理沙は霊夢に勝った。
私が魔理沙のこと未来永劫忘れることはない。
魔理沙の想いと思い出は、自身への告白とともに自殺したという衝撃的な事実によって、私の心の奥底へ刻まれた。
「......行きましょうアリス」
霊夢は呆然としている私を引きずるように抱え込んだ。
「これで終わりじゃない......こんなもので逃げられると思わないで......」
紅白の巫女は怒気を迸らせながら小さな声で呟いた。