「きっとよくないことが起きるぞ」
私の目の前の魔理沙は真剣な顔つきでそう言った。
「どうして?」
私は問う。
「アリスを見てるのは私だけじゃないんだ、霊夢とあんなことして嫉妬しちゃうぜ。すぐに亀裂が入る。お前が維持したかったなあなあの関係は簡単に砕け散ってしまうんだ」
私にとって悪いことを意味しているはずの言葉を、魔理沙はとても嬉しそうに話していた。
「これでいいんだよアリス。他の奴との関係なんて捨てて私のことだけ考えてればいい。全部忘れてしまえばいい」
「記憶は捨てられないわ、みんなとの思い出は楽しいものばかりだから」
「安心しろよアリス、何もかもが消えるなくなるわけじゃないからさ」
──私がアリスに与えた想いと思い出だけは絶対に消えないんだぜ。
夜中に目が覚めた。何か夢を見ていたようだったが覚えていない。
私は布団にうずくまりながら、ちらりと横を見た。灯りのない暗闇の中でじっと見てみると違和感があった。
隣の布団で霊夢が寝ているはずなのだが、誰もいなかった。
暗いから見間違いかもしれない。
そう思って布団から出て四つん這いで進んだ。
居ない。
布団を叩く。ばふっと音がする。
布団の中にも居ない。
「霊夢?」
周りを見渡した。
私は灯りを点けようと立ち上がったが、直後にその行動を中断した。
ぼんやり薄暗く光る物が落ちていた。
どうやらメッセージカードのようで、光る文字で何かが書かれていた。
「贈り物......パチュリーより」
パチュリーからの贈り物?
「あっ!」
突然燃え出したメッセージカードを私は思わず落とした。
神社に火が移る。そう思った時にはカードはすでに別のものに変わっていた。
「これって......」
燃え尽きたメッセージカードは魔法により小斧に変身していた。
魔法の施されたものだったのだろう。
ここで私は腕輪によって魔法を使えない上に、魔力を感知することもできなくなっていることに気付いた。
腕輪は壊せなくても鎖は壊せる。
霊夢はなんらかの理由で近くに居ない、更におあつらえ向きの小斧がある。
魔法は使えないが逃げることはできる。
「よし行こう」
私は斧の柄を握りしめた。
思いっきり斧を鎖に振り下ろした。
ガキンと激しい音が鳴り響いた。
「......」
あまりにも音がでかすぎた。
鎖は傷ついてはいるがあと何度か叩き斬ろうとしなければ、切断は不可能だと思われた。
周りから何かの反応はない。
霊夢はどこへ消えたのだろう。
しかしチャンスだ。
私は今しかないと一心不乱に鎖を斧で叩いた。
少し息が乱れた頃、鎖が外れた。
場所を気にせず切ってしまったので、身長の半分ぐらいは鎖が伸びていた。
もう少し腕に近い場所を切断すればよかった。
しかしその処理は後でいい。
私は博麗神社から飛び出した。
虫の鳴き声が響き渡る雑木林を駆け抜けた。
胸が苦しくなっても走り続けた。
空がほんの少し明るくなって、夜明けも間近だという時、私は自宅に辿り着いた。
窓が一つ派手に割れていた。
「あの時、あそこから霊夢が入ってきたのかな」
玄関はもちろん開きっぱなしだった。
家の中に入り、灯りを点けた。
歩を進めるごとに心臓の鼓動がより大きくなるのを感じた。
そして私は魔理沙が死んだ場所に辿り着いた。
散らかった一室。
乾きかけの血溜まり。
白黒の魔法使いはその中心で息絶えていた。
血の汚れも臭いも気にせず、私は魔理沙を抱き起こし背負った。
「行こう魔理沙」
とにかく何処かへ行かないと、そんな気持ちに取り憑かれた。
魔理沙の家に目標を決め私は歩き出す。
「逃げようアリス」
私は後ろを向く。
魔理沙の声が聞こえた気がした。
しかし魔理沙の身体は力無く背中に寄りかかるだけだ。
──逃げなくちゃいけないんだ。
と、また声が聞こえた。
「魔理沙?」
生きてるの? そんなわけないとわかっているのに、私は死体に問い掛けそうになった。
「夜明けよ、魔理沙」
もう声は聞こえなかった。
朝日を拝み、光を背に私は歩き始めた。
足が痛い。
久しぶりに魔法の補助なしで空も飛ばずに何時間も歩いたり走ったりしたのだ。
だから少し休憩しよう。
魔理沙の家に到着した私は、鍵のかかった扉を手当たり次第周りの物をぶつけたりして破壊した。
まるでいつもの魔理沙のようだ。
いや彼女でもさすがに鍵付きドアを破壊したりはしないか。破壊しないように侵入するだけだ。
家に入り魔理沙をベッドに寝かせた。
「これからどうしよう」
私は何がしたい?
もしやり直せるのならやり直したい。
でもこの世界にやり直しなんてない。
じゃあ今やりたいことは何?
「魔理沙がやりたかったことはなんなんだろう」
私は魔理沙の机を調べ始めた。
「誰かを攻撃しようって魔法が多いわね」
一般的な属性魔法の応用だったり、巨大な魔法陣を引いて広範囲の敵を殲滅するもの、マスタースパークを強化しようともしてたみたいだ。
他にも呪術や精神干渉系魔法も研究してたみたい。
確かに物理的な攻撃が通用しない相手に、呪いや幻術は有効である場合が多い。
書きかけのレポートや書類を見るに、ほとんどの物は未完成もしくは途中で諦めているようだった。
その時、扉が開かれる音が耳に入った。
「やばい......」
まさか霊夢?
「ご無沙汰ね、アリス」
そこにやってきたのは紅白の巫女ではなく、魔理沙の親友であり、私の親友でもあるパチュリー・ノーレッジであった。
「パチュリー? どうしてここに」
質問を投げかけた瞬間、異変に気付いた。
パチュリーがボロボロになっていた。衣服は破れ、服から伸びた手足も傷だらけで血だらけだ。
「ちょっと何があったの、大丈夫なの!?」
パチュリーは近くの椅子に腰掛け息をついた。
「ふぅ、大丈夫よ。ちょっとばかり疲れただけ。魔法使いにも色々あるのよ、あなたも魔法使いだしわかるでしょう?」
「わからないわけじゃないけど」
「あなたも色々あったみたいね」
パチュリーはベッドに仰向けになった魔理沙を見ていた。
しまった。どう言い訳をすればいいのか。
「話は聞いてるわ。魔理沙が自殺したんでしょ?」
「......」
「本当に残念だわ。その子はなんだかんだで優秀な魔法使いだったんだもの」
パチュリーの表情は変わらなかった。
感情の起伏が少ないタイプであるとは知っているけど、友が死んでこれでは本当に悲しんでいるのかわからない。
「私が悪かったの、死なせたくなかったのに何もできなかった」
「あなたに落ち度はないわ。魔理沙の心の弱さがこの事態を招いただけ」
「でも私は......!」
私のせいなんだ。
人に嫌われたくなくて否定を覚えずに、共感と肯定だけを覚えた。
好意を持たれる幸福を捨てきれず、他人の関係を犠牲にしてきた。
「やり直したいと思うのでしょう?」
パチュリーの言葉に対し、私は心の底から声を絞り出した。
「やり直したい......私はもう一度やり直したい。みんな仲良くて平和な日常を取り戻したい!」
パチュリーが笑みを浮かべた。
「だったら来なさい、紅魔館へ」
「え?」
「やり直すチャンスをあなたにあげるわ」
希望の光が射した。
「そんなことどうやって」
「咲夜の力で時間を操ることは知っているわね」
「ええ、でも咲夜は時間を止めることしかできないはず」
「そうよ、でも私はずっと研究してきたの。咲夜を私の魔法でサポートすることで時間跳躍を可能にできないかって」
そんな......研究。そんなことは可能なの?
時間を跳ぶ魔法は今まで過去に何度も研究されてきたものだが、結局形になったものなんて一つもないはずだ。
しかし元から時間に干渉できる、規格外の咲夜という存在が居るならできるかもしれない?
「まあ......御託はいいわ」
パチュリーは私を見据えて言った。
「来るか来ないか、選んで」
私は即答した。
「行くわ」
やるしかないのだ。天から降ってきたチャンス、これを逃すわけにはいかない。
「決まりね」
パチュリーは椅子から立ち上がる。
私達は魔理沙の家から出ようとした。
ごめんね、魔理沙。すぐに戻って来るから。
弔ってやりたい気持ちもあるが、こうなったら別だ。一刻も早く、昔を取り戻す。
──行っちゃダメだアリス!
「......魔理沙?」
叫び声が聞こえた。
「アリス、早く行くわよ」
「ええわかってる」
大丈夫よ魔理沙。
すぐにあなたの死を無かったことにするから。
またみんなで楽しくお茶会でもしましょう。
これから待っているであろう幸せな未来を想像せずにはいられなかった。
私は紅魔館へと向かう。