目が開いた時、そこは自宅のベッドの上だった。
「なあアリス大丈夫か?」
「魔理沙......」
「うなされてたけど嫌な夢でも見たのか? はっはっは、私が慰めてやろうか?」
「私......どうして、思い出せない」
魔理沙が首を傾げた。
「いやぁ......うーん、夢でも見たんだろうな」
そうか、私は夢を見てたのね。
「もうお昼? こんなに寝てたなんて、魔理沙ご飯食べてく?」
「おう! 頂くぜ!」
私は台所につき、魔理沙は椅子に座りそわそわしている。
朝から嫌な気分だ。もう昼だけど。
嫌な気分を払うように、全力で食材を切り刻んでいく。
「痛っ......」
これが馬鹿だった。手を切ってしまった。
「おいアリス、マジで大丈夫か? 調子悪いんじゃないのか」
魔理沙が立ち上がりこちらへやってくる。
「調子は......悪くないはずなんだけど」
人差し指から流れる血を見た。
魔理沙を見た。
私は首から血飛沫をあげる魔理沙を見た。
「あ......」
血溜まりに伏した魔理沙の隣に白黒の魔法使いがいた。
「魔理......沙?」
「うん、私はあの時死んだ」
私は怖くなって体が動かなくなった。
「でも生きてる、私はまだ生きてる。アリスの心の中で、私の想いの残響が残ってる」
想いの残響......?
「そうだよ。言っただろ、お前の中に残り続けるって」
「でもこんなこと......これってなんなの、私は今どこに」
「心だ。お前の心に私がいる」
心? 私は夢を見てるの?
「夢なんかじゃない、これは現実だアリス」
現実なんかじゃない。早く夢から目を覚ましてよ私。
「アリスは私と死ぬべきだった。その方が幸せだった」
ふと目を覚ました。夢だったんだ。
天井がよく見慣れたものだった。
どうやら寝かされていたみたいで、私は布団を剥ぎ上体を起こす。
「ここは......博麗神社......」
はっと頭に浮かんだのは魔理沙のことだった。
「行かなきゃ、魔理沙のところに」
私のせいであんなことになってしまった。
私のせいで魔理沙に辛い思いをさせてしまった。
その時私は気付いた。
鉄と鉄が擦れぶつかり合う音。
「なによこれは......」
左手首には鉄の腕輪が嵌められていた。
これだけならまだおしゃれで済むが、そう事は良く進まない。
腕輪からは鎖が伸び、近くの柱に巻かれていたのだ。
「と、とにかくこれを外さないと」
私は魔法で鎖を破壊しようと詠唱を始める、が何も起きなかった。
「なんで......」
何度も何度も詠唱を繰り返したのに魔法が発動しない。昨日今日の覚えたての魔法なんかじゃない。いつも使ってる十八番の攻撃魔法。
発動しないなんてありえない。
すると床が軋む音が離れた位置から聞こえた。段々と足音が近づいてくる。
正面の戸が開いた。
そこには霊夢がいた。
「あらアリス、やっと目が覚めたのね」
紅白の巫女は満面の笑みを浮かべていた。
「あの霊夢、これ」
私は左腕を上げて、鎖をジャラジャラ鳴らした。
「ごめんきつかったよね、少し緩くするわね」
いそいそと私のところへやってきた霊夢は、スッとかがんで左腕の腕輪を弄り始めた。
「あの霊夢、そういうことじゃなくて」
「ん?」
「これ外してほしいの」
霊夢の動きが止まった。
静寂の中で心拍音が聞こえた。
いや静かだからではなく、私の心臓の音が大きくなっていたのもある。
緊張で速くなる鼓動。
「ダメよ、あんた危なっかしいもの」
危なっかしいって......こんなもの付ける人の方が危なっかしいわよ。そう言いたかった。
「外はあんたにとって危険すぎるわ。だからここに居た方がいい」
「でも私は」
「大丈夫よアリス、心配しないで。あんたのことは一生大事にするから......私が責任を持って」
「霊夢、私は家に戻らなくちゃ」
魔理沙は私の責任でああなった。
せめて私が弔ってあげたい。
私の親友だったんだから。
「私の家にまだ魔理沙が居るんでしょ? 早く行かないと」
「アリス!」
痛いほど強く、肩を掴まれた。
「あんたは魔理沙に騙されてる! 魔理沙はあんたの心に無理矢理入り込んだだけよ! あんたに罪悪感を植え付けて、一生忘れられない記憶を刻み付けて、アリスをダメにしようとしてる」
霊夢の顔は憎悪に満ちていた。
けれど、それは少しずつ優しい表情へと変わっていった。
「いきなりあんな目に遭って、凄惨な現場を見て、怖かったわよねアリス。今は突然なことが起きすぎて混乱してるのよ、すぐに落ち着くわ。だから今は私と一緒に居ましょう? 少しずつ魔理沙のことを忘れていけばいいのよ」
霊夢が私の手をぎゅっと握ってくれた。
私はどうしたらいいのかわからない。今も、魔理沙の時だってそうだった。
だけど安心していた。
ずっとひとりぼっちだった私に、傍に居てくれて手を握ってくれる人がいる。
それだけで私は幸せな気持ちになれる。
それでもここから出ないと......。
ただの罪悪感かもしれない、魔理沙の術中に嵌っているだけかもしれない。
しかしそんなことは関係ない。
少なくとも私の魔理沙との楽しかった思い出は嘘なんかじゃないから。
とにかく霊夢を説得して、腕輪を外してもらわないと。
「霊夢がアリスを捕らえたみたいね」
紅魔館の図書館に居座る魔法使い。
アリスと魔理沙の親友とも言える魔法使いは従者である小悪魔にそう言った。
「はい、そうみたいですね。どうやらアリスさんを独り占めするみたいです」
パチュリーは深くため息をついた。
「本当に勝手な巫女ね」
「アリスさんを取り返しに行かないんですか? パチュリー様」
「今はまだいいわ。私もアリスのことは好きだし助けに行きたいと思うわ。けどね、あの子もまずは知っておくべきなのよ。自分がどれだけ他人を狂わせているかをね」
アリスの無償の愛は人を狂わせた。
決して愛だけが狂わせたわけではない。
人形のように儚くも美しい容姿は、人の視線を惹きつけた。何事にも一生懸命に取り組む姿に興味を持った。危なっかしさと可愛らしさに庇護欲を掻き立てられた。
そして人は彼女の傍で直接愛を受け思うのだ、この子を守り愛せるのは自分しかいないのだと。
みんなと仲良くなりたいだけだった。
そんなささやかな願いが人を狂わせた。